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21 謎の女2
しおりを挟むミカエルは身の回りで起きたことについて、ロディユとポセに説明していた。
かつて住んでいた神域の話だということもあり、ポセの表情はかなり険しい。
「——ガブリエルが襲撃を命じた人物の名を口にしようとした瞬間、呪いのようなものが発動して生き絶えてしまい……。私はその後、ガブリエルの遺体とともに神域を去り、地上で埋葬しました」
ミカはいつになく高まった感情を抑えるため、一呼吸置く。
「そして、ある方が内密に私を探して下さり、こうしてポセ様に保護していただくことになりました。こんな私を見捨てずに助けてくださったその方には、感謝してもしきれません」
「そうだな……あの眷属は誰にも追跡できないから、秘密裏に連絡を取るときには便利だ」
「左様でございます。その方の話によると、天使軍には『私とガブリエルは特別任務でしばらく席を外している』と伝えられているようです。誰がそれを言ったのかはわからないそうで……」
話を黙って聞いていたロディユは、ミカの言っている『ある方』は神域に住む高位の者だろう、と推測していた。
「今はラファエルが天使軍総司令代理をしているようです。ガブリエルが操られていたため、おそらく他の天使も……。天使軍はもはや正常に機能していないと存じます。私にはどうすることもできず、おめおめと逃げ出す始末で……」
ミカエルは右手拳を地面に叩きつけ、何もできなかった自分を責めた。
「お前は人一倍責任感が強いからな。天使たちのことが心配だろう。だが、お前は何かを変える意思があったからこそ、逃げることを選択したんだ。それは正解だと思うぞ」
「はい……」
ミカエルは、ポセの言葉で少し救われた気がした。
「お前を助けた人物は、お前が信用に値すると今でも考えている。その人物の仕事を今後も手伝ってやってくれ」
「よろしいのですか?」
一生あの方に忠義を尽くせない、と思い込んでいたミカは驚きを隠せなかった。
「お前とその人物の信頼関係は、そんなことで揺るがない」
「そう言っていただけるとは……。ありがたき幸せ!」
ミカはポセに深く頭を下げた。
「私から話せることは以上です」
「わかった。では、次は我々の番だ。ロディユから説明してくれないか?」
「いいよ」
ロディユは最初に、天使による人間襲撃事件についての話をした。
ミカは、「やはり報告は嘘だったのか」と胸の内で納得する。
そして竜峰山で聞いたこと、腐食の森で緑の聖石を回収したことを説明した。
「——話は以上です」
「ロディユ助かった」
ポセの言葉にロディユは頷いた。
「今後の予定だが、ゼウスとヘラの暴走を止めるため、同盟軍を結成して戦いに挑むつもりだ。難しいかもしれんが、軍以外の者たちにはできるだけ被害を与えないようにもしたい。まずは、魔人と交渉するつもりだ。ミカ、お前に頼みたい」
そう言われたミカは、一旦、目を瞑る。
「……彼に交渉を?」
「その通りだ。お前にしかできないことだろう?」
「そうですね……。彼を説得できれば、ほとんどの魔人が仲間になるかもしれません」
「その通りだ」
「『十二神と戦争をしてみないか?』と、けしかけてみます。彼を動かす材料としては最良かと」
「頭脳戦はミカに任せる。我よりも優秀だからな」
「そんな……!? 勿体無いお言葉です!」
「頼んだぞ」
「畏まりました」
ミカは右手を胸に当て深く頭を下げた。
「我とロディユは紫の聖石を探す。連絡方法は、お前を助けた人物の眷属を使わせてもらおう。人間の通信機を使うのは危険だろうからな」
「畏まりました。では、私はこれで……」
ミカはそう言うと、その場から消えた。
ロディユは目を見開く。
「ミカさんはどうやって消えたの!?」
「姿を隠しただけだ。移動する時に見えない方が何かと都合がいいからな」
「それもそうだね。そうだ、確認したいことが……」
ロディユは腕の通信機から立体地図を拡大表示させた。
「ハデス様が教えてくれたことついて、確認したいんだけど……」
「なんだ?」
「現在地はここ。そして次の目的地は、さらに東……ガーサ大渓谷の底——ゾロアス城」
ロディユは、地図上の現在地とガーサ大渓谷を指差した。
「確かハデスは……その近くにあった街が滅ぼされた、と言っていたな」
ポセはハデスが言っていたことをあまり覚えていないようだった。
「うん。数日で三つの街が滅ぼされたんだ……。大人しいことで有名だった悪神アンラ・マンユの手によって。それがきっかけでハデス様が紫の聖石を見つけたんだ。アンラ・マンユの冠にね。どういう神か知ってる?」
