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偽りの葬送
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貴之の病室に雫たちが集まっていた。
巨漢の白人との闘いは彼にもかなりのダメージを与えていた。だが戻って来るまである種の興奮状態であったため、自身の身体の負傷や痛みを感じられなくなっていたのだ。
血まみれの雫と貴之はそのまま御在所に入るわけにはいかず、葵を任せて特務室へと戻った。そこで貴之が倒れたのである。
慌てて病院棟へ運び、保の診察を受けた。
「特殊な状態だったとはいえ、よくここまで戻って来られましたね。通常ならば立っているのも難しい」
執拗に攻撃されていた脇は肋骨二本が折れ、一本がひびが入っていた。また素手で闘った折に攻撃を受け止めた左手は手首から肘にかけた部分で二本とも骨折していた。
鍛えに鍛えた貴之でもかなりの重傷を負ったのだ。逸見 拓真が瀕死の重体になったのもしかたのないことだったのかもしれない。
腕の骨折は雫の力を借りて、貴之本人が骨接ぎの要領で折れた部分を繋いで、ギプスで固定された。さすがに肋骨は大事な臓器が近過ぎて、保に止められてしまった。
即刻、入院を命じられて今は病床にいる。
今ここに雫たちが集まっているのは、もちろん武が黄泉返ったことを聞いたからだ。さらに久方を通じて皇帝の勅許が下されていた。受けたのは雫である。
雫は病室に揃った皆の顔を見回してから口を開いた。
「周、武さまの容態は?」
「未だ、危篤状態を脱してはおられない。有効な解毒剤が存在しない現状では、対処的な処置しかできていない」
人工呼吸器をつけた状態で横たわっている武の意識は時折、水底から泡が沸きあがるように鮮明に回復する。しかしその瞬間、全身を稲妻の様に走る激痛に身悶える。そして自らの動きがさらに痛みを呼んでしまう。
「鎮痛剤も無限に使えるわけじゃない」
武の苦しみ方は周にも辛い。そのわずかな部分でも身代わりになりたくなる。
今の武は苦痛で暴れて呼吸器に影響を与えかねないため、軽く拘束されている状態だ。意識が混濁しているか、毒の別の作用で昏睡状態に陥る時だけが休めているとしか言いようがなかった。
「助かるのか?」
「わからない。武さま次第……としか言えない」
「そうか。折角、黄泉返られたんだ、元気になっていただきたいが」
雫の言葉はここにいる全員の気持ちでもあった。
彼は再び皆の顔を見回してから、『勅』と書かれた紙を取り出した。既に開かれて中を確認した後があった。
「今上皇帝は武さまが黄泉返られたことをしばらく伏せて、そのまま葬送の準備を進めるようにと命じられている」
「は?」
不審の声を上げたのは朔耶だった。彼は弟二人と共に殯を行っていた。その間に蓮が武を呼び戻すために、黄泉比良坂へ危険を承知で下ったのである。
蓮と三日月は武の殯を執り行うために、行長の引率で二日だけ学院都市を離れる許可を強引に取った。渋る学院側が許可を出したのは、ここでも皇帝の『勅』が出たからだった。
その三人も一昨日の夕刻に帰って行った。
「問題は武さまご本人が棺の中に入っていただくわけにはいかないことだ。早急にそれらしく見える物を用意しなければならない」
確かに空の棺では偽りの葬送は難しい。皇国の皇家の慣習では殯の後は納棺して、対面は葬送の当日のみになっているが……それも、現代では行われてはいない。ただ今回は夕麿あたりが最後に顔を見たがる可能性があった。薫が不在の今、ここで最も身分が高いのは夕麿なのだ。その彼が求めれば誰も止めることはできはしない。
「ということは、夕麿には黙っておくつもりですか?」
雅久と背後に控えていた義勝が声を上げた。
「夕麿は武さまのことになると感情を隠し切れない。バレる人間にはバレる」
そう言い切ったのは周だった。
「確かに……」
義勝が溜息交じりに言うと貴之が苦笑しながら頷いた。
「ですが何故、武さまが生きておられることを伏せなければならないのでしょうか。今上は本当は武さまが薨去された方がご都合がよいのでは?」
朔耶の懸念はもっともだ。危篤状態が続いている武がもしこのまま、もう一度黄泉路を下るならば呼び戻すことは不可能なのだ。
「いや、それはない。久方さまの話によると先帝陛下からも武さまのことを頼まれておられるそうだ。罪咎のない武さまを排除しようという企てが繰り返し起こるのは、今後の皇家にとっても皇国にとっても何某かの禍を呼ぶことにもなりかねない」
こういうと雫は再び皆を見回した。
「実際に禍が既に起こっているんだ」
「禍?」
「それは本当ですか?」
『禍』と聞いて首を傾げる周。驚きの声は敦紀があげた。
