蓬莱皇国物語 最終章〜REMEMBER ME

翡翠

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募る心配事

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 新学期が始まった。紫霄学院高等部の生徒会執行部は、すぐさま学祭の準備に取り掛かった。

 何しろ三年ぶりで一年生の執行部が取り仕切る。学祭準備は中等部の時にも一応は経験しているが、高等部生徒会が中心となってすべてを取り仕切るのが通例となっている。

 しかも現在の大学部の学生会代表は、葵側の人間であるのは周知の事実だ。静麿が夕麿の実弟であるのも周知の事実で、当然ながら反発が予想される。三学部揃っての会議は来月からだが、それまでに体制を整えておかなければならなかった。

 葵の影響を払拭したかった。元の学祭に戻したかったのだ。歴代の会長たちが守ってきた伝統と、自分たちができる『何か』を……全員が同じ想いだった。

「できれば武さまか夕麿さまに会議に御臨席いただけると良いんだけどな」

 月耶が呟いた。如何に葵派の人間であろうとも、二人のどちらかがいれば無茶な言動は防げるはずだ。

「武さまは無理ですね」

 蓮が答えた。

「あ~例の治療かぁ……時間かかるのか?」

「一朝一夕でどうにかなるようなものではない様子でした」

「それってどんなの?」

 夏休みは行長と旅行に出ていたため、現在の状況は朔耶から軽く聞いた程度だ。

「強い薬を使用しているようで、高熱が続いたり嘔吐を繰り返されたり……逆に口の中が口内炎だらけで水を飲まれるのも大変だったり」

「うわっ、それはキツイな」

 蓮は昼間に絹子と交代で武の病室に詰めていた。本来は雅久が絹子と交代でいるのだが、夕麿が不在の時の分を取り戻すためと夜に夕麿を病室に滞在させるために、御園生の一人として仕事をしていたのだ。

 武は『辛い』とか『苦しい』を口にしない。表面化している症状だけでもかなりのものなのに、逆に周囲を気遣うことまでする。

 学院都市内には誰が発端なのかは不明だが、武は『冷酷』で『傲慢』な人間だという噂が囁かれている。高等部では一般生徒も彼と直接に言葉を交した者もいて、その噂は払拭されつつはある。中等部も静麿が最初に否定したため、噂を信じる生徒はほとんどいない。

 やはり大学側の生徒が……としか考えられない状況だった。

 彼らにしてもどれくらい武本人を知っているのか、と問われればちゃんと答えられる者はいないのではないか。刷り込まれた印象を自分の意見に切り替えているのかもしれない。それが学祭の会議にどう影響するのだろうか。

 静麿の頭を悩ませることばかりが山積している。周囲の協力も仰いでできることはやって来たつもりだが、どうにもならないことが多過ぎた。教職員の中にも葵のシンパはおり、異議を唱えて来たり妨害としか思えない行動をしてくる。

