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ありのままの貴方で
ありのままの貴方で4
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「こんにちは、言の葉デリバリーです」
約束の十五時、いかにも学生向けのアパートの二階でインターホンを押す。結局、道尾翔がどういう人物なのかを理解することはできなかった。むしろ、思い描いていた人物像は恭太の話を聞いたことで揺らいでいる。
「どうも」
ドアの向こうから顔を出したのは背が大きく、けれどその身体はギュッと引きしまった男子学生だった。長距離選手というのは恭太で見慣れているつもりだったけど、更に長くて細いという印象。だけど、弱々しさはまるでなく、纏う雰囲気からは鋭ささえ感じるくらいだった。
「入ってくれ」
道尾さんに促されて部屋に入る。少し雑然とした印象もある部屋だけど、散らかっているわけではない。ワンルームの部屋のあちこちにランニング関係と思われる品々が存在を主張していた。それから、硝子戸のついた棚の中に賞状が無造作に積み重ねられ、その上に就活関係の本が積まれていた。
その隣の金網ラックにはユニフォームなどが畳まれていて、TRACK AND FIELDと書かれたTシャツが一番上にある。どこかで見覚えがあるなと思って、バチっとつながる。やっぱり、この前木下さんと一緒に歩いていた人だ。
「改めまして、言の葉デリバリーの田野瀬です」
あの時道尾さんはどんな表情をしていただろうか。記憶を手繰りたがる心を抑えつつ、促されてローテーブルに向かい合わせに座り、道尾さんに頭を下げる。
「道尾だ。悪いな、照乃が無理言ったみたいで」
「無理だなんて、そんな」
「いや、わかってんだ。アイツ、昔っからせっかちで思い込んだら突っ走ってく性格だから」
道尾さんの顔に浮かんだのは苦笑だったけど、その声は穏やかだった。それは電話越しに聞いた木下さんの声色に似ていた。幼馴染という関係性がそこに現れている気がした。
「木下さんからの依頼ですが、元気が出る話、ということでよろしいですか」
「ん、頼む」
鞄から冊子を取り出そうとして、道尾さんの返事にほんの少しの違和感を覚えた。木下さんのことを話すときとの落差がなければきっと気づかなかったと思う。どことなく投げやりな気配。開きかけた冊子を思わず閉じた。道尾さんの怪訝な視線が僕の手元を探る。
「今回は道尾さんから直接の依頼ではないので、木下さんからの依頼に齟齬がないか確認させてもらってもいいですか?」
「……構わないけど、どんな依頼したかは照乃から聞いてるし、特に補足も修正もするとこないぞ」
道尾さんの視線がジロジロと僕の顔を伺う。本当はそんなルールないのだけど、引っかかる思いを抱えたまま朗読をはじめたくなかった。僕がそんな状態では、せっかくの雪乃さんの物語もきちんと届けることができないだろうから。
「道尾さんは今年に入って陸上の調子を落として、九月に開催される駅伝のメンバーから外れてしまった。ここまではいいですか?」
「ああ」
直接的な言い方過ぎたのか微かに眉を寄せながらも道尾さんが軽く頷く。
「木下さんからの依頼は、最近道尾さんが気落ちしているようなので励ましてほしいというものでした」
「そうだよ。別に選考落ちなんて初めてじゃねえし気落ちもしてないけど、アイツからみたらそう見えたらしい」
投げやりな声色だったけど、アイツ、というときだけはそのトーンが少し緩くなる。幼馴染という存在がいない僕にはその肌触りを完璧には理解できない。小さい時から傍にいたという意味では兄がいるけど、兄弟と幼馴染ではまるで違うだろうしそもそも僕と兄は少しばかり複雑だった。
「どうして道尾さんはこの春から調子を落とされたのですか。陸上部の知り合いから道尾さんは入部からずっとエースだったと聞きました」
「あのなあ」
できの悪い弟に言い聞かせるような声。そこに微かに苛立ちが混ざっていた。その気配に途端に気持ちがしゅるしゅると委縮しそうになるけど、小さく歯を噛みしめる。今のままでは雪乃さんの物語を読むことはできない。
「トップアスリートだって不調になることだってあるんだ。片田舎のうちの大学でエースだからって調子が悪くなることくらいあるに決まってるだろ」
「それは、そうですけど」
「それに、故障とか明らかに原因がある不調もあるけど、自分でも理由が……わからないスランプだって多いだろ」
「……はい」
道尾さんが言うことは一般論として間違いないと思う。だけど、言葉の途中に不自然な間があった。違和感に違和感が重なって燻っていく。道尾さんが不調になって、最近になって気落ちしたと木下さんが感じた理由が何かあるはずだ。
だけど、正面から聞いても教えてくれないだろう。それなら、今の僕にできることは。
「わかりました」
「ん?」
「出直させてください」
「はあ!?」
さっきは眉を顰めるくらいだったが、今度は思い切り顔をしかめられる。
「本日お持ちした物語は道尾さんに必要なものではないと思います」
「別にさ、照乃に言われてきてるだけなんだろ? 何ならさ、朗読してもらったってことで照乃に伝えとこうか」
「ダメです」
申し出をきっぱり断ると道尾さんの目がスッと細められる。
でも、それを聞くわけにはいかない。これは仕事であって代金を貰っているということもあるけど、それだけじゃない。
ともすれば睨むような道尾さんの視線をまっすぐ受け止める。
