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第13話 強力な後ろ盾

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 実は、セレーネはミーティアに居た頃に数回、聖女見習いとしてあちらの王宮に訪れていた。だから、余計にわかってしまう。
 ルナリアの宮殿が、祖国とは比べ物にならぬほど立派な事が。

 ミーティアの城が小さかった訳では決して無いが、今目の前にそびえ立つそれはまるで、別世界のいち場面を目にしているような美しさで息を呑む。

「あ、あの、やっぱり私は……」

 場違いなのでは、とセレーネが尻込みそうな気配を察知し、シエルがさっとエスコートの呈で彼女の腕を取り退路を塞ぐ。

「まあまあそんなに緊張なさらずに!大丈夫ですよ、本日はちょっと両陛下に顔見せ程度の予定ですので!」 

「いやぁ、聖女様は至って正常な反応してると思いますけどねー……。本っっ当、厄介な野郎に気に入られちまって可哀想に」

「荷物持ちは黙っていなさい。さぁ、我々は参りましょうか」

「は、はい……」

「貴女が今後平穏を手にするには強力な後ろ盾が必須です。しんどいでしょうがここは耐えてください、自分が全力でサポートしますので」

「そう……ですね。ありがとうございます、大丈夫です」

 やり方こそ強引だが、シエルはセレーネの為に動いてくれているのだ。そう思うと、ちょっと頑張れそうな気がしてくる。

(それに……)

 腕を絡め取られて居ては逃げようもない、セレーネは腹を決めた。

「リオン、いつも通り手土産を彼に渡したら城内で待機していなさい。そんなには待たせませんから」

「へーい。ちなみに昼食費は?」

「はいはい、好きな物をいただきなさい。請求書は忘れないように」
 
「よっしゃあ!」

 『時間外手当で給料出るなら喜んで!』と諸手をあげて荷物係として同伴したリオンは、セレーネの境遇に同情はしても助けてはくれない。
 待機時間にした飲食についても経費で落とす約束を取り付けホクホクしているリオンに見送られ、二人は城内へと踏み入った。

「ありゃ今日から本格的に外堀埋める気だな。もう逃げらんないすよ聖女様、ご愁傷さまっすね」














「まぁまぁまぁまぁ!よく来てくれたわ!!!!」

「ひゃっ……!」

 なぜ謁見の間では無いのだろう。
 そう疑問に思いつつも通された客間に踏み入った途端に、華やかな女性に抱きしめられてたじろぐセレーネ。何が起きたか理解できずに固まっていると、若干呆れを含みつつも穏やかな声がした。

「よさないか王妃、いくら非公式の場とは言えど非礼だ。聖女殿が困っていよう」

「あら!そうですわね、わたくしとしたことがつい年甲斐もなくはしゃいでしまって……。ごめんなさいね」

「いっ、いいえ、恐れ多いお言葉で御座います……!」

 解放されて向き直ったその女性は、春の空のように優しい空色の髪を柔らかく巻き、翡翠の瞳を持つ絶世の美人で。それでいてどこか親しみやすさを感じさせるような方だった。
 片や、奥に腰掛け穏やかに微笑んでいる男性もまた。壮年ではあるが大変見目麗しい。朝日を反射し煌めく金色の髪と月のような銀の眼差しが、印象的だった。

(この方々がルナリアの頂点……。聞いていたより年若いお方なのですね)
 
「セレーネ・クレセントでございます。この度は月の国の至高であらせられる両陛下に拝謁する機会を頂きまして、心より感謝申し上げます」

 改めて膝を折ったセレーネの隣に並び、シエルも丁重に頭を下げる。

「ご機嫌麗しく存じます。国王陛下、並びに王妃陛下。此度は突然の申し出にも関わらずお時間を頂き、恐悦至極でございます。自分からも感謝を……」

「白々しい形式ばかりの挨拶はそのあたりにしてお入りなさいな。不慣れな場で彼女が困惑しているじゃないの。全く、仕事以外には相変わらず気が回らないこと……。これではいつまで経っても伴侶など見つけられなくてよ?ねぇ、貴女もそう思わない?」

「あっ、いえ、私はその……」

「よしなさい王妃。彼女の立場からすれば同意など出来んだろう。司祭も子供ではないのだから、下世話をやくものではない」

「だって心配なんですもの!歴代の司祭は皆、成人18歳で婚姻しているのに彼には婚約者は愚か恋人すらいないのよ。やはり仕事人間になりすぎたんだわ。見目はもちろん、頭だって決して悪くないのに……」

 そうため息をつく王妃の、まるで『仕方ない子ねぇ』と言わんばかりの態度に違和を感じる。なんだろう、言葉こそキツめだが声音が優しいのだ。いやに親しげと言うか、気さくと言うか。
 当のシエルは二人の言葉にどう返すのだろうと思っていたら、なんと彼はおもむろにセレーネの肩を抱き寄せた。

