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決断
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ジリジリ時間だけが通り過ぎていく状態に、朔耶の精神は圧迫され続けていた。もしも義兄の養子の存在がなかったら、紫霄の閉じた世界でずっと生きていた彼の繊細な心は、外の世界と軋轢に耐え切れなくなっていたかもしれない。
勧められてアルバイト先の御園生の病院で義勝のカウンセリングを受けていた。義兄相手でもよかったが同じような状態で外に出た彼の経験が聞きたかった……というのもあった。
「俺の場合は夕麿や雅久、貴之と言った同級生で生徒会で一緒だった人間と離れないから、参考になるとは思えないんだが……」
問いかけると彼は困った顔をした。
「構いません。今の私が何をどうすれば良いのか、少しでも糸口が欲しいのです」
周を際限なく抱いて壊してしまいそうな自分が恐ろしいのだ。武が入院すれば彼ら専用の病棟に泊まり込む彼は、常に自分の体調管理に重点を置いている。閨事も確かに考えていはするだろうが、10歳以上若い朔耶が抱く側になった場合の負担は大きい筈だ。しかも今の様に精神的な鬱積が朔耶に蓄積している状況では、受け身になる周の負担はかなり大きくなる。医師としての勤務に差し障りが出るのではないか……という心配があった。如何に周が病気知らずの丈夫な体質だからと言っても。
「一番大きく影響したのはやはり、武が兄と呼んでくれて……お義母さんも本当の息子が増えたと言ってくれた事かな?俺には家族は存在していない。血の繋がりで求めればいるにはいるが……それを俺は家族だとは思ってはいない。この辺りは君にもわかるんじゃないのかな?」
「そうですね。弟たちを除いて、私にも血の繋がりだけで家族と呼びたくはない気がします」
御影家の両親、昨年の騒動でわかった実母と異父弟の事……今現在、頼まれて面倒を見ている葉月の実親と養親の事。久方と高子が惜しみなく与えてくれる愛情。少なくとも義勝の言う意味が朔耶にはよくわかる。
「その上で言う。周さんは何をおいても君を全身全霊で受け止めようとするだろう」
「私はそれが恐いのです」
「ふむ……ある意味、周さんは武の影響を受け過ぎているからな。俺の正直な気持ちを言うと武の自己犠牲を何よりも率先してしまう傾向は、周囲を振り回すだけで感心はしない。だが同時にそれが俺たちを救ってきたのも事実なんだ。だから周さんのように傾倒していた人間は、あれをベストと認識しているように思う。少なからず君も影響を受けているだろう?」
「……はい。しかし私の場合は元々が薫さまの為の自己犠牲的な教育を受けている部分もあるので」
「だが以前は薫さまにだけだった筈だ。今は周さんが対象になってないか?」
義勝にそう言われると初夏に陥ったあの状態を思い出す。周の為ならば自分の人生も未来も必要なかった。彼が望むならば決してはばたく事のない、篭の中の生活でも自分は幸せだとさえ思った。
「その顔では当たってるみたいだな。朔耶君、君は武のようになるな。彼はある意味で仕方がない。義母と二人きりで常に逃げ続けた幼少期は、兎に角子供心に母親を守りたい一心で生きて来た。義母は結婚して武本人が守る必要はなくなった。だが今度は夕麿を守らなければならなくなった。自分が狙われるからこそ最愛の伴侶が狙われる。この恐怖は武自身にしかわからない部分がある。俺たちは外側からしか見られないからな」
武の側にいるという事は常に自分を含めた誰かの生命の危機に直面する可能性があると言う事だ、と義勝は遠くを見詰めるような目で言った。
「薫さまの方はそこまでの心配は必要なさそうだがな」
薫は現皇太子の皇子で生母は九條家出身の女性だ。しかも双子の兄はあまり丈夫でないと漏れ聞く。皮肉な事に薫は滅多に風邪一つひかない。現皇太子の皇子はこの双子の兄弟しかいない。そもそもが今上皇帝の皇子は崩去した武の父、前皇太子と現皇太子、そして生母の身分が低い第三皇子の三人だけである。双子へのタブーによる現状が存在しているにしても、薫を排除するのは得策ではないと考えるからこそ、三条家を巻き込んで葵を取り込んだのではないのか。
こう考えると納得ができる。恐らくは武側に何某かの情報が入っているのかもしれない。
「今は余計な憂いは早く解決するに限るだろう。朔耶君、君の日程を教えてもらえるかな?その上で周さんの異母妹……由衣子さんだったかな?彼女に連絡をして時間を合わせて。周さんのほうは俺が調整しよう」
「えっと……」
スマホを開いて講義の日程を確認する。ほぼ毎日ぎっしり講義日程は詰まっているが、まるで余裕がないとは言えない。
「一番近いのは明後日の午後ですね。今日の午後に二つ続けて休講になる知らせがありました。中途半端なので図書館で調べものでもしようかと思っていたのですが」
「明後日でいいか?」
「はい、私はそれでかまいません」
「では由衣子さんに連絡を取って、明後日の予定を確認してくれ。俺は周さんの勤務を変更の要請をする」
義勝の指示で朔耶は由衣子にメールを打った。
明後日の昼過ぎに校門で合流する事になった。あれ程合わなかった日程があっと言う間だった。
当日、午前中最後の講義を終えた朔耶は広いキャンパスを門へと急いでいた。既に到着したと周からのメールを受取っていたのだ。
朔耶の所属する医学部は桜華学園大学の敷地の一番奥まった場所にある。附属病院が少し離れた場所に移転した為、空いた敷地に新校舎が建設されてこの春に最奥の広い場所を独占していた。門からは遠くなったが不満を言う学生は少ない。新しく最新設備が整ったキャンパスは使いやすかった。
「遅くなりました」
車を近くの駐車場止めて周は異母妹 由衣子と門で待っていた。周は病院に勤務している時と同じようにスーツを。由衣子はクリーム色のワンピースに秋の紅葉を連想させる色のバックを持っていた。
「ごきげんよう、朔耶さま。本日はご案内を御願い致します」
太陽の光の下でほんのりとナチュラルなメイクをした彼女は前回、養父母である護院夫妻の部屋で会ったよりも美しく見えた。
「素敵なドレスですね。由衣子さんに好くお似合いだと思います」
「本当ですの!嬉しゅうございます。お兄さまが選んでくださったの!」
なるほど……周の趣味か、と朔耶が恋人を見ると彼は苦笑した。
「では参りまりしょうか」
門から出入りする学生たちが三人に注目している。スマホを取り出してかにどこかけている人間の誰かが、恐らくは紺野屋 原子に連絡していると朔耶は考えた。
「目的地はカフェで良いですか?キャンパスのほぼ中央に位置していますから、ここの様子をある程度は観る事ができると思います。その上でご希望があればどこにでも案内します」
「朔耶さまにお任せいたします」
周囲に会話は聞こえている筈である。あくまでも許婚者が籍を置く大学を訪問に来た、という姿勢を貫く事は前以って打ち合わせてある。
「坂の上の高等学校も桜華学園なんですのね」
「ええ。昨年度より共学になったらしいのですが、義甥の話によると全員が知り合いになれる程、男子生徒の人数が少ないそうです」
「それは……大変ですわね、皆さま」
朔耶の話に由衣子はクスクスと笑った。笑顔はやはり周によく似ている。
秋の色に染まった木々の間を縫うように道は続いていたが、やがて開けた場所に到着した。そこにあったのはガラスを贅沢に使用した美しい二階建てだった。
「ここがカフェ!?なんて素敵なんでしょう!」
飛び上がらんばかりに歓んだ彼女に、周と朔耶が揃って目を細めて微笑んだ。
「確か……創設者一族の縁戚に建築家がいたのだったな?」
「そうなんですか?」
「高子さまか久方さまが仰られてはいなかったのか?」
「さあ……?二人がここの理事だって聞いたのも最近なんです」
朔耶は何も知らずにここを受験していた。ここが総合医教育に力を入れていて、学力レベルが皇立大学とそこまで差がなかったという事もあった。護院夫妻が揃ってここの理事に名を連ねているという事を、清方が養子に迎えた少年と義兄たちが編入する事になって耳にしたのだ。
三人が中へ入ると気を利かせてテーブル席を空けてくれた。そこはここで一番古い煉瓦レンガ造りの図書館が見える場所で、建物の前に見事な黄金の葉をきらめかせる銀杏が美しい。煉瓦の色と銀杏の色が一枚の絵画のようで、ここで一番の人気のテーブルだった。
「あの建物は?」
「この大学の図書館です。創建当時から唯一存在している建造物だと聞いています」
「どこか紫霄の図書館を思い出すな」
周が呟く。紫霄の図書館も煉瓦造りの建物だ。朔耶も周も中等部からずっとあの建物を利用して来た。
「紫霄学院ってお兄さまと朔耶さまの母校でしたわね」
紫霄が特殊な学校であるのかは、彼女も聞かされていた。
「ああ、すみません。由衣子さんの知らない話題でした」
「いいえ。今度機会がありましたらお話をお聞かせくださいね」
「私の話でよかったら」
同じ年齢であるにも拘らず由衣子には、どこか年下の女の子のような感じがあった。もしも妹がいたらこんな感じがするのだろうか?彼女は周の異母妹。周の妹は自分の妹でもあるのだと。
周は少し寂しそうに微笑んでいた。気にしなくても良いのに……と思うが今は口に出来ない。彼の心配が単なる杞憂であるとどうすればいいのだろう……
「よろしいかしら?」
突然、頭の上から声が降って来た。とっさに反応したのは周だった。音もなく立ち上がり、朔耶を庇うように立った。
「無礼であろう!」
驚くほど冷たく響く声だった。
「君が紺野屋 原子か。自分の身分と立場をわきまえない僭越者め」
「なんですの、あなたは!」
この期に及んでも彼女は自分の立場を理解しない。
「朔耶さま、この前に高子さまが仰ってられたのはこの方の事?」
ゆったりと余裕綽々な顔で由衣子が言った。
「ええ。由衣子さん、あなたにわざわざここにまで来ていただいたのは、この人があなたに会いたいと聞かなかったので」
「紺野屋さんでしたわね?半家の立場をもう少し弁えられるべきですわね」
「何ですって!?そういうあなたこそどこのどなたですの?」
「私は久我 由衣子、立っているのは兄で朔耶さまの主治医ですの。久我家は清華貴族であるとご存知ですわね?」
にっこりと笑顔で応える。朔耶は内心、周にはない度胸のようなものを彼女に感じた。
「あなたの希望通り、許婚者に会わせました。私の周辺をウロウロしないでいただきたいですね。もし今後も付きまとうようでしたなら、知り合いに警察関係の方もいますので、ストーカーとして相談いたします」
ずっと学院都市で暮らして来た朔耶には、女性という存在が今一つわからない部分があった。身近に接する女性は母親という存在と、アルバイト先である病院の医療スタッフくらい。恋愛の対象として見た事はない。自分が彼女たちの目にどの様に映っているのかわからないし、元より興味自体がない。それでも原子の高圧的で「愛されて当然の美貌」という態度は、人としての資質そのものを疑ってしまう。紫霄の中では身分の違いはクリアに尊重され、きっちりと重視されて実行されている。
外では戦前は同じだったらしいが、現在は庶民の中に溶け込みつつある者がおり、貴族自身も自分たちと庶民を明確に区別して対応できなくなりつつあった。時代の流れだと言われればそうであるのだろう。
朔耶は思う。せめて貴族同士の序列は礼節を以て然るべきではないのかと。宮内省や皇宮警察に庶民出身者が名を連ねても、自分たち貴族は間違いなく蓬莱皇国の君主であり、国家元首でもあられる皇帝陛下の臣であるのだという矜持を大切に思う。皇国から失われつつある想いであろうとも、如何程に大切なものであるのかは、武を中心とした人々の中にいてひしひしと伝わってくる。
だからこそ薫にも同じ志の人々が必要だと思い続けて来た。決して権力思考からではなく、これから先の薫の人生に必要だと感じていたからだ。
それなのに......似た立場の武と争って何を得るというのだろうか。
「朔耶?」
思わず思い込んでしまって周の声で我に返る。
「あ……ごめんなさい」
慌てて周と由衣子の顔を見た。
「体調でも悪いのか?」
周が手を伸ばして朔耶の手を取った。
「脈は正常だな……」
周の心配性に苦笑しながら応えた。
「どこも悪くありませんよ、周」
「だったら良いが……」
ここのところの騒動がストレスになってるのは、朔耶自身も周もわかっている。しかも柏木教授事件の折に一度、ストレスから完治している心臓に不整脈が発生した経歴がある。周が過分に心配する気持ちもわかる。恋人として有り難いという想いはある。
「大丈夫です、あの時のような症状が出たらすぐに言います」
「そうしてくれ」
二人のやり取りを聞いて由衣子が呟いた。
「朔耶さま、ご無理はなさらないでね」
「ありがとう、由衣子さん」
由依子に笑顔を返してふと気付いた。原子がまだいたのだ。
「まだ何か用ですか?」
冷たく言い放つ。こういう時の朔耶の対応のやり方は、以前に透麿が指摘したように確かに夕麿に似ているが、おそらくこれは紫霄学院の教育の賜物だと周は思う。御厨 敦紀も同じような対応をしていた記憶があったからだ。
「朔耶さま、この後はまた講義がおありですか?」
由依子が兄と朔耶の空気を読んで、原子を完全に無視して問いかけた。
「以後が休講になって帰ろうかと」
まるで誰かが手配でもしたかのようだった。
「でしたら兄と三人でお食事など如何でしょう?」
「そうですね。適当な時間までショッピングでもします?」