「武さまが薨去されたその時刻、中央島の蓬莱山が数百年ぶりに大噴火をした。これまで小規模の噴火は繰り返してきたが、今回の噴火は山体崩壊まで引き起こしている。しかも大量の火砕流まで発生して月下百合の群生地を直撃したそうだ。おそらくは全滅だろうと専門家は言っている」
蓬莱山噴火の報はTVなどでも流れているだろうが、ここにいる者たちはそんな余裕もなかった。
「そんな……」
「いくら何でも」
蓬莱山は皇国のシンボルでもある。古に秦の始皇帝が求めた不老不死の薬、それがあると言って徐福が目指したのがこの蓬莱の地だった。蓬莱の目印は活火山である蓬莱山。徐福が辿り着いたのかはわからない。ただこの地に不老不死の薬があるとされたのは、ここが月神信仰の国であったことからだと言われている。古代中国に於いて不老不死の薬を盗んで月に逃げた『嫦娥』が、不老不死になった伝説がある。また不老不死の楽園である『常世の国』への道が、海に延びる満月の光の道であるとの伝説もある。
月=不老不死の伝説や神話は東洋には複数あるが、月神を主神にしているのは現在は蓬莱皇国だけであろう。しかも大抵は月神は一人(複数の神話の融合した者には複数がいる)が普通であるが、皇国は『月読尊(新月)』『月弓尊(三日月)』『月夜見尊(満月)』の三人の月神がいる。
また景行天皇の時代に『時じくの実』という不老不死の薬を求めた話があり、それが橘の実だったという記述が記紀にある。確かに皇国には元より橘が自生しており、現在国花にしているほどである。
そういったことからこの地には不老不死の薬があると信じられたのかもしれない。
「蓬莱山の近くでは火山性の地震が頻発している。国民は『凶事』の前触れだと言って怯えている」
全員の背筋が冷たくなった。
「本当にこれが武さまに害をなしたことが原因ならば……」
この中で一番に八百万の神々を肌で感じているのは雅久だ。彼は実際に神降ろしを実行した経験がある。
「今上もどこまで信じておられるのかはわからない。だが今回で本気で宮中の悪しき膿を払拭なさるつもりだ」
「ですが室長。九條家は皇家の外戚です」
「あ~そこはあまり気にされてないかもしれん」
貴之の言葉に周が応えた。
「どういうことですか?」
「親子の仲、つまり今上は九條 嵐子と仲が良いとはいえないと聞いてる」
周は妙なところで宮中の噂に詳しい。これは親戚に宮中女官がいるからだ。彼女は長年宮中に仕えておりそれなりの身分も与えられている。周は周なりに武を守るために宮中の情報を集めていた。それは久方とは違う方面の情報だった。
「皇家の慣習が原因だろうな」
皇家の習慣とは女御・更衣が何人いようとも、彼女たちがどれだけ子供を産んだとしても、皇子はすべて皇后が母となる決まりなのである。生まれたその時から生母から乳母の手に渡され、皇后を母親として育てられるのである。故に生母のことはかなり成長するまでは知らない。
今上皇帝の場合は先帝の皇后の崩御がきっかけであったらしい。美しく穏やかな女性であった皇后が母ではなく、美しくはあるが気性が荒く我がままな女性が生母と知って、今上皇帝はかなりのショックを受けたそうなのだ。お陰で親子仲はお世辞にも良いとは言えず、皇太子時代から正妃をわざと決めずに来た。現皇太子と薫の生母ではあるが九條家から入内した彼女を選んで、九條家と嵐子に宮中での権力を強めたくはなかったのだろう。
大切なのは皇帝を中心としての皇家であって、一貴族の専横ではないのだ。確かに国政そのものは国民に権利を渡し、政治的なことからは皇家は退いた。しかし貴族と皇家の内々の諸事は皇帝が未だに握っている。それが皇国が戦後に選んだ選択であった。それでも一応は皇帝の決定した事柄を国民議会にかけ、形式的なものであっても認証を得た上で公に発表される決まりになっている。議会の認証の状態や発表のタイミングは皇帝の勅令が発せられてからになる。それまでは内容は貴族にも内密にされ、その都度内容を知る人間が皇帝自らの意思で選定されている。如何に九條家や后妃であっても皇帝が望まなければその内容は知ることができない。
「雫さん、武さまと同じ体格で同じ重さのダミーは用意できますか?」
「すぐに用意する」
敦紀の問いかけに即答する。
「以前に武さまの石膏型を取らせていただいたことがあります、手と顔の」
この言葉に雫は目を見開いた。
「面白がられて、半ばノリで協力してくださいました。それを利用できますが、死顔ではありませんので、周さんか朔耶さんに協力していただきたい」
「私がいたしましょう。周は武さまの治療があります」
棺の中の貌に見せるためにはそれなりの細工が必要であり、実際の死顔を見ている夕麿を騙すくらいの物がいる。それには死顔を見た周や朔耶の印象を参考にしなければならなかった。