「はっはっは!相変わらず王妃陛下は自分に手厳しい。ですがご心配なく。自分は運命の人を見つけましたので!」

「ーっ!?し、司祭様!?」

(「すみません、話を合わせてください」)

 ぽそっとシエルがそうセレーネに囁いた事には気づかず、頬を高揚させた王妃がご機嫌でセレーネに着席を促す。

「ーっ!まぁまぁまぁ、何てこと!!念願の聖女が我が国にいらしたと思ったら、まさかこんなめでたい話になっていただなんて……!ぜひ詳しく聞かせて頂戴な!!」

 もはや言葉も出せずに柔らかなソファーにかけさせられるセレーネを見て、 国王が申し訳無さげに微笑んだ。

「その話は後にしないか。此度は聖女殿の今後の処遇を相談に来たのだろう」

「話が早くて助かります!多忙であらせられるお二人の時間をあまり無駄に頂戴するのは気が引けますからな!流石は陛下、敬服いたします!!」

「司祭……、お前はもう少し声量を落としなさい。頭に響くだろう」

「これは失礼致しました!早速本題に参りますが、来月行われる桂月の聖祭にて、我らルミエール教会はセレーネさんを正式に聖女として公表させていただきたいと思っております。つきましては、両陛下による教会への“聖女”任命の権限と、彼女への国籍の申請をさせて頂きたく馳参じました次第です」

 サラリと語られた内容が軒並み初耳だったので驚き腰を浮かしかけたセレーネをソファーに引き戻しつつ、シエルが国王に真剣な眼差しを向けた。

「セレーネ殿が正規の移住手続きを踏まずに我が国にいらっしゃるを得なかった理由につきましては先日、書簡にてお伝えした通りになります。何卒お力添え願えますでしょうか」

「ふむ……」

 考え込む様子の国王の眼差しが急にこちらに向き、緊張感で固まるセレーネ。そんな彼女に王は問いかける。

「他の聖女が望めない我が国にてその名を名乗ると言うならば、セレーネ殿にはルナリアに骨を埋めてもらわねばならない。貴女にその覚悟はお有りかな?」

「……っ、はい、私はもう二度と、祖国の土を踏まずに生きる所存にございます」

 考えるより先に、気づけばそう答えていた。
 その言葉に安堵したように、両陛下とシエルが笑みを浮かべる。

「意地の悪い問い方をしてすまなかった。司祭が口車に乗せ半ば無理矢理連れてきた可能性が拭えなかったのでな。何分こやつは異様に弁が立つもので。全く誰に似たのやら……」

「えぇ本当に。それよりも、貴女の祖国での処遇を思えばなおのこと、一日も早く我が国の民になったほうが良いわね」

「我が国は難民の受け入れも行っているので、そちらの扱いで籍を与えることも出来るが……今後を考えると、その手法では不服だからこうして交渉に来たのだろう?」

 そう言いつつ国王が指を鳴らすと、壁際に控えていた官史が2枚の書状を大理石の机に広げる。
 一枚は国籍取得の書状、もう一枚は、聖女認定の定義を記したものだった。

「私と王妃が印を押せば、書状は正式に認可される。だが、無条件に与えるわけにかいかぬな。その地位に見合う能力を証明してもらわねば」

「無論です。対価交換は交渉の基本中の基本!行かような命にも全力を尽くさせていただきますとも。ねえセレーネさん!」

「は、はい!頑張ります……!」
 
「良い心がけだ。では早速だが、まずはここ。王都から北上した海岸の一角にて、安全基準の数十倍の濃度の瘴気が発生した影響にて、凶暴化した魔物による近隣への被害が報告されている」

 一度は騎士団を向かわせたが、何故かその魔物達には物理攻撃が効かず歯が立たなかったそうだ。

「昨今、このような現象による被害が年々増している。これまでは聖魔導師による結界の強化でしのいできたが、そのやり方ではもう限界であろう。故に貴公らには現場に出向き、原因の究明に当たって貰いたい」

 想像以上の重大な役割だ。自分などに務まるだろうかと狼狽えるが、そんなセレーネなど気にも止めずにシエルが頷く。

「お任せ下さい。我々の手にかかればお安い御用ですとも!早速明朝には発とうと思います」

 その後はトントン拍子に話が進んだだけでなく、きちんと役割を果たした際の見届人としてあろうことが王太子の同行まで決められてしまった所でようやく話し合いの場はお開きとなったのだった。



「待ってちょうだい!」

 挨拶も終え、先に退室した国王を追い席を立った筈の王妃が、不意に振り返り戻ってきた。
 何事かと思うより早く、再び王妃がセレーネを抱きしめる。最初の時と違い、包み込むように、優しく。

「あの子を2度も救ってくれて、本当にありがとう。わたくしはぜひ、貴女に愛する我が国の月になってもらいたいわ」

 『頑張ってね』と、背中を叩いた優しい手が離れていく。
 亡き母を思い返してしまい、“あの子”とは誰のことなのか、聞きそびれてしまった。




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