素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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5巻

5-4

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 それに今、試練の門を造ったって言わなかった? あのばかでかい門を?

「どうやって……」
「タケル、お前の魔力を分けたら如何でしょう」
「はい?」
「この得体の知れないものは魔力が尽きかけています。ですが、このまま消えてもわたくしの知ったことではありません。温かく見守りましょう。あやしき御霊みたまよ安らかに」
 ――ちょっと!? 何言ってんのこの人!

 白いもやもやを指でつんつんしながらプニさんがさらりと言う。いやいや、消えたら困るって。いろいろな事情を知っていそうな人? もの? を、このまま消すわけにはいかないでしょうよ。
 魔力を与えるっていうのは、ビーを目覚めさせたときのあの感覚でいいのだろうか。ギルドの魔力鑑定装置を壊したアレを連想してちょっと怖くなったが、元々霧みたいなものが相手だ。弾け飛ぶことはないだろう。

「タケル、何をするのじゃ」
地下墳墓カタコンベの秘密を知っていそうな人を見つけたらしい。今、姿が見えるようにしてみる」

 不安そうなブロライトにビーを預け、鞄からユグドラシルの枝を杖に変化させて取り出す。
 さて、どれくらいの魔力を与えれば良いのだろうか。

「プニさん、どのくらいの魔力?」
「ブロライトが汚れにまみれたときほどに」

 めいっぱいやれってことじゃないか。
 さっきまで巨大な結界を維持してちょっと疲れてるんだけど。
 清潔クリーンで存在そのものを綺麗にしてしまったら怖いから、他の魔法にしよう。うーんと、消えそうな霧……光……

照光リヒルート!」

 不気味な空間もついでに明るくしてやろう。

 ――ちょっ、なにやってんのアンタ! そんな、強い魔力……ッ
「タケル! まぶしき光を出すときは、出すと前もって言わんか!」
「眩しいっ!」

 あ、ごめん。
 クレイに怒鳴られてからやっちまったことに気づく。思いついたら即行動って言うでしょ?
 突然放たれた強烈な光を間近で見てしまったクレイとブロライトは、両目を押さえて叫んだ。ほんとごめん。
 俺が作り出した光は、どれだけ強く輝いても俺自身が眩しく感じることはない。これは不思議なんだけど、同じく魔法で作り出した炎や氷も、熱さ冷たさを感じることがなかったのだ。だから時と場所を選ばず魔法を使うのが癖になりましてね。
 霧に光をぶつけると、霧はもやもやとしたものから次第に薄い何かを形作っていった。

 ――なにこれ……純粋な、こんな純粋な魔力が今生こんじょうに存在するなんて
「ぬ? 何か言うたか? ……この声か? 先ほどから話をしておったのは」

 おぼろげだった霧に輪郭が生まれ、次第に色がついていく。
 それにしてもこのもやもや、照光リヒルートの威力を遠慮なく吸ってくれるな。ビーの卵ほどじゃないけど、魔力がぬるぬると抜けていく感覚がする。

「なあ、ちょっと遠慮なさすぎじゃね?」
「こんな美味しい……じゃない、純粋な魔力って珍しいのよ? せっかくだからアタシが昔の姿を取り戻すまで吸わせてちょうだいよ」

 お。声がはっきり聞こえた。
 姿もぼんやりとしたものからクリアなものに。
 相変わらず全身が発光しているが、得体の知れない何かではなく、小さな女の子の姿が見えてきた。
 茶色いおかっぱ髪に白いフードと白いローブをまとった、くりっとした大きな赤い目の少女。ランドセルが似合いそうな容姿だから、小学校低学年くらいの年齢だろうか。

「この者か? 先ほどからお前が話をしていた相手は」

 クレイのひざほどしかない小さな背丈の少女は、自分の両手を信じられなそうにまじまじと見つめ、ニカッと笑った。

「すごいわ! アタシの身体、はっきりしている!」

 周辺を飛び跳ねて全身で喜びを表す少女を、ブロライトが興味深げに見つめる。

「見て見て、こんなにアタシの身体がはっきりと見えるなんて、数百年ぶりのことよ?」
「それは喜ばしいことじゃな! しかしそなたは人間ではないな? 小人族でもない……」
「うふふ。アタシのことをわかる種族なんて、きっといないわよ。今は滅んじゃったからね」

