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番外編

三回目※

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 大学でできた友人に「なんでわざわざ学校から遠い場所に部屋借りてんの?」と、たまに訊かれることがある。
 その度に「彼女と同棲してるから」と返してはいるけれど、これが同棲と呼べるような甘いものではない事くらい分かっているつもりだ。
 和音の学校の近くに部屋を借りて、いつ一緒に住んでくれてもいいように生活用品を揃えた。ここから通った方が絶対に和音も楽なはずなのに、俺から呼ばない限り、頑なに和音は部屋に来てくれない。
 色々と諦めたのか、今では普通に部屋に来てくれるようになってくれたけれど、入学した当初はもっと酷かった。
 何かと理由をつけては部屋に来るのを拒まれていたし、会ってくれるのは基本的に外でのデートのみ。
 二ヶ月かけて部屋に来てくれるように色々と手を尽くしたけれど、こんなの全部脅しだよなと自分でも分かっている。
 俺が呼んだら来てくれるけど、そこに彼女の意思はない。
 一緒に住みたいという俺の要望を和音が受け入れてくれる事はなく、ただ通ってもらっているだけの状態を「これだけでも十分だろ」と自分に言い聞かせた。
 通学時間の関係もあり、和音の方が時間に融通が利く。それを理由に適当な用事を頼んで和音を頻繁に家に呼び、その度に「おかえりなさい」と迎えてくれることに安心して気持ちを誤魔化す。
 どれだけの時間を一緒に過ごしても、ずっと不安の方が大きかった。
 会いたくなるのもキスをするのも全部俺からで、和音から欲しがってくれたことなんて一度もない。
 俺から連絡を断てば簡単に切られる関係なのだと、そのくらいのことは自覚しているつもりだ。
 それでも、長い時間一緒に居れば少しくらいは絆されてくれるんじゃないかと勝手に期待して、せめて泣かせる行為だけはしないようにと自分に言い聞かせながら和音を側においた。

 不安と焦燥で頭がぐちゃぐちゃになって和音を抱いてしまったのは、大学に入学した一年目の秋のことだ。


 俺の生活圏は和音の通っている大学周辺で、たまに和音の知り合いと顔を合わせることがある。と言っても、そのほとんどは俺のことを認識などしていないだろう。
 女子しかいない学校だと分かってはいるけれど、一応和音の交友関係を把握しておきたくて俺が一方的に知っているだけ。
 和音が仲良くしている子や関わりのある人物を大方頭に入れていて、急に話し掛けてきたその子が和音の友人だという事にもすぐに気付いた。

「あの……す、すいません!」
「うん? どうかした?」

 きっと和音関係の話でもあるのだろうと、そう思って愛想よく返事をしたつもりだった。
 しかし彼女の表情から、友人の彼氏に向けるものとはどうも違うなと直ぐに察する。
 
「あ、急に声かけてすみません。えっと、実はよくこの駅ですれ違うんですけど、前から気になってて……」
「えー……っと、和音のお友達だよね? 大学でできた友達だって、写真で顔見たことあるよ」
「え? あ、えっと……和音ちゃんの……?」
「彼氏なんだ。ごめん、だからそういう意味で声掛けられても少し困るかな」

 確かに、彼女とは何度か駅ですれ違ったことがあった。
 大学近くのコンビニでバイトをしているから、この時間に帰ることになるのだろう。
 頭に入っている情報を引き出しながら言葉を選び、分かりやすい理由を説明しながら誘いを断る。
 声を掛けられたこと自体は大したことでもないし、彼女が俺のことを知らないのは仕方がない。
 和音が友人に俺の写真を見せびらかしているとは思っていなかったし、別段不思議なことだとは思わなかった。
 しかし俺の話を聞いた彼女は、戸惑ったように声を漏らす。

「え? えっと、大学の和音ちゃんって、篠崎和音で合ってる? その、彼氏いるなんて聞いたことないんだけど……」
「は……?」

 僅かに低くなってしまった俺の声に怪訝そうに眉を寄せながらも、彼女は更に話を続ける。

「仲良くしてるけど、彼氏いるなんて話は本当に一度も聞いたことないよ?」
「あー……そうなんだ。学校でそういう話、和音は全然しない感じ?」
「そういう話題は頻繁に出るけど、彼氏いるかって話になっても否定してたからてっきり……あ! でも、そっか……だから合コンとか誘っても来ないんだ」
「……合コン、誘ったりしてるんだ?」
「うん。他校の子に写真見せて、フリーなら紹介してって言われた時とかに和音にも声かけてたの。彼氏いるなんて聞いたことなかったんだけど、次からは遠慮した方がいいかなぁ?」