「あら、よろしいの?女の買い物は疲れるってお兄さまは言うのよ?」
「義母の買い物は嫌いではありませんが?」
「いや、朔耶。高子さまは特別室に通されて買い物されるだろ」
「そうでもないんです。ご自分で探されるのが結構好きで......」
「それは初耳だ」
驚いてさらに何かを周が言おうとして口を開きかけたその時、頭の上からヒステリックな声が響いた。
「おかしくありません!?許嫁者よりもお兄さんの方と仲が良いように感じますわ!」
朔耶にすれば痛い事を言われた。
「あら、当然でしょう?朔耶さまの一番上のお兄さまの乳母は、うちの兄の母ですの。それに兄は朔耶さまの主治医で、中高の先輩後輩でもあるんですもの。私よりもご縁が深いのですわ。将来の身内同士が仲が良いのは私にとっても嬉しい事ですので」
女同士の間に火花が散るのがわかった。チラリと周と視線を合わせた。女は恐い、と思い肩を竦めた。周も複雑そうな表情をしている。
「兄の母?」
「兄と私は母が違いますの。兄の母は摂関貴族の出身ですのよ」
「あなたは?」
「私の母は貴族ではありませんの」
由衣子は自分の母を恥じてはいない。彼女の生母は非常に有能な秘書で、才色兼備で良妻賢母だと周が話していた。
「まあ……」
「私の母も貴族ではありませんよ?」
「え?」
「そもそも生まれは二人と同じ清華貴族です。護院家には養子に入ったんです」
この国の貴族の間では本来、他家からの養子縁組は多くはない。一つには血脈を保持する為にできるだけ他の家から迎え入れない傾向がある。代わりに親戚から後継者を選ぶという養子はある事にはある。とは言っても千年以上続いて来た皇家と貴族は、その血筋は何処かで繋がってはいるものだ、御園生のような勲功貴族ではない限り。その御園生も小夜子が現当主の子を設けた事により、旧来の貴族との血縁ができた事になる。
「もうよろしいかしら?私たちはこれから行く所がありますの。できましたら今後、朔耶さまと護院家に拘らないでくださいませね。もちろん、私と兄にも」
目の前にいるのは間違いなく清華貴族の令嬢だった。周は目を見張った後、優しく満足げに微笑んだ。生まれ育った家を捨てて異母妹に押し付けた。周にすればずっと後ろめたい気持ちがあった。だが彼女は異母兄から任された自分の立場を理解し、清華貴族の一員として相応しい人間になれるように努力したとわかった。
周は立ち上がって朔耶に告げた。
「近くの空き地に許可をもらって車を止めてある。門まで移動させるからゆっくり来てくれ」
「ありがとう、お兄さま」
朔耶は周を見上げて頷き、代わりに由衣子が言葉を紡いだ。周は軽く頷き返して足早にカフェを出て行った。
「それで由衣子さん、まずどこへ?」
「実はお兄さまのお誕生日のプレゼントを買いたいの」
「もうすぐですよね。私も義兄たちと何かサプライズをと考えています」
「病院で?」
「そちらでもありますが、やはり義兄の部屋でという話が進んでいるんです」
言葉を交わしながら二人も立ち上がった。
「清方さまのお加減は如何ですか?」
今回の事の為に互いの情報を取り交わしている。当然ながら清方が拉致された事件の事も。米軍絡みだった事から一応はマスコミが詳細を伏せて取り上げた事件だった。しかし貴族間では拉致されたのが護院家の子息であるというのは、公然の事実として広まっていた。無論、表立って口にする者はいない。
「最近はもう落ち着いて来ました。多分、もう少ししたら元の優秀な医師に戻れると思います」
並んで門へ向かう二人の姿を多くの学生たちが目撃していた。これでもう朔耶に告白して来る者はいないだろう。
「朔耶さま、兄の事をよろしく御願い致します」
「お願いしなくてはならないのは私の方です。周がいなかったら私はここにいません。もしかしたら既にこの世に存在していなかったかもしれないのです。私の心臓はあのままではいつ大きな発作を起こして止まっていたかわからなかった状態でした」
「生きていてくださってありがとうございます」
そう言って由衣子は美しい笑みを浮かべた。きっと普通の男ならばこの笑顔を愛してしまうだろうと思った。だが朔耶には彼女の中に恋人と似た部分を探して、見付けてしまう。心が揺らぐ事は一切なかった。改めて周を愛していると感じ、胸の中に温かな焔がともった気がした。
二人で歩く。話の内容は周の事、互いの大学の事。当然ながら色めいた話はない。
「素敵なキャンパスですね、私もここにすれば良かった」
「薬学部でしたよね、皇立大の」
「ええ。久我の経営企業がそちら系ですので、知識はあって邪魔にはならないと思いました」
「それは良いですね」
「朔耶さまが医学部でいらっしゃるのは、やっぱりお兄さまの影響?」
実は由依子には敬語を控えめに、と依頼してある。周との会話がほぼ対等である事から、不自然だと考えての事だった。元々の身分は差がない。精華貴族の家に生まれ、母は平民だと言うのも同じだ。むしろ精華としては御影家よりも、久我家の方が格が上なくらいだった。自分の優位はあくまでも護院家の養子であるという現状なだけ。決して自分の力で身分が上がった訳では無いのを、朔耶は重々に実感しての判断だった。
「あの人、お二人の後について来てます。お気をつけて」
足速に追い越して行った女の子が挨拶するふりをして囁いて行った。彼女は友人たちの集団にいる一人だった。
「由衣子さん、振り向かないで」
「わかってます」
彼女はそう答えるとさりげなく鏡を取り出して、髪を直すふりをして背後をうかがった。
「確かにいますわ」
「面倒な」
由衣子が本当に許嫁者なのか、つきまとって確認するつもりなのだろう。
「あの方、本当に朔耶さまと結婚できるって思っていらっしゃるのかしら?身分の差がありすぎると思うのですけど」
皇家・摂関貴族との婚姻は基本的には清華以上の身分を求められる。もちろん抜け道はあり、久留島 成美を薫が選んだ場合に検討されたように、清華以上の家柄へ養子に入る事で可能になる。もちろんこれにも条件がある。成美の場合だと出身が羽林階級の為、清華貴族が養子を組める一番上の身分となる。
摂関・清華なとの階級の中にも順位が存在する。摂関一位は武の生命を狙い続けていると考えられる、九條家。次が高子と夕麿の母 翠子の実家である、近衛家。次席が一条家、その次に同格として六条家と慈園院家が名を連ねる。残る護院家が摂関家で一番階級が低い。
清華は通常、上家・中家・下家の三つに分類される。上のトップが周・由衣子の兄妹の家である久我家。その次に雫の実家である成瀬家があり、御影三兄弟の家は上の後半に名を連ねる。敦紀の実家は上の中ほどの立場にある。小夜子の実家は中であった。清華は上中下合わせて35家ある。
清華の下に総家という貴族階級があるがこの身分は主に、宮中に於ける事務的な役目を担う事務官を輩出し、古くは各省庁の長官である頭かみに任命される者もいる。五家がこの身分にあたる。
この下に皇家の近衛軍としての羽林家がある。ここの筆頭が貴之の実家である良岑である。羽林には60家が名を連ねている。この下に清華貴族の分家である新家貴族があり、さらに半家貴族が存在する。
御園生のような戦前に叙任された新興貴族である勲功貴族は、元より存在している公卿貴族とは一線を画して分類されている。とはいっても小夜子の婚姻及び、子息たちの養子縁組は今上皇帝の勅命による措置であり、護院 久方が紫霞宮独立に伴って彼らに新たな姓と家の設立、できれば清華以上の身分をと奔走しているの事実が合った。
このルールから言うと原子の家である紺野屋は半家という、公卿貴族では最も低い階級になる。高子が身分を弁えないと言った理由がここにある。
確かに連綿と伝えられて来たルールは、歳月を経ると共に少しずつ崩れつつあるのは事実だ。公卿貴族で現在も体面を保つ程の資産を有している家はあまり多くはない。戦後政策で領地の返還で全てを失った家も多い。現金を有していた家は領地を買い取りという形で残せた所もある。御園生のように元より開発を理由に山野を安価で広く購入して、一族の資産を所持していた家もあった。戦後に残った資産で企業を起こして安定した収入を得た家もあれば、失敗して破産し離散した家もある。小夜子の実家である葛岡家のように、跡継ぎがいなくなって消えたところもある。故にかつては千家あった貴族も現在は五百家を下回っている。
「知らないのでしょう。特に新家や半家では婚姻は貴族間のものに拘らなくなってきているらしいですから」
これは雫が言っていた事だ。
「それは困った傾向ですわ」
「戦後、自らの生計を立てる目的で、貴族にも職業の自由が認められました。ゆえに身分に対するあり方が崩れつつあるとも言えるのではないか……と私は思っています」
医療関係者には貴族もそうでない者も普通にいて、普段の勤務では身分の違いによる区別はされてはいない。それは大学でも同じだった。
どうするかと顔を見合わせながら歩いていると門に到着し、二人は周の車に乗り込んだ。
周が二人を連れて行ったのは御園生系列の百貨店だった。三人で中へ入りそのまま宝飾売り場へと向かった。朔耶が由衣子にアクセサリーをプレゼントする……というの車の中で相談していた。本来ならば最上階に在る特別室に案内されて、店員が選んだ物が幾つか運ばれて来る。だが周は自分の足で商品を選ぶ。これは基本的に武と小夜子が好んでいる買物の方法で、何度か武の買物に付き合って、周自身も自分で商品を眺めて買う楽しさを覚えてしまっていた。未だに買物に慣れない朔耶は高子に出先に電話してもらって、特別室での買物を基本にしている。周が一緒の時には彼が商品を選ぶ状態を眺めていた。
「いらっしゃいませ」
一応は連絡は入れておいてある。
「周さま?朔耶さまも?」
声をかけて来たのは雅久だった。和装であるところを見ると一度帰宅して、ここへ来たらしいと思われた。
「雅久さん、お久し振りです」
御園生でのアルバイトをやめて二ヶ月、彼と顔を合わすのはそれ以来だった。
「こんにちは……ごきげんよう、雅久さん」
周の後ろから少し遠慮がちに由衣子が顔を出して挨拶をした。
「ごきげんよう、由衣子さん」
由衣子は小学生時代に彼に会ったままだった。
彼はここに立っているだけで場の空気を変え、周囲の眼差しを一斉に集める。御厨 敦紀の絵を知っている者は囁き、この美貌を初めてまのあたりにした者は感嘆の溜息を吐く。
今日はいつもはまとめている髪を解き、艶やかで美しい黒髪が彼の動きにサラサラと流れる。青を基調とした着物に枯葉色の羽織、肩には萌黄色のショールをかけていた。ただ立っているだけで美しい一枚の絵画のようだった。
「由衣子さん......でしたね。確か前にお会いしたのは......」
「小学生だったな?」
周の言葉に由衣子は頷いた。
「立派なお嬢さまになられましたね」
「ありがとうございます」
「お揃いでお買物でございますか?」
「ああ。お前は?」
「蓮華さまのお品を納めに参じました」
『蓮華』というのは武の製作者としての名前だ。
「既に予約注文が入っているお品ですので、店頭に並ぶ事はないのですが」
「今回のお品は天蚕糸を使用されたもので、素晴らしい光沢のまたとない一品でございました」
「テンサンシ?」
由衣子が不思議そうに口にした。
「天の蚕の糸と書きます。{天蚕《やままゆ》という種類の蚕がいまして、元より萌黄色をした糸が特徴です。保温性が高くて、癌患者などの皮膚が弱っている人にも優しい繊維ですが、現在では大変に貴重になっていると聴いています」
朔耶が優しい声で説明する。
「では組み紐じゃないのか?」
「はい。ショールを数枚」
そう言って雅久は自分の肩に掛けていた物を手に取った。
「どうぞ、由衣子さん。試しに触れてみてください」
「あ、ありがとうございます」
差し出された萌黄色のショールを恐る恐る触れる彼女に、三人は穏やかに微笑んだ。
「凄く柔らかいですね!」
「これは天蚕糸の天然の色をそのまま使用してあります。もちろん、これも蓮華さまがお手ずから織られたものでございます」
「これが天然の色なんですか?何て綺麗な色と光沢でしょう!」
「天蚕糸は染まり難い特徴がございます。ですので色合いはこの様な天然の色と淡い色合いのみになります。蓮華さまは現在、和装の為の布を織られておいでになられますが、お色が淡過ぎる為に普通の和絹も混ぜて織られています」
「天蚕糸の着物……きっと素敵でしょうね」
うっとりする由衣子を見て周が呟いた。
「ショールなら良いが流石に天蚕糸の反物は無理だぞ!」
周の言葉に朔耶が噴出した。
「確かに。まして蓮華さまのお手ならば恐らくは一千万以上の品になるでしょうね」
着物として仕立てたならば最終的に幾らになるのか、朔耶にも検討がつかなかった。
「一千万!私、そんな高価なものに袖を通すのは恐いですわ!」
如何に彼らが年間に数億の収入があっても、反物一反に一千万円出すというのは躊躇するものだった。もちろん、購入するのは難しくはない。買えなくはない。けれどもそこまで高価なものを購入する理由がないのだ。必要であるならば億単位でも惜しまずに出すだろう。しかし今現在必要でないものを購入はしない。そこが俄かに裕福になった成金と感覚が違うところだった。
「では雅久さん、この天蚕糸のショールを私が注文したいと蓮華さまにお願いいただけますか。義母と許婚者の分を是非に」
「朔耶さま!」
「朔耶、高子さまと由衣子が同じものというのは……」
「その辺りの工夫は蓮華さまにお任せいたします」
「承知致しました。帰宅いたしましたらお願いをいたしましょう。恐らくはお断りになられる事はあらしゃないでしょう」
「ありがとございます」
