蓬莱皇国物語Ⅵ~浮舟

翡翠

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恋情

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「月耶、具合はどうです?」

「朔耶兄さん!?」

 月耶は突然現れた兄に驚いて飛び起きた。

「何で!?」

「周がそろそろ寂しがるから」

「はあ?………俺はついでかよ」

 昔は何に対しても無関心で、孤高を自ら守っていたような彼が、今は二言目には周と言う。それがおかしくもあり、羨ましくもあった。

「月耶、二人で少し話をしたいと思います。個室を一時的に借りましたから、来てもらえますか?」

 半ば強制だとその目は言っていた。自分の病気に周を巻き込んでしまった事を、朔耶に叱られても仕方ないと月耶は思った。だから素直に頷いて、彼に従って部屋を出た。

「ここに座って」

 ベッドを指されて無言で従う。朔耶は椅子を移動させて、彼に向き合うように座った。

「単刀直入に言います」

 遠回しに言っても意味がないと思っていた。

「周があなたの独り言を聞いていました」

「え…」

 それが何を指しているのか、月耶にもすぐにわかった。

「周はあなたを心配していました。彼も夕麿さまを想い、それを武さまへの忠義に変えた時期があったのです」 

 朔耶の言葉に月耶は目を伏せた。 

「周はあなたの場合は、いたずらに苦しみ続けるだけだと言っています。あなたが想う方が薫さまなら、それは忠義に変えて生きていける」 

 朔耶は立ち上がって弟の手を握り締めた。 

「薫さまへの忠義と下河辺先生への想いは別ものです。だからあなたは決して満たされる事はない。 

 周は多分、そう言いたいのでしょう」 

「だったら…どうすれば良いんだよ…」 

 月耶の瞳から零れ落ちた涙が、彼の手を握り締めた朔耶の手を濡らす。 

「先生の想う方が武さまでは…想いが成就するのは難しいでしょう。 

 でもね、月耶。あなたの恋はまずきちんと終わらせなければダメです」 

「終わらせる?」 

「告白して振られて来なさい」 

 残酷な事を言っている。けれど中途半端な片想いは、前に進める力を与えたりしない。苦しみ続けるだけだ。 

「下河辺先生は今、眠っていらっしゃいます。明日の夕方にお時間をいただけるように、私がお願いしておきますから」

 本当は傷付いて欲しくはない。大事な弟なのだから。好きな相手に振り向いてもらえない痛みなら、周に夕麿の身代わりにされていると思い込んだ時に経験している。

「そこからあなたが、本当に何をしたいのかを考えていくべきです」

「俺がやりたい事?」

「月耶、家とか薫さまの事に、あなたはこだわらなくても良いのです。まずはあなたが何をしたいのかを考えなさい。私も三日月も家を出ました。だからこんな偉そうな事を言える立場でないのは、重々承知で言っているのです」

 全てを末っ子である月耶に背負わせる形になってしまった。それは朔耶と三日月、共通の想いだった。出来れば異性を愛して、家を継いで欲しいとも思う。自分たちが好き勝手しているのを棚に上げて、口が裂けても言えないのはわかっている。

