【R18】それでも殿下は婚約破棄したいとお望みですか?

きららののん

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冷たい石の感触で、イヴは意識を取り戻した。

ぼんやりとした視界に映ったのは、薄暗く、カビ臭い石造りの天井。手足には、ひんやりとした金属の枷がはめられ、そこから伸びる鎖が壁に繋がれている。枷には、魔力を強制的に抑制する、特殊な呪いの文様が刻まれていた。

(ここは……?)

状況を把握しようと身を起こすと、鉄格子の向こうに、あの黒いローブの男――ザラーム――が立っているのが見えた。彼は、まるで珍しい生き物でも観察するかのように、じっとイヴを見つめている。

「お目覚めかな、精霊の器よ」

そのねっとりとした声に、イヴの背筋を悪寒が走った。攫われたのだ。ハーデス様たちと引き離され、敵の手に落ちてしまったのだ。絶望的な事実に、血の気が引いていく。

「何が、目的なの……?」

震える声で尋ねると、ザラームはケタケタと喉を鳴らして笑った。

「目的? 目的は、君自身だ。いや、正確に言えば、君のその体に宿る、大いなる力だ」

ザラームは、うっとりとした様子で語り始めた。

「私は長年、この世界の根源たるマナの謎を研究してきた。そして、ついに突き止めたのだ。ごく稀に、精霊の寵愛を受け、その身がマナの源泉そのものと繋がる『器』として生まれる人間がいることを。それが、君だ、イヴ・ヴェルディア」

「精霊の、器……?」

「そうだ。君が『不吉』と呼ばれてきたのも、無理はない。君は、歩くマナの源泉なのだからな。その力が無意識に漏れ出し、周囲の理を歪めてきたに過ぎん。だが、その力さえ我が物にできれば……」

ザラームの目が、欲望にぎらついた。

「私は、神に等しい存在となれるのだ!」

その狂気じみた野望に、イヴは恐怖で体が動かなかった。この男は、自分という存在を、ただの力を得るための道具としか見ていない。

だが、その恐怖の底で、イヴの心に一つの光が灯っていた。それは、ハーデスの力強い言葉だった。

『お前はもう一人ではない』
『私を信じて、ついてきてくれればいい』

そうだ、私は一人じゃない。ハーデス様は、必ず私を助けに来てくれる。だから、ここで諦めてはいけない。震えているだけでは、何も変わらない。

「さあ、無駄話はこれまでだ」

ザラームは牢の鍵を開けると、イヴの腕を乱暴に掴んだ。

「お嬢さんには、これから、私の偉大な研究の集大成となる、儀式の主役になってもらう。君の力を、一滴残らず、この私に譲ってもらおうか」

引きずられるようにして連れていかれたのは、砦の地下にある、広大な儀式の間だった。床には、血のような赤い液体で、複雑怪奇な巨大魔法陣が描かれている。その中央には、生贄を捧げるための石の祭壇が置かれていた。部屋の隅々には、不気味な骸骨や、意味の分からぬ魔術道具が散乱している。

イヴは、その祭壇の上に、鎖で体を縛り付けられた。手足も、体も、完全に固定され、もはや身じろぎ一つできない。

絶望的な状況。

(誰か……助けて……)

心の中で、必死に助けを求める。

(ハーデス様……!)

愛しい人の名を叫んだ、その瞬間だった。

彼女の体の奥深く、魂の中心で、今まで感じたことのない、巨大な何かが、ゆっくりと脈動を始めたのだ。

それは、温かかった。そして、どこまでも力強い。まるで、母親の胎内で眠る赤子が、初めて鼓動を打ったかのような、生命の根源的な胎動。

幼い頃から、ずっと彼女の中に眠っていた、古代の精霊の力。それは、彼女の心の叫びに、そして彼女を救おうと突き進むハーデスの強い意志に、呼応したかのように、ついに長い眠りから目覚めようとしていた。

その微かな、しかし尋常ならざるマナの揺らぎに、儀式の準備をしていたザラームが、ぴくりと眉をひそめた。

「ほう……。この期に及んで、まだ抵抗するか。その器、なかなか面白い。だが、無駄なことだ」

ザラームは、まだ気づいていなかった。それが、絶望に抗うか弱い抵抗などではなく、世界を揺るがすほどの、大いなる力の覚醒の序曲であることを。
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