 当たり前だろと冷めた声を出しそうになるが、ぐっと喉の奥に押し込める。
 彼女は和音の友人だ。あとで和音の耳に嫌な話が入ったら困る。

「うん、ごめんね。俺が行って欲しくないから、もう和音のこと誘わないで?」

 貼り付けた笑顔でそれだけ言うのが精一杯の虚勢で、「分かった」と返ってきたことにとりあえず安心する。
 それ以上は特に話すことも思い付かず、「それじゃあ、家で和音待たせてるから」と、それだけ言ってその場を去った。

 家に向かう足が無意識のうちに速くなる。
 今日も来てくれるように連絡したのだから、和音はいつも通り俺の部屋に居るだろう。
 呼べば来てくれるし、俺が触れたら大人しく応えてくれる。しかしそれは、ただ本当にそれだけの関係なのだと、さっきの会話で突き付けられたような気がした。
 確かに、婚約はしているけれど、俺が縋って無理に繋いでいるだけの状態であることに変わりはない。
 だけど、彼氏なんていないと宣言するのは違うだろうと、そんな憤りが頭の中を占めていく。
 これだけの時間を一緒に過ごして、毎日キスして同じベッドで眠っている。これで付き合ってないと言うつもりなら、相当おかしいし理解ができない。
 和音にとって俺はなんだと、そんな疑問が頭の中で渦巻いて、回答を考えるだけで気分が悪くなる。
 家に帰るといつも通りに「おかえり」と和音が俺を出迎えてくれたけれど、その表情は少し硬い。
 和音の手中にあるスマホが連続でメッセージの着信音を響かせ、それだけで色々と察してしまう。

「ただいま。いっぱい連絡きてるみたいだけど、友達から?」
「あ、うん。友達の葉月から、私の彼氏に会ったってメッセージきてて、それで色々聞かれてて……」
「そっか。さっき駅で声かけられて、少し挨拶したんだよね」
「……その時に私の彼氏だって、結人が言ったの?」

 少し強張った声に和音の不安が滲んでいて、耳を塞ぎたくなった。
 まるで俺が悪いことをしたみたいで、まだ何も言われてないのに、責められているような気持ちになる。

「言ったけど、何か駄目だった?」

 動揺を悟られないように淡々と言葉を返せば、俺の機嫌があまり良くないことを和音も感じ取ったらしい。
 ぐっと表情を押し殺して、なんでもないよと小さく首を横に振る和音に、また一つ焦燥が募る。
 ただ話をしたいだけなのに、俺の目の前で和音はまた本音を飲み込んだ。初めて手を出して関係が壊れたあの日から、こんな簡単な会話さえきっかけを逃してしまう。
 
「あのさ、和音……」
「違うの、本当……別に駄目じゃないけど、私の友達と結人が知らないところで話してるの、少し複雑だなって……それだけ」

 この発言が、嫉妬とかそういう可愛い感情からくるものならよかったのに。
 警戒でもしているかのように不安げな表情を向けられ、心の中で溜息を落とす。
 恋人らしくしたいだけなのに、ここまで一緒にいても和音には何も届いてない。俺がすることを何も言わずに受け入れるだけで、見えない一線がずっと間に引かれている。
 ──本当に、俺って和音にとって何なんだろう。
 高校生の時に初めてキスをして、戸惑いながらも「嫌じゃなかった」と答えてくれた時が、一番心を許してくれていたんじゃないかと思う。

「和音、ベッド行こう」
「え……」

 焦ったように揺れた瞳に気付かないフリをして、ゆっくり近付いて視線を合わせる。

「駄目?」
「だって、あ……その、今日って結人……したい日?」
「……うん、したいかも。いい?」

 すぐに触れられる距離にいる。
 理由を作らないと家に呼ぶことも出来ないくせに、同棲しているみたいだと浮かれて、迎えてくれることに安心していた。
 それが全部俺の独り善がりだったと、突き付けられた気分になる。気分もなにも、実際にそうなのだろうけど。

「久しぶりにしたい。お願い、付き合って」

 和音の返事を聞く前に口付けて、何度も舌を絡めて呼吸を乱す。和音の息が上がったところで抱き上げて、そのまま寝室に連れていった。
 無理矢理でもなんでもいい。今はとにかく和音に触って、ここまで許してもらえてるんだって少しでも安心したい。