「武さまが生き返られたことについては、殯を行った者とここにいる者以外には秘しておくように。月耶君と蓮君を引率して来た下河辺君には俺から口止めをしておく」
「月耶には私から。あれは時折、変に口が軽くなりますから」
雫の言葉に朔耶の言葉が続いた。
「これで今日の件は一応は解散とする。何か緊急の事があれば貴之に」
貴之は入院中だから誰かが出入りしても不振に思われない。電話やメールすら誰かに盗み聞きや盗み見をされる可能性がある。ここに九條家の間者入り込んではいないという保証はどこにもない。御園生家にすら潜り込んでいた様子があったのだ。
今この御在所にいる中で秘密を知るのはここにいる彼らと三日月、医師である保だけ。夕麿だけでなく小夜子にも真実は知らされない。仕方がない状況だとは言え、残酷な話だった。
深い悲しみに包まれる中、葬送の準備は粛々と進められていく。
夕麿は抜け殻の如くただ茫然とこれを眺めていた。見かねた義勝がピアノの前に座らせるが、日々の最低限の練習をするのみで、あとはただ二階の居間のソファにぼんやりと座っている。
義勝としては彼が武の後を追う気力もないことが見て取れて、一応はホッと胸を撫で下ろしていた。
「何があっても夕麿を一人にするな」
という義勝の助言に従って、誰かが側にいた。
今一つよかったのは居間に出入りの許可を得られていない、響を夕麿から結果的に弾き話せたことだった。彼は毎日、顔を出してはいるが夕麿にはほとんど対面できてはいない。
取り巻きたちを周囲に侍らせて、ここで働いている者に取次を頼んだり、様子を窺ったりはしているが望むようにはいっていない。清方すら今は彼に取り合っている余裕はなかった。
そして……葬送の日が来た。
紫霞宮の慕陵は裏の一本桜の丘の向こう側に造られている。蛍たちの遺骨が納められている場所のすぐ近くだ。皇家は火葬は行わず、防腐処理をして棺に納めて墓陵内の石造りの部屋へ安置される。
普通は慕陵は離れた場所が選定されるのだが、武にはそのような場所は与えられるわけがなく、ここを建設した時に蛍たちの慕陵とともに、自分がもしもの時を考えて造らせたものだった。
もちろん、夕麿も共にここで眠るための場所を武に懇願して、棺が並べて置けるだけの空間は確保されている。
皇家の葬送を執り行う神職が派遣されることはなく、旧都から戻って来た天羽 榊と通宗の二人が、兄の槐を連れて来た。彼らの父親が若い頃に皇家の葬送に加わっていた経験があり、槐は手順を受けて駆け付けたのだ。
葬送の儀式は槐だけではできずに三日月と朔耶が補助してしめやかに執り行われる運びになった。
参列するのは基本としてこの御在所と併設する施設に居住する者。生母である小夜子。夕麿の異母弟である静麿。行長や月耶、蓮は先日の殯のためにここへ来たために、今回は学院都市を出る許可が与えられなかった。
棺は謁見の間と呼ばれている一番広い部屋に安置されていた。
この部屋は全体が吹き抜けになっており、壁面には敦紀から買い取った絵画『花開くとき』がはめ込まれていた。以前は敦紀の絵の保存と展示のための美術館の最奥に展示されていたが、同じものをずっと展示するわけにはいかないので新たなものに変更することになっていた。それを武が懇願して購入したのである。美術館の壁一面を飾る対策の絵画を武は、完成したばかりのこの建物のこの部屋の正面のドアの反対側、奥の壁にはめ込んだのである。もちろん直接触れたりできないように、ちゃんとガラスケースに入れて。しかも湿度や温度を一定に保つための工夫まで施して。
今、棺はその前にある。
夕麿は棺の側に立ち、白木で作られた棺をそっと撫でていた。
恐らくは目の前の光景を現実として受け入れられずにいるのだろう。泣き虫の彼が表情を失って涙も流せずにいる。
その姿にこれが偽りであることを知る者は胸を痛めていた。
武は黄泉返って生きている。そう彼にここで告げたくなる衝動を抑えるのが大変であった、特に雅久や貴之は。
貴之は無理を言って車椅子で葬列に加わっていた。忠臣である彼が拓真の様に身動きできないのであればまだしも、痛みを抑えながら車椅子で動くことは可能だったから、ここにいないのは入り込んでいる間者に怪しまれるのを防ぐためだ。
九條家は未だに疑っているのかもしれない。確かに月下百合は猛毒で、中毒を起こした者の生存率は非常に低い。それでもこちらには慈恩院家がいることを気にしているのかもしれない。
しかも九條家の別邸に乗り込んだ雫と貴之が散々暴れ回った挙句、ゲオルグを再起不能にした上に実時を半殺しにして、葵と知也を救出して去ったのである。