 好きな相手と結ばれるのが、一番の幸せだともわかっている。それでも同性愛は険しい棘の道だ。

「兄さんは…失恋した事ないじゃないか…」

 不意に月耶が呟いた。

「失恋自体はありませんね。でも…その想いは味わった事があるのです」

 朔耶は弟から離れると昨年の夏の出来事を口にした。

「私が愚かだったのです。でも周が夕麿さまを想う気持ちは、御伴侶であられる武さまに忠義を捧げる程に強いものでした。

 周はこう言いました。

『愛する人が笑顔になるならば、恋敵に生命を捧げても本望だと思っていた』と。

 だから私は夕麿さまには勝てないし、なれはしないと思ったのです」

 朔耶のその想いはそのまま、月耶の想いと同じだった。

「兄さんは…どうしようと思った?」

「生きてはいけないと思いました。でも私は周に生命を救われたのです」

 自分があの時、何を想い何を願ったのか。朔耶は弟に何も隠さずに話した。自分を追い込んだ透麿の事以外は。

「そっか…朔耶兄さんも、いろいろあったんだ」

 目を潤ませて語った兄の姿に月耶は、彼の苦悩が如何に深いものであったかを知った。その上での今がある事も。

「わかった。先生に告白する」

 拳を握り締めて答える姿は痛々しかった。でも辛くても悲しくても、人間は向き合わなければならない時がある。前に踏み出す為には絶対に必要な過程なのだ。

「振られたら…俺の泣き言に付き合ってくれる?」

「もちろんです。あなたは私の大切な弟なのですから」

「うん」

 決意を固めた弟を病室に戻してから、朔耶は行長のいる病室へと歩きだした。

 行長の気持ちも理解出来る。出来るからこそ月耶と向き合って欲しいと思った。 

 ナースステーションで睡眠導入剤をもらったらしいと聞いたが、朔耶は一応、彼がいる病室のドアをノックした。 

 すると返事が返って来た。 

 意を決して、朔耶はドアを開けた。 

「失礼します」 

 武を10年も想い続ける行長の気持ちも、本当は大切にしたいと思う。けれど弟が前に進む為には、どうしても彼の協力がいる。 

「朔耶…さま?」 

 在校中は呼び捨てだった。だが今は護院家の子息としての朔耶の立場を、行長はきちんと弁えて対していた。 

「どうして、学院に?」 

「周がそろそろヘタっていると思いまして」 

「…『怠惰たいだの貴公子』も形無しですね…」 

 行長が苦笑する。 

「それ、周の在校中の渾名あだなですか?」 

「ええ。他にも幾つかあったと記憶してますが、一番、有名なのがこれです」 

「私にもあったのでしょうか?」 

「歴代の生徒会長には必ずあるものです。 

 夕麿さまが『難攻不落の氷壁』。これは後に別のものになりました。 

 武さまは最初は『衣通比売そどおりひめ』でした。 

 君は…確か、『紅の君』だった筈です」 

「紅…ですか?」 

「葵さまが『青の君』でしたから、その所為かもしれません。それとも蝕の月が紅いからなのか。三日月が『上弦の君』で、月耶が『望月の君』らしいですから、後者の方が正解なのかもしれませんが」  

「なる程。先生には?」 

「ありましたよ、余り有り難くないのが」 

 少し疲れた顔で笑う。 

「武さまに小言ばかり言っていたので、『小姑』と言われていました」 

 口にして笑う顔は昔を懐かしむ表情だった。行長の心は10年前から先へ進んではいないのかもしれない。 

「それで?こんな話をしに来たわけではないのでしょう?」 

 顔からスッと笑みを消して、行長が言った。 

「弟の…月耶の事で」 

「でしょうね…そうだと思いました」 

「先生が誰を思っていらっしゃるのか、私も弟も知っています。だからお願いがあるのです」 

「お願い?」 

「明日の夕方に月耶は、あなたに告白に来ます。逃げないできちんと振ってやっていただけませんか?けじめをつけさせてやりたいのです」 

 それは月耶に対してだけでなく、行長に対してもある意味残酷な願いだ。少なくとも行長にとって月耶は、可愛い教え子には違いない筈だ。朔耶は敢えて傷付ける事を頼んでいるのだ。 

 誰かにはっきりと意志を告げるのは勇気がいる事だ。依頼する朔耶も決して無傷ではいられない。誰かに痛みや傷みを望むならば、たとえ相手の為であっても行う者も傷を負う両刃もろばの剣。

 朔耶はちゃんと理解した上で弟と恩師の間に立っていた。

「…それは難しいですね…」

 行長は床に視線を移して呟いた。

「私は…今、自分の気持ちがわからなくなっています。武さまへの想いは…学祭の後に決別しました。忠義はありますがこれ以上は不毛だと思いますし…夕麿さまはお気付きでいらっしゃるようでしたから。前に進もうと…思った矢先に月耶を傷付けてしまいました」

 武と月耶を間違えた事実は行長にもショックだった。何がそんなにも自分に衝撃を与えたのか。答えに行き当たった時、愕然としたのだ。だがこの事によって月耶の信頼を失ってしまった事の方がショックだった。いつも自分に寄って来て向けられる屈託のない明るい笑顔に、どれだけ自分が安らぎを感じていたのかに気付いた。 