「んっ、あ……結人、夜ごはん作ってあるから……」
「うん、ありがとう。今日はなに?」
「ハヤシライスとサラダで、あ……それと、結人のお母さんが美味しそうなゼリーくれたから食後に、っん」
「そう。分かった。これが終わったら温め直して食べようか。和音が疲れたら俺が用意するから」

 会話を続けながらも手は止めず、ゆっくりと服を乱していく。
 耳の中に直接息を吹きかけながら時折舌で舐めると、小さく息を呑んだ和音が何かを逃すようにぎゅっとシーツを握った。
 触るならシーツじゃなくて俺にしてくれたらいいのに。そんなことを考えながら和音の腕からシャツを抜き取り、腹の上に跨りながら自分も服を脱ぐ。
 付き合っているといえない男にどこまで許してくれるのか、早く触って確かめたい。

「っひ、ぁ……」

 柔らかい胸が俺の手の中で形を変え、胸の先に口づけると和音の背中が震える。
 弱々しく漏らされた息には、確かに甘さが孕んでいた。

「……あ、まって結人……あの」
「うん? なに?」
「……今日って、最後までする?」

 雰囲気が良ければ流されようとか、そういう風には思っていないのだろう。
 最初に確認して覚悟を決める必要があるのかと、そんなことを考える度、心の中に黒いものが溜まっていく。

「最後までしたい。抱かせてよ」
「……そう。ん、分かった」

 諦めたように、和音が小さく息を吐く。
 俺に気を許してくれているんだと思い込みたいのに全然そんな風には思えなくて、誤魔化すようにキスをして舌を絡めた。

「っは……」
「あ、ゆい……っひぁ」
「ここ、和音の好きなとこ。可愛い声でちゃうね?」
「ん、んっ……」

 ここを舐めると反応する。
 ここを触ると声を漏らす。
 ここが弱くて気持ち良い場所。
 一つ一つ思い出しながら和音に触り、よさそうな反応が返ってくる度に内心ほっと息を吐いた。
 こんなにも余裕がないこと、和音には絶対にバレたくない。

「あっ……ん、ぅ……」
「ほんと、すぐに声隠そうとするね。ちゃんと聞かせて」
「うぁ、は……ぁ」

 口を閉じられないようにキスをすると、甘ったるい声が至近距離で脳を揺らす。
 ああ、よかった。ちゃんと気持ちが良い時の声だ、これ。

「や、そこばっか触るの、っん……も、おかしくなっちゃうから……」
「いいよ。俺の方がずっとおかしくなってる」
「ひぅっ、あっ、や……ぅあ、あ、んんっ……!」

 ナカに挿れた指を曲げて腹の内側を刺激し、ぷっくりと主張しているクリトリスを少しだけ強めに弄る。
 その瞬間に甲高い声を漏らした和音がびくりと身体を跳ねさせ、俺の指を濡らす愛液がお尻の方まで垂れた。ぎゅうっと丸まった足先は、痙攣するように小さく震えている。

「はは、かわい。和音は、今のそんなに気持ち良かった?」
「あ……ぅ、わた、わたし、あ……一人でイッちゃって……」
「……うん。次は一緒にイキたい。挿れるね」
「ひ、あっ、や……は、ぁ……っん」

 どろどろのぐちゃぐちゃで、狭いのに柔らかい。
 返事を聞く前にゴムをつけたばかりのものを押し込んで、和音の反応を見ながら腰を進めていく。
 こんな状態になっているのだからもう痛くはないと思うけど、少しでも和音が気持ち良い方が俺も嬉しい。
 奥まで挿れて動かすと、必死な甘い声が部屋に響く。可愛くてエロくて、頭がおかしくなる。
 この顔を俺が引き出しているんだと考えるだけで、少しは満たされる感じがした。

「あー……可愛い。ちゃんと俺のだ」
「え……? ひっ……ん、や、やだっ……」
「ん、何が嫌?」
「っそこ、痕つけるのやだ。こんなとこ服で隠れな……っや」

 ただ軽く口付けただけで、全くそんなつもりはなかった。
 だけどここまで分かりやすく嫌がられるとまた悪い気持ちが湧いてきて、止められなくなってしまう。

「……別に、誰かに見られても困らないよね? 彼氏がつけた痕なんだから」
「んっ……!」

 拒絶を無視して首筋に吸いつくと、和音の白い肌に内出血の痕が残る。
 こんなにあからさまな所有印を残したのは初めてで、分かりやすく俺のものだという印をつけられた和音を見ると、少しだけ溜飲が下がった。

「あー……うん。少しはすっきりしたかな」
「……やっぱり結人、今日、ちょっとへんだよ……」
「そう?……なにが?」
「帰ってきた時からずっと、少しだけ泣きそうな顔してた」