ゲオルグは貴之の最後の回し蹴りで脛骨神経にダメージを受け、生涯寝たきりになる身体になった。首から下は動かないどころか、熱も痛みなどの感覚が一切失われた。命には別条はないが。傭兵として戦いの場に生きて来た男には最も辛い状態になったわけである。
この報告を芳之から受けた時に雫は、本当に貴之ならばグルズリーを素手で倒せると確信したほどだった。
実時の方は『事情徴収』を行うにあたって、あまりにも答えないのに業を煮やした雫が彼の太腿に銃弾を撃ち込んだことが発端になった。
本来、拷問による自白は自白として認められはしない。二人ともそんなことはプロフェッショナルとしてわかっている。それでも武に直接手を下したこの男を許せない想いで一杯だったのだ。
その結果、実時はゲオルグと大差がない状態になった、二度と誰かの生命を危険に晒す所業をできないように。
邸から出て来た二人が血まみれだった理由はそこにあった。それ以外の者は襲ってきても貴之が峰打ちにした。
もっとも峰打ちもそれなりに残酷ではある。切り傷は負わないだけで骨折などの内部の損傷を負う。彼らが立ち去ったあとの邸中は惨憺たる状態であっただろう。
二人は処罰を覚悟で所謂『殴り込み』を行ったのだ。無論、そこに葵と知也がいるのを確信していたからこそ武器を手に乗り込んだ。
一応は自分たちの行動と覚悟を上司である芳之と久方に告げた上だった。
数日が経過した今でも後悔はしていない。同じ状況があれば再び実行する。それによってこれまでのキャリアを失ったとしても。
実時から聞き出したことは即刻まとめて、芳之と久方に送った。芳之からは『不問に付す』と返事が来て、久方からは『大儀であった』という皇帝の言葉が伝えられた。
九條家がこのことをどう捉えているのかは不明だが、今のところはそちらからの反応は一切ないままだ。
部屋に流れているのはモーツァルトのレクイエム『涙の日』だ。モーツァルト嫌いの夕麿も今日は無言だ。
やがて曲が止まり葬送の儀式が始まった。
槐の唱える葬送の祝詞が静かに室内に響く。それに静かに三日月と榊が続く。
唱えられる祝詞は月神を称え、その正当なる末裔の皇子が黄泉路を無事に渡れるようにと祈る。もしここに武本人と蓮がいたならばリアルな黄泉路渡りを思い浮かべただろう。
室内には伽羅香が焚かれ、祝詞以外の声は聞こえない。何人かはただ静かに頬を濡らしていた。
しかし彼らは知らなかった。この時、蓬莱山が再び激しく噴火をして真っ黒な噴煙を上げ、大量の火山灰を吹き上げたことを。
この事実は宮中の、特に後宮の女たちを震え上がらせていた。同時に九條家の人間も恐れ戦き、急いでゆかりの寺社に祈祷を命じるほどだった。
武が生きているのを知っている者たちですら、この天変地異に恐怖を感じていた。
何故ならば『皇家の霊感』の持ち主は、月神の寵愛を受ける存在として歴史の中では大切にされて来たからだ。しかし蓮の一族が彼の能力を疎んだように、宮中での覇者争いをする者には邪魔に思える能力でもあった。九條家が、嵐子が執拗に武を狙った理由の一つはそれであっただろう。本来ならば高御座に最も近い存在であり、人望の厚かった皇后が産んだ皇子の忘れ形見であるのだ。武の存在が世に知らされれば虚弱な現東宮よりも……という声が上がる可能性も彼らが恐れる事の一つであった。ましてや今や伝説と化している『皇家の霊感』を有しているとなれば、その声はさらに大きくなっていくだろう。
武自身はそのようなことは望んではいない。むしろ拒絶している。公に発表されない皇子ゆえに二重の生活を強制された。夕麿との結びつきがなかったならば、一庶民として生きることを強く望んだだろう。浅はかにも彼らは武の苦悩も知らず、知ろうともせずにただ邪魔に思って排除を企てた。
蓬莱山の大噴火は単なる偶然であるかもしれない。だが彼らの心を大いに冷えさせたのは事実だろう。
葬送の儀式が終了し、近い身長で選ばれた者たちが棺を担ぎ上げた。そのまま部屋を出て廊下を曲がり、葬送の時にのみ開かれる扉から墓陵へと粛々と運ばれた。
石室の石の扉が重々しい音と共に開かれ、棺が所定の位置に安置された。次いで枕元と棺の上に葬送の埋葬品が置かれ、再び槐の祝詞が唱えられた。それが終わると石の扉が閉じられ、封印が施された。
別れがたい想いで石の扉の前に佇んでいた彼らの中の一人が、西の空を指さして叫んだ。
「あれはなんだ⁉」
西の空が真っ黒に染まっていたのだ。火山灰が帝都に押し寄せて来たのだ。
「皆、早く中へ戻れ!」
周が叫んだ。火山灰は吸い込めば時として呼吸器官に重大な病を引き起こす原因になる。
全員が建物の中へと駆けだした。
最後の者が扉の中へ飛び込んだ次の瞬間、パラパラと小さな火山岩混じりの灰が降り出した。それは黒に近い灰色の重い物だった。
その日、赤黒い夕焼けに続いて紫色に染まった空が不気味に、晩秋であるにもかかわらずなかなか消えることがなかった。