 一応は顧問である行長に報告することにはなってはいるが、彼もすべてには対処できないようで、執行部の悩みの種となっていた。

 学祭の様々なことにも彼らはいろいろとやってくることが、当然ながら予想できて頭が痛かった。

 それでも伝統を守りつつ、新たなことへのチャレンジを……が執行部全員の総意だ。

 この考え方に月耶が大賛成して、『祭』をテーマにして様々な資料を集めて来る。中には突拍子もないものもあるが、いくつかは検討にいれたものもあった。

「この、盆踊りって何でしょう?」

 月耶が持って来た新たな資料に目を通していた蓮が聞いた。

「踊り……と言うのだから踊るんだろうな」

 資料を持って来た新たな本人もわからないらしい。

「盆というのだから夏の盂蘭盆会うらぼんえの行事ではないのですか?」

 静麿も首を傾げながら言う。

「これ、日本の祭の資料なんだ。図書館から『祭』で選んできたからな~」

 実にいい加減なところが月耶らしい。行長は呆れて溜息を吐いてから言った。

「なぜ日本の祭を?」

「皇国内の祭りはある程度は集めたじゃん。でも候補はあがったけど、未だに決め手にはなってないよな?だから日本のだと何かインパクトあるのがあるんじゃないかな……と」

 理由もかなりアバウトだ。

「それに日本のだとあまり違和感なさそうだし」

 朔耶と三日月が聞いたら間違いなく呆れるだろう。だがこの軽さが逆に月耶の良いところでもある。

「え?」

「ん?」

 不意に出入り口の扉がノックされた。すぐ側にいた蓮が開くと朔耶と周が立っていた。

 普通は生徒会室への来客ならば、ゲートを通過した時点で行長に連絡が入る。以前はそういうシステムはなかったのだが、出入りする者をある程度把握するために、武に許可を得て学院側と交渉したのだ。

「朔耶さま、周先輩……」

 驚いて声を上げた行長に周が口を開いた。

「悪い、下河辺。昨日はゲート側から入ってないんだ」

「は?ってことは兄さんと周先生は搬入用の方から来たの?」

「そういうことです」

 通常は許可が降りないはずだ、如何に武といえども簡単には。

「実は静麿さまに使用いただくお車を運んで来ました」

 朔耶が静麿の前に進み出て告げた。

「私の車、ですか?これまでのはどうなるのでしょう?」

 既に薫に武が与えていたものをそのまま受け継いでいた。

「あれは十年ほど使用している。既に燃費も悪くなっているだろう?この狭い学院都市内ならば、EV車の方が良いのでは……となってな」

「紫霞宮家の後ろ盾が、御園生家から我が護院家に正式に移りました。従って夕麿さまの弟君であらせられる静麿さまが在校中、僭越ながら様々なもののご用意を当家でさせていただくことになりました。もちろん夕麿さまのお許しはいただおております」

 朔耶が『僭越』と言ったのはそもそも六条家は、摂関貴族としての格は護院家よりも上であり、夕麿の実家であることが関係している。特にこの場合、朔耶の言葉は正式な報告として告げられたものである。

「そうですか。夕麿さまにはお礼をお伝えください。

 また護院家の皆さま方にもお礼を」

「承りました」

 この間、当然ながら誰も口を挟まない。わざわざ朔耶が車を運ぶ役目を担ったのは、このためでもあった。

 そして周が一緒に来たのは静麿の検診を理由に、ここのところずっと武の治療に取り掛かっていたので、現場を離れさせて気分を変えさせて休ませるためでもあった。

「帰りはどうするのさ?」

 乗って来た車を学院に置いていくということは、帰りの足がなくなるという意味だ。

「何を言ってるのです。古い方に乗って帰るに決まってるでしょう」

 弟の質問に朔耶はなぜそんなことを聞くのだと言わんばかりだ。

「運転は周先輩が?」

「そうだが?」

 普通は運転手を手配する。だがよほどの理由がない限り、周が運転手付の車を単独で使用しているのを見たことがない。どうやら本人は自分で運転するのが好きらしい。一応は彼も雫と同じで半ば護院家の人間で、高子たちはいつでも周のために運転手付の車は用意してくれる。

 最近では朔耶まで影響で自分で乗り回すようになった。ただ防犯上、通学には家の車を使用する約束になっている。実際に様々なことで迎えの車が役に立っていた。

 実は周、運転手付の車にはトラウマがあった。免許を取得できる年齢まで久我家に夏休み等で帰宅した折、外出には家の車を使用していたのだ。だがそれが浅子の監視を助長するのに気付いてしまった。運転手が周がどこへ行って誰と会ったのか、何を購入したのか、何を飲み何を食べたのかまですべて報告していたのだ。