「きっと蓮華さまはお喜びになられますでしょう。実は天蚕の保護と育成に出資なされるとお決めになられました。このまま消えてしまうにはあまりにももったいないと仰せになられて」
「しかし天蚕は通常の蚕の何倍も手間をかけないと生育しないと聞いているが?」
「さようでございます。ゆえに高価になり売れなくなって飼育する者が減っているそうです」
皇家の一員としての武にしかできない事。天蚕の保護と育成への出資など、恐らくは採算は現代社会では成り立たないであろう。企業人としては誰も振り向きもしないものである筈だ。
「僕も是非参加させていただきたいと申し上げてくれ」
「承知いたしました」
医師としての給料以外に、周には紫霞宮家の侍医としての手当ても支給されている。その上で株式投資も行っている為、使い道のない収入がただ口座の数字として増えていく。もちろん、かなりの額を『暁の会』に毎年寄付しているが、それでも貯まる一方なのだ。
「では私はこれで」
「ああ、引き止めて悪かった」
「よろしくお願いします」
「ごきげんよう」
ゆっくりとした足取りでその場を離れる雅久の前の人垣がさっと分かれる。彼は凛とした様子で前を見て真っ直ぐに歩み去った。後に残ったのは彼が焚き染めていた香の薫りだけだった。
「お兄さま、あの方は本当に人でいらっしゃるの?昔、お会いした時から随分経ちますのに、まるでお歳をとられていないように見えるのですが」
「何しろ、『天人』とか『伽具耶姫』というニックネームがある奴だからな」
「実は私の下の弟の同級生に幸久という者がおりまして。雅久さんの甥で今は養子になっているんですが、まるっきり同じ顔ですよ」
「え!?あのお顔がもう一人いらっしゃるの!?」
信じられない、とばかりに由衣子が驚きの声をあげた。
周はというと周囲を見回している。
「周?」
「どうやらいなくなったようだな、あの女は。流石に雅久を見て逃げたか。彼に容姿で勝てる者などいないからな」
「周……もしかして、雅久さんがここにいたのは……」
「彼女が諦めそうになかったんでな、車を取りに行ったついでに頼んだんだ」
「私もあの方と張り合う気には絶対になりませんわ」
性別を越えた美貌は武が現れるまでは、むしろ彼に不幸しか呼ばなかった……と周は思っていた。そしてそれは自分も朔耶もあまり変わらないのだとも。
「自分で自分を美人だって言う人に限って、大した事ないのよね~」
先程とは違う砕けた口調で由衣子が言った。
「本当に綺麗な人って自覚しないみたいですよね」
朔耶も苦笑して言った。幸久はおとなしくて自分の容姿に無頓着だ。
「ですよね。あの人みたいに言っちゃうのって、逆にコンプレックスがあるのでは?と考えてしまいます」
由衣子はちゃんと人を観ている、と朔耶は思った。彼女ならば周が抜けた久我家を盛り立てて行くに違いない。彼を独占している事実は仕方がない事ではあっても、やはりそこは気が咎めてしまう部分がある。貴族にとって家名は護り伝えるものとしての教育を受けているからだ。周だけではない。三日月も月耶も実家である御影家を出てしまった。外の女性に自分を産ませる程に後継ぎを求めた両親が、皮肉な事に子供を全て失ってしまったのだ。
「コンプレックスは誰にでもある。恐らくはない人間などいないだろう」
「そうですね。私もそう思います」
「人によって向き合い方が違う……というのが、いろいろな言動に出るのやもしれん」
「ふふ」
由衣子が楽しそうに二人を見上げて笑った。
「なんだ?」
「お兄さまと朔耶さまって本当に仲良しね」
からかうような眼差しで楽しそうに言う。朔耶と周は互いに見合った次の瞬間、音がしそうな勢いで耳や首まで真っ赤になった。
「あらら?お二人とも真っ赤!」
由衣子にすればずっと『家』に苦しめられて来た異母兄が、共に生きて行きたいと思う相手に出会い、こうして仲睦まじげに言葉を交わしているのが嬉しかったのだろう。母と自分の存在が優しい彼をどれだけ苦悩させて来たのか。彼女なりにわかっていたからこそ、今、目の前の異母兄の姿を微笑んで見詰める事ができたのだ。
「さ、お買物しましょう、朔耶さま」
「由衣子!」
舌を出して朔耶の腕を取る。朔耶には『女の子』はよくわからない生き物だが、少なくとも彼女は不快ではないと感じる。同じ年齢でありながら何故か、妹がいたらこの様だったのではないか……と思うのだ。
「あら、良いでしょ、お兄さま。お兄さまのお相手は私には兄弟のようなもの。ね、朔耶さま?」
「そうですね、私も妹がいたらこんな感じかな?と思います」
「あら、私は妹ですの?」
「姉を欲しいとは思いませんので。兄はたくさんおりますし、弟も二人いますので」
「それは光栄ですわ。異性婚でしたら兄嫁ですものね……それともお嫁さんはお兄さまの方なのかしら?」
「由~衣~子」
再び真っ赤になって妹を睨む周を見て、朔耶はいつぞやの武の言葉を思い出して噴出した。
「笑うな!」
「武さま認定のお嫁さんでしょうか」
「あら、それどういう事ですの?宮さま認定って?」
「母校の先生から伺ったのですが、あの方が在校していらっしゃった折に、周が食がお進みになられないあの方に御料理をつくったそうです。それをいたく御気に召されて『いつでもお嫁に行ける』とからかわれたとか」
「そう言えばお兄さまってお料理上手でしたでしたわね。確かにお嫁さん!」
「でしょう?私は心臓が悪かった事もあって、刃物と重いものは持った事がありません」
「貴族の鑑ですわね」
好き勝手な話を進めるふたりに周は為す術もない。歳の離れた恋人と妹はこうなると完全に手に負えなくなった。それが羨ましく妬ましいとも思うが、他ならぬ朔耶自身がたった今、由衣子に対して『妹』と言ったのを信じたいと思っていた。何よりも下に二人も弟がいる朔耶は自分よりも『兄』気質であるのをよくわかっていた。目の前の二人が自分と言う人間を挟んで友情を持つに至ったらしいと感じるが、あれほど気になっていた嫉妬心や心配は心に湧いては来ない。恐らくは無邪気に軽口を交わす様に懸念するような気配がないからかもしれない。
「お兄さま、実際のところはどうですの?私、そこの所が気になりますわ」
「あのなあ、由衣子。そういう下世話な事は口にするんじゃない」
勘弁して欲しいと視線を泳がせて答えると朔耶が代わりに言う。
「少なくとも日常生活では周は好く働いて料理上手な良妻ですね」
「朔耶~」
「私は情けなくも何も出来ませんし、資産運用はしていますがそこはやはり学生の身ですから、周に頼っている部分が多いです。ですので精神的な面では逆になっているかもしれません」
「それは異性・同性を問わず、理想的な姿ですわ。私も朔耶さまとお兄さまみたいになれるような、素敵な殿方に出会えると嬉しいのですけど。柳の下にそうそうお目当てはいませんもの」
「私は誰にでも運命の相手はいると信じています」
朔耶は穏やかに微笑んで困り顔の周を見てそう言った。周に出会うまで恋愛など考えた事もなかった自分が、こうして彼の一挙一動に心が揺れ動くようになった。
「では私もそう信じる事に致します。本日はお買物にお付き合いくださってありがとうございました」
「礼を言わなければならないのは私の方です。面倒なお願いを引き受けてくださって感謝しています」
「僕からも礼を言う。由衣子、ご苦労だった」
「御二人のお役にたてて光栄ですわ。では私はこれで、ごきげんよう」
周が彼女を送っていくというので、朔耶は高子に電話して念の為に車を回してもらって帰宅した。
これで紺野屋 原子が諦めたと言う保証はない。実際には偽りの許婚者であるのだから、細かい部分を突き詰められれば真実は見えてしまうかもしれない。けれどもこうまでして彼女を拒否したこちら側の意思は伝わる筈だ。でき得る事ならば明日からは元のような穏やかな学生生活に戻れると信じたかった。
問題が山積みで解決の糸口さえも見付けられないのに、こんな事に時間や気持ちを消費するのは必要以上に疲れてしまう。
第一、周がいらぬ心配をするのが心苦しい。できれば彼には笑顔でいて欲しいと朔耶は、車窓から外の流れる景色を見つめながら思うのだった。
「でもそういう規則があるのに何故、ボクは養子になれたのかな?」
周が当直に行ってしまったので、清方の養子である葉月が食事をつくりに来てくれていた。そこで今回の騒動の話を何となく口にしてしまっていた。
「義兄さんの場合は例外なのだと思います」
「例外?」
「義兄さんは実子ですが事情があって護院家の養子扱いになっています。しかも家名は既に実弟が継いでいるので、継承の対象からは完全に離れているからでしょう」
「聞いてるだけで頭いたくなりそう。じゃあ、朔耶お兄さまと周先生ももしかしたらそうなる?」
「周は難しいでしょうね。家を出たと言っても廃嫡になった訳ではありませんから、今でも久我家の後継者の立場は変わっていません。その点は雫さんも同じだと思います」
雫の場合は母親が今上皇帝の妹というおまけが付いている。規定以外の人間と養子縁組するのは周以上に不可能だろう。本来は同じ一族の分家などしか養子は許されてはいない時代があった。皇家は如何なる場合も養子縁組は禁止されている。武が薫を弟格でしか紫霞宮家に迎えられなかった理由はここにある。それでもこれも例外的な処置で、双方が公式には皇家の皇子としては存在していない事になっている為だった。
夕麿の摂関貴族である六条家から勲功貴族の御園生への表向きの養子縁組も、本来はありえない事であった。
「とにかく武さまの周囲は例外や異例だらけなのです。いちいち気にしていると頭を抱える事になります」
全ては祖父である今上皇帝の武への情だとわかってはいるが、いつかしわ寄せがありそうなので久方が後見に名乗りをあげたとも言える。小夜子は既に皇家からは離脱している。成人してしっかりとして裕福に収入がある武と夕麿は、既に御園生の財力を必要とはしていない。
ここで立場が難しくなるのは薫と葵になる。葵自身がわかっているからこそ焦っている部分が存在して、今のような言動を繰り返すのかもしれなかった。
薫は実の父が現東宮として生存している事もあって、夭逝した前東宮の遺児である武への今上皇帝の想いは深い。しかも前東宮は皇后腹。崩御後も今上皇帝は新たな皇后も、準ずる身分である准后も定めていない。現東宮の生母の身分は『御息所』と呼ばれる、一女御でしかない。、それは彼女には屈辱であろう。東宮が即位しても蓬莱皇国の皇家の決まりでは、彼女は皇帝の生母でありながら『皇太后』にはなれないのだ。彼女に与えられる称号は『女院』。これは他の御息所や後宮での功績が認められた女御・更衣、未婚の皇女に与えられるもの。三后(皇后・皇太后・太皇太后)のように一人だけに与えられるものではない。この場合、亡き皇后に『皇太后』が追贈され、新皇帝は彼女の子供扱いになる。
武の祖母でもある故皇后は、皇家の血を引く『王女御』として今上皇帝が東宮時代に入内した。抜きん出た美しさと気品、高い教養、穏やかで優しい気性などで後宮の女官たちにも愛された女性だったという。
九條家が武を目の敵にしたがるのは、今は亡き皇后と前の東宮への貴族や国民の消えぬ、人気や憧憬もあるのかもしれないと思った。その上で遺児としての武の存在が国民に明らかになれば、彼の即位を望む声が上がるのを恐れているのかもしれない。もっとも本人は絶対に拒否するだろうが。
では九條家が葵を唆してまで薫を引き入れようとするのは、何故なのかを知る必要があるのかもしれない。周ならばわかるかもしれない。いや、久方は既にこの意味を察して動きだしたのではないか?御園生が武の後ろ盾では危険になるような理由が。もちろん、今上皇帝がかなりの高齢で半ば現東宮の称制状態にあり、崩御となれば一気に武の足元が崩壊しかねないという事実はある。だが葵の抱き込みはこれだけではないように見えるのだ。
葉月の料理を美味しく食べて一人になった朔耶は、高子に久方が帰っているかを問い合わせた。彼が帰宅していたので急いで義両親の元へ向かった。
朔耶は話を聞くと言われて自分の疑問を口にした。久方は少し躊躇うように視線を泳がせたが、小さく溜息を吐いて口を開いた。
「そうだね。こういう時期だから君は知っていた方が良いのかもしれない。三日月君に話すかどうかは任せる」
こう言って久方は現在の宮中で囁かれている事を話し出した。
「これは単なる噂ではないんだ。私には伝があって事実だという確信を得ている」
摂関貴族の末席にある護院家の得意は宮中に於ける情報網だった。もちろん、何でも手に入るとは言えない。外の情報ならば貴之の方が強力な伝を持っている。護院 久方のそれはあくまでも皇家と貴族を巡るものだ。だがこれは後宮にまで及んでおり、何が起きているのかを知りえる立場にいる。ただし安易に他へもらす事はできないのは、九條家の事を嗅ぎ付けた貴之が生命を狙われている事でもわかる。
「現東宮の第一皇子、つまり薫さまの双子の兄君である御香宮は病気がちで、このままでは御子を設けるのも難しいかもしれない」
皮肉なものだ。排除された薫は健康で風邪一つひかない。逆だったら……という声があっても仕方がない。
「薫さまを身代わりに考えているという事ですか?」
「そこまで考えてはいなくても後宮に呼んで御子を、というつもりはあるだろう。それこそ人工授精でも体外受精でも良いから、宮の側に侍っている九條家の姫を正式な女御にして皇子を産ませようという謀はされていると考えられる」
「そんな無茶苦茶な……その企てに葵さまが利用されていると?」
