眷属のススメ

岸 矢聖子(きし やのこ)

文字の大きさ
148 / 166

まさかの出来事 ①

しおりを挟む
あれから1週間が経った。

仙台市内の厳戒態勢も一部を除き解除になったらしい。白神とトキオの行方は杳として知れなかったが、人々は平和な世の中を謳歌し始めていた。
ただし、東門地区は依然として厳戒態勢がとられている。俺たちも相変わらずここに缶詰め状態で、白神の次の動きを待っている。

ゆずは苦手だった杉山さんから貰った本が気に入ったらしい。俺がそのことを電話で彼女に伝えると、彼女はたくさんの児童書を送ってくれた。ゆずは、それらの本を読んで暇をつぶしている。

季節は秋本番を迎えていた。

「お館様。今年は芋煮会できますか?」
本を読んでいたゆずが突然そんなことを聞いてきた。

「あああ。そんな時期だよな~。でも、ゆず。お前は鍋物食べられないだろ?」

「お館様。それは違いますよ!芋煮鍋の醍醐味は野菜や肉のうまみが溶け込んだ汁の方にあるんですよ!ゆずもあの汁だけなら飲めるんです!ゆずの小学校では秋に芋煮会をやるんですから!」
ゆずはムキになってそう言った。

「そんなもんなのか。」

「そんなもんです。」

色々あり過ぎて、俺の頭に芋煮会の事はなかった。毎年、アパートの人たちと河原で芋煮会をやって楽しかったことを思い出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※芋煮会:青森を除く東北地方で行われる季節行事。秋に河川敷に友人や家族などのグループで集まり、サトイモや肉の入った鍋を作って食べる行事。学校のレクリエーションでも行われることがある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここの生活に退屈していた俺は、芋煮会をしてみるのもいいかもしれないと考えた。
ただし、ここから離れるわけにはいかないだろうから、寺の境内でやるしかない。
ここでの軟禁生活にみんな疲れてきている。特に常盤さんは、最近元気がない。自分からここに残ることを志願した手前、市内に帰りたいと言い出せないのかもしれない。

翌日、俺は朝から里美さんと結女さんにこの計画を相談してみる。
二人も大喜びで準備を手伝ってくれることになった。「芋煮会なんて何年振りかしら。」里美さんはそう言って野菜や肉を買い出しに行ってくれたし、結女さんは白神家にあった大きな鍋を持ってきてくれた。常盤さんも久々に笑顔で結女さんと肉や野菜を切っている。

俺も、まきを割り、大きな石を集めて来て鍋を置くかまどを作った。
俺は、この会が終わったら、常盤さんに一度他のメンバーと交代して市内に帰るよう話すつもりだった。稲葉以外のメンバーは快く変わってくれるはずだ。

日が暮れ、ヴァンパイアのメンバーが起き出してくる頃には、すっかり準備が整った。

一番最初に起きて来たのは、類だった。

「なになに?これから何が始まるの?」
類は子どものようにはしゃいでいる。

宗助さんとゆずも外に出てくる。俺はアヤメが出て来たのみて、かまどの薪に火をつける。ほぼ全員の顔が、鍋の周りに集まった。

アヤメと類は、芋煮会自体が初めてらしく興味津々のようすで鍋を見つめている。
ゆずは芋煮会経験者らしく鍋奉行を務めている。

常盤さんの姿が見えない。俺は気になって彼女の姿を探す。この会は最近元気がない彼女を元気づけるのも理由の一つだったからだ。

「一宇さん。倉庫から飲み物を持ってきてくださるかしら?」
里美さんにそう言われて、俺はついでに常盤さんを探してみようと思った。

寺に入ると、女子部屋に明かりがついている。常盤さんだ。そう思った俺は女子部屋に向かう。常盤さんは誰かと電話をしている、部屋から彼女の彼女の押し殺したような静かな話し声が漏れ聞こえてくる。

「、、はい。手に入れました。今な、、誰にも気づ、、ない、います。裏口、、、。わかりました。すぐに行きます。」
彼女、誰と話しているんだ?俺は不意に不安に襲われる。

電話が終わったようで、常盤さんが部屋から出てくる。声を掛けようと思った俺は、声が出なかった。状況をすぐに飲み込めない。

なんで、、なんで、、。

彼女の手に握られているのは、ゆずの小十郎だった。

「常盤さん、それ、どうするの?」
俺は声を絞り出す、掠れた声がやっと喉から出て来た。

「本田さん、、。」
常盤さんは顔面蒼白だ。

「ごめんなさい。わたし、、。」
そう言って彼女が走り出す。追いかけようとした俺の足がもつれて転ぶ。こんな時に何やってんだ俺。

立ち上がって彼女を追いかける。彼女は食堂の先にある勝手口から外に出るところだった。

「待って!常盤さん!」

俺はありったけの声で叫んだ、一瞬彼女が立ち止まってこちらを振り向く。今なら、今ならまだ間に合う。なにもなかったことにできる。俺は彼女がそこに留まってくれるのを願った。俺が追い付くまで、頼むから、、。

振り返った常盤さんは出口のドアを開けて出て行く。

俺は必死になって彼女の後を追った。裏口から出ると、そこに居たのは、常盤さんと小十郎を持ったトキオだった。

「おやおや、一足遅かったね。守人様。小十郎は本当の持ち主の剣護様に返してもらうよ。」

「ごめんなさい。本田さん。」

「常盤さんが、間者だってバレちゃったか、、。残念。彼女使い勝手が良かったのにさ。」

「トキオ、お前。」

「そんな生意気なこと言っていいの?政宗守を持ってない、君なんて俺でも殺れるんだよ。ふふふ。でも、そんな事したら白神さんに怒られちゃうかなぁ。」

そうか、こいつは白神の計画に俺が必要な事を知らないんだった。

「でも、彼女はもう使えないから殺してもいいよね。」

そう言ってトキオが槍を常盤さんに向かって打ち出した。

間に合った。

すんでのところで俺は槍の刃先を握り、常盤さんの槍が刺さるのを防ぐことができた。
手の平から血が流れ出す。アドレナリンのせいか痛みは感じない。
俺はトキオの手から小十郎を奪い取り、小十郎を構え直す。まずい目がかすんで来た。この短刀は祖母の安芸の命を奪った刀だ。俺もやられるのか、、。
俺の手から、常盤さんが槍を奪う。そして、彼女はトキオの胸元にそれを突き刺した。

トキオが倒れるのを、俺は成す術なくただ眺めていた。
そして、次の瞬間、常盤さんは小十郎の刃を自分に向ける。ダメだ、、常盤さん。やめろ。

キンッ。常盤さんの手から小十郎が弾き飛ばされる。

「常盤ちゃん。死んでどうするんですか?」

「そうよ!あんたが死んだら類が悲しむじゃないの!自分勝手に死ぬなんか許さないんだから。」

アヤメと宗助所長がそこに立っていた。

俺は彼らがなぜここにいるのか驚きながら、常盤さんの命がつながったことに安堵していた。

宗助所長が俺を抱きかかえる。
「あら~。一宇くん。派手にやられちゃいましたね~。これじゃ、とても間に合ったとはいえないですね。」

「いや、十分間に合いましたよ。所長。」

「サキ。悪かったわ。初めからあなたに直接聞けば良かった。「あなた白神のスパイなんでしょ」ってね。」

「アヤメ様、、。知ってたんですか?」
「アヤメ、知ってたのか?」

どういうことなのか理解できずに俺はただただ混乱していた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇  

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

処理中です...