「残念ながら知らぬ。我が冥界にいる間に誕生した神のようだからな。そもそも、悪神は神域には住めぬ」
「そうなんだ……。僕の予想では、紫の聖石を所有したことで凶悪化したんだと思う……」
「ありえるな。かつての我のように……」
ポセの顔色が曇った。
「僕も……これから聖石の取り扱いには注意しないといけないね」
ロディユは無意識に額に手を当てる。
森の主が暴走した様を目の当たりにし、聖石への恐怖心が芽生えていた。
「大丈夫だ。ロディユは我と違って聖石の力を制御できている」
「あの……赤の聖石について聞いていい?」
ポセはゆっくり頷いた。
「当時、我は強大な力を有していた。誰も我には敵わないと思えるほどに。少なくとも、十神の中では飛び抜けていた」
「今のポセさんでも十分強いと思うけど……、昔はもっとすごかったんだね」
「比べ物にならないほどだ。昔の我なら、森の主は一撃で倒しているだろう」
「それはある意味、厄介かもしれない……」
ロディユは苦笑いを浮かべる。
「そうだな。今思えば危険な力だった。成長するにつれ、制御できなくなる時があってな……。周りにいた者たちは手を焼いていたと思う」
「暴走したってこと?」
「森の主まではいかないが……。酷い時は我を忘れて暴れだしたらしい。当時の腹心の配下が止めてくれたのだ。あいつがいなかったら、我は多くの神域人を殺めていただろう」
「そうなんだ……」
「そして、冥界へ落ちる前の時だが……。赤の聖石から炎が溢れ出し、我はその炎に焼かれた……」
「え……?」
ロディユの背筋が凍った。
「そして、そこから記憶は途切れ途切れなのだが……。誰かに胸に埋め込まれた赤の聖石をえぐり取られ、その直後に死んだと思う」
辛い内容でありながら、ポセは他人事のように話をしていた。
ロディユを気遣ってのことだ。
ロディユは何と言っていいかわからず、悲しい表情を浮かべる。
「……さて、明日から聖石探しだ! 早めに寝るぞ。ここで休むか?」
ポセは暗くなった雰囲気を打開しようと、話題を切り替えた。
「うん。魔人の街の宿屋は少し怖いからね。ここなら落ち着いて寝られそうだよ」
「そうか、なら我は先に休ませてもらう」
「キュー!」
アクアはポセのことが余程気に入ったのか、横になったポセの枕元に移動する。
「うん、おやすみ。アクア、静かに寝ろよ?」
「キュー!」
ロディユも少し離れたところで背を向けて横になった。
しかし、聖石のことが気になって寝付ける気がしない。
カバンに手を入れ、緑の聖石を取り出して眺める。
——大丈夫。青の聖石は暴走したことはない。正しく使いこなせるはず……。
ロディユはそう自分に言い聞かせ、緑の聖石を両手で包み込む。
すると——。
突然、緑の聖石が光を帯びる。
ロディユは気づいていないが、ヘアバンドで隠れている青の聖石も同じく光っていた。
——眩しい!
緑の聖石が急に強い光を放ち、ロディユはあまりの眩しさに目を閉じた。
——暗くなった……?
そう感じたロディユは、目をゆっくり開ける。
——え!? 石がない!?
手にあったはずの石が消え、ロディユは顔を真っ青にさせる。
「ポセさん!」
「どうしたっ!?」
ポセはロディユの声で飛び上がり、慌てて振り向く。
「キュー」
アクアはパタパタを羽を動かしてロディユの顔の前で止まり、ロディユの額を執拗に触り始める。
「アクア、邪魔だよ。ポセさんと話をさせてくれ……」
ロディユは視界を遮るアクアを無理やり抱きかかえた。
「ポセさん、手に乗せていた緑の聖石が急に光って……消えたんだ……」
ポセは眉間にしわを寄せた。
「ロディユ、額の角を見せてくれ。アクアの行動が気になる」
「うん」
ロディユはヘアバンドを外した。
「キュー、キュー!」
「……色が変わっているぞ?」
「本当に?」
ロディユは急いでカバンから鏡を出し、額を確認してみる。
聖石の色が青色から薄い青色——シアン色へ変わっていた。
「少しだけ魔力を見せてくれないか? 前みたいに簡単な魔法を出すだけでいい」
「うん」
ロディユは目の前に小さな水球を出現させた。
——あれ? 今までよりも魔力が強力になってる……?
ポセはロディユの反応を見て頷く。
「緑の聖石がどこにいったのか、我が言わなくても気づいたのではないか?」
「うん。魔力が前よりも強くなってる。青と緑の聖石は融合したんだ」
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