「実際に薫さまに女御を、という事ではないからね。その上で未来の皇帝の父に薫さまが成ると言うのは、あの方には魅力的に感じるのだろう」
「愚かな!もし宮の身に何かあったら薫さまが身代わりの傀儡人形にされるだけではありませんか!」
「葵さまは多分、未来の皇帝に薫さまがなり得る夢を見ておられる」
「その様な事態になったら、ご自分が排除される可能性があるのにですか!?愚か過ぎます……」
「薫さまの御愛情で何とかなると考えていらっしゃるのでしょう」
悲しげに言ったのは高子だった。
「夕麿さまならばそのような考えには絶対に至られない。私たちもそうだ。そこが摂関貴族と清華貴族の教育の違いだ」
「周さんならば浅子の息子だからわかっているでしょうけど」
「ですが……私でもわかる事です、おたあさん、おもうさん」
「葵さまは既に取り込まれて、彼らの都合の良い内側しか見ていない」
「あの方は元々少し情に飢えていらっしゃったのでしょうね。だから愛情を向けられていると信じ込まされれば脆いのよ。薫さまは元より疑う事をあまりお知りではないでしょう?」
「夕麿さまは貴族間の陰謀を理解できる教育を受けられている。武さまはあの皇家の霊感と洞察力でこのような話が来たら拒絶されるだろう。そもそも玉座には興味などあおありにならない」
葵は薫とある意味で同じように人の悪意に無垢なのだと二人は言う。その上で御園生家と武の周辺は敵なのだと刷り込みが行なわれつつあるのかもしれない、と。
「今上はご自分がいなくなった後の武さまのお立場を懸念されている」
皇帝が存命中でも武は生命を脅かされ続けて来た。近い将来に必ず訪れる時はさらに武を追い詰めるだろう。
「あの方には何の野心もおありにはなられない。本当は現在のご身分を返上されたいと思われている。それでも留まっていらっしゃるのは、紫霄学院都市に囚われる悲劇をなくされたいと思われているからだ」
探し求めた息子 清方が救われた一人であった事実は、護院夫妻には何事にも変え難い感謝と忠義をもたらしていた。
「朔耶、私たちは君に何かを強制するつもりは微塵もない。君は君の想いのままに選べばいい。少なくとも武さまは何も仰らないだろうし、君への態度を変えられる事もないだろう。私たちにとっても君は大切な息子である事に違いはない。ゆっくりよく考えて決めればいい」
久方の言葉は有難いと思った。しかしそんな時間は残されているのだろうか......という感覚があった。何故かと問われたらわからないとしか答えられはしない。それでも何かが差し迫っているような、圧迫感と不安が消えないのだ。
誰が正しいというのではなく、この先の自分を考える上での選択をしなければならないとも思う。周と自分の事、護院夫妻との事、清方たちとの事。そして何よりも兄弟の想いと薫の本心を知らなければならなかった。次の休日にはしばらく遠ざかっていた紫霄に足を向けてみよう。薫と二人で話し合って彼の真意を聞いてみよう。少し道が開けた気がした。
朔耶の想いを打ち消すように、突然、ポケットの中のスマホが震えだした。慌てて取り出して見てみると雫からだった。
「はい、朔耶です」
〔今、どこにいる?〕
「両親の部屋ですが」
〔わかった。落ち着いて聞いてくれ〕
雫の声が普段の彼らしくなく上擦っている。
「はい」
〔下河辺 行長が襲われて、庇った月耶君が怪我をした。今、保さんと周が公用車で急行しているが、三日月君に連絡して私と一緒に来てくれ〕
「わかりました、弟に連絡します」
自分の声が震えているのがわかる。この様な時にどんな反応をして良いのかすらわからない。知らない人が今の会話を聞いたら、朔耶の異常な冷静さを責めるかもしれない。
通話を切った朔耶はそのままズルズルと座り込んでしまった。スマホを握り締めたままブルブルと震えて、弟の三日月に連絡をしなければと思うのだがどうにもできない。
「朔耶?」
彼の様子が余りにもおかしいので高子が寄って来て顔を覗き込んだ。
「お、おたあさん、どうしたらいいですか、弟が……月耶が下河辺先生を庇って怪我を……三日月に連絡を……」
高子に縋って助けを求めるように言う。彼女は朔耶の言葉を受けて夫を振り返り頷きあう。彼はすぐに雫に電話を入れ、朔耶の状態と事の次第を聞いた。次いで三日月に連絡を入れて雫の話を伝える。彼も電話の向こうで言葉を失っていた。
誰もが行長が狙われる可能性を考えてはいた。だが月耶が庇うという当たり前にあり得た可能性を失念していた。しかも保と周が特務室の公用車で向かっているという事は、当然ながらサイレンを鳴らしての急行で、月耶の傷が浅いものではないのを物語っている。
「兎に角、出かける準備をしましょう、朔耶。
あなた、朔耶の部屋に行って上着を取って来ますわ」
「では私は朔耶を雫さんのところへ」
久方に抱きかかえられるようにして部屋を出ると既に雫が立っていて、誰かに持って来させたらしい朔耶の上着を手にしていた。
「三日月君は下のエントランスで待っているそうだ、急ごう」
雫は血の気を失った顔色の朔耶の肩を抱いて、護院夫妻に会釈してエレベーターに乗った。
「月耶君の怪我の程度は最終的には、保さんと周が到着しないとわからないらしい」
「はい」
「申し訳けなかった。これは俺のミスだ」
「そんな事は......!」
頭を下げる雫に朔耶は慌てた。特務室は完全な人員不足で、雫はほとんど休みを取ってはいないのは聞き知っている。ましてや皇家の人間ではない行長や月耶が、警護対象にできないのはわかっている。あくまでと雫たちは武の為に組織された、皇宮警察の特務室所属警護官なのだ。
どうして責める事ができようか?
「ショックは受けていますが、物事の道理を見失うような真似はしません。雫さんや特務室の皆さんが、身を粉にしていらっしゃるのは充分過ぎるほど理解しています。これは皆さんの範疇外の出来事でしょう?」
起こってしまった事に誰かを責めても、時間を巻き戻してなかった事にはできない。今は今出来る事を考えるべきだ。
月耶の事は心配だ。だが冷静さを失えば正しい視線を失い、見るべきものも知るべきものもわからなくなる。
恐らくは葵の今の本心が見える。薫の考えも見えるかもしれない。自分にとって一番大切なものを見る為に、それ以外を一先ずは横に置かないといけないのかもしれない。
全てを取り払って最後に残ったもの。それこそが自分の本当の想いであり、願いであるのだと朔耶は思うのだった。
朔耶たちが到着した時には、保と周が学院都市から御園生の病院へ向けて搬送を開始しようとしていた。だが葵がこれを阻止しようとして揉めている最中だった。
「治療ならばここでもできるでしょう?月耶を卒業させないつもりですか!?」
「彼は高等部の必須単位を既に取得しています」
答えたのは行長だった。
「あなたには聞いていません、黙りなさい!」
「葵さま、恩師に向かってそれはないでしょう」
月耶の治療を安全な場所で……と思う朔耶が言うと葵は、凄まじい表情で朔耶を振り返った。
「何をしに来たのです」
「弟の状態を知る為に」
「私も同じです」
朔耶を庇うように三日月が進み出た。
「あなたもですか、三日月!薫さまを裏切って武さま側に付くと言うのですね?」
弟が怪我をしたと知らされて飛んで来た兄としての気持ちを、何ゆえに武と薫の権力争いにすり替えられなければならないのだ。今の葵は人として当たり前の情すらわからなくなったと言うのだろうか。
「弟を心配する気持ちが裏切りですか。それはまたどこの誰の考えなのでしょう?」
どこかに連絡をしていた雫が背後からこう言った。さすがに皇女を母親に持つ彼に対しては、葵も暴言を吐く事ができず黙った。
「正式に御影 月耶君を御園生の病院に搬送するように命令が降りました」
「武さまですね!どうしてあの方はここのルールを無視なさるのでしょう!」
「いいえ、これは私の上司、良岑 芳之刑事局長からの命令です。同時に、下河辺先生、幸久君、梓君も私と一緒に来ていただきます」
「羽林風情が」
葵のこの呟きに顔色を変えたのは成美と岳大だった。彼らも同じく羽林貴族である上に、副室長待遇である貴之を尊敬し自分達の目標にしていた。芳之は貴之の父であり、武の不安定な立場を誰よりも理解して憂いている人間だった。プロファイリングの特務室としての表看板をくれて、武と夕麿の警護に選任してくれたのも彼の尽力だった。薫と葵もその恩恵に預かって来たのではないか、と。
二人は無言で薫と葵の側から離れて、雫の立つ側に戻った。雫は二人を労うように肩を軽く叩いた。
「どういう事です?」
「この二人はたった今、薫さまと葵さまの警護の任務を解かれました。同時に我が特務室は従来の役目に専任するように命令を受けております」
雫がゆっくりと静かな口調で言った。
「本来の任務?」
呟いたのは葵の少し後ろに立っていた薫だった。
「{私《わたくし》、成瀬 雫率いる特務室は本来、紫霞宮武王殿下と御伴侶の夕麿さま及び、お二方の周囲の方々の警護を目的として着任いたしました。薫さまと葵さまの警護はあくまでも紫霞宮殿下の要請にお応えしての例外です。そして私は本日、本来の警護に戻るように上から命令を受けました。それでも久留島警部と間部警視がお二人の警護を望むのであれば、任務を続行させても良いとも考えておりました。しかし二人はこちらに戻りました。ゆえに本日ただいま、解任をいたしました」
淡々と雫は事実だけを口にした。成美は薫を想う。それでも武を主として仕える誓いを選んだのだ。岳大は拉致事件で葵を護れなかった事を悔やんでいた。けれども彼が警護官を職業に選んだのは、武への恩義と忠義の強い気持ちだった。
「では急いでください」
事のなり行きを見守っていた保が言った。
「久留島、月耶君を乗せた救急車に君も同情してくれ。間部は先導車に」
「承知しました」
「了解いたしました」
二人は命じられた通りに歩き出した。
「君たちはどうする?」
雫が問いかけたのは朔耶と三日月だった。
「帰ります」
「戻って月耶に付き添います」
先に三日月が答え、朔耶が続いた。もうこれ以外の選択肢は残ってはいない気が二人ともしていた。
「薫さまを裏切るつもりですか!」
葵がヒステリックに叫んだ。つい今しがたと真逆の事を口にしているのに気付いていないらしい。朔耶は立ち止まってゆっくりと振り返った。
「先に私を裏切り者とお呼びになられたのはどなたでしょうか?ご希望通りの選択をいたしただけです。ご不満はないはずですが?」
葵の暴走を止めない薫にもうんざりだった。月耶が学祭が行えないと溢していたのを実感する。
「薫さまの警護はどうするのです!」
「都市警察が引き継ぎます。あなた方にもその方が都合がよろしいかと存じます。彼らのトップはそちら側の人間ですし、どうやら暗殺集団の今の総元締めも兼ねているらしいですから。お気のすまれるままにお使いになられればよろしい。但し、紫霞宮殿下の後ろ楯なしに外に出られるものかは私もわかりません。どうぞそちらでご相談ください」
雫はどこまでも無表情で冷酷に事実を口にした。彼にしても余程腹に据えかねたのだろう。彼の心情は朔耶にも理解できた。そして、周はただの一度も口を開かなかった。無言で朔耶と三日月の選択を見守っていた。
朔耶は家を出る前に久方が最後に口にした言葉を思い出していた。彼はこう言ったのだ。
「葵さまが何を考え、何を望まれようとも、私たちは忘れてはならないのです。武さまこそ今上皇帝の直系である事実は消えないのだという事を。あの方こそ現在の蓬莱皇国で一番、我が国の主神であられる月神三神の末裔としての血を色濃く受け継がれておられる。その証があの強い皇家の霊感です」
たとえ彼が高御座に就く事がなくても、子孫を遺す事ができなくても、本当に相応しいのは武なのだという強い言葉だった。この事実には葵も気が付いているのではないのか。いや、彼を影で操ろうとしている者こそ誰よりも、武の正統性と資質を痛感しているのではないのだろうか。しかも武には夕麿という皇家の血を受け継ぐ者のあり方のお手本のような存在がいて、彼らを取り巻く忠義に篤い優秀な人材もいる。
こう考えると薫の実父である現東宮にも、このような人材が揃えられてはいないのではないだろうか。今上皇帝は第二次世界大戦の末期の生まれであるが、国の統治権は民主主義としての政治家に譲ったが、蓬莱皇国の元首として貴族を取りまとめ君臨してきた。慈悲深く庶民の中にも入っていかれる姿は、今一度皇帝の統治を望む者すら誕生させた。
「ただで済むと思わない事です」
立ち去る朔耶たちの背中に、葵が吐き捨てるように叫んだ。彼を制しようとしたのか薫が何か言ったような気がしたが、もう誰も立ち止まって振り返る事はしなかった。
搬入口側の道路を少し行くと紫霄学院と都市を一望出来る場所に出る。既に夜の帳に包まれて、見えるのはわずかな光しかない。それでも雫はそこで車を止めて外に出た。他の者も無言で車を降りた。
「ここは俺たちの母校で、ある意味で故郷のようなものだった」
雫が静かに言った。
「私は......砂の城を築こうとしていたのでしょうか。薫さまの為にと言いながら、叶わない夢を追っていただけなのでしょうか」
こう言った朔耶の声は悲痛だった。彼はこの学院で薫の為に生き、彼と運命を共にする筈だった。その両手で護り続けて来た薫と袂を分かつ選択を、本当は選びたくはなかったのだ。
「もう......私のこの想いはあの方には届く事はないのでしょうか」
例えようもなく悲しかった。権力とは本来は縁がない筈の武と薫が、何故に今ここで争わなくてはならないのか。否、少なくとも武にはその様な意志は欠片も持ち合わせていない。彼の伴侶である夕麿にも、付き従う者たちにもそんな想いはない。彼らが望むのはただ静かに穏やかに生きる事。どう考えても葵の見ている未来には、二人の幸せな姿は存在してはいないように朔耶には思えるのだった。
