【完結】聖女の息子は加護という名の呪いを撃ちまくる

東雲夕

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美しさという呪い

2.

 次世代の若い魔法士達には、補助具による魔力の補充は、王都の学園で積極的に指導されているはずだった。

 今回、例外がある事を実地で確認出来たのは、これからの若い世代の為に良かったと思う。

 それがなんで自分だったのかは、大いに不満に思うところだけれど。

 昨今、開化的な若者達を中心に、魔石を始めとする補助具による魔力の補充が推奨され出したのは、肉体の交わりが必須で、処理後には激しい肉体疲労をもともなう性処理に比して、格段に恋率もよく、かつ衛生的で風紀の乱れも少ないと、認識され始めたからだ。

 また、処理といいつつも、濃い肉体の交わりをともなう事柄だけに、簡単に割り切れない者はいつの時代も一定数以上いる。そこから派生した痴情のもつれも少なからず起こっている。

 現在でも緊急避難的な性処理は勿論否定はされていない。それでも、頑なに対人の処理を優先させる、現場の古い価値観を押しつけられるのは、新しい教育を受けた世代には精神的に苦痛なはずだ。

 かつては誰とでも寝るのが当たり前で、刹那的なモラルの低さを謳われていた魔法士は、既に前時代の遺物に成り果てている。

 そして貞操観念という常識を身につけた彼らにとっては、日常的に命じられる性処理は普通に考えて負担にしかならない。

 今は難しい過渡期にあるのだ。

 そんな世代の格差を生む事になった原因には、フェンガリの家族の事情が深く関わっていると思うと、複雑な気分になる。

 
 性の問題は深く抜けない棘であり楔であり続けている。

 フェンガリにとっても、また彼の腹違いの最愛の姉にとってもだ。忘れて忘れられるものなら良かった。

 女神の恩恵ともいえる、穏やか忘却を覆すのはいつだって人間だ。

 無口だけれど優しくて、大好きだった父親は、フェンガリ達の父である前に、強大な魔力を持った魔法士だった。あの日に屋敷中に響いた獣のような喘ぎ声は、忘れたつもりの記憶の底から蓋を開けて泡のように浮かび上がり、幼いフェンガリを長く苦しめた。

―― とんだ淫乱だったなぁ。前よりも後ろがすごかった、大した雑魚まんでな。

 父親について、げびた笑顔で幼い姉弟に打ち明け話をする様にそんな閨のアレコレを囁いてきたのは一人では無い。当時は流石は大魔法士、魔力量に相応しい性豪だなんだと、さんざん持ち上げた口で、それを今更言うか。

―― たんなる処理だなんて、嘘ばかりだ。

 苦しかった。恐ろしかった。
 みな嘘をついて、裏切る事に愉悦を見出す。そんな人ばかりの世界で、どうして生きなければ?

 あの頃フェンガリは毎日神殿で祈った。
 なき顔なんて母には見せたく無かった。

 気がつくと、となりに姉がいて、彼女もまた祈っていた。

 ただ二人で寄り添って祈るうち、いつしか自然と立ち上がれるようになっていた。
祈る事で自分と向き合って精神的に安定できた。

 少しばかり心に余裕が生まれて、顔を上げてまわりを見渡して、そして驚いた。

 石壁に燈り、いつまでも絶やされない灯りも。

 気がつけば、そっと置かれている甘い焼き菓子や果物も。

 湯気のたつ暖かいミルクも。

 それら皆全てが、誰かの優しい心のかけらだと。

 孤独に祈っていたつもりの子供のフェンガリは、振り向けさえしたら、そこには沢山の暖かい手が差し出されている事に気がつけたのだった。


 その後も父方の親族からは、良くない意味の干渉は絶えなかった。最悪を覚悟した時に、祈りが届いたのか姉弟には聖女神の加護が宿り、あやうい所で救われたりした。

 永遠の処女神であり、豊穣と夫婦和合の権能もちの愛情深い女神にとって、雨の日も風の日もかかさず訪れて祈りを捧げつづけた健気な姉弟は、もう「うちの子」としてしっかり認識され、庇護するべき愛子になっていたのである。

 それからも、たくさんの人達のたくさんの愛情で、フェンガリの姉弟は今ここにこうしていられる。

 恐れなくて良い。傷つかなくてよい。無理に見ずとも良い。でも見たければ見れば良いし、触れればよい。その手でその目で確かめてみなさい。闇雲に畏れる必要はないのだから。

 繰り返し教えてくれた師とも呼べるたくさんの人たち。欲望の気配に晒されるたび、止まらない嘔吐を繰り返す、幼い自分を見捨てずに導いてくれた。

 地獄とは己の心の中にある事をフェンガリはその時から知っている。そして同時に知ったのだ。

 己を救えるのもまた自分だけなのだという事も。

 魔法士はこの世界に必要であり、魔力を持って王国の秩序を維持する尊ぶべき者達である。

 でもフェンガリの人生には、一ミクロンも必要無い者達でもある。

 相反する理性と感情は眩暈さえ覚えるほどだ。そんな公私の矛盾を抱えたまま、大人になってしまった。


 仕事と割り切れるから大丈夫。大丈夫だ。

 毎日毎日毎日。
 砦に来てから視界に入る彼らの処理というなの性交は、認めていないけれど、フェンガリの精神を少なからず削っている。

 足元を見れば闇しかない。そんな人生だ。
 だから今だけ、この瞬間だけを見て、楽しんで生きるのだ。いつからか、それが一番の自衛になると知った。


 足元を。見てはいけない。
 覗き込んでしまえば闇の中にいるのは、無くしたはずの思い出の中のひと。

要らないと肉体が叫び、心は欲しいと咽び泣く。

 そして、いつだってフェンガリにできるのは、ただ深く傷つける事だけ。

 忘れなさいと、優しい指先が瞼をくすぐる気配に、思考の海に沈んでいたフェンガリは、小さくため息を落として、さっさと残りの仕事を片づる算段に、頭を切り替えたのだった。

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