 少女は大人顔負けのウインクをすると、ローブのすそをつまんで優雅なカーテシーを披露した。

「アンタたちが何者か知らないけど、消えそうだったアタシを助けてくれてありがとう。でも精魂込めて造り上げた罠を易々と突破してきたのはちょっと許せない」
「罠を、造った? あの、とんでもない罠を?」

 そりゃ仕掛けがあるから動くのだろうが、それにしてもこんな小さな女の子が造り出したとはとても思えない。
 たとえ全てが魔法の力だったとしても、さっきの砂嵐の部屋を維持するのだって、どれだけの力が必要となるのか。

「いつもなら最初の罠でリザードマン以外の侵入者は死ぬのに、アンタたちは生きてるじゃない」
「いやいや、死にそうになったよ?」
「でも死ななかった。まさか巨人タイタン成人せいじんを突破されるとは思わなかったけどね」

 成人の儀?
 やはりこの怪しい少女は何かを知っている。この、謎に包まれている地下墳墓カタコンベのことを。
 少女はずっといたのか? 一人で? 亡霊の姿で?

「あの、お嬢ちゃん、いろいろいろと聞きたいことがてんこもりなんですけど」
「アタシも聞きたいことが山盛りよ? どうしてリザードマンの成人の儀に巨人タイタンが同行しているのよ」
「俺は人間です。それよりも成人の儀って、あの罠が?」
「ええ……ちょっと待って、そんなことも知らないでここまで来られたの? アンタたち、何しに来たのよ」
「こっちの、元リザードマンのクレイストンの槍について調べたいことがあったから」
「元、リザードマン? やだ、何言ってるのよ。この人どう見たって……いえ、違うわね。ちょっと違う。やっぱり変よ。リザードマンにしか開くことのできない試練の門を、どうして開くことができたの?」

 そりゃクレイが元リザードマンだからだろ? 進化してドラゴニュートになったとはいえ、元々の血は変えることができない。クレイの血がドラゴニュートとして目覚めただけ。
 マデウスで遺伝子レベルの話をしてもいいのか戸惑ったが、ともかく扉は開いたんだからいいじゃないか。

「ピュピュー? ピュイ」
「うん? いや、明らかに人間の子供じゃないだろう。俺の魔力をあれだけ吸い込んだんだぞ?」

 戸惑うビーと会話していると、プニさんが口を挟む。

「エデンのたみです」
「ん?」
「エデンの民です」
「は?」
「エデンの」
「ちょっとま」
「ちょっと待って! なんでアタシのこと知ってんのよ!」

 いやそれ、俺が聞こうとしたんだけど。
 プニさんが無表情で繰り返している『エデンの民』って何よ。もうちょっと詳しく教えてくれないかな。神様って時々要点しか言わないから会話に困るんだよ。こっちが知っていると思い込んで話を続けるから。

「今の時代にエデンを知るものはいないわ。いるはずがない。アタシたちはアタシを含めて皆死んじゃったんだから」

 今、なんて?
 少女は憤慨ふんがいしたように両手を握りしめ、俺たちを、いやプニさんをぎろりと睨み上げる。そんな態度取ったら、短気な馬神様が怒るかもしれない。

「それに何よ! もっとアタシのこと驚きなさいよ! アタシを見つけて怖がって、道に迷って死ぬのが狙いなのに!」
「いや、君よりインパクトの酷い緑の魔人を知っているから」
「はあ? アタシよりアンタたちのほうがよっぽど得体が知れないじゃないの!」

 それは否定しません。
 Aランクの冒険者が二人同行しているだけでも既に普通ではない。チームに入るわけがないと言われているエルフ族と、魔王を降臨させる最強のドラゴニュート。神様候補のドラゴンに、現役神様の空飛ぶ馬。おまけに転生者である俺。
 世間では異常だとか常軌じょうきいっしているとか言われている、チーム蒼黒の団。依頼には忠実堅実をモットーとし、美味い飯を食うために頑張る。