 なにかあった? と訊きながら、濡れた瞳が真っ直ぐに俺に向けられる。
 普通に心配してくれて嬉しいと思う気持ちと、自分が原因だとは微塵も思っていなさそうな鈍さへの苛立ちで頭の中がぐちゃぐちゃに乱される。
 俺がおかしくなっているとしたら、その原因なんて和音のことに決まってるのに。友達からの連絡があったのにそれでも分からないのかと、本気で問いただしたくなる。

「……和音はさ、なんで俺のこと誰にも言ってないの?」
「え……?」
「大学で彼氏いない設定で通す必要ある? だから合コンとか誘われるんでしょ」
「……っ、でも、それはちゃんと全部断ってるよ……?」
「万が一断ってなかったらもっと本気で怒ってるよ。俺が言いたいのはそうじゃなくて……」

 俺は和音の彼氏じゃないんだ?
 彼氏がいるか問われても、否定するような存在なんだ?
 そんな嫌味ったらしい言葉を口から出してしまいそうで、はぁぁと深い溜息を落とすことで一旦誤魔化した。

「……あのさ」
「うん……?」
「俺って、和音の何?」
「え……? こ、婚約者……?」
「婚約者って恋人って言えない存在? 彼氏とは別枠?」

 そう訊ねると、言葉を選ぶように数秒考え込んだ和音が、困ったように眉を下げる。

「……そんなことないよ」
「それならちゃんと言って。付き合ってる人がいるんだってちゃんと周知させて」
「でも、あの……」
「頼むから、俺が不安になることするのやめて」

 和音の言葉を止めるように軽く口付けてから、再び至近距離で視線を合わせる。
 中途半端に一度本音を溢してしまっただけで、募った不安を全部ぶつけてしまいそうになった。

「恋人なんだよ、和音の。ちゃんと自覚して行動して。なんで和音がそんな事してるんだろうって、考えると頭おかしくなる」
「そんなことって、何が……?」
「そのうち俺から離れるつもりなのかって邪推する。どれだけ一緒にいてくれても安心できない。……ごめん」

 和音が望んで俺の側にいるわけじゃないと、それが分かっているから謝ることしかできない。
 情けない顔を晒しているのが自分でも分かって、そんな顔を見られたくなくてとりあえず抱きしめた。

「……結人のこと、私が友達に話せなかったから、機嫌悪くなったの?」
「和音……?」
「彼氏いるって友達と話しておけば、結人こんなことしなかった……?」

 こんなこと、と称される行為を強いているのだと突きつけられて、一瞬呼吸が止まりそうになった。
 泣き出す直前のような声が耳元で落とされて、和音が今どんな表情をしているのか、見てもいないのに分かってしまう。

「あの、ごめんなさい。隠そうと思ってたわけじゃないんだけど、彼氏いるって言ってもそれ以上なにも話せないから、言うの少し嫌で……」
「うん……?」
「何か訊かれても、どう答えればいいのか分からなくて……。皆みたいな普通の恋の話とかできなくて……いないって言っておけば聞かれることもないから……」

 聞きたくない言葉ばかりを並べられて、本当に関係の修復なんて無理なんじゃないかと思った。
 息が苦しい。頭が痛い。
 俺ばっかり和音が欲しくて、どうやったら俺のことを普通に好きになってくれるのか全然分からない。

「……和音は、俺にどういうことして欲しい?」
「え……?」
「別れるとか距離を置くのは無理だけど、それ以外ならなんでもいいよ。和音がして欲しいこと教えて。するから」
「……そんなこと言われても、今は……分からない。して欲しくないことしか思いつかなくて……」
「思いついたらその都度でいいよ。欲しい物でも行きたい場所でもいい。言ってくれたら何でもする」

 だから好きになって、と。最後まで口にすることができなくて、溜息を落としながら一度距離をとった。
 何でもするからその見返りに好きになれと思ってしまう時点で、もう色々と破綻していると思う。
 だけどもう仕方ないだろ。
 手を出す前に戻りたいと思ったところで過去は変えられないし、今以上に会えなくなるのは俺が耐えられない。

「なんでもいいから考えておいて」

 それだけ言って離れると、行為の終わりに安心したのか和音がほっと息を吐いた。結局こうやって距離を取るのが一番望まれている事なのかと思うとうんざりする。

 後日、あの時の俺の発言が、機嫌が悪くて八つ当たりした罪滅ぼしだと思われていたのだと知り、さらに頭を抱えた。

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