 気付いたのは中等部に入ってすぐだった。恐怖と嫌悪しかなかった。周が清方を求めた原因の一つでもあった。

 母親から開放された今でも誰かと共にならば仕方がないが、基本的には自分の車で移動することにしている。

 こんな話を誰かにいちいち説明はしていないが、清方と雫はわかっている気がする。二人がわかっているということは、多分、高子も理解してくれていると思い、密かに感謝していた。

「それでこれは何ですか?」

 デスクのうえに広げられた紙を、朔耶が興味深げにのぞき込んだ。

「あ~学祭の資料」

 自分のいい加減さを兄に叱られそうで、月耶が明後日の方向を向いて答えた。

 ワイワイガヤガヤと資料を囲んで一気に賑やかになる。

 静麿は少し離れてこの光景を見つめていた。

 わかっている。如何に姿形が似ていようと、血の繋がった兄弟であろうとも、自分が平凡な人間であることを。武や夕麿のようなカリスマ性はどんなに望んでも持ち合わせてはいない。

 二人ならばもっとうまくできたかもしれない……とどれくらい思っただろう。今だってなかなかポイントをしぼれないのは、自分の判断力が低いからだ。

「静麿」

 不意に肩を叩かれて振り向いた。周だった。

「もっと力を抜け。お前の周りにいる皆を信じて任せろ……と武さまからの伝言だ」

「え……」

「在校中のあの方がどうだったのか、下河辺に聞いてみろ。ま、夕麿が目の前にちらつくと自分の無力さに嫌になるけど、とも仰られてた」

「は?」

「側で聞いていた夕麿は苦笑いしてたが」

 周が積極的に武に関わったのは、夕麿が卒業する少し前からだった。だから彼の孤独も奮闘も見て来た。

「その夕麿にしたって今のお前と変わらないさ。皇家の血を引く摂関貴族の嫡子、という本人のあずかり知らぬところで勝手に人格を決定されていたからな」

 周囲に沿う『自分』であるために、夕麿がどれだけのことを我慢し、日々の研鑽を積み重ねて来たかを理解する者がどれだけ存在すだろう。

「武さまも随分悩まれていた」

「武さまが?」

 生徒会長としても皇家の血を引く貴族としても、夕麿はあまりにも完璧であり過ぎた。周囲に望まれ続けた結果だったとしても、潔癖症な部分がそれを強めていたゆえに、本人自身も多大なストレスが蓄積されて解消されないことを自覚できずにいた。

 結果として武・夕麿双方に共依存が起こり、互いの精神状態までもが共鳴するかのような状態になた。

 そして……周自身も夕麿と比べられて来た。周囲にもだが、実の母親まで口にしたことがある。だからこそ今の静麿の立場もわかるのだ。

「誰しもが悩んで答えを探して、何かを得て成長すると思ってます」

 これまで黙って聞いていた行長が口を開いた。

「私もそうでしたから」

 二人の先輩の言葉に静麿は頷いた。けれども不安は残る。何をどう悩めばいいのだろうか。正直に言うと今の自分は何から手を就ければ良いいのかわからず、『悩む』ということ自体に悩んでいる気がする。

「そういえば武さまが踏み出されるきっかけになったのは、何だったっけ?」

 ロスとの電話でのやり取りで何か与えられたらしいのは周にもわかっていた。

「ああ、あれですか?義勝先輩が夕麿さま方でもどうにもならなっかった案件を集めたファイルを、提示したのがきっかけにでしたね」

「あ~歴代のあれか……」

 周も元生徒会長だ。その存在は知っているし、彼の代から始められた歴代生徒会の記録をデジタル化するのも、数代前に申請したものの学院側に無視され続けた案件だった。

 彼の時に承認されたのは、『紙媒体アナログは保護措置をして貴重な資料として保存する』という、影暁のが付け加えた一文だった。

 結局はデジタル化の大半は夕麿の代に進められ、記録の複写と保存も同時に進められた。武の時には近年のものだけが残っている状態だった。

 今でも夕麿が複写した紙媒体の物が資料室に置かれている。後の執行部はそれが彼の手であることを恐らくは知らないだろう。  

「あの、そのファイルはもう存在していないのですか?」

「あるはずだが……下河辺、全部解決したわけ、ないか」

「増えても減りませんよ」

 歴代の生徒会長がそれなりに頑張って、解決したものも随分あると言う。しかし同時に新たなる問題が出て来るのだそうだ。

「根本的な問題がそのままですから、全体的な捩れが出てしまう……というイメージでしょうか」

 紫霄が従来通りの紫霄である限り、解決の糸口さえ見えても掴むわけにはいかない現実がある。

 兄たちが挑戦して成し遂げ得なかった問題。果たしてそれが自分にどうにかできるのであろうか。

「それは私の手に適うものでしょうか」

 思っていたことがつい口を出てしまって、内心焦った。

「そりゃできるのもできないのもあるだろうさ。でもな、やる前からあきらめるのは薦められないな」

 逃げ回っても何も解決はしないのは、周自身が身に沁みてわかっている。

「解決できれば一番でしょう。結果にこだわらずにまずは挑戦してみられては如何ですか」

 行長が静かに告げた。

 彼は武と夕麿の奮闘も、その後に続いた者たちの努力も見てきた。ただ足掻いただけになってしまっても、彼らが問題を解決しようとした事実は記録に残る。残るからこそ後に続く者がいるのだ。

 薫の代には不可能は不可能として投げ出してしまった。それによって後退してしまった案件もある。

 否、正確に言うと薫はいくつかの問題に向き合おうとした。だがそれを無駄な努力だと葵が否定したのだ。

 折角、薫がやろうとしているのに……と月耶がとりなそうとしたのだが、それすらも一刀両断の如く否定され却下されてしまった。行長や幸久も異議を唱えるが……すぐ後に例の一件が発生して、彼らは学院を去るしかなかった。

 朔耶や現執行部メンバーと話していた月耶が振り返って言った。

薫君かおるのきみがやりかけたのもある。できれば静麿さまに引き継いで欲しい」

 普段は陽気な月耶が真面目な顔をして言ったのが、静麿の心に突き刺さった。

「でもさ、今はまず学祭!」

 ニヤリと笑って言う。

「来年もあるんだしさ」

 そういった後に「俺はそんなのごめんだけどな」と笑う。確かに2年間も生徒会長を務めるのは並大抵のことではない。

「静麿さまはさ、そこで既に二人を超えちゃうんだから、自信持とうぜ」

 なんとも能天気な言い様にそこにいた全員が吹き出した。

「お気楽で幸せですね、あなたは」

 読んでいた資料で軽く頭を叩いて朔耶が呆れた声で言う。

「あれ?兄さんはお気楽じゃないわけ?」

「今からでも医学部に移ってみますか?」

 朔耶の言葉に月耶は両手を挙げて降参の意を表した。まわりから笑いが漏れる。

「同じ生徒会長経験者として、私も何事も挑戦であると思います。どうか弟に何でもお申し付けくださいませ。また私たちもご相談ください。そのために我々は先輩としているのですから」

 葵の暴走を止められなかった責任を朔耶は痛感していた。彼が先輩としても、生徒会長としても非常に優秀だったからこそ、ああなってしまったことが哀しい。

「あのさぁ、兄さん。葵さまのことは兄さんには何の責任もないぞ?もちろん武さまだって精一杯いろいろされてたじゃないか。第一、言いなりになって後先を考えなかった薫君に責任があるだろる!」

「葵さまは多分、あの事件以前から変わられていっていたのでしょう。夕麿さまという理想が目の前にあるのは、追いかけないといけない側には大きな壁に違いありませんから」

 夕麿を中等部から理想の君と仰いできたからこそ、本人を原寸大以上に見てしまうのを行長は知っていた。

「そうだな。あれは結構キツイ。当の本人が聞いたら嫌がるだろうが」

 周も行長と共に夕麿の後継生徒会長として、武が悩み苦しむのを見て来た。

「私たちがいることをお忘れにならないでください。静麿さまはお一人ではないのですから」

 朔耶自身も夕麿と比較されて来たし、実際に本人の側にいればいろいろと考えさせられる。夕麿はその短所・欠点すら魅力的なのだ。そしてやはり彼を完璧にしているのは、醸し出す高貴さであろう。

「ま、あの方を兄に持ってるってのは大変だろうなぁ……とは思うよ、俺も」

 そう言う月耶自身も優秀過ぎる兄たちと比べられて来た。唯一救いだったのは同い年の主君薫が、天然だったゆえにまだしっかりしていると見られていたことだった。

「そうですね、踏み出す前から凹んでいては、何も始まらないし出来はしませんね」

 やはり兄は特別なのだと確信した。その特別な存在に敵うはずがない。ならば凡人は凡人らしく足掻こうではないか……と静麿は決心した。

「それともう一つお忘れにならないでください。夕麿さまがどんなに特別に優秀な方であられても、お一人ですべてを成されて来られたわけではないと思います。私はお側近くでしばらく仕事を手伝わせていただきましたが、優秀な方には優秀な人材が集ってこそ特別なのだと思います。私も在校中は弟たちを含めて周囲に支えられておりました」

 朔耶の声が穏やかに優しく生徒会室に響いた。

「武さまも最初は私たちには御心みこころを開いてはくださいませんでした」

 行長が目を細めてがしみじみと呟いた。

「そう……ですね。私は一人ではないのですね。兄のことや一年生で生徒会長になり、しかも来年度も引き続きという状態に少し焦っていたのかもしれません」

 静麿の言葉は誰かにではなく、自らに言い聞かせるかのように聞こえた。

「皆さん、申し訳ありませんでした。まだまだ不出来な人間ですが、再来年の退任までお付き合いをお願いします」

 静麿の真摯な姿勢に執行部全員が慌てた。

「ふ、お前は兄よりは素直だな」

「え?」

「夕麿はああ見えて見栄っ張りの意地っ張りでな」

 周が笑って言う。

「武さまと結婚されてからですね、今の様になられたのは」

 行長が続ける。

 二人の言葉に朔耶は思い当たるフシがあったらしく、「ああ……」と小さく言って苦笑した。

 誰も誰かにはなれない。この広大な宇宙の中で、『自分』は唯一無二の存在なのだから。そしてそれは他の人間ひとり一人がそうである。

 かつて朔耶は自分自身が嫌いだった。しかしそれはパートナーである周も同じだったはずだ。

「あ~武さまはタラシだからな~みんなあの方にクラっといっちゃってシンパになるし、影響絶大だもんな」

 月耶が笑う。以前は似ていると言われて嫌だったが、今ではそう言われると本気で困る。自分と彼の違いがわかっているからだ。第一、行長に彼の身代わりにされてるようで気分が良くない。

「月耶、今、余計なこと考えましたね?」

 行長に見抜かれてギョッとする。

「ま、いいでしょう。後でたっぷり説明してあげます」

「え……いや、あの、その……」

 知らない者が聞いていたならば、エロい会話に感じるだろう。だがこの二人、月耶の話によると未だに清い関係なのだそうだ。

「くくくく……下河辺、そういうところは夕麿と似たことを言うな」

 武の臣下となっても彼の夕麿崇拝は変わらないらしい。

「そうですか?」

「嬉しそうだな、先生」

「いけませんか?」

 彼らの他愛ない会話が微笑ましい。身分や立場を超えた、確かな絆や信頼を感じる。

 自分もこうなりたい。なれるだろうか?

 静麿はこれからの自分たちを初めて考えた気がする。

「さて、学祭の話に戻りましょう」

 微笑んで告げると全員が笑顔を返してくれる。執行部は同時に「はい』と返事をした。

 再びそれぞれがファイルを出し、先程月耶が出した資料も眺めて賑やかになる。

「この盆踊りというのは誰か内容がわかるんでしょうか」

 資料室をいくつか手に取って眺めていた蓮が問いかけた。

「え、あ~どうだろ?」

 持って来た本人が首を傾げる。

「無責任ですね、月耶。そこまでなぜ調べないのです?」

 相変わらずの弟の様子に朔耶が呆れ返った。

「踊りか……踊りは雅久にでも聞いてみたらどうだ?」

 周もとっさに思い付くのは雅久くらいだ。

「雅久さんですか?どうなのでしょう?いくら彼でも日本の庶民の祭りで踊られるものまでは、知っていても踊り方までは無理なのではないでしょうか」

 それはないだろうと朔耶が言う。すると行長が言った。

「ん~どうでしょう。あの方は日本のドラマが好きだったと記憶してます。案外しっているかもしれませんし、何かテキストのことを知っているかも」

 行長はかつて彼に延々と日本の時代劇を観せられた一人だった。

「まずはそこを確認してからですね。あとで私から兄を通じて問い合わせしてみます」

 静麿が締め括った。

 話し方や所作などは静麿は夕麿にそっくりだが、これは紫霄の小等部の寄宿舎の教育の賜物だろう。

 六条 陽麿はるまは当時の夫人の目から、この三男を隠すつもりがあったのか、なかったのか……それとも無頓着だったのか、静麿はそのまま六条風の名付けで、六条姓で入学している。ゆえに学院側は摂関貴族六条家の子息としての教育を行ったはずだ。

 よくもまあ見付からなかったものだと周は感心する。行長が透麿を探した経験から、中等部に進学した彼のことを知らされたのがきっかけだったという。

 名前を思い出すのすら悍ましく感じる彼らにとって、静麿の生母が近衛家縁者というのは排除したくなる存在のはずだ。

 武が計略をもって彼らを破滅させたのは、静麿がまだ母親の腕の中の年齢だったのが幸いしたのかもしれない。その後すぐに陽麿は静麿を認知の届けを宮内省に出している。確かに彼らの脅威は収まりはした。しかしすべてを駆逐したわけではなく、後に武が襲撃されている事実からも決して彼が安全なわけではない。

 今現在、武と夕麿が警戒しているのはもう一人の六条家の息子、透麿の存在だった。彼は自分の母方の一族を滅ぼした武を恨んでいる。同時に夕麿に対する執着もある。武を害そうとした咎は昔の様に『不敬罪』に問われはするが、極刑に処される時代ではなく、しかも気付いた貴之によって阻まれて未遂である。

 雫によって彼が既に外に出ているのは確認されている。監視は付けられたがいつの間にか姿を消したらしい。

 蓮が静麿を護っているのはそういう経緯もあった。

 もちろん、透麿のことは静麿には説明してある。彼が武を憎んだ経路についてもだ。

 説明したのは周だった。武でも夕麿でも、まして雫たちでも角が立つ気がしたのだ。それで周が自ら進んで買って出た。

 もう一人兄がいるのは静麿も聞いてはいたらしい。もちろん彼が六条家から廃籍され、貴族籍も剥奪されたらしいのはボンヤリと聞いていたらしい。まさかそれが夕麿の意志であったのには彼も驚いていた。しかし経緯を聞いて納得はしたらしい。

 自分に代わって六条家の後継者になった異母弟。しかもあれほど焦がれた夕麿にそっくりな存在。透麿はこれをどう思うだろうか。どこかでこの事実を把握しているのではないだろうか。

 もしかしたら近代的な姿に建て替えられた六条邸をこっそり見に来ているかもしれない。

 心配事は尽きることがないように感じていた。皇帝の寿命が尽きようとしている今、問題や危険は増えても減ることはないように思える。

 自分にできることが限られている現実に、周は苛立ちすら感じていた。
 




 
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