徳を積みたい鬼が俺を溺愛してくる

餡玉(あんたま)

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21、殺させない

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「陽太郎!!」

 サッと差し込む眩いほどの陽光とともに、黒波の声が洞穴に響いた。安堵すると同時に身体の力が抜け、両目から涙が溢れる。

『ぐギャぁあァァァ!!』

 ザン!! と荒々しい風が駆け抜けたかと思うと、俺の身体に絡みついていた触手が断ち切られる。戒めが解け、半ば宙に浮かされていた身体が地面に落下しそうになったところを、頼もしい腕に抱きとられた。

 ——黒波……!! 本当に、来てくれた……!

 どろどろと地表近くに沈殿し、俺を息苦しくさせていた瘴気が、涼風のような黒波の妖気によって押し流されていく。俺の口を塞ぎ、全身に絡みついている触手を、黒波が忌々しげな手つきで払い除けた。

「クッソ……この……」
「ゲホッ!! がはっ……はぁっ……はぁ……!!」
「陽太郎……!! しっかりせぇ!」

 黒波に抱き起こされ、ようやく全身から力が抜けた。身体は重く痺れて動かせないけど、視線だけを黒波に向け、弱々しく微笑んだ。

「なまえ、よんだら……ほんとに、くるんだな……すげぇ……」
「言うてる場合か!! またお前は……俺のいいひんところでこんな目に遭いよって……!!」

 触手に全身を舐め回されて、俺の身体はおそらくひどい状態になっているはずだ。ドロドロに汚れて、濡れた感触が気持ち悪い。

 だけど、黒波のぬくもりと匂い、そして力強い妖気に包み込まれているととても安心できた。

 だが、洞穴の奥で低い唸り声が響いている。虚無露が鋭く妖気を尖らせ、こちらを威嚇していることに俺は気づいた。
 黒波を射殺すタイミングを窺うように、触手の全てを自分の体内に引っ込めて、ぶるぶると身体を震わせている虚無露の気配だ。

『それは、おれの獲物……おれの獲物だァ……!!』

 刹那、虚無露の全身から細い棘のようなものが一気に噴き出す。だが、黒波は俺を抱きしめたまま微動だにしない。このままじゃ、二人まとめて串刺しだ……!


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!! 邪鬼封縛! 急急如律令!!」


 凛とした声音が響き渡ると同時に、一陣の突風が洞穴に吹き込む。

 俺は目を閉じ一瞬身を縮めたが、虚無露の苦悶にみちた悲鳴を耳にして目を開く。

 見ると、銀色に眩く輝く鎖が、虚無露が黒々とした巨躯を縛り上げているではないか。俺は目を疑った。

「……なんだ、これ……」
「うわ……エッロ。ヌルヌルドロドロのエロ漫画みたいになっちゃって……いったいナニされちゃったの?」
「せ、静司さん……!?」

 颯爽と駆けつけた助っ人とは思いがたいセリフを口にしながら、静司さんが姿を現す。人差し指と中指を立てた手印を結び、まっすぐに虚無露を見据えながら。

「虚無露は空間を歪めて身を隠す。だからずっと、巣の場所を特定することができなかった」
「……へ?」
「君が黒波くんを呼んだおかげで居場所がわかったのさ。……ギリギリアウト? だったかもしれないけど……」
「せ、セーフだよセーフ!! 中までヤられたわけじゃ……!!」

 掠れ声でそう喚くや、また俺は咳き込んでしまった。俺の背をさする黒波がなんだか大人しいので表情を窺ってみると……黒波は、冴えた光を帯びた金眼を鋭く怒らせ、じっと虚無露を睨みつけていた。

 ぎし、と背後で鉤爪が軋む音が小さく響く。

「……陽太郎、ええよな。こいつぶっ殺しても」
「え……?」
「二度もお前を攫い、町の人にまで取り憑いて毒をばら撒く害虫や。……今度こそ殺す」
「殺す……って」

 冷え冷えとした声音でそう言い捨てる黒波の横顔には、憎しみが満ち溢れている。

 たしかにこいつは害のある妖怪だが、黒波にそんな役回りを負わせてもいいのか? 黒波に、ふたたび命を奪わせていいのか……? 

 俺が答えに窮していると、黒波は冷たい矢のような視線をこちらに向けて、ふたたびこう問うてきた。

「殺すで。ええな」
「ま……待って!! 殺すのはダメだ……!!」
「はぁ!? なに言うてんねん」
「ダメ……ダメだ!! お前にそんなことさせられない!」

 がばりと身を起こして、俺は黒波を正面から抱きしめる。黒波の困惑が身体を通じて伝わってくるが、俺は断固として黒波の身体を離さなかった。

「お前、こんな目に遭わされてんねんで……! なんで殺したらあかんねん!!」
「だって……ダメなもんはダメだ!!」
「そんな。……陽太郎っ」

 押し問答している俺たちの背後で、静司さんが印を結んだままため息をついている。

「……やれやれ、本当に君は甘いんだからなぁ。いいじゃない、殺せば。じゃないと君、また穴に引っ張り込まれてエロいことされちゃうよ?」
「そっ……それは……。あ! そうだ、蔵から巻物取ってきて、こいつ封印すればいいんじゃ……!」
「んー、そんな時間はないかな。……ま、君がいいっていうなら、虚無露は僕がもらうけど」
「……もらう?」