「木下さんから、道尾さんのことを励ましてほしいってお願いされたんです。それを叶える方法があるのなら――今僕の手元にある手段が間違っているなら、見なかったことにはできません」
約束の十五時、いかにも学生向けのアパートの二階でインターホンを押す。結局、道尾翔がどういう人物なのかを理解することはできなかった。むしろ、思い描いていた人物像は恭太の話を聞いたことで揺らいでいる。
「どうも」
ドアの向こうから顔を出したのは背が大きく、けれどその身体はギュッと引きしまった男子学生だった。長距離選手というのは恭太で見慣れているつもりだったけど、更に長くて細いという印象。だけど、弱々しさはまるでなく、纏う雰囲気からは鋭ささえ感じるくらいだった。
「入ってくれ」
道尾さんに促されて部屋に入る。少し雑然とした印象もある部屋だけど、散らかっているわけではない。ワンルームの部屋のあちこちにランニング関係と思われる品々が存在を主張していた。それから、硝子戸のついた棚の中に賞状が無造作に積み重ねられ、その上に就活関係の本が積まれていた。
その隣の金網ラックにはユニフォームなどが畳まれていて、TRACK AND FIELDと書かれたTシャツが一番上にある。どこかで見覚えがあるなと思って、バチっとつながる。やっぱり、この前木下さんと一緒に歩いていた人だ。
「改めまして、言の葉デリバリーの田野瀬です」
あの時道尾さんはどんな表情をしていただろうか。記憶を手繰りたがる心を抑えつつ、促されてローテーブルに向かい合わせに座り、道尾さんに頭を下げる。
「道尾だ。悪いな、照乃が無理言ったみたいで」
「無理だなんて、そんな」
「いや、わかってんだ。アイツ、昔っからせっかちで思い込んだら突っ走ってく性格だから」
道尾さんの顔に浮かんだのは苦笑だったけど、その声は穏やかだった。それは電話越しに聞いた木下さんの声色に似ていた。幼馴染という関係性がそこに現れている気がした。
「木下さんからの依頼ですが、元気が出る話、ということでよろしいですか」
「ん、頼む」
鞄から冊子を取り出そうとして、道尾さんの返事にほんの少しの違和感を覚えた。木下さんのことを話すときとの落差がなければきっと気づかなかったと思う。どことなく投げやりな気配。開きかけた冊子を思わず閉じた。道尾さんの怪訝な視線が僕の手元を探る。
「今回は道尾さんから直接の依頼ではないので、木下さんからの依頼に齟齬がないか確認させてもらってもいいですか?」
「……構わないけど、どんな依頼したかは照乃から聞いてるし、特に補足も修正もするとこないぞ」
道尾さんの視線がジロジロと僕の顔を伺う。本当はそんなルールないのだけど、引っかかる思いを抱えたまま朗読をはじめたくなかった。僕がそんな状態では、せっかくの雪乃さんの物語もきちんと届けることができないだろうから。
「道尾さんは今年に入って陸上の調子を落として、九月に開催される駅伝のメンバーから外れてしまった。ここまではいいですか?」
「ああ」
直接的な言い方過ぎたのか微かに眉を寄せながらも道尾さんが軽く頷く。
「木下さんからの依頼は、最近道尾さんが気落ちしているようなので励ましてほしいというものでした」
「そうだよ。別に選考落ちなんて初めてじゃねえし気落ちもしてないけど、アイツからみたらそう見えたらしい」
投げやりな声色だったけど、アイツ、というときだけはそのトーンが少し緩くなる。幼馴染という存在がいない僕にはその肌触りを完璧には理解できない。小さい時から傍にいたという意味では兄がいるけど、兄弟と幼馴染ではまるで違うだろうしそもそも僕と兄は少しばかり複雑だった。
「どうして道尾さんはこの春から調子を落とされたのですか。陸上部の知り合いから道尾さんは入部からずっとエースだったと聞きました」
「あのなあ」
できの悪い弟に言い聞かせるような声。そこに微かに苛立ちが混ざっていた。その気配に途端に気持ちがしゅるしゅると委縮しそうになるけど、小さく歯を噛みしめる。今のままでは雪乃さんの物語を読むことはできない。
「トップアスリートだって不調になることだってあるんだ。片田舎のうちの大学でエースだからって調子が悪くなることくらいあるに決まってるだろ」
「それは、そうですけど」
「それに、故障とか明らかに原因がある不調もあるけど、自分でも理由が……わからないスランプだって多いだろ」
「……はい」
道尾さんが言うことは一般論として間違いないと思う。だけど、言葉の途中に不自然な間があった。違和感に違和感が重なって燻っていく。道尾さんが不調になって、最近になって気落ちしたと木下さんが感じた理由が何かあるはずだ。
だけど、正面から聞いても教えてくれないだろう。それなら、今の僕にできることは。
「わかりました」
「ん?」
「出直させてください」
「はあ!?」
さっきは眉を顰めるくらいだったが、今度は思い切り顔をしかめられる。
「本日お持ちした物語は道尾さんに必要なものではないと思います」
「別にさ、照乃に言われてきてるだけなんだろ? 何ならさ、朗読してもらったってことで照乃に伝えとこうか」
「ダメです」
申し出をきっぱり断ると道尾さんの目がスッと細められる。
でも、それを聞くわけにはいかない。これは仕事であって代金を貰っているということもあるけど、それだけじゃない。
ともすれば睨むような道尾さんの視線をまっすぐ受け止める。
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