勧められてアルバイト先の御園生の病院で義勝のカウンセリングを受けていた。義兄相手でもよかったが同じような状態で外に出た彼の経験が聞きたかった……というのもあった。
「俺の場合は夕麿や雅久、貴之と言った同級生で生徒会で一緒だった人間と離れないから、参考になるとは思えないんだが……」
問いかけると彼は困った顔をした。
「構いません。今の私が何をどうすれば良いのか、少しでも糸口が欲しいのです」
周を際限なく抱いて壊してしまいそうな自分が恐ろしいのだ。武が入院すれば彼ら専用の病棟に泊まり込む彼は、常に自分の体調管理に重点を置いている。閨事も確かに考えていはするだろうが、10歳以上若い朔耶が抱く側になった場合の負担は大きい筈だ。しかも今の様に精神的な鬱積が朔耶に蓄積している状況では、受け身になる周の負担はかなり大きくなる。医師としての勤務に差し障りが出るのではないか……という心配があった。如何に周が病気知らずの丈夫な体質だからと言っても。
「一番大きく影響したのはやはり、武が兄と呼んでくれて……お義母さんも本当の息子が増えたと言ってくれた事かな?俺には家族は存在していない。血の繋がりで求めればいるにはいるが……それを俺は家族だとは思ってはいない。この辺りは君にもわかるんじゃないのかな?」
「そうですね。弟たちを除いて、私にも血の繋がりだけで家族と呼びたくはない気がします」
御影家の両親、昨年の騒動でわかった実母と異父弟の事……今現在、頼まれて面倒を見ている葉月の実親と養親の事。久方と高子が惜しみなく与えてくれる愛情。少なくとも義勝の言う意味が朔耶にはよくわかる。
「その上で言う。周さんは何をおいても君を全身全霊で受け止めようとするだろう」
「私はそれが恐いのです」
「ふむ……ある意味、周さんは武の影響を受け過ぎているからな。俺の正直な気持ちを言うと武の自己犠牲を何よりも率先してしまう傾向は、周囲を振り回すだけで感心はしない。だが同時にそれが俺たちを救ってきたのも事実なんだ。だから周さんのように傾倒していた人間は、あれをベストと認識しているように思う。少なからず君も影響を受けているだろう?」
「……はい。しかし私の場合は元々が薫さまの為の自己犠牲的な教育を受けている部分もあるので」
「だが以前は薫さまにだけだった筈だ。今は周さんが対象になってないか?」
義勝にそう言われると初夏に陥ったあの状態を思い出す。周の為ならば自分の人生も未来も必要なかった。彼が望むならば決してはばたく事のない、篭の中の生活でも自分は幸せだとさえ思った。
「その顔では当たってるみたいだな。朔耶君、君は武のようになるな。彼はある意味で仕方がない。義母と二人きりで常に逃げ続けた幼少期は、兎に角子供心に母親を守りたい一心で生きて来た。義母は結婚して武本人が守る必要はなくなった。だが今度は夕麿を守らなければならなくなった。自分が狙われるからこそ最愛の伴侶が狙われる。この恐怖は武自身にしかわからない部分がある。俺たちは外側からしか見られないからな」
武の側にいるという事は常に自分を含めた誰かの生命の危機に直面する可能性があると言う事だ、と義勝は遠くを見詰めるような目で言った。
「薫さまの方はそこまでの心配は必要なさそうだがな」
薫は現皇太子の皇子で生母は九條家出身の女性だ。しかも双子の兄はあまり丈夫でないと漏れ聞く。皮肉な事に薫は滅多に風邪一つひかない。現皇太子の皇子はこの双子の兄弟しかいない。そもそもが今上皇帝の皇子は崩去した武の父、前皇太子と現皇太子、そして生母の身分が低い第三皇子の三人だけである。双子へのタブーによる現状が存在しているにしても、薫を排除するのは得策ではないと考えるからこそ、三条家を巻き込んで葵を取り込んだのではないのか。
こう考えると納得ができる。恐らくは武側に何某かの情報が入っているのかもしれない。
「今は余計な憂いは早く解決するに限るだろう。朔耶君、君の日程を教えてもらえるかな?その上で周さんの異母妹……由衣子さんだったかな?彼女に連絡をして時間を合わせて。周さんのほうは俺が調整しよう」
「えっと……」
スマホを開いて講義の日程を確認する。ほぼ毎日ぎっしり講義日程は詰まっているが、まるで余裕がないとは言えない。
「一番近いのは明後日の午後ですね。今日の午後に二つ続けて休講になる知らせがありました。中途半端なので図書館で調べものでもしようかと思っていたのですが」
「明後日でいいか?」
「はい、私はそれでかまいません」
「では由衣子さんに連絡を取って、明後日の予定を確認してくれ。俺は周さんの勤務を変更の要請をする」
義勝の指示で朔耶は由衣子にメールを打った。
明後日の昼過ぎに校門で合流する事になった。あれ程合わなかった日程があっと言う間だった。
当日、午前中最後の講義を終えた朔耶は広いキャンパスを門へと急いでいた。既に到着したと周からのメールを受取っていたのだ。
朔耶の所属する医学部は桜華学園大学の敷地の一番奥まった場所にある。附属病院が少し離れた場所に移転した為、空いた敷地に新校舎が建設されてこの春に最奥の広い場所を独占していた。門からは遠くなったが不満を言う学生は少ない。新しく最新設備が整ったキャンパスは使いやすかった。
「遅くなりました」
車を近くの駐車場止めて周は異母妹 由衣子と門で待っていた。周は病院に勤務している時と同じようにスーツを。由衣子はクリーム色のワンピースに秋の紅葉を連想させる色のバックを持っていた。
「ごきげんよう、朔耶さま。本日はご案内を御願い致します」
太陽の光の下でほんのりとナチュラルなメイクをした彼女は前回、養父母である護院夫妻の部屋で会ったよりも美しく見えた。
「素敵なドレスですね。由衣子さんに好くお似合いだと思います」
「本当ですの!嬉しゅうございます。お兄さまが選んでくださったの!」
なるほど……周の趣味か、と朔耶が恋人を見ると彼は苦笑した。
「では参りまりしょうか」
門から出入りする学生たちが三人に注目している。スマホを取り出してかにどこかけている人間の誰かが、恐らくは紺野屋 原子に連絡していると朔耶は考えた。
「目的地はカフェで良いですか?キャンパスのほぼ中央に位置していますから、ここの様子をある程度は観る事ができると思います。その上でご希望があればどこにでも案内します」
「朔耶さまにお任せいたします」
周囲に会話は聞こえている筈である。あくまでも許婚者が籍を置く大学を訪問に来た、という姿勢を貫く事は前以って打ち合わせてある。
「坂の上の高等学校も桜華学園なんですのね」
「ええ。昨年度より共学になったらしいのですが、義甥の話によると全員が知り合いになれる程、男子生徒の人数が少ないそうです」
「それは……大変ですわね、皆さま」
朔耶の話に由衣子はクスクスと笑った。笑顔はやはり周によく似ている。
秋の色に染まった木々の間を縫うように道は続いていたが、やがて開けた場所に到着した。そこにあったのはガラスを贅沢に使用した美しい二階建てだった。
「ここがカフェ!?なんて素敵なんでしょう!」
飛び上がらんばかりに歓んだ彼女に、周と朔耶が揃って目を細めて微笑んだ。
「確か……創設者一族の縁戚に建築家がいたのだったな?」
「そうなんですか?」
「高子さまか久方さまが仰られてはいなかったのか?」
「さあ……?二人がここの理事だって聞いたのも最近なんです」
朔耶は何も知らずにここを受験していた。ここが総合医教育に力を入れていて、学力レベルが皇立大学とそこまで差がなかったという事もあった。護院夫妻が揃ってここの理事に名を連ねているという事を、清方が養子に迎えた少年と義兄たちが編入する事になって耳にしたのだ。
三人が中へ入ると気を利かせてテーブル席を空けてくれた。そこはここで一番古い煉瓦レンガ造りの図書館が見える場所で、建物の前に見事な黄金の葉をきらめかせる銀杏が美しい。煉瓦の色と銀杏の色が一枚の絵画のようで、ここで一番の人気のテーブルだった。
「あの建物は?」
「この大学の図書館です。創建当時から唯一存在している建造物だと聞いています」
「どこか紫霄の図書館を思い出すな」
周が呟く。紫霄の図書館も煉瓦造りの建物だ。朔耶も周も中等部からずっとあの建物を利用して来た。
「紫霄学院ってお兄さまと朔耶さまの母校でしたわね」
紫霄が特殊な学校であるのかは、彼女も聞かされていた。
「ああ、すみません。由衣子さんの知らない話題でした」
「いいえ。今度機会がありましたらお話をお聞かせくださいね」
「私の話でよかったら」
同じ年齢であるにも拘らず由衣子には、どこか年下の女の子のような感じがあった。もしも妹がいたらこんな感じがするのだろうか?彼女は周の異母妹。周の妹は自分の妹でもあるのだと。
周は少し寂しそうに微笑んでいた。気にしなくても良いのに……と思うが今は口に出来ない。彼の心配が単なる杞憂であるとどうすればいいのだろう……
「よろしいかしら?」
突然、頭の上から声が降って来た。とっさに反応したのは周だった。音もなく立ち上がり、朔耶を庇うように立った。
「無礼であろう!」
驚くほど冷たく響く声だった。
「君が紺野屋 原子か。自分の身分と立場をわきまえない僭越者め」
「なんですの、あなたは!」
この期に及んでも彼女は自分の立場を理解しない。
「朔耶さま、この前に高子さまが仰ってられたのはこの方の事?」
ゆったりと余裕綽々な顔で由衣子が言った。
「ええ。由衣子さん、あなたにわざわざここにまで来ていただいたのは、この人があなたに会いたいと聞かなかったので」
「紺野屋さんでしたわね?半家の立場をもう少し弁えられるべきですわね」
「何ですって!?そういうあなたこそどこのどなたですの?」
「私は久我 由衣子、立っているのは兄で朔耶さまの主治医ですの。久我家は清華貴族であるとご存知ですわね?」
にっこりと笑顔で応える。朔耶は内心、周にはない度胸のようなものを彼女に感じた。
「あなたの希望通り、許婚者に会わせました。私の周辺をウロウロしないでいただきたいですね。もし今後も付きまとうようでしたなら、知り合いに警察関係の方もいますので、ストーカーとして相談いたします」
ずっと学院都市で暮らして来た朔耶には、女性という存在が今一つわからない部分があった。身近に接する女性は母親という存在と、アルバイト先である病院の医療スタッフくらい。恋愛の対象として見た事はない。自分が彼女たちの目にどの様に映っているのかわからないし、元より興味自体がない。それでも原子の高圧的で「愛されて当然の美貌」という態度は、人としての資質そのものを疑ってしまう。紫霄の中では身分の違いはクリアに尊重され、きっちりと重視されて実行されている。
外では戦前は同じだったらしいが、現在は庶民の中に溶け込みつつある者がおり、貴族自身も自分たちと庶民を明確に区別して対応できなくなりつつあった。時代の流れだと言われればそうであるのだろう。
朔耶は思う。せめて貴族同士の序列は礼節を以て然るべきではないのかと。宮内省や皇宮警察に庶民出身者が名を連ねても、自分たち貴族は間違いなく蓬莱皇国の君主であり、国家元首でもあられる皇帝陛下の臣であるのだという矜持を大切に思う。皇国から失われつつある想いであろうとも、如何程に大切なものであるのかは、武を中心とした人々の中にいてひしひしと伝わってくる。
だからこそ薫にも同じ志の人々が必要だと思い続けて来た。決して権力思考からではなく、これから先の薫の人生に必要だと感じていたからだ。
それなのに......似た立場の武と争って何を得るというのだろうか。
「朔耶?」
思わず思い込んでしまって周の声で我に返る。
「あ……ごめんなさい」
慌てて周と由衣子の顔を見た。
「体調でも悪いのか?」
周が手を伸ばして朔耶の手を取った。
「脈は正常だな……」
周の心配性に苦笑しながら応えた。
「どこも悪くありませんよ、周」
「だったら良いが……」
ここのところの騒動がストレスになってるのは、朔耶自身も周もわかっている。しかも柏木教授事件の折に一度、ストレスから完治している心臓に不整脈が発生した経歴がある。周が過分に心配する気持ちもわかる。恋人として有り難いという想いはある。
「大丈夫です、あの時のような症状が出たらすぐに言います」
「そうしてくれ」
二人のやり取りを聞いて由衣子が呟いた。
「朔耶さま、ご無理はなさらないでね」
「ありがとう、由衣子さん」
由依子に笑顔を返してふと気付いた。原子がまだいたのだ。
「まだ何か用ですか?」
冷たく言い放つ。こういう時の朔耶の対応のやり方は、以前に透麿が指摘したように確かに夕麿に似ているが、おそらくこれは紫霄学院の教育の賜物だと周は思う。御厨 敦紀も同じような対応をしていた記憶があったからだ。
「朔耶さま、この後はまた講義がおありですか?」
由依子が兄と朔耶の空気を読んで、原子を完全に無視して問いかけた。
「以後が休講になって帰ろうかと」
まるで誰かが手配でもしたかのようだった。
「でしたら兄と三人でお食事など如何でしょう?」
「そうですね。適当な時間までショッピングでもします?」
「あら、よろしいの?女の買い物は疲れるってお兄さまは言うのよ?」
「義母の買い物は嫌いではありませんが?」
「いや、朔耶。高子さまは特別室に通されて買い物されるだろ」
「そうでもないんです。ご自分で探されるのが結構好きで......」
「それは初耳だ」
