美しき禁断の果実

高殿アカリ

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突然の口付けに、私は目を見開いて彼の分厚い胸板を力任せに叩いた。
だが、雪五朗の身体はびくともせず、酸欠に思わず開いた口に熱い舌が差し込まれた。

「は、」

怒っていたはずなのに耳に残るリップ音は甘さを孕んで私を翻弄する。
彼の舌が歯列をなぞって、腰から背中へと快感が駆け抜けた。

知らぬ間に足に力が入らなくなって、私は倒れてしまわないようにと、彼のジャケットを強く握り締めていた。

「ふ、ぁ」

己のはしたない声が羞恥心を煽ってくる。
逃げたくて、恥ずかしくて、私の目尻には涙が溜まっていた。

これ以上は耐えられないーー。

その時、ようやく雪五朗の唇が離れていった。
ほんの少しだけ寂しさを感じたが、きっと気のせいね。えぇ、そういうことにしておきましょう。

蒸気した頬をそのままに、ぼぅっと私は雪五朗を見上げていた。
先程まで私の唇に吸い付いていた彼のそこには微かに紅が移され、てらてらと艶っぽかった。

かっと頬を染め、私は彼の服から手を離した。
途端、かくんと驚くほど呆気なく腰から崩れ落ちそうになる。

雪五朗の力強い腕が私の身体を支える。
吐息が耳にかかり、ぎゅんとお腹の奥で何かが哭いた。

腰から背中にあてられた彼の腕を強く意識してしまう。

「これで許してやろう」

耳元で呟かれ、私は反射的に身体を揺らした。

「最低ね」

目の端に恥じらいを散らしながら、私は彼を睨め付けた。
にやりと口の端を上げた彼が、私を見ていた。

漆黒の瞳が私を捉えて離さない。
初めて見る感情を乗せた彼の表情に、どくんと大きく胸が脈打った。

「その割には、感じていたみたいだな」

魅惑に引き込まれそうになりながらも、私は理性を総動員させて、彼を突き放した。
彼は素直に離れる。
そのことがほんのちょっぴり悔しかった。

震える足を叱咤し、私は踏ん張った。

「……感じてなんか、いないわ……」

反論した声は驚くほど弱々しいものだった。
これでは彼の意見を認めているかのようではないか。
唇を噛み締めて下を向く私の頭上に再び声がかかる。

「次は結婚式で」

ばっと顔を上げると、先程の嘲笑が夢だったかのように、雪五朗は再び無表情に戻っていた。

私もまた、こんなのなんてことないわと取り澄ますほかなかった。
内心では白昼の下で行われた接吻に冷静ではいられないのだが。

「えぇ、そうね」

雪五朗がくるりと背を向けて去っていった。
元凶である梅の枝は地面に転がっている。
お腹の奥の疼きには極力気付かないふりをした。

こんなにも、捨てられた子猫みたいにきゅうきゅうと哭いているのに。
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