 武が去った学院で過ぎ去った日々の思い出だけに、縋って自分の毎日が流れていた。だが月耶に出会って武にどこか似ている彼が、いつの間にか孤独を癒してくれていた。 

 インフルエンザ騒動の中で、行長は自分の気持ちと向き合う事が出来た。 

「今はまだ…恋愛未満、恋情とは呼べない気持ちなのです」 

 行長は自分の心情を語った上で、まだ迷いがあると告げた。 

「私の胸の内が定まるまでには、時間が必要なのだと思います」 

 胸に手を当てて行長は静かな口調で素直な気持ちを吐露した。 

「わかりました。 

 では先生。それをそのまま、弟に話していただけませんか?」 

「こんな中途半端で良いのでしょうか…」 

「多分…」 

 朔耶とて周以外に恋情を抱いた事がない。ましてやまだ10代、 明確な答えを知る筈もない。 

「わかりました。素直になりましょう」 

「ありがとうございます」 

「それにしても…」 

「まだ何か?」 

「いえ、あなた方兄弟は面白いですね」 

「何がですか?」 

 クスクスと笑う行長に、朔耶は意味がわからずに首を傾げた。

「あなたと周先輩。三日月と長与先生。そして…私と月耶」

「それが何か?」

「共通点に気が付きませんか?」

「共通点…?

 あっ!?」

 言われて初めて朔耶も自分たち兄弟の似た部分に気付いた。

 そう周も秀一も行長も皆、『先生』と呼ばれる人間なのだ。しかもそれぞれが自分と10歳以上の年齢差がある。

「嘘…」

 朔耶も驚きを隠せなかった。

「何かあるのでしょうか。不思議ですね…」

 行長が幾分、落ち着いた表情で言った。彼は彼なりに月耶の事を考えて、思い悩んでいたのだとわかる。

 このまま恋愛へ進むのか。ダメになるのかはまさに天のみぞ知る事だ。

「ありがとうございました。周の元へ戻ります。

 ……周も弟と先生の事を心配していました。多分、これで安心すると思います」

「わざわざ…ありがとう」

「いえ、弟の事ですし…周が間で悩んでましたから。

 それでは失礼します」

 朔耶は頭を下げて部屋を出て行った。それを見送ってから行長は苦笑した。朔耶の最後の言葉に苦笑した。

 周が心配していた……が朔耶の行動の一番の理由だとわかったのだ。何よりも周を一番に考える。朔耶の周への一途な愛情が、今の彼の全てなのだと。 

 全てを諦め感情を殺して生きていた。そんな朔耶の姿をずっと行長は、特待生の担任としても、生徒会顧問としても見詰めて来た。何があっても寂しげな笑みを浮かべるだけ。発作を繰り返す恐怖は、普通のものではなかった筈だ。 

 そして……周が夕麿を想い続ける姿も見ていた。武を想う自分と同じように。周はもう本当に孤独な状態から解放されたのだ。何よりも周を一番に考えて、ここまで来る相手がいるのだ。 

 自分は…どうなるのだろう?想う事ばかりで想われる事に慣れてはいない。相手は16歳。恋愛に慣れている筈がない。 

 行長は頭を抱えた。これで恋愛としてちゃんと、育んで行けるのだろうか? いや、それ以前に自分の気持ちは、紛う事なく恋情なのだろうか? 