「俺たちは名乗ったんだから、次は君の番だろ? エデンがどうのってのは後で聞くから、まず名前を教えてくれないかな」
「ふん、アタシの質問にも答えなさいよ」

 少女は少女らしからぬ顔でにやりと笑うと、深くかぶっていた白いフードをゆっくりと外した。

「あっ」

 ブロライトの小さな呟きが、広い墳墓内に木霊こだました。
 フードの下から出てきたのは、特徴的な白い肌と大きな耳。そう、まるでエルフ族のような。

「アタシの名前はリピ。エデンのかなしみの魂。そうね、アンタならアタシのことを少しは知っているかもしれない」


 少女リピはブロライトを指さし――

「エデンの民、もしくはハーフエルフって言えば、わかる?」

 尊大に言い放った。
 エデンの民ってなんぞやと思ったが、それはハーフエルフのことを言うのだと。
 ハーフエルフはその名の通りエルフと他種族の血が入った、新種族。あの保守的な引きこもり種族が他の種族を受け入れるなんて、と思ったが、リピが生きていた時代は今から千年以上前のことだと言うのだから更に驚いた。
 つまり少女リピは少女ではなく、バァ……

「アンタ今失礼なこと思わなかった?」
「いえべつに」

 ブロライトすら伝承にしか聞いたことのない伝説の種族、エデンの民。エルフの強大な魔力と長命さを受け継いだリピは、少女の姿のまま数百年は生きていた。
 しかしエデンの民はその特殊な血のせいで、一族郎党いちぞくろうとう狩られたのだそうだ。
 今よりずっと混沌こんとんとしていたマデウスは、大陸間で激しい戦争が行われていた。種族同士、種族別、豊かな土地を巡り血で血を洗う争いを続け、それが数百年もずっと続けられていたなか、エデンの民は穏やかに暮らしていた。
 しかしエデンの民の持つ長命さと魔力の豊富さに目を付けた他の種族が、エデンの民を戦乱に巻き込んだ。

「アタシたちは魔力も強いし、生命力もエルフより強かったの。前線で弾除たまよけにされて、長寿を欲したバカな金持ちに血を吸われ、肉を食われ、そうやってアタシたちは滅んだわ」
「ケロッと話しているが、壮絶だな」
「だってもう千年以上前のことなのよ? 千年も恨み続けるわけないじゃない。そんなの疲れるわ。今は平和な世の中になったんでしょ? だったらそれでいいのよ」

 リピは何でもないことのように笑った。
 一族が次々と捕まるなか、リピたち数人のエデンの民たちがこの地にまで逃げてきて、ドラゴニュートに出逢った。ドラゴニュートたちは血気盛んな種族ではあったが、決して愚かではない。他種族の争いを傍観し、種族の誇りを守り続けていた。
 種族の誇りとは、弱き者を守ること。
 リピたち僅かなエデンの民はドラゴニュート族に守られ、戦争が終わってもこの地下墳墓カタコンベ内でひっそりと暮らしたのだ。

「エデンの民は子供を残せないの。外は怖いし、もう利用されたくなかったから。たくさん死んでいった同胞のために、アタシたちは穏やかに死ぬことを選んだのよ」
「ここは、我らリザードマンの墓だと聞いていたのだが」
「いつの間にかそうなっちゃったのよね。元々はドラゴニュートの宝物庫。その次は試練の場。盗掘防止に造った仕掛けがいつの間にかリザードマンの成人の儀に使われて、気がついたら名を遺したリザードマンのお墓になっていたってわけ」

 ドラゴニュートがいつの間にかいなくなり、ドラゴニュートを慕っていたリザードマンがこの場所を守るようになった。リピたちエデンの民は偉大なるドラゴニュートの子孫らに守られ、この地を守り、静かに最期を迎えた。

「リピがそうして魂になってまで生きているのは?」
「アタシだけじゃなかったのよ? 数十年前まではここで死に絶えた同胞の魂も一緒だったの。でもね、アタシの魔力が一番強かったんだって。だから私だけ残ったのかはわからないけど、ともかく恩人でもあるドラゴニュートの財宝を守るために、仕掛けを維持してきたってわけ」

 そんななか俺たちが久しぶりにやってきて、遠慮なく魔力を使いまくったリピは亡霊の姿になってしまったというわけか。
 ところでドラゴニュートの財宝っていうのが気になります。