人々は凶事の前触れではないかと恐れ戦いたのだった。
巨漢の白人との闘いは彼にもかなりのダメージを与えていた。だが戻って来るまである種の興奮状態であったため、自身の身体の負傷や痛みを感じられなくなっていたのだ。
血まみれの雫と貴之はそのまま御在所に入るわけにはいかず、葵を任せて特務室へと戻った。そこで貴之が倒れたのである。
慌てて病院棟へ運び、保の診察を受けた。
「特殊な状態だったとはいえ、よくここまで戻って来られましたね。通常ならば立っているのも難しい」
執拗に攻撃されていた脇は肋骨二本が折れ、一本がひびが入っていた。また素手で闘った折に攻撃を受け止めた左手は手首から肘にかけた部分で二本とも骨折していた。
鍛えに鍛えた貴之でもかなりの重傷を負ったのだ。逸見 拓真が瀕死の重体になったのもしかたのないことだったのかもしれない。
腕の骨折は雫の力を借りて、貴之本人が骨接ぎの要領で折れた部分を繋いで、ギプスで固定された。さすがに肋骨は大事な臓器が近過ぎて、保に止められてしまった。
即刻、入院を命じられて今は病床にいる。
今ここに雫たちが集まっているのは、もちろん武が黄泉返ったことを聞いたからだ。さらに久方を通じて皇帝の勅許が下されていた。受けたのは雫である。
雫は病室に揃った皆の顔を見回してから口を開いた。
「周、武さまの容態は?」
「未だ、危篤状態を脱してはおられない。有効な解毒剤が存在しない現状では、対処的な処置しかできていない」
人工呼吸器をつけた状態で横たわっている武の意識は時折、水底から泡が沸きあがるように鮮明に回復する。しかしその瞬間、全身を稲妻の様に走る激痛に身悶える。そして自らの動きがさらに痛みを呼んでしまう。
「鎮痛剤も無限に使えるわけじゃない」
武の苦しみ方は周にも辛い。そのわずかな部分でも身代わりになりたくなる。
今の武は苦痛で暴れて呼吸器に影響を与えかねないため、軽く拘束されている状態だ。意識が混濁しているか、毒の別の作用で昏睡状態に陥る時だけが休めているとしか言いようがなかった。
「助かるのか?」
「わからない。武さま次第……としか言えない」
「そうか。折角、黄泉返られたんだ、元気になっていただきたいが」
雫の言葉はここにいる全員の気持ちでもあった。
彼は再び皆の顔を見回してから、『勅』と書かれた紙を取り出した。既に開かれて中を確認した後があった。
「今上皇帝は武さまが黄泉返られたことをしばらく伏せて、そのまま葬送の準備を進めるようにと命じられている」
「は?」
不審の声を上げたのは朔耶だった。彼は弟二人と共に殯を行っていた。その間に蓮が武を呼び戻すために、黄泉比良坂へ危険を承知で下ったのである。
蓮と三日月は武の殯を執り行うために、行長の引率で二日だけ学院都市を離れる許可を強引に取った。渋る学院側が許可を出したのは、ここでも皇帝の『勅』が出たからだった。
その三人も一昨日の夕刻に帰って行った。
「問題は武さまご本人が棺の中に入っていただくわけにはいかないことだ。早急にそれらしく見える物を用意しなければならない」
確かに空の棺では偽りの葬送は難しい。皇国の皇家の慣習では殯の後は納棺して、対面は葬送の当日のみになっているが……それも、現代では行われてはいない。ただ今回は夕麿あたりが最後に顔を見たがる可能性があった。薫が不在の今、ここで最も身分が高いのは夕麿なのだ。その彼が求めれば誰も止めることはできはしない。
「ということは、夕麿には黙っておくつもりですか?」
雅久と背後に控えていた義勝が声を上げた。
「夕麿は武さまのことになると感情を隠し切れない。バレる人間にはバレる」
そう言い切ったのは周だった。
「確かに……」
義勝が溜息交じりに言うと貴之が苦笑しながら頷いた。
「ですが何故、武さまが生きておられることを伏せなければならないのでしょうか。今上は本当は武さまが薨去された方がご都合がよいのでは?」
朔耶の懸念はもっともだ。危篤状態が続いている武がもしこのまま、もう一度黄泉路を下るならば呼び戻すことは不可能なのだ。
「いや、それはない。久方さまの話によると先帝陛下からも武さまのことを頼まれておられるそうだ。罪咎のない武さまを排除しようという企てが繰り返し起こるのは、今後の皇家にとっても皇国にとっても何某かの禍を呼ぶことにもなりかねない」
こういうと雫は再び皆を見回した。
「実際に禍が既に起こっているんだ」
「禍?」
「それは本当ですか?」
『禍』と聞いて首を傾げる周。驚きの声は敦紀があげた。
「武さまが薨去されたその時刻、中央島の蓬莱山が数百年ぶりに大噴火をした。これまで小規模の噴火は繰り返してきたが、今回の噴火は山体崩壊まで引き起こしている。しかも大量の火砕流まで発生して月下百合の群生地を直撃したそうだ。おそらくは全滅だろうと専門家は言っている」
