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加護≠呪い
2.
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認識阻害は、フェンガリの身の安全の為だけでなく、女神の愛子たる彼に、不埒な思いを持った相手を守る意味が大きい。
聖神殿におわす女神様は繁栄と豊穣を司る。処女神であるが夫婦和合と子宝、安産を神徳とし、貞節を司る女神でもある。
フェンガリは女神の加護持ちだ。
フェンガリの姉も加護持ちだが、最年少で風紀課長なんぞを務める烈女でもあるので、被害をもたらすのは圧倒的にフェンガリの方が多い。
貞節を尊ぶ処女神は、愛子達の身に触れずとも、その胸の内に邪な感情を抱いただけで地獄を見せにくるという。
猛暑の折、魔導冷房器が壊れて、下着姿で修理をしていたフェンガリに、うっかりもよおしてしまった先輩は、一週間悪夢を見続けたらしい。
どんな悪夢かは、強面の上司の詰問にさえ絶対口を割らなかったので、口にするのも恐ろしい精神を抉る何かであるのだろう、というもっぱらの噂である。
げっそりと人相の変わった先輩を見たフェンガリは、なんかよくわからないけど、大変みたいだから自重はしようかなー、姉上のようにはなれないからなーごめんねー?
と綺麗な顔でヘラりんと無邪気に笑って、更に周囲に悪夢を振り撒いたりしたらしい。
無差別天然テロ怖い。
死屍累々の職場の同僚談である。
バターとシナモンそれから林檎の甘酸っぱ香りにうっとりを目を細める。
食堂は良い香りがする。いろんな食べものの混ざった匂いだけれど、なんだかとても安心する香りだ。
フェンガリはひくひくと形の良い鼻をひくつかせた。
更新の時期をとうに越して使われている椅子もテーブルも、古いけれど清潔に掃除されて補修され、大切に使われているのが良くわかる。
砦の中にいくつか似たような、古く粗末な設備は変わらないのに、どこか居心地のよい場所がある。
共通しているのは管理者が真面目なしっかり者だという点か。
逆にそれほど古いものではないのに、妙に煤けて嫌な匂いがする。浄化の魔法をかけると少し鼻につくのが弱まるが、やはり好きになれない臭いがする時がある。
そんな話をアップルパイを頬張りながらすれば、難しい顔をした料理長が苦虫を噛み潰したような顔で教えてくれた。
「任務後だってどこでも性処理するから、奴らの匂いが染みついて抜け無いんだよ」
魔法士ってのは哀れな商売だね、とうんざりしたようにこぼした。
―― ああ、スペルマとかスペルジンの臭いね。
嫌な知識に思い至り眉をしかめたフェンガリに、それから「その眼鏡は外さない方がいい」と料理長が固い声で言った。
(あっ)
賑やかな声とともに夜晩と交代した魔法士達が遅い昼食をとりにやってきたようだ。
大柄な者が多い部隊の中で、頭一つ低いすらりとした青年は、今年配属の新兵だろう。
柔らかく光を弾く深い金色の髪に、ちらりと視線だけ投げて目を逸らす。その瞳が若葉のような美しい碧眼なのをフェンガリは知っている。
彼がいる事を姉は知っていたのだろうか。
「お疲れ! 今日はブラウンベアの良いのが入ったからステーキにしたよ」
フェンガリへの視線をそらすように、料理長が愛想よく声をかけた。
――なんかほんとにいい人。女神様のご加護がありますように。
小さく祈りを結ぶと、優しい料理長に癒されたなと。素直に俯いたまま黒縁の眼鏡を装着したフェンガリは、ごちそうさまと声をかけ食堂をあとにした。
聖神殿におわす女神様は繁栄と豊穣を司る。処女神であるが夫婦和合と子宝、安産を神徳とし、貞節を司る女神でもある。
フェンガリは女神の加護持ちだ。
フェンガリの姉も加護持ちだが、最年少で風紀課長なんぞを務める烈女でもあるので、被害をもたらすのは圧倒的にフェンガリの方が多い。
貞節を尊ぶ処女神は、愛子達の身に触れずとも、その胸の内に邪な感情を抱いただけで地獄を見せにくるという。
猛暑の折、魔導冷房器が壊れて、下着姿で修理をしていたフェンガリに、うっかりもよおしてしまった先輩は、一週間悪夢を見続けたらしい。
どんな悪夢かは、強面の上司の詰問にさえ絶対口を割らなかったので、口にするのも恐ろしい精神を抉る何かであるのだろう、というもっぱらの噂である。
げっそりと人相の変わった先輩を見たフェンガリは、なんかよくわからないけど、大変みたいだから自重はしようかなー、姉上のようにはなれないからなーごめんねー?
と綺麗な顔でヘラりんと無邪気に笑って、更に周囲に悪夢を振り撒いたりしたらしい。
無差別天然テロ怖い。
死屍累々の職場の同僚談である。
バターとシナモンそれから林檎の甘酸っぱ香りにうっとりを目を細める。
食堂は良い香りがする。いろんな食べものの混ざった匂いだけれど、なんだかとても安心する香りだ。
フェンガリはひくひくと形の良い鼻をひくつかせた。
更新の時期をとうに越して使われている椅子もテーブルも、古いけれど清潔に掃除されて補修され、大切に使われているのが良くわかる。
砦の中にいくつか似たような、古く粗末な設備は変わらないのに、どこか居心地のよい場所がある。
共通しているのは管理者が真面目なしっかり者だという点か。
逆にそれほど古いものではないのに、妙に煤けて嫌な匂いがする。浄化の魔法をかけると少し鼻につくのが弱まるが、やはり好きになれない臭いがする時がある。
そんな話をアップルパイを頬張りながらすれば、難しい顔をした料理長が苦虫を噛み潰したような顔で教えてくれた。
「任務後だってどこでも性処理するから、奴らの匂いが染みついて抜け無いんだよ」
魔法士ってのは哀れな商売だね、とうんざりしたようにこぼした。
―― ああ、スペルマとかスペルジンの臭いね。
嫌な知識に思い至り眉をしかめたフェンガリに、それから「その眼鏡は外さない方がいい」と料理長が固い声で言った。
(あっ)
賑やかな声とともに夜晩と交代した魔法士達が遅い昼食をとりにやってきたようだ。
大柄な者が多い部隊の中で、頭一つ低いすらりとした青年は、今年配属の新兵だろう。
柔らかく光を弾く深い金色の髪に、ちらりと視線だけ投げて目を逸らす。その瞳が若葉のような美しい碧眼なのをフェンガリは知っている。
彼がいる事を姉は知っていたのだろうか。
「お疲れ! 今日はブラウンベアの良いのが入ったからステーキにしたよ」
フェンガリへの視線をそらすように、料理長が愛想よく声をかけた。
――なんかほんとにいい人。女神様のご加護がありますように。
小さく祈りを結ぶと、優しい料理長に癒されたなと。素直に俯いたまま黒縁の眼鏡を装着したフェンガリは、ごちそうさまと声をかけ食堂をあとにした。
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