「眠ろう…疲れているから、訳がわからなくなる」 

 行長はそう呟いて、周に渡された睡眠導入剤を飲んだ。程なく抗い難い眠気が襲って来た。行長は素直に目蓋を閉じ、深い眠りに誘われた。



 次の日の昼下がり、月耶は行長の部屋の前にいた。朔耶が了承を取ったと聞いたが気が重かった。何度となく躊躇ってからドアを叩いた。すぐに開かれて、苦笑混じりの行長に部屋へ引っ張り込まれた。 

「何時間掛かるのかと心配しましたよ?」 

 その言葉に月耶は真っ赤になった。彼には自分が何の為にこの部屋に来たのかを、行長が知らないように感じられた。朔耶はそこまでは話していないのだと。 

「先生…俺…」 

 潤んだ瞳で見上げて来た月耶の唇を、行長は人差し指で塞いだ。 

「まずは座りなさい。お茶を淹れましょう。それからゆっくりと聞きますから。私からも話したい事がありますし」 

「はい…」 

 月耶にすれば地獄の責め苦を引き延ばされる気分だった。本当は今にも逃げ出したくて、仕方ない想いを抑え込むのが大変だったのだ。 

「どうぞ」 

「あ…ありがとう…ございます」 

 受け取ったカップからは行長の大好きな、ヌワラエリヤティーの香りがした。 

 ヌワラエリヤはウバとディンブラに挟まれた所に位置する紅茶の産地で、スリランカで最も標高の高い地域を指す。ヌワラエリヤの紅茶は全般的に発酵度が低く、淡いオレンジ色の水色すいしょくと、緑茶を思わせる青々とした若葉の香りからなるデリケートな味わいが特徴である。1~3月のクオリティシーズンには、その薄い水色の反面、華やかな香りが口の中一杯に広がる素晴らしいお茶が産み出され、ウバよりも高値で取引されている。 

 紅茶葉は採取した季節によって味や香りが変わる。夕麿はどちらかと言うとインド北東部のダージリン地方の物やウバを好む。 

 だが行長はヌワラエリヤの紅茶が好きだ。毎年、シーズンに採取されて紅茶葉に加工されたものが、武から送られて来る。この紅茶も行長と武を繋いで来たものだった。 

「いただきます」 

 御影家はどちらかというとコーヒー党で、月耶たちも紅茶を余り飲んだり淹れ方に気を使った事がなかった。 だから行長の淹れる紅茶を初めて飲んだ時、その香りと美味しさに驚いたのだ。 薫に至っては御園生家が紅茶中心の上に、葵が紅茶党なので今ではすっかりと紅茶党だ。 

「美味しい…」 

 行長が淹れた紅茶を飲むのは、これが最後なのかもしれないと思うと胸が痛い。 

「では、あなたの話を聞かせてください」 

 話を聞こう。改めて言われると言葉を紡げなくなる。月耶は俯いてしまった。涙が溢れて来る。やっぱり行長を好きだと思ってしまう。 

「俺…」 

 手で涙を拭って、顔を上げて息を吸う。そして口を開いた。 

「俺、先生が好きだ」 

 ああ、言ってしまった。これで何もかもが終わりだ。月耶はそう思った。終わらせなければ先に進む事は出来ない。朔耶はそう言った。でも、胸が痛い。苦しい。また溢れて来た涙を手で拭おうとしたら、行長の手がそれを止めた。 