驚いてさらに何かを周が言おうとして口を開きかけたその時、頭の上からヒステリックな声が響いた。
「おかしくありません!?許嫁者よりもお兄さんの方と仲が良いように感じますわ!」
朔耶にすれば痛い事を言われた。
「あら、当然でしょう?朔耶さまの一番上のお兄さまの乳母は、うちの兄の母ですの。それに兄は朔耶さまの主治医で、中高の先輩後輩でもあるんですもの。私よりもご縁が深いのですわ。将来の身内同士が仲が良いのは私にとっても嬉しい事ですので」
女同士の間に火花が散るのがわかった。チラリと周と視線を合わせた。女は恐い、と思い肩を竦めた。周も複雑そうな表情をしている。
「兄の母?」
「兄と私は母が違いますの。兄の母は摂関貴族の出身ですのよ」
「あなたは?」
「私の母は貴族ではありませんの」
由衣子は自分の母を恥じてはいない。彼女の生母は非常に有能な秘書で、才色兼備で良妻賢母だと周が話していた。
「まあ……」
「私の母も貴族ではありませんよ?」
「え?」
「そもそも生まれは二人と同じ清華貴族です。護院家には養子に入ったんです」
この国の貴族の間では本来、他家からの養子縁組は多くはない。一つには血脈を保持する為にできるだけ他の家から迎え入れない傾向がある。代わりに親戚から後継者を選ぶという養子はある事にはある。とは言っても千年以上続いて来た皇家と貴族は、その血筋は何処かで繋がってはいるものだ、御園生のような勲功貴族ではない限り。その御園生も小夜子が現当主の子を設けた事により、旧来の貴族との血縁ができた事になる。
「もうよろしいかしら?私たちはこれから行く所がありますの。できましたら今後、朔耶さまと護院家に拘らないでくださいませね。もちろん、私と兄にも」
目の前にいるのは間違いなく清華貴族の令嬢だった。周は目を見張った後、優しく満足げに微笑んだ。生まれ育った家を捨てて異母妹に押し付けた。周にすればずっと後ろめたい気持ちがあった。だが彼女は異母兄から任された自分の立場を理解し、清華貴族の一員として相応しい人間になれるように努力したとわかった。
周は立ち上がって朔耶に告げた。
「近くの空き地に許可をもらって車を止めてある。門まで移動させるからゆっくり来てくれ」
「ありがとう、お兄さま」
朔耶は周を見上げて頷き、代わりに由衣子が言葉を紡いだ。周は軽く頷き返して足早にカフェを出て行った。
「それで由衣子さん、まずどこへ?」
「実はお兄さまのお誕生日のプレゼントを買いたいの」
「もうすぐですよね。私も義兄たちと何かサプライズをと考えています」
「病院で?」
「そちらでもありますが、やはり義兄の部屋でという話が進んでいるんです」
言葉を交わしながら二人も立ち上がった。
「清方さまのお加減は如何ですか?」
今回の事の為に互いの情報を取り交わしている。当然ながら清方が拉致された事件の事も。米軍絡みだった事から一応はマスコミが詳細を伏せて取り上げた事件だった。しかし貴族間では拉致されたのが護院家の子息であるというのは、公然の事実として広まっていた。無論、表立って口にする者はいない。
「最近はもう落ち着いて来ました。多分、もう少ししたら元の優秀な医師に戻れると思います」
並んで門へ向かう二人の姿を多くの学生たちが目撃していた。これでもう朔耶に告白して来る者はいないだろう。
「朔耶さま、兄の事をよろしく御願い致します」
「お願いしなくてはならないのは私の方です。周がいなかったら私はここにいません。もしかしたら既にこの世に存在していなかったかもしれないのです。私の心臓はあのままではいつ大きな発作を起こして止まっていたかわからなかった状態でした」
「生きていてくださってありがとうございます」
そう言って由衣子は美しい笑みを浮かべた。きっと普通の男ならばこの笑顔を愛してしまうだろうと思った。だが朔耶には彼女の中に恋人と似た部分を探して、見付けてしまう。心が揺らぐ事は一切なかった。改めて周を愛していると感じ、胸の中に温かな焔がともった気がした。
二人で歩く。話の内容は周の事、互いの大学の事。当然ながら色めいた話はない。
「素敵なキャンパスですね、私もここにすれば良かった」
「薬学部でしたよね、皇立大の」
「ええ。久我の経営企業がそちら系ですので、知識はあって邪魔にはならないと思いました」
「それは良いですね」
「朔耶さまが医学部でいらっしゃるのは、やっぱりお兄さまの影響?」
実は由依子には敬語を控えめに、と依頼してある。周との会話がほぼ対等である事から、不自然だと考えての事だった。元々の身分は差がない。精華貴族の家に生まれ、母は平民だと言うのも同じだ。むしろ精華としては御影家よりも、久我家の方が格が上なくらいだった。自分の優位はあくまでも護院家の養子であるという現状なだけ。決して自分の力で身分が上がった訳では無いのを、朔耶は重々に実感しての判断だった。
「あの人、お二人の後について来てます。お気をつけて」
足速に追い越して行った女の子が挨拶するふりをして囁いて行った。彼女は友人たちの集団にいる一人だった。
「由衣子さん、振り向かないで」
「わかってます」
彼女はそう答えるとさりげなく鏡を取り出して、髪を直すふりをして背後をうかがった。
「確かにいますわ」
「面倒な」
由衣子が本当に許嫁者なのか、つきまとって確認するつもりなのだろう。
「あの方、本当に朔耶さまと結婚できるって思っていらっしゃるのかしら?身分の差がありすぎると思うのですけど」
皇家・摂関貴族との婚姻は基本的には清華以上の身分を求められる。もちろん抜け道はあり、久留島 成美を薫が選んだ場合に検討されたように、清華以上の家柄へ養子に入る事で可能になる。もちろんこれにも条件がある。成美の場合だと出身が羽林階級の為、清華貴族が養子を組める一番上の身分となる。
摂関・清華なとの階級の中にも順位が存在する。摂関一位は武の生命を狙い続けていると考えられる、九條家。次が高子と夕麿の母 翠子の実家である、近衛家。次席が一条家、その次に同格として六条家と慈園院家が名を連ねる。残る護院家が摂関家で一番階級が低い。
清華は通常、上家・中家・下家の三つに分類される。上のトップが周・由衣子の兄妹の家である久我家。その次に雫の実家である成瀬家があり、御影三兄弟の家は上の後半に名を連ねる。敦紀の実家は上の中ほどの立場にある。小夜子の実家は中であった。清華は上中下合わせて35家ある。
清華の下に総家という貴族階級があるがこの身分は主に、宮中に於ける事務的な役目を担う事務官を輩出し、古くは各省庁の長官である頭かみに任命される者もいる。五家がこの身分にあたる。
この下に皇家の近衛軍としての羽林家がある。ここの筆頭が貴之の実家である良岑である。羽林には60家が名を連ねている。この下に清華貴族の分家である新家貴族があり、さらに半家貴族が存在する。
御園生のような戦前に叙任された新興貴族である勲功貴族は、元より存在している公卿貴族とは一線を画して分類されている。とはいっても小夜子の婚姻及び、子息たちの養子縁組は今上皇帝の勅命による措置であり、護院 久方が紫霞宮独立に伴って彼らに新たな姓と家の設立、できれば清華以上の身分をと奔走しているの事実が合った。
このルールから言うと原子の家である紺野屋は半家という、公卿貴族では最も低い階級になる。高子が身分を弁えないと言った理由がここにある。
確かに連綿と伝えられて来たルールは、歳月を経ると共に少しずつ崩れつつあるのは事実だ。公卿貴族で現在も体面を保つ程の資産を有している家はあまり多くはない。戦後政策で領地の返還で全てを失った家も多い。現金を有していた家は領地を買い取りという形で残せた所もある。御園生のように元より開発を理由に山野を安価で広く購入して、一族の資産を所持していた家もあった。戦後に残った資産で企業を起こして安定した収入を得た家もあれば、失敗して破産し離散した家もある。小夜子の実家である葛岡家のように、跡継ぎがいなくなって消えたところもある。故にかつては千家あった貴族も現在は五百家を下回っている。
「知らないのでしょう。特に新家や半家では婚姻は貴族間のものに拘らなくなってきているらしいですから」
これは雫が言っていた事だ。
「それは困った傾向ですわ」
「戦後、自らの生計を立てる目的で、貴族にも職業の自由が認められました。ゆえに身分に対するあり方が崩れつつあるとも言えるのではないか……と私は思っています」
医療関係者には貴族もそうでない者も普通にいて、普段の勤務では身分の違いによる区別はされてはいない。それは大学でも同じだった。
どうするかと顔を見合わせながら歩いていると門に到着し、二人は周の車に乗り込んだ。
周が二人を連れて行ったのは御園生系列の百貨店だった。三人で中へ入りそのまま宝飾売り場へと向かった。朔耶が由衣子にアクセサリーをプレゼントする……というの車の中で相談していた。本来ならば最上階に在る特別室に案内されて、店員が選んだ物が幾つか運ばれて来る。だが周は自分の足で商品を選ぶ。これは基本的に武と小夜子が好んでいる買物の方法で、何度か武の買物に付き合って、周自身も自分で商品を眺めて買う楽しさを覚えてしまっていた。未だに買物に慣れない朔耶は高子に出先に電話してもらって、特別室での買物を基本にしている。周が一緒の時には彼が商品を選ぶ状態を眺めていた。
「いらっしゃいませ」
一応は連絡は入れておいてある。
「周さま?朔耶さまも?」
声をかけて来たのは雅久だった。和装であるところを見ると一度帰宅して、ここへ来たらしいと思われた。
「雅久さん、お久し振りです」
御園生でのアルバイトをやめて二ヶ月、彼と顔を合わすのはそれ以来だった。
「こんにちは……ごきげんよう、雅久さん」
周の後ろから少し遠慮がちに由衣子が顔を出して挨拶をした。
「ごきげんよう、由衣子さん」
由衣子は小学生時代に彼に会ったままだった。
彼はここに立っているだけで場の空気を変え、周囲の眼差しを一斉に集める。御厨 敦紀の絵を知っている者は囁き、この美貌を初めてまのあたりにした者は感嘆の溜息を吐く。
今日はいつもはまとめている髪を解き、艶やかで美しい黒髪が彼の動きにサラサラと流れる。青を基調とした着物に枯葉色の羽織、肩には萌黄色のショールをかけていた。ただ立っているだけで美しい一枚の絵画のようだった。
「由衣子さん......でしたね。確か前にお会いしたのは......」
「小学生だったな?」
周の言葉に由衣子は頷いた。
「立派なお嬢さまになられましたね」
「ありがとうございます」
「お揃いでお買物でございますか?」
「ああ。お前は?」
「蓮華さまのお品を納めに参じました」
『蓮華』というのは武の製作者としての名前だ。
「既に予約注文が入っているお品ですので、店頭に並ぶ事はないのですが」
「今回のお品は天蚕糸を使用されたもので、素晴らしい光沢のまたとない一品でございました」
「テンサンシ?」
由衣子が不思議そうに口にした。
「天の蚕の糸と書きます。{天蚕《やままゆ》という種類の蚕がいまして、元より萌黄色をした糸が特徴です。保温性が高くて、癌患者などの皮膚が弱っている人にも優しい繊維ですが、現在では大変に貴重になっていると聴いています」
朔耶が優しい声で説明する。
「では組み紐じゃないのか?」
「はい。ショールを数枚」
そう言って雅久は自分の肩に掛けていた物を手に取った。
「どうぞ、由衣子さん。試しに触れてみてください」
「あ、ありがとうございます」
差し出された萌黄色のショールを恐る恐る触れる彼女に、三人は穏やかに微笑んだ。
「凄く柔らかいですね!」
「これは天蚕糸の天然の色をそのまま使用してあります。もちろん、これも蓮華さまがお手ずから織られたものでございます」
「これが天然の色なんですか?何て綺麗な色と光沢でしょう!」
「天蚕糸は染まり難い特徴がございます。ですので色合いはこの様な天然の色と淡い色合いのみになります。蓮華さまは現在、和装の為の布を織られておいでになられますが、お色が淡過ぎる為に普通の和絹も混ぜて織られています」
「天蚕糸の着物……きっと素敵でしょうね」
うっとりする由衣子を見て周が呟いた。
「ショールなら良いが流石に天蚕糸の反物は無理だぞ!」
周の言葉に朔耶が噴出した。
「確かに。まして蓮華さまのお手ならば恐らくは一千万以上の品になるでしょうね」
着物として仕立てたならば最終的に幾らになるのか、朔耶にも検討がつかなかった。
「一千万!私、そんな高価なものに袖を通すのは恐いですわ!」
如何に彼らが年間に数億の収入があっても、反物一反に一千万円出すというのは躊躇するものだった。もちろん、購入するのは難しくはない。買えなくはない。けれどもそこまで高価なものを購入する理由がないのだ。必要であるならば億単位でも惜しまずに出すだろう。しかし今現在必要でないものを購入はしない。そこが俄かに裕福になった成金と感覚が違うところだった。
「では雅久さん、この天蚕糸のショールを私が注文したいと蓮華さまにお願いいただけますか。義母と許婚者の分を是非に」
「朔耶さま!」
「朔耶、高子さまと由衣子が同じものというのは……」
「その辺りの工夫は蓮華さまにお任せいたします」
「承知致しました。帰宅いたしましたらお願いをいたしましょう。恐らくはお断りになられる事はあらしゃないでしょう」
「ありがとございます」
「きっと蓮華さまはお喜びになられますでしょう。実は天蚕の保護と育成に出資なされるとお決めになられました。このまま消えてしまうにはあまりにももったいないと仰せになられて」
「しかし天蚕は通常の蚕の何倍も手間をかけないと生育しないと聞いているが?」
