眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

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バレンタインデー狂詩曲(ラプソディー)①

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もともと、キリスト教徒の間で、愛する男女がプレゼントを贈りあうイベントだったバレンタインデーが日本にやってきたのは1970年。

男性に告白するなど恥ずかしくてできなかった、当時の恥じらう乙女たちと、菓子メーカーの思惑が一致し、思いを寄せる男性にチョコレートを贈って、愛の告白するという日本独自の発展を遂げた「バレンタインデー」は、草食男子に溢れ、恥じらう乙女たちが消滅した現代でも、菓子メーカーの企業努力とイベント好きの日本人に支えられ生き残っている。

自慢じゃないが、俺は生まれてから2月14日にチョコレートをもらったことは一度もない。
現実主義の母は、「お前の事は愛してるけど、チョコレートをあげる程ではない!」と言い放って一度もくれなかったし、学生時代は、チョコレートはイケメンやスポーツ万能な奴らに集中していた。
男女の雇用機会や、女性の社会進出は平等が叫ばれても、もてない男性へのチョコレートの平等は叫ばれたことはなかったからだ。

今日は2月14日。今日が終われば、もてない男の辛い2か月が終わる。なぜ2か月かと言うと、クリスマスが終わると、日本の菓子メーカーは、CMや店先で「バレンタインデー」の生き残りをかけた戦いに精を出すからだ。

今年のバレンタインデーは火曜日。いつものように仕事をして、やり過ごせばいいだけだ。
アヤメからチョコレートが貰えるかも、などと言う甘い考えを持ってはいけない。義理チョコと言う風習も過去にはあったらしいが、義理チョコなんかナンセンスという女性陣とホワイトデーのお返しが大変だという男性陣の意見が一致し、こちらの方は見事に廃れているからだ。

ヴァンパイアポリスの普段と変わらない日常に癒される。

「本田君。受付から内線で一階のロビーにお客さん来てるって。」
電話を受けた山田さんから言われ、俺はお礼を言って席を立つ。

俺にお客?誰だろう。

俺はエレベーターに乗り一階のロビーに急いだ。

ロビーには、真っ白なふわふわのコート、それとおそろいの帽子。夜にサングラスという見るからに怪しい女性が一人立っていた。

「本田さ~ん、お久しぶりぃ。」
俺を見つけた女性が飛びついてくる、受付の窓口にいた女性がまずいものを見たとでもいわんばかりに、下を向いた。

「え、え?もしかして、アリサちゃん?」

「あったりぃ!」そう言って彼女はサングラスを外す。

「突然、どうしたの?また脅迫状でも届いたとか?」

「ああ、そっちの方は最近は大丈夫。SNSには、相変わらず色々と書かれてるけど、それは前からだったし。」

俺は、ここで長話しするのはマズイと考え、彼女を事務所のある4階の休憩室に誘った。
今考えると、これが大きな間違いだと、その時の俺は考えもしなかった。

休憩室に彼女を残し、俺はジュース代の小銭を取りに事務所に戻る。

「一宇、お客さん誰だったのぉ。」
ノエルに聞かれたが、アリサちゃんがが来たとも言えず、俺は適当にごまかした。

俺は、休憩室にとって帰り、ジュースを2本買った。

「わぁ。ありがとう。本田さんから貰った初めてのプレゼントだね。」

「プレゼントなんて大げさだよ。飲んで。それで今日はいったいどうしたの?なんか困ったことでも?」

「だってぇ、本田さんに、メールアドレスも電話番号も渡したのに、全然連絡くれないから。」

「用事がないのに、電話やメールはしないでしょ普通。」

「本田さん、そう言うのなんて言うか知ってる?ボクジンネンって言うんだよ。あれ。ボクネンジンだったかな。女心をわかってない人の事をそう呼ぶんだから。」

彼女いない歴18年の俺に、女心などわかるわけもなく、、、。

「だから、今日はいいチャンスだと思って来たんだよ。」

「いいチャンスって?」

「も~。本田さんって本当にボクネンジンなんだね。今日が何の日か知らないの?」

「あっ。」
(バレンタインデー、、、か。)

「わかったんだね。じゃぁ、これ!受け取って。」

そう言って彼女は、カバンの中から赤い包装紙に金色のリボンで付いている箱を俺に差し出す。

「あ、ありがとう。」

「おい、、受け取ったぞ。」
「あれ、v☆girlsのアリサちゃんですよね。」
「一宇、こんなとこでデートしてんの?マジだせーんだけど。」

休憩室の入り口付近から、ごにょごにょと小さな話声がする。
見るとノエル、稲葉、山田さん、常盤さんの4人が覗き込んでいた。

「あーあ。山田さんの声がでかいからバレちゃったじゃん。」
ノエルが、覗きを悪びれることなくそんなことを言う。

「あ、こ、これは。この前のお礼に来てくれただけで。」

「お礼じゃありません!」
アリサがきっぱり否定する。

「だよな~、だって一宇。この前の脅迫事件の時、別に活躍もしてないし。」

(稲葉、余計なことをいうな!)

「お忙しいのに、職場まで来てしまってすみませんでした。私、帰ります。用事はもう済んだし。」

「あ、一人で帰るの?大丈夫?」

「大丈夫です。これからバレンタインのイベントもあるんで、外にマネージャー待たせてますから。それじゃ。」

去りかけた彼女は、小走りで戻ってくる。そして俺の耳元で、

「電話か、メール。待ってますから。」
そう言って振り返らず走り去った。

「ああああ。一宇、赤くなってる。カワイイ!なんて言われたの。内緒話はずるいよぉ。」
ノエルが興味津々で聞いてくる。

「うるさいよ。」
俺は事務所に戻り、アリサちゃんから貰ったチョコレートを机の引き出しにしまった。

「本田君。アリサちゃんとそんなことになってたんだ。前にも言ったけど、アリサちゃんはv☆girlsの一番人気だから、もし、このことがファンにバレたら大変な事になると思うよ。」

「ち、違いますよ。そんなことにも、どんなことにもなってませんから!大体、あの事件の後で彼女と話したのは話したの、今日だけだし、メールもしてないし、、。」

「え?メールアドレスも知ってるの?いや~。まずいと思うな。あ、それじゃ、キキちゃんのサインも貰えるってことだよね。頼むよ本田君。」

「山田さん無理です。サインなんか頼めません。僕たちは何にもないんですから!」

「それにしても、この前捕まえた犯人。その後の情報一切入ってきませんね。」

「日本の警察なんていつもそうだよ。縄張り意識で犯人の引き渡しは要求するくせに、その後は、なおざりにしておくパターンが多いからね。まぁ、上がせっついてなんとかするでしょ。」

話のすり替えには成功したけど、逮捕した犯人がどうなっているのか、分からないことには腹が立った。結局は、ヴァンパイアに対して行われた犯罪よりも、人間に対して行われた犯罪の方が優先順位が高いのは仕方がないのかもしれない。

それと、「電話か、メール待ってます。」とアリサちゃんが言っていたのも気になる。
今まで、用事もなく人とメールや電話をしたことはない。ましてや、アリサちゃんとは知り合ったばかりで彼女の事も全く知らない。それで、なんとメールをすればよいのか、、、。こんな時、多趣味な男はいいのかもしれない。俺の趣味と言えば、、、。バイクをいじることと、寝ること、、、。話が膨らむとはとても思えない、、、。

こんなことを悶々と思い悩みながら仕事をしていたせいか、杉山さんに提出した報告書は赤ペンで訂正されて真っ赤になって戻ってきた。

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