「そんな風にしてはダメです」 

 言いながらハンカチでソフトに拭ってくれる。穏やかな笑みがその口許に浮かんでいるのが涙越しに見えた。 

「先生…」 

 この微笑みをどう理解すれば良いのだろう? 月耶は戸惑っていた。 

 その様子を見た行長は月耶が見た事がないような、穏やかで温かな声でこう言った。 

「月耶、もう少し待ってもらえますか? 私はまだ上手く新しい想いに、自分を乗せる事が出来ない状態なのです。 余りにも…長く、諦めるだけの恋をして来ましたから。 

 でも、今はあなたに側にいて欲しいと思うのです。私に時間をください」 

 その言葉に月耶の目が見開かれ、新たな涙が零れ落ちた。両手を伸ばして行長に縋り付いた。 

「先生…先生…」 

 失恋の涙が歓喜の涙に変わった。月耶はただ、行長の腕の中で声をあげて泣き続けた。 



 数日後、インフルエンザの終息が告げられた。 

 月耶も無事に退院し寮の部屋へと戻った。周は後片付けがまだあり、朔耶も手伝うべく学院に残っている。 騒動で寮内待機をしていた生徒たちも日常生活へと戻った。 

「月耶、どうしたの?」 

 久しぶりの寮の食堂で薫たちと顔を合わせて、開口一番にそう言われた。 

「ん? どういう意味、薫の君?」 

「だって、月耶、凄く楽しそう」 

「そりゃ…やっと退院出来たんだから、喜ばなくでどうすんだよ?」 

 変わらず薫にもタメ口で話す、月耶。だが咎める者はいない。かつて夕麿が義勝に許していたように、薫が当たり前に受け入れているからだ。 

「それにしても引き継ぎが粗方、終了していて良かったですね」 

 薫の横でおっとりと葵が言った。彼は一頃に比べれば幾分、安定して来たように見える。学院で授業が再開されて朝・夕に、朔耶と周が車に同乗して大学へと通学出来るようになった。二人が学院内にとどまるのは後数日しかないが、人数が増えれば何とか発作が起きないのも確認された。 

 間もなく生徒会執行部の離任・着任式が行われる。白鳳会へ上がる三日月が大学の講義へ出席する。葵と共に大学へ通う手筈になっていた。またそれまでは都市警察所属の警官が私服で、葵に同行する手配を雫が行った。 少しでも軽減する方法があるならば、それを使ってでも日常生活を取り戻せたい。これが薫の希望だった。 

 葵の拉致誘拐とそれを起因として起こるPTSD。この事態が薫の中で何かを変えつつあった。その変化に拍車を掛けたのは、葵との関係に於いての逆転だった。 

 抱く側になる。これまでのようにただ相手に全てを任せていれば良い状態から、自分で考え、相手の状態を見ながら判断するという事を学ばせて行った。 常に受動的に生きるような育て方をされた薫が、能動的に行動すると言う事を学び始めたのだ。すると不思議な事に、彼の立ち振る舞いにあった幼さが消えた。愛らしさは変わらないが、眼差しは真っ直ぐに前を見据えるようになった。 

 葵は愛する人の変化を、歓びを持って見守っていた。自分の内側からなかなか抜けてくれない苦しみが、一つの転機となって薫を成長へと促している。申し訳ない気持ちがないわけではないが、やはり薫にはおとなになって欲しいと願っていた。薫に抱き締められ確かな熱を感じる事は、葵にも変化をもたらしていた。 

 薫を守らなくてはいけない。夕麿のように伴侶を支える妃にならなければならない。 

 間違いではないが強過ぎる想いが葵の心を縛り始めていた。だがその気負いが落ちた。想いは同じではあるが、もっと自然な形で自分のこれからを見れるようになったのだ。 

 夫婦としての二人の絆と愛情が、深く強いものへと成長した。二人を見守る者たちは皆、微笑ましい光景として見詰めていた。もちろん、そういった様子は武にも周を通じて、伝えられていた。 

 武と夕麿の時のような、どこか激しく刹那的な恋情とは違う。穏やかでゆっくりと互いを愛する。10年前の恋を見ていた行長と成美は、その違いをそれぞれ万感の想いで見詰めているのだった。 

 二人と同じ人生はない。だから恋をする姿にも、二つと同じ状態はない。それぞれがそれぞれの想いを抱いて、誰かを想い眠れぬ夜を明かす。 

 成就した恋はそこがゴールではない。新たなるスタート地点に立っただけ。 互いを大切に想い、思い遣りを持たなければ消えてしまうのが、恋情というものである。 

 春の桜のように儚くすぐに色褪せて散る。それが恋なのだ。恋が愛に成長した時、人間は強くなる。優しさとしなやかさを持って、時には厳しさも持って互いを高め合う。互いを成長させる力になる。 

 恋情は儚く脆い。だが 愛情は強く美しい。その違いを本当に理解する者は、どれだけいるのであろうか。 

 数多くの苦難を乗り越えた武と夕麿。同じ苦労をこの二人には味合わせたくはない。武の想いが夕麿を動かし、周囲の決意を促した。 

 それでも安楽な人生はない。もし人生が平坦であるならば、人間はあっという間に退屈してしまうだろう。山があり谷があるからこそ、人間は前に進んでいけるのである。 

 そして…… 

 ゆっくりとではあるが、月耶と行長も恋情を交わしつつあった。愛情に変わるのも遠い日ではないであろう。 

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