蓬莱山噴火の報はTVなどでも流れているだろうが、ここにいる者たちはそんな余裕もなかった。
「そんな……」
「いくら何でも」
蓬莱山は皇国のシンボルでもある。古に秦の始皇帝が求めた不老不死の薬、それがあると言って徐福が目指したのがこの蓬莱の地だった。蓬莱の目印は活火山である蓬莱山。徐福が辿り着いたのかはわからない。ただこの地に不老不死の薬があるとされたのは、ここが月神信仰の国であったことからだと言われている。古代中国に於いて不老不死の薬を盗んで月に逃げた『嫦娥』が、不老不死になった伝説がある。また不老不死の楽園である『常世の国』への道が、海に延びる満月の光の道であるとの伝説もある。
月=不老不死の伝説や神話は東洋には複数あるが、月神を主神にしているのは現在は蓬莱皇国だけであろう。しかも大抵は月神は一人(複数の神話の融合した者には複数がいる)が普通であるが、皇国は『月読尊(新月)』『月弓尊(三日月)』『月夜見尊(満月)』の三人の月神がいる。
また景行天皇の時代に『時じくの実』という不老不死の薬を求めた話があり、それが橘の実だったという記述が記紀にある。確かに皇国には元より橘が自生しており、現在国花にしているほどである。
そういったことからこの地には不老不死の薬があると信じられたのかもしれない。
「蓬莱山の近くでは火山性の地震が頻発している。国民は『凶事』の前触れだと言って怯えている」
全員の背筋が冷たくなった。
「本当にこれが武さまに害をなしたことが原因ならば……」
この中で一番に八百万の神々を肌で感じているのは雅久だ。彼は実際に神降ろしを実行した経験がある。
「今上もどこまで信じておられるのかはわからない。だが今回で本気で宮中の悪しき膿を払拭なさるつもりだ」
「ですが室長。九條家は皇家の外戚です」
「あ~そこはあまり気にされてないかもしれん」
貴之の言葉に周が応えた。
「どういうことですか?」
「親子の仲、つまり今上は九條 嵐子と仲が良いとはいえないと聞いてる」
周は妙なところで宮中の噂に詳しい。これは親戚に宮中女官がいるからだ。彼女は長年宮中に仕えておりそれなりの身分も与えられている。周は周なりに武を守るために宮中の情報を集めていた。それは久方とは違う方面の情報だった。
「皇家の慣習が原因だろうな」
皇家の習慣とは女御・更衣が何人いようとも、彼女たちがどれだけ子供を産んだとしても、皇子はすべて皇后が母となる決まりなのである。生まれたその時から生母から乳母の手に渡され、皇后を母親として育てられるのである。故に生母のことはかなり成長するまでは知らない。
今上皇帝の場合は先帝の皇后の崩御がきっかけであったらしい。美しく穏やかな女性であった皇后が母ではなく、美しくはあるが気性が荒く我がままな女性が生母と知って、今上皇帝はかなりのショックを受けたそうなのだ。お陰で親子仲はお世辞にも良いとは言えず、皇太子時代から正妃をわざと決めずに来た。現皇太子と薫の生母ではあるが九條家から入内した彼女を選んで、九條家と嵐子に宮中での権力を強めたくはなかったのだろう。
大切なのは皇帝を中心としての皇家であって、一貴族の専横ではないのだ。確かに国政そのものは国民に権利を渡し、政治的なことからは皇家は退いた。しかし貴族と皇家の内々の諸事は皇帝が未だに握っている。それが皇国が戦後に選んだ選択であった。それでも一応は皇帝の決定した事柄を国民議会にかけ、形式的なものであっても認証を得た上で公に発表される決まりになっている。議会の認証の状態や発表のタイミングは皇帝の勅令が発せられてからになる。それまでは内容は貴族にも内密にされ、その都度内容を知る人間が皇帝自らの意思で選定されている。如何に九條家や后妃であっても皇帝が望まなければその内容は知ることができない。
「雫さん、武さまと同じ体格で同じ重さのダミーは用意できますか?」
「すぐに用意する」
敦紀の問いかけに即答する。
「以前に武さまの石膏型を取らせていただいたことがあります、手と顔の」
この言葉に雫は目を見開いた。
「面白がられて、半ばノリで協力してくださいました。それを利用できますが、死顔ではありませんので、周さんか朔耶さんに協力していただきたい」
「私がいたしましょう。周は武さまの治療があります」
棺の中の貌に見せるためにはそれなりの細工が必要であり、実際の死顔を見ている夕麿を騙すくらいの物がいる。それには死顔を見た周や朔耶の印象を参考にしなければならなかった。
「武さまが生き返られたことについては、殯を行った者とここにいる者以外には秘しておくように。月耶君と蓮君を引率して来た下河辺君には俺から口止めをしておく」
