【完結・R18】花のように微笑み、棘のように傷ついて

とっくり

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 夜が明け、薄いカーテン越しの光が床を斜めに切り取っていた。

 トーマスは背を伸ばし、こわばった肩をぐるりと回す。

 寝具には昨夜のぬくもりがまだ僅かに残っている。

 隣ではジャンヌが静かな寝息を立てていた。額にかかった髪を指で払ってやろうと一瞬思い、やめる。触れたら、余計なことを考えそうだった。

(……ちゃんと感じてくれてた。これなら、俺だって)

 昨夜、初めて自分から意識をしてジャンヌを悦ばせようと試みた。

 秘部の愛撫に重点をおいて、蕾を激しく可愛がった。舌でジャンヌの愛液を味わいながら、蕾のコリコリとした感触を弄んだ。

 驚くほどにジャンヌは濡れて「もっと」と嬌声をあげ、腰を揺らした。

 あんなに乱れた彼女を初めてみたトーマスは抑えが効かないほど興奮していた。

 その時に見せた彼女の喘ぐ声や潤んだ表情が頭から離れない。

(……ちゃんと達していた。俺のやり方で)


 今までただ欲望に任せていたが、昨夜でようやく「経験」を自分のものにできた。そう思えば、細い罪悪感のとげも丸くなる。

(ジャンヌだって……嬉しそうだった。なら、悪い話じゃない)

 昨夜――彼女の感じる箇所を知って、そこを攻めれば快楽に支配されたように求めてくるようになった。

 ーージャンヌの嬌声を思い出す。

『あん、トーマスの固いのが、気持ちいいのっ』

『はぁ、あぁんっ、もっと、もっと』

 乱れた彼女のなかは、いつも以上にうねり、締め付け、言葉に出来ないくらいに快楽をもたらした。

 言い訳は早々に形が整う。
 幼馴染を大切にしている――そう自分に貼り札をして、実際は自分の不安を埋めただけだという事実から目をそらす。

 彼女の指先に残った微かな震えも、起き上がるのが辛そうな素振りも、見なかったことにした。

 トーマスはベッドから起き上がり、洗面所へと向かった。

――もう迷う必要はない。  

 これなら、ハルディを抱くことになっても大丈夫だ。彼女を悦ばせることだって、きっとできる。

(よし……今日こそ、ハルディに返事をしよう)

 胸の内で決意を固めると、トーマスの表情には清々しい笑みが浮かんだ。

 それは「自分の課題を克服した」と思い込む男の顔であり、ジャンヌの想いなど置き去りにしたままの、身勝手な確信だった。

 鏡の前で前髪を整えながら、言葉の練習をする。

「お返事をお伝えしたくて」――いや、硬いか。
「今度の休み、ご一緒できませんか」――違う、誘うのは向こうだ。

 短く、はっきりでいい。「はい。お願いします」

 何度か口の中で転がし、頷く。
 喉が渇いて水を飲む。胸の高鳴りは期待と自己満足でちょうどいい濃さに混じっていた。

 支度を終えたトーマスは、ふと寝台へ視線を戻す。

 ジャンヌはまだ眠っていた。うつ伏せに身じろぎし、薄い吐息をこぼしている。

 トーマスは踵を返し、机の端にメモを一枚残す。「今日の帰りは遅い」。それだけ書いた。

 余計な会話の余地を潰すための短さだった。
優しさではない。面倒を先送りする器用さだった。

 外套を肩にかける。金具が小さく鳴って、静かな部屋に現実の音を置いていく。

 扉の取っ手に手をかけたところで、一瞬だけためらいがよぎる。

 昨夜、彼女が見せたあの蕩けた表情と熱の籠った眼差しは、果たして「」としてだけの感情なのか。それとも、それ以上のがあるのか。

(……考えるな。ジャンヌは単なる幼馴染だ。前に進め)

 身勝手な励ましが、躊躇を上書きする。

 扉を開け、廊下の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 会社の受付の前に立つハルディ、微笑、差し出された手、胸を震わせる香り。頷く自分。頭の中の場面は鮮明で、都合よく美しい。

 今日こそ、彼女と向き合う――そう言い切ると、背筋がすっと伸びた。

 背後の部屋では、まだジャンヌが眠っているだろう。振り返らない。視線を落とせば、足元の自信がぐらつく気がしたからだ。

 階段を降りながら、トーマスは小さく息を吐く。

 勝手に積み上げた確信は、朝の光に照らされてますます硬度を増す。

自分のための決意。自分のための勇気。自分のための恋。

 靴音が石畳にリズムを刻む。
 彼はそれを、前進の合図だと思い込むことにした。




 
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