「さようでございます。ゆえに高価になり売れなくなって飼育する者が減っているそうです」
皇家の一員としての武にしかできない事。天蚕の保護と育成への出資など、恐らくは採算は現代社会では成り立たないであろう。企業人としては誰も振り向きもしないものである筈だ。
「僕も是非参加させていただきたいと申し上げてくれ」
「承知いたしました」
医師としての給料以外に、周には紫霞宮家の侍医としての手当ても支給されている。その上で株式投資も行っている為、使い道のない収入がただ口座の数字として増えていく。もちろん、かなりの額を『暁の会』に毎年寄付しているが、それでも貯まる一方なのだ。
「では私はこれで」
「ああ、引き止めて悪かった」
「よろしくお願いします」
「ごきげんよう」
ゆっくりとした足取りでその場を離れる雅久の前の人垣がさっと分かれる。彼は凛とした様子で前を見て真っ直ぐに歩み去った。後に残ったのは彼が焚き染めていた香の薫りだけだった。
「お兄さま、あの方は本当に人でいらっしゃるの?昔、お会いした時から随分経ちますのに、まるでお歳をとられていないように見えるのですが」
「何しろ、『天人』とか『伽具耶姫』というニックネームがある奴だからな」
「実は私の下の弟の同級生に幸久という者がおりまして。雅久さんの甥で今は養子になっているんですが、まるっきり同じ顔ですよ」
「え!?あのお顔がもう一人いらっしゃるの!?」
信じられない、とばかりに由衣子が驚きの声をあげた。
周はというと周囲を見回している。
「周?」
「どうやらいなくなったようだな、あの女は。流石に雅久を見て逃げたか。彼に容姿で勝てる者などいないからな」
「周……もしかして、雅久さんがここにいたのは……」
「彼女が諦めそうになかったんでな、車を取りに行ったついでに頼んだんだ」
「私もあの方と張り合う気には絶対になりませんわ」
性別を越えた美貌は武が現れるまでは、むしろ彼に不幸しか呼ばなかった……と周は思っていた。そしてそれは自分も朔耶もあまり変わらないのだとも。
「自分で自分を美人だって言う人に限って、大した事ないのよね~」
先程とは違う砕けた口調で由衣子が言った。
「本当に綺麗な人って自覚しないみたいですよね」
朔耶も苦笑して言った。幸久はおとなしくて自分の容姿に無頓着だ。
「ですよね。あの人みたいに言っちゃうのって、逆にコンプレックスがあるのでは?と考えてしまいます」
由衣子はちゃんと人を観ている、と朔耶は思った。彼女ならば周が抜けた久我家を盛り立てて行くに違いない。彼を独占している事実は仕方がない事ではあっても、やはりそこは気が咎めてしまう部分がある。貴族にとって家名は護り伝えるものとしての教育を受けているからだ。周だけではない。三日月も月耶も実家である御影家を出てしまった。外の女性に自分を産ませる程に後継ぎを求めた両親が、皮肉な事に子供を全て失ってしまったのだ。
「コンプレックスは誰にでもある。恐らくはない人間などいないだろう」
「そうですね。私もそう思います」
「人によって向き合い方が違う……というのが、いろいろな言動に出るのやもしれん」
「ふふ」
由衣子が楽しそうに二人を見上げて笑った。
「なんだ?」
「お兄さまと朔耶さまって本当に仲良しね」
からかうような眼差しで楽しそうに言う。朔耶と周は互いに見合った次の瞬間、音がしそうな勢いで耳や首まで真っ赤になった。
「あらら?お二人とも真っ赤!」
由衣子にすればずっと『家』に苦しめられて来た異母兄が、共に生きて行きたいと思う相手に出会い、こうして仲睦まじげに言葉を交わしているのが嬉しかったのだろう。母と自分の存在が優しい彼をどれだけ苦悩させて来たのか。彼女なりにわかっていたからこそ、今、目の前の異母兄の姿を微笑んで見詰める事ができたのだ。
「さ、お買物しましょう、朔耶さま」
「由衣子!」
舌を出して朔耶の腕を取る。朔耶には『女の子』はよくわからない生き物だが、少なくとも彼女は不快ではないと感じる。同じ年齢でありながら何故か、妹がいたらこの様だったのではないか……と思うのだ。
「あら、良いでしょ、お兄さま。お兄さまのお相手は私には兄弟のようなもの。ね、朔耶さま?」
「そうですね、私も妹がいたらこんな感じかな?と思います」
「あら、私は妹ですの?」
「姉を欲しいとは思いませんので。兄はたくさんおりますし、弟も二人いますので」
「それは光栄ですわ。異性婚でしたら兄嫁ですものね……それともお嫁さんはお兄さまの方なのかしら?」
「由~衣~子」
再び真っ赤になって妹を睨む周を見て、朔耶はいつぞやの武の言葉を思い出して噴出した。
「笑うな!」
「武さま認定のお嫁さんでしょうか」
「あら、それどういう事ですの?宮さま認定って?」
「母校の先生から伺ったのですが、あの方が在校していらっしゃった折に、周が食がお進みになられないあの方に御料理をつくったそうです。それをいたく御気に召されて『いつでもお嫁に行ける』とからかわれたとか」
「そう言えばお兄さまってお料理上手でしたでしたわね。確かにお嫁さん!」
「でしょう?私は心臓が悪かった事もあって、刃物と重いものは持った事がありません」
「貴族の鑑ですわね」
好き勝手な話を進めるふたりに周は為す術もない。歳の離れた恋人と妹はこうなると完全に手に負えなくなった。それが羨ましく妬ましいとも思うが、他ならぬ朔耶自身がたった今、由衣子に対して『妹』と言ったのを信じたいと思っていた。何よりも下に二人も弟がいる朔耶は自分よりも『兄』気質であるのをよくわかっていた。目の前の二人が自分と言う人間を挟んで友情を持つに至ったらしいと感じるが、あれほど気になっていた嫉妬心や心配は心に湧いては来ない。恐らくは無邪気に軽口を交わす様に懸念するような気配がないからかもしれない。
「お兄さま、実際のところはどうですの?私、そこの所が気になりますわ」
「あのなあ、由衣子。そういう下世話な事は口にするんじゃない」
勘弁して欲しいと視線を泳がせて答えると朔耶が代わりに言う。
「少なくとも日常生活では周は好く働いて料理上手な良妻ですね」
「朔耶~」
「私は情けなくも何も出来ませんし、資産運用はしていますがそこはやはり学生の身ですから、周に頼っている部分が多いです。ですので精神的な面では逆になっているかもしれません」
「それは異性・同性を問わず、理想的な姿ですわ。私も朔耶さまとお兄さまみたいになれるような、素敵な殿方に出会えると嬉しいのですけど。柳の下にそうそうお目当てはいませんもの」
「私は誰にでも運命の相手はいると信じています」
朔耶は穏やかに微笑んで困り顔の周を見てそう言った。周に出会うまで恋愛など考えた事もなかった自分が、こうして彼の一挙一動に心が揺れ動くようになった。
「では私もそう信じる事に致します。本日はお買物にお付き合いくださってありがとうございました」
「礼を言わなければならないのは私の方です。面倒なお願いを引き受けてくださって感謝しています」
「僕からも礼を言う。由衣子、ご苦労だった」
「御二人のお役にたてて光栄ですわ。では私はこれで、ごきげんよう」
周が彼女を送っていくというので、朔耶は高子に電話して念の為に車を回してもらって帰宅した。
これで紺野屋 原子が諦めたと言う保証はない。実際には偽りの許婚者であるのだから、細かい部分を突き詰められれば真実は見えてしまうかもしれない。けれどもこうまでして彼女を拒否したこちら側の意思は伝わる筈だ。でき得る事ならば明日からは元のような穏やかな学生生活に戻れると信じたかった。
問題が山積みで解決の糸口さえも見付けられないのに、こんな事に時間や気持ちを消費するのは必要以上に疲れてしまう。
第一、周がいらぬ心配をするのが心苦しい。できれば彼には笑顔でいて欲しいと朔耶は、車窓から外の流れる景色を見つめながら思うのだった。
「でもそういう規則があるのに何故、ボクは養子になれたのかな?」
周が当直に行ってしまったので、清方の養子である葉月が食事をつくりに来てくれていた。そこで今回の騒動の話を何となく口にしてしまっていた。
「義兄さんの場合は例外なのだと思います」
「例外?」
「義兄さんは実子ですが事情があって護院家の養子扱いになっています。しかも家名は既に実弟が継いでいるので、継承の対象からは完全に離れているからでしょう」
「聞いてるだけで頭いたくなりそう。じゃあ、朔耶お兄さまと周先生ももしかしたらそうなる?」
「周は難しいでしょうね。家を出たと言っても廃嫡になった訳ではありませんから、今でも久我家の後継者の立場は変わっていません。その点は雫さんも同じだと思います」
雫の場合は母親が今上皇帝の妹というおまけが付いている。規定以外の人間と養子縁組するのは周以上に不可能だろう。本来は同じ一族の分家などしか養子は許されてはいない時代があった。皇家は如何なる場合も養子縁組は禁止されている。武が薫を弟格でしか紫霞宮家に迎えられなかった理由はここにある。それでもこれも例外的な処置で、双方が公式には皇家の皇子としては存在していない事になっている為だった。
夕麿の摂関貴族である六条家から勲功貴族の御園生への表向きの養子縁組も、本来はありえない事であった。
「とにかく武さまの周囲は例外や異例だらけなのです。いちいち気にしていると頭を抱える事になります」
全ては祖父である今上皇帝の武への情だとわかってはいるが、いつかしわ寄せがありそうなので久方が後見に名乗りをあげたとも言える。小夜子は既に皇家からは離脱している。成人してしっかりとして裕福に収入がある武と夕麿は、既に御園生の財力を必要とはしていない。
ここで立場が難しくなるのは薫と葵になる。葵自身がわかっているからこそ焦っている部分が存在して、今のような言動を繰り返すのかもしれなかった。
薫は実の父が現東宮として生存している事もあって、夭逝した前東宮の遺児である武への今上皇帝の想いは深い。しかも前東宮は皇后腹。崩御後も今上皇帝は新たな皇后も、準ずる身分である准后も定めていない。現東宮の生母の身分は『御息所』と呼ばれる、一女御でしかない。、それは彼女には屈辱であろう。東宮が即位しても蓬莱皇国の皇家の決まりでは、彼女は皇帝の生母でありながら『皇太后』にはなれないのだ。彼女に与えられる称号は『女院』。これは他の御息所や後宮での功績が認められた女御・更衣、未婚の皇女に与えられるもの。三后(皇后・皇太后・太皇太后)のように一人だけに与えられるものではない。この場合、亡き皇后に『皇太后』が追贈され、新皇帝は彼女の子供扱いになる。
武の祖母でもある故皇后は、皇家の血を引く『王女御』として今上皇帝が東宮時代に入内した。抜きん出た美しさと気品、高い教養、穏やかで優しい気性などで後宮の女官たちにも愛された女性だったという。
九條家が武を目の敵にしたがるのは、今は亡き皇后と前の東宮への貴族や国民の消えぬ、人気や憧憬もあるのかもしれないと思った。その上で遺児としての武の存在が国民に明らかになれば、彼の即位を望む声が上がるのを恐れているのかもしれない。もっとも本人は絶対に拒否するだろうが。
では九條家が葵を唆してまで薫を引き入れようとするのは、何故なのかを知る必要があるのかもしれない。周ならばわかるかもしれない。いや、久方は既にこの意味を察して動きだしたのではないか?御園生が武の後ろ盾では危険になるような理由が。もちろん、今上皇帝がかなりの高齢で半ば現東宮の称制状態にあり、崩御となれば一気に武の足元が崩壊しかねないという事実はある。だが葵の抱き込みはこれだけではないように見えるのだ。
葉月の料理を美味しく食べて一人になった朔耶は、高子に久方が帰っているかを問い合わせた。彼が帰宅していたので急いで義両親の元へ向かった。
朔耶は話を聞くと言われて自分の疑問を口にした。久方は少し躊躇うように視線を泳がせたが、小さく溜息を吐いて口を開いた。
「そうだね。こういう時期だから君は知っていた方が良いのかもしれない。三日月君に話すかどうかは任せる」
こう言って久方は現在の宮中で囁かれている事を話し出した。
「これは単なる噂ではないんだ。私には伝があって事実だという確信を得ている」
摂関貴族の末席にある護院家の得意は宮中に於ける情報網だった。もちろん、何でも手に入るとは言えない。外の情報ならば貴之の方が強力な伝を持っている。護院 久方のそれはあくまでも皇家と貴族を巡るものだ。だがこれは後宮にまで及んでおり、何が起きているのかを知りえる立場にいる。ただし安易に他へもらす事はできないのは、九條家の事を嗅ぎ付けた貴之が生命を狙われている事でもわかる。
「現東宮の第一皇子、つまり薫さまの双子の兄君である御香宮は病気がちで、このままでは御子を設けるのも難しいかもしれない」
皮肉なものだ。排除された薫は健康で風邪一つひかない。逆だったら……という声があっても仕方がない。
「薫さまを身代わりに考えているという事ですか?」
「そこまで考えてはいなくても後宮に呼んで御子を、というつもりはあるだろう。それこそ人工授精でも体外受精でも良いから、宮の側に侍っている九條家の姫を正式な女御にして皇子を産ませようという謀はされていると考えられる」
「そんな無茶苦茶な……その企てに葵さまが利用されていると?」
「実際に薫さまに女御を、という事ではないからね。その上で未来の皇帝の父に薫さまが成ると言うのは、あの方には魅力的に感じるのだろう」
「愚かな!もし宮の身に何かあったら薫さまが身代わりの傀儡人形にされるだけではありませんか!」
「葵さまは多分、未来の皇帝に薫さまがなり得る夢を見ておられる」