「リピ、聞きたいことがあるんだけど」
「なあに? アンタはアタシに魔力をくれた恩人だから、答えてあげてもいいわよ」
「クレイ、折れた槍を」

 クレイが取り出した愛用の折れてしまった槍。勇者ヘスタスが使っていたという槍をリピに見せると、リピは目を大きくして驚いた。

「どうしたのよこれ。月の槍じゃない」
「……うむ。我が郷に英雄の槍として伝わっていたものだ。俺が竜騎士ドラゴンナイトになった祝いとして、郷の皆が俺にと」
「まあ! やだやだ、アンタ、竜騎士ドラゴンナイトなの? すごいすごい! レザルもヘスタスも竜騎士ドラゴンナイトに憧れていたのよ?」
「……もしやレザルというのは玉斧ぎょくふのレザルリア殿のことか」
「そうよ? あの、鼻垂らしていた坊主がデカイ図体ずうたいになって、アルツェリオの大地を助けたんですってね。信じらんない」

 このご長寿リピさん、地下墳墓カタコンベ内の事情からリザードマンの遠い祖先であるドラゴニュートのことにまで精通していた。リザードマン族で有名な数々の英雄、勇者、伝説と呼ばれている人たちの幼いころからその最期まで全て。
 ブロライトやクレイは素直にすごいと喜んで聞いていたが、俺としては複雑だな。だって長く生きるってことは、それだけたくさんの人の最期を看取みとるということだ。俺は人間だし、長く生きたとしても百年そこそこ。それでも仲の良い友人や親兄弟に先立たれてしまうのは、辛く悲しいことだと思うんだ。
 リピは何でもないことのように話すが、きっとこう話せるようになるまで長い年月が必要だったはず。別れが寂しくないやつなんていない。

「月の槍を壊したってことは、アンタ相当な腕なのね。それで? この槍がどうしたのよ」
「うむ。ヘスタスの槍はこれ一つではないのかもしれぬと思うてな」
「ええそうよ。槍は二つあるの。太陽の槍と、月の槍。その昔、ドラゴニュートであるリンデルートヴァウムが、ドワーフの王ディングスに造らせた特別な槍」
「ほう、懐かしい名前を聞きました」

 今まで黙って飴玉を食べていたプニさんが反応した。

「プニさん、知っている人?」
「リンデルートヴァウムはドラゴニュートの中でも特に竜の血が濃く、その血は古代竜エンシェントドラゴンに通じるとも言われていました」
「え。アタシですら伝承として聞いていた話なんだけど。まあいいわ。とにかく、そのごっついドラゴニュートが元の持ち主。ヘスタスはこの成人の儀を最短で攻略した最初のリザードマンだったから、好きな武具を持っていく権利を与えたの。彼はリンデルートヴァウムの二つの槍を持ち帰ったわ」

 ヘスタスは月の槍を愛用し、生涯太陽の槍を使うことはなかった。
 太陽の槍はドラゴニュートが使うことを目的に造られた特別仕様だったため、リザードマンであるヘスタスは扱うことができない。それでも、栄誉えいよあかしとして生涯大切に槍を所持していたのだと。
 クレイが改まったように言う。

「リピ殿、頼みがあるのだ」
「なによ」
「俺に、是非とも太陽の槍を継がせてはくださらぬか」

 額を地につけまるで土下座をするかのようにへりくだるクレイに、リピの眉根が少し寄った。

「俺が未熟な身であることは重々承知の上ではあるのだが、この月の槍はそんな俺を育ててくれた。まさか壊れてしまうとは思いもしなかったが」
「そうよ。ヘスタスがいくらむちゃくちゃなことやらかしても、月の槍は刃こぼれ一つしなかったんだから」
「申し訳ない……」
「馬鹿、違うわよ。あの能天気で筋肉脳みそのバカヘスタスですら、月の槍の本来の力を活かせないままだったのよ。それを、アンタは壊すまで力を発揮した。槍はリンデルートヴァウムの意志を立派に継いでくれたのよ。アンタっていう、竜騎士ドラゴンナイトにまでなったリザードマンを育てたんだから」

 勇者ヘスタスをボロクソに言いのけたリピは、折れた槍を愛しそうに見つめ優しく撫でる。
 頭を下げたままだったクレイの肩を叩き、その巨体を起き上がらせた。

「うん……リザードマンだけどそうじゃない、でもドラゴニュートって聞かれたらちょっと違う。アンタ、よくわからないけど試練の門を一つ突破してきたからね」
「それでは!」
「