「月耶には私から。あれは時折、変に口が軽くなりますから」
雫の言葉に朔耶の言葉が続いた。
「これで今日の件は一応は解散とする。何か緊急の事があれば貴之に」
貴之は入院中だから誰かが出入りしても不振に思われない。電話やメールすら誰かに盗み聞きや盗み見をされる可能性がある。ここに九條家の間者入り込んではいないという保証はどこにもない。御園生家にすら潜り込んでいた様子があったのだ。
今この御在所にいる中で秘密を知るのはここにいる彼らと三日月、医師である保だけ。夕麿だけでなく小夜子にも真実は知らされない。仕方がない状況だとは言え、残酷な話だった。
深い悲しみに包まれる中、葬送の準備は粛々と進められていく。
夕麿は抜け殻の如くただ茫然とこれを眺めていた。見かねた義勝がピアノの前に座らせるが、日々の最低限の練習をするのみで、あとはただ二階の居間のソファにぼんやりと座っている。
義勝としては彼が武の後を追う気力もないことが見て取れて、一応はホッと胸を撫で下ろしていた。
「何があっても夕麿を一人にするな」
という義勝の助言に従って、誰かが側にいた。
今一つよかったのは居間に出入りの許可を得られていない、響を夕麿から結果的に弾き話せたことだった。彼は毎日、顔を出してはいるが夕麿にはほとんど対面できてはいない。
取り巻きたちを周囲に侍らせて、ここで働いている者に取次を頼んだり、様子を窺ったりはしているが望むようにはいっていない。清方すら今は彼に取り合っている余裕はなかった。
そして……葬送の日が来た。
紫霞宮の慕陵は裏の一本桜の丘の向こう側に造られている。蛍たちの遺骨が納められている場所のすぐ近くだ。皇家は火葬は行わず、防腐処理をして棺に納めて墓陵内の石造りの部屋へ安置される。
普通は慕陵は離れた場所が選定されるのだが、武にはそのような場所は与えられるわけがなく、ここを建設した時に蛍たちの慕陵とともに、自分がもしもの時を考えて造らせたものだった。
もちろん、夕麿も共にここで眠るための場所を武に懇願して、棺が並べて置けるだけの空間は確保されている。
皇家の葬送を執り行う神職が派遣されることはなく、旧都から戻って来た天羽 榊と通宗の二人が、兄の槐を連れて来た。彼らの父親が若い頃に皇家の葬送に加わっていた経験があり、槐は手順を受けて駆け付けたのだ。
葬送の儀式は槐だけではできずに三日月と朔耶が補助してしめやかに執り行われる運びになった。
参列するのは基本としてこの御在所と併設する施設に居住する者。生母である小夜子。夕麿の異母弟である静麿。行長や月耶、蓮は先日の殯のためにここへ来たために、今回は学院都市を出る許可が与えられなかった。
棺は謁見の間と呼ばれている一番広い部屋に安置されていた。
この部屋は全体が吹き抜けになっており、壁面には敦紀から買い取った絵画『花開くとき』がはめ込まれていた。以前は敦紀の絵の保存と展示のための美術館の最奥に展示されていたが、同じものをずっと展示するわけにはいかないので新たなものに変更することになっていた。それを武が懇願して購入したのである。美術館の壁一面を飾る対策の絵画を武は、完成したばかりのこの建物のこの部屋の正面のドアの反対側、奥の壁にはめ込んだのである。もちろん直接触れたりできないように、ちゃんとガラスケースに入れて。しかも湿度や温度を一定に保つための工夫まで施して。
今、棺はその前にある。
夕麿は棺の側に立ち、白木で作られた棺をそっと撫でていた。
恐らくは目の前の光景を現実として受け入れられずにいるのだろう。泣き虫の彼が表情を失って涙も流せずにいる。
その姿にこれが偽りであることを知る者は胸を痛めていた。
武は黄泉返って生きている。そう彼にここで告げたくなる衝動を抑えるのが大変であった、特に雅久や貴之は。
貴之は無理を言って車椅子で葬列に加わっていた。忠臣である彼が拓真の様に身動きできないのであればまだしも、痛みを抑えながら車椅子で動くことは可能だったから、ここにいないのは入り込んでいる間者に怪しまれるのを防ぐためだ。
九條家は未だに疑っているのかもしれない。確かに月下百合は猛毒で、中毒を起こした者の生存率は非常に低い。それでもこちらには慈恩院家がいることを気にしているのかもしれない。
しかも九條家の別邸に乗り込んだ雫と貴之が散々暴れ回った挙句、ゲオルグを再起不能にした上に実時を半殺しにして、葵と知也を救出して去ったのである。
ゲオルグは貴之の最後の回し蹴りで脛骨神経にダメージを受け、生涯寝たきりになる身体になった。首から下は動かないどころか、熱も痛みなどの感覚が一切失われた。命には別条はないが。傭兵として戦いの場に生きて来た男には最も辛い状態になったわけである。
この報告を芳之から受けた時に雫は、本当に貴之ならばグルズリーを素手で倒せると確信したほどだった。