 静司さんは素早く両手で別の印を結び、唇に優しい笑みを湛えたままこう言った。

らないんでしょ。なら、僕がもらってもいいよね」
「い、いいけど……どうするつもりだよ」
「いったろ。僕はね、強い手駒が欲しいんだ」
「それってまさか、悪いことに使う気じゃ……」
「どうかなぁ。ま、悪いやつを懲らしめるのには使ってもいいかもね。触手エロ地獄なんて、なかなかいい趣味してるじゃないか」

 そう言うや、静司さんはよく通る声で「のうまく さんまんだ ばざらだんかん そわか」と唱え、胸の前で複雑な印を結んだ。

 すると、虚無露を戒めていた鎖が急激に静司さんの掌の中へと吸い込まれてゆく。

『ぎぃゃぁぁぁぁぁぁ!!!』

 鎖に絡みつかれたまま空間ごとねじられるように、虚無露が術に堕ちてゆく。びゅうびゅうとめちゃくちゃに風が吹き荒び
、歪んだ悲鳴が俺の鼓膜を震わせた。

 やがて、洞穴の中に吹き荒れていた風が落ち着きを見せ始めた頃……静司さんはすっと印を解いて妖しい笑みを浮かべた。

「はい、おしまい」

 俺を支えていた腕が不意に離れたかと思うと、両手を解いてにっこり笑う静司さんの背後に黒波が回り込んでいた。

 そして、さっき触手を断ち切った禍々しい鉤爪を、静司さんの首筋にあてがっていて……俺はゾッとした。

「く、黒波……!? 何やってんだよお前!」
「この男は腹の底が読めへん。ええんか、さっきの妖をこんなやつに飼わせておいて」
「ちょっ……待て、ダメだぞ斬ったら! 静司さんは確かにあやしいけど……傷つけたらダメだからな!」

 静司さんの白い首筋に、妖の体液で濡れた鉤爪が今にも掛かりそうになっている。痺れた身体をなんとか起こして黒波を制止していると、静司さんはまたしても頬を真っピンクに染め上げて、はぁ、はぁと興奮しはじめた。

「ふっ……ふふふっ、あぁ……ん……どうしよう……黒獄鬼の鉤爪が……僕の首筋にぃ……!」
「う……」
「ちょっとくらい引っ掻いてみていいですよ? 僕の血の味がお気に召せば、僕の式にしてさしあげたっていいんですからね?」
「……うう、くそっ……やはり気色悪い男や」

 ぐりんと首を捻って黒波を見上げている静司さんの全身からフェロモンが溢れ出す。……黒波は露骨に嫌な顔をした。

「黒波、こっちに戻って。……あの妖は、静司さんに任せよう」
「……」

 俺が静かな声でそう言うと、黒波はサッと静司さんから離れて俺の隣に戻ってきた。

「これまでも一応、俺が虚無露に見つからないように守りのまじないをかけてくれてたんだ。……たぶん、たぶんだけど、そこまで悪い人じゃないんだと思う。……たぶん」
「ふふっ……確証もないくせに、僕を信じようって? 本当に君は甘ちゃんだなぁ」

 肩を揺すって笑う静司さんを、俺は真っ直ぐに見つめた。すると静司さんもにやけ顔をゆっくりと引っ込めて、俺を静かな瞳で見つめ返してくる。

「黒波のことも、一応俺を心配してくれたんでしょ。何も知らずに俺が鬼に取り憑かれていないかって」
「……んー、どうだろうね」
「もし、黒波が俺の手に負えない鬼なら、静司さんが引き取ろうって思ってたんだよね」
「……やれやれ」

 静司さんは肩をすくめて、疲れたように首を左右に回した。そして、にっこりといつもの微笑みを浮かべ、くるりと踵を返す。

「ま、君がそう思うならそれでいいさ。ただね、僕は本気で黒波くんが欲しかったよ。……色んな意味でね」
「う」

 横顔でにんまりと笑う静司さんに、黒波がギョッとしている。だが静司さんはそのまますたすたと一人で外へ向かって歩いていく。

「小難しい詠唱もなく、名を呼ぶだけで鬼を召喚できてしまうなんて……それってつまり、既に君らの間には契約関係が成立しているということだ。もう僕の手には入らない」
「契約関係……」
「おおかた、甘いセリフでも交わし合いながら濃厚エッチでもしたんでしょ? それってもう立派な契約だよ。あーあ、羨ましいなぁ」
「なっ……なんのことだよ!!」

 堂々とセクハラ発言してくる静司さんには辟易するものの……確かに俺は昨日、この身を捧げながら『ずっとそばにいて欲しい』と口にした。そして黒波も『俺は陽太郎のもの。そしてお前は俺のもの』と言って……。

 ——あれが、契約……?

「つまり、すでに黒波くんは陽太郎くんの式ということ。名を呼べば居場所がわかったり、手元に召喚できるってのはそういうことなんだよ」
「……なるほど」
「なにも知らずにそういうことホイホイやっちゃうんだもんなぁ。陽太郎くん、見かけによらず大胆というかなんというか」
「う、うるさいな」

 静司さんはなおも少し恨めしそうな口調でそう言い残し、さっさとひとりでその場を去った。
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