「その様な事態になったら、ご自分が排除される可能性があるのにですか!?愚か過ぎます……」
「薫さまの御愛情で何とかなると考えていらっしゃるのでしょう」
悲しげに言ったのは高子だった。
「夕麿さまならばそのような考えには絶対に至られない。私たちもそうだ。そこが摂関貴族と清華貴族の教育の違いだ」
「周さんならば浅子の息子だからわかっているでしょうけど」
「ですが……私でもわかる事です、おたあさん、おもうさん」
「葵さまは既に取り込まれて、彼らの都合の良い内側しか見ていない」
「あの方は元々少し情に飢えていらっしゃったのでしょうね。だから愛情を向けられていると信じ込まされれば脆いのよ。薫さまは元より疑う事をあまりお知りではないでしょう?」
「夕麿さまは貴族間の陰謀を理解できる教育を受けられている。武さまはあの皇家の霊感と洞察力でこのような話が来たら拒絶されるだろう。そもそも玉座には興味などあおありにならない」
葵は薫とある意味で同じように人の悪意に無垢なのだと二人は言う。その上で御園生家と武の周辺は敵なのだと刷り込みが行なわれつつあるのかもしれない、と。
「今上はご自分がいなくなった後の武さまのお立場を懸念されている」
皇帝が存命中でも武は生命を脅かされ続けて来た。近い将来に必ず訪れる時はさらに武を追い詰めるだろう。
「あの方には何の野心もおありにはなられない。本当は現在のご身分を返上されたいと思われている。それでも留まっていらっしゃるのは、紫霄学院都市に囚われる悲劇をなくされたいと思われているからだ」
探し求めた息子 清方が救われた一人であった事実は、護院夫妻には何事にも変え難い感謝と忠義をもたらしていた。
「朔耶、私たちは君に何かを強制するつもりは微塵もない。君は君の想いのままに選べばいい。少なくとも武さまは何も仰らないだろうし、君への態度を変えられる事もないだろう。私たちにとっても君は大切な息子である事に違いはない。ゆっくりよく考えて決めればいい」
久方の言葉は有難いと思った。しかしそんな時間は残されているのだろうか......という感覚があった。何故かと問われたらわからないとしか答えられはしない。それでも何かが差し迫っているような、圧迫感と不安が消えないのだ。
誰が正しいというのではなく、この先の自分を考える上での選択をしなければならないとも思う。周と自分の事、護院夫妻との事、清方たちとの事。そして何よりも兄弟の想いと薫の本心を知らなければならなかった。次の休日にはしばらく遠ざかっていた紫霄に足を向けてみよう。薫と二人で話し合って彼の真意を聞いてみよう。少し道が開けた気がした。
朔耶の想いを打ち消すように、突然、ポケットの中のスマホが震えだした。慌てて取り出して見てみると雫からだった。
「はい、朔耶です」
〔今、どこにいる?〕
「両親の部屋ですが」
〔わかった。落ち着いて聞いてくれ〕
雫の声が普段の彼らしくなく上擦っている。
「はい」
〔下河辺 行長が襲われて、庇った月耶君が怪我をした。今、保さんと周が公用車で急行しているが、三日月君に連絡して私と一緒に来てくれ〕
「わかりました、弟に連絡します」
自分の声が震えているのがわかる。この様な時にどんな反応をして良いのかすらわからない。知らない人が今の会話を聞いたら、朔耶の異常な冷静さを責めるかもしれない。
通話を切った朔耶はそのままズルズルと座り込んでしまった。スマホを握り締めたままブルブルと震えて、弟の三日月に連絡をしなければと思うのだがどうにもできない。
「朔耶?」
彼の様子が余りにもおかしいので高子が寄って来て顔を覗き込んだ。
「お、おたあさん、どうしたらいいですか、弟が……月耶が下河辺先生を庇って怪我を……三日月に連絡を……」
高子に縋って助けを求めるように言う。彼女は朔耶の言葉を受けて夫を振り返り頷きあう。彼はすぐに雫に電話を入れ、朔耶の状態と事の次第を聞いた。次いで三日月に連絡を入れて雫の話を伝える。彼も電話の向こうで言葉を失っていた。
誰もが行長が狙われる可能性を考えてはいた。だが月耶が庇うという当たり前にあり得た可能性を失念していた。しかも保と周が特務室の公用車で向かっているという事は、当然ながらサイレンを鳴らしての急行で、月耶の傷が浅いものではないのを物語っている。
「兎に角、出かける準備をしましょう、朔耶。
あなた、朔耶の部屋に行って上着を取って来ますわ」
「では私は朔耶を雫さんのところへ」
久方に抱きかかえられるようにして部屋を出ると既に雫が立っていて、誰かに持って来させたらしい朔耶の上着を手にしていた。
「三日月君は下のエントランスで待っているそうだ、急ごう」
雫は血の気を失った顔色の朔耶の肩を抱いて、護院夫妻に会釈してエレベーターに乗った。
「月耶君の怪我の程度は最終的には、保さんと周が到着しないとわからないらしい」
「はい」
「申し訳けなかった。これは俺のミスだ」
「そんな事は......!」
頭を下げる雫に朔耶は慌てた。特務室は完全な人員不足で、雫はほとんど休みを取ってはいないのは聞き知っている。ましてや皇家の人間ではない行長や月耶が、警護対象にできないのはわかっている。あくまでと雫たちは武の為に組織された、皇宮警察の特務室所属警護官なのだ。
どうして責める事ができようか?
「ショックは受けていますが、物事の道理を見失うような真似はしません。雫さんや特務室の皆さんが、身を粉にしていらっしゃるのは充分過ぎるほど理解しています。これは皆さんの範疇外の出来事でしょう?」
起こってしまった事に誰かを責めても、時間を巻き戻してなかった事にはできない。今は今出来る事を考えるべきだ。
月耶の事は心配だ。だが冷静さを失えば正しい視線を失い、見るべきものも知るべきものもわからなくなる。
恐らくは葵の今の本心が見える。薫の考えも見えるかもしれない。自分にとって一番大切なものを見る為に、それ以外を一先ずは横に置かないといけないのかもしれない。
全てを取り払って最後に残ったもの。それこそが自分の本当の想いであり、願いであるのだと朔耶は思うのだった。
朔耶たちが到着した時には、保と周が学院都市から御園生の病院へ向けて搬送を開始しようとしていた。だが葵がこれを阻止しようとして揉めている最中だった。
「治療ならばここでもできるでしょう?月耶を卒業させないつもりですか!?」
「彼は高等部の必須単位を既に取得しています」
答えたのは行長だった。
「あなたには聞いていません、黙りなさい!」
「葵さま、恩師に向かってそれはないでしょう」
月耶の治療を安全な場所で……と思う朔耶が言うと葵は、凄まじい表情で朔耶を振り返った。
「何をしに来たのです」
「弟の状態を知る為に」
「私も同じです」
朔耶を庇うように三日月が進み出た。
「あなたもですか、三日月!薫さまを裏切って武さま側に付くと言うのですね?」
弟が怪我をしたと知らされて飛んで来た兄としての気持ちを、何ゆえに武と薫の権力争いにすり替えられなければならないのだ。今の葵は人として当たり前の情すらわからなくなったと言うのだろうか。
「弟を心配する気持ちが裏切りですか。それはまたどこの誰の考えなのでしょう?」
どこかに連絡をしていた雫が背後からこう言った。さすがに皇女を母親に持つ彼に対しては、葵も暴言を吐く事ができず黙った。
「正式に御影 月耶君を御園生の病院に搬送するように命令が降りました」
「武さまですね!どうしてあの方はここのルールを無視なさるのでしょう!」
「いいえ、これは私の上司、良岑 芳之刑事局長からの命令です。同時に、下河辺先生、幸久君、梓君も私と一緒に来ていただきます」
「羽林風情が」
葵のこの呟きに顔色を変えたのは成美と岳大だった。彼らも同じく羽林貴族である上に、副室長待遇である貴之を尊敬し自分達の目標にしていた。芳之は貴之の父であり、武の不安定な立場を誰よりも理解して憂いている人間だった。プロファイリングの特務室としての表看板をくれて、武と夕麿の警護に選任してくれたのも彼の尽力だった。薫と葵もその恩恵に預かって来たのではないか、と。
二人は無言で薫と葵の側から離れて、雫の立つ側に戻った。雫は二人を労うように肩を軽く叩いた。
「どういう事です?」
「この二人はたった今、薫さまと葵さまの警護の任務を解かれました。同時に我が特務室は従来の役目に専任するように命令を受けております」
雫がゆっくりと静かな口調で言った。
「本来の任務?」
呟いたのは葵の少し後ろに立っていた薫だった。
「{私《わたくし》、成瀬 雫率いる特務室は本来、紫霞宮武王殿下と御伴侶の夕麿さま及び、お二方の周囲の方々の警護を目的として着任いたしました。薫さまと葵さまの警護はあくまでも紫霞宮殿下の要請にお応えしての例外です。そして私は本日、本来の警護に戻るように上から命令を受けました。それでも久留島警部と間部警視がお二人の警護を望むのであれば、任務を続行させても良いとも考えておりました。しかし二人はこちらに戻りました。ゆえに本日ただいま、解任をいたしました」
淡々と雫は事実だけを口にした。成美は薫を想う。それでも武を主として仕える誓いを選んだのだ。岳大は拉致事件で葵を護れなかった事を悔やんでいた。けれども彼が警護官を職業に選んだのは、武への恩義と忠義の強い気持ちだった。
「では急いでください」
事のなり行きを見守っていた保が言った。
「久留島、月耶君を乗せた救急車に君も同情してくれ。間部は先導車に」
「承知しました」
「了解いたしました」
二人は命じられた通りに歩き出した。
「君たちはどうする?」
雫が問いかけたのは朔耶と三日月だった。
「帰ります」
「戻って月耶に付き添います」
先に三日月が答え、朔耶が続いた。もうこれ以外の選択肢は残ってはいない気が二人ともしていた。
「薫さまを裏切るつもりですか!」
葵がヒステリックに叫んだ。つい今しがたと真逆の事を口にしているのに気付いていないらしい。朔耶は立ち止まってゆっくりと振り返った。
「先に私を裏切り者とお呼びになられたのはどなたでしょうか?ご希望通りの選択をいたしただけです。ご不満はないはずですが?」
葵の暴走を止めない薫にもうんざりだった。月耶が学祭が行えないと溢していたのを実感する。
「薫さまの警護はどうするのです!」
「都市警察が引き継ぎます。あなた方にもその方が都合がよろしいかと存じます。彼らのトップはそちら側の人間ですし、どうやら暗殺集団の今の総元締めも兼ねているらしいですから。お気のすまれるままにお使いになられればよろしい。但し、紫霞宮殿下の後ろ楯なしに外に出られるものかは私もわかりません。どうぞそちらでご相談ください」
雫はどこまでも無表情で冷酷に事実を口にした。彼にしても余程腹に据えかねたのだろう。彼の心情は朔耶にも理解できた。そして、周はただの一度も口を開かなかった。無言で朔耶と三日月の選択を見守っていた。
朔耶は家を出る前に久方が最後に口にした言葉を思い出していた。彼はこう言ったのだ。
「葵さまが何を考え、何を望まれようとも、私たちは忘れてはならないのです。武さまこそ今上皇帝の直系である事実は消えないのだという事を。あの方こそ現在の蓬莱皇国で一番、我が国の主神であられる月神三神の末裔としての血を色濃く受け継がれておられる。その証があの強い皇家の霊感です」
たとえ彼が高御座に就く事がなくても、子孫を遺す事ができなくても、本当に相応しいのは武なのだという強い言葉だった。この事実には葵も気が付いているのではないのか。いや、彼を影で操ろうとしている者こそ誰よりも、武の正統性と資質を痛感しているのではないのだろうか。しかも武には夕麿という皇家の血を受け継ぐ者のあり方のお手本のような存在がいて、彼らを取り巻く忠義に篤い優秀な人材もいる。
こう考えると薫の実父である現東宮にも、このような人材が揃えられてはいないのではないだろうか。今上皇帝は第二次世界大戦の末期の生まれであるが、国の統治権は民主主義としての政治家に譲ったが、蓬莱皇国の元首として貴族を取りまとめ君臨してきた。慈悲深く庶民の中にも入っていかれる姿は、今一度皇帝の統治を望む者すら誕生させた。
「ただで済むと思わない事です」
立ち去る朔耶たちの背中に、葵が吐き捨てるように叫んだ。彼を制しようとしたのか薫が何か言ったような気がしたが、もう誰も立ち止まって振り返る事はしなかった。
搬入口側の道路を少し行くと紫霄学院と都市を一望出来る場所に出る。既に夜の帳に包まれて、見えるのはわずかな光しかない。それでも雫はそこで車を止めて外に出た。他の者も無言で車を降りた。
「ここは俺たちの母校で、ある意味で故郷のようなものだった」
雫が静かに言った。
「私は......砂の城を築こうとしていたのでしょうか。薫さまの為にと言いながら、叶わない夢を追っていただけなのでしょうか」
こう言った朔耶の声は悲痛だった。彼はこの学院で薫の為に生き、彼と運命を共にする筈だった。その両手で護り続けて来た薫と袂を分かつ選択を、本当は選びたくはなかったのだ。
「もう......私のこの想いはあの方には届く事はないのでしょうか」
例えようもなく悲しかった。権力とは本来は縁がない筈の武と薫が、何故に今ここで争わなくてはならないのか。否、少なくとも武にはその様な意志は欠片も持ち合わせていない。彼の伴侶である夕麿にも、付き従う者たちにもそんな想いはない。彼らが望むのはただ静かに穏やかに生きる事。どう考えても葵の見ている未来には、二人の幸せな姿は存在してはいないように朔耶には思えるのだった。
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