実時の方は『事情徴収』を行うにあたって、あまりにも答えないのに業を煮やした雫が彼の太腿に銃弾を撃ち込んだことが発端になった。
本来、拷問による自白は自白として認められはしない。二人ともそんなことはプロフェッショナルとしてわかっている。それでも武に直接手を下したこの男を許せない想いで一杯だったのだ。
その結果、実時はゲオルグと大差がない状態になった、二度と誰かの生命を危険に晒す所業をできないように。
邸から出て来た二人が血まみれだった理由はそこにあった。それ以外の者は襲ってきても貴之が峰打ちにした。
もっとも峰打ちもそれなりに残酷ではある。切り傷は負わないだけで骨折などの内部の損傷を負う。彼らが立ち去ったあとの邸中は惨憺たる状態であっただろう。
二人は処罰を覚悟で所謂『殴り込み』を行ったのだ。無論、そこに葵と知也がいるのを確信していたからこそ武器を手に乗り込んだ。
一応は自分たちの行動と覚悟を上司である芳之と久方に告げた上だった。
数日が経過した今でも後悔はしていない。同じ状況があれば再び実行する。それによってこれまでのキャリアを失ったとしても。
実時から聞き出したことは即刻まとめて、芳之と久方に送った。芳之からは『不問に付す』と返事が来て、久方からは『大儀であった』という皇帝の言葉が伝えられた。
九條家がこのことをどう捉えているのかは不明だが、今のところはそちらからの反応は一切ないままだ。
部屋に流れているのはモーツァルトのレクイエム『涙の日』だ。モーツァルト嫌いの夕麿も今日は無言だ。
やがて曲が止まり葬送の儀式が始まった。
槐の唱える葬送の祝詞が静かに室内に響く。それに静かに三日月と榊が続く。
唱えられる祝詞は月神を称え、その正当なる末裔の皇子が黄泉路を無事に渡れるようにと祈る。もしここに武本人と蓮がいたならばリアルな黄泉路渡りを思い浮かべただろう。
室内には伽羅香が焚かれ、祝詞以外の声は聞こえない。何人かはただ静かに頬を濡らしていた。
しかし彼らは知らなかった。この時、蓬莱山が再び激しく噴火をして真っ黒な噴煙を上げ、大量の火山灰を吹き上げたことを。
この事実は宮中の、特に後宮の女たちを震え上がらせていた。同時に九條家の人間も恐れ戦き、急いでゆかりの寺社に祈祷を命じるほどだった。
武が生きているのを知っている者たちですら、この天変地異に恐怖を感じていた。
何故ならば『皇家の霊感』の持ち主は、月神の寵愛を受ける存在として歴史の中では大切にされて来たからだ。しかし蓮の一族が彼の能力を疎んだように、宮中での覇者争いをする者には邪魔に思える能力でもあった。九條家が、嵐子が執拗に武を狙った理由の一つはそれであっただろう。本来ならば高御座に最も近い存在であり、人望の厚かった皇后が産んだ皇子の忘れ形見であるのだ。武の存在が世に知らされれば虚弱な現東宮よりも……という声が上がる可能性も彼らが恐れる事の一つであった。ましてや今や伝説と化している『皇家の霊感』を有しているとなれば、その声はさらに大きくなっていくだろう。
武自身はそのようなことは望んではいない。むしろ拒絶している。公に発表されない皇子ゆえに二重の生活を強制された。夕麿との結びつきがなかったならば、一庶民として生きることを強く望んだだろう。浅はかにも彼らは武の苦悩も知らず、知ろうともせずにただ邪魔に思って排除を企てた。
蓬莱山の大噴火は単なる偶然であるかもしれない。だが彼らの心を大いに冷えさせたのは事実だろう。
葬送の儀式が終了し、近い身長で選ばれた者たちが棺を担ぎ上げた。そのまま部屋を出て廊下を曲がり、葬送の時にのみ開かれる扉から墓陵へと粛々と運ばれた。
石室の石の扉が重々しい音と共に開かれ、棺が所定の位置に安置された。次いで枕元と棺の上に葬送の埋葬品が置かれ、再び槐の祝詞が唱えられた。それが終わると石の扉が閉じられ、封印が施された。
別れがたい想いで石の扉の前に佇んでいた彼らの中の一人が、西の空を指さして叫んだ。
「あれはなんだ⁉」
西の空が真っ黒に染まっていたのだ。火山灰が帝都に押し寄せて来たのだ。
「皆、早く中へ戻れ!」
周が叫んだ。火山灰は吸い込めば時として呼吸器官に重大な病を引き起こす原因になる。
全員が建物の中へと駆けだした。
最後の者が扉の中へ飛び込んだ次の瞬間、パラパラと小さな火山岩混じりの灰が降り出した。それは黒に近い灰色の重い物だった。
その日、赤黒い夕焼けに続いて紫色に染まった空が不気味に、晩秋であるにもかかわらずなかなか消えることがなかった。
人々は凶事の前触れではないかと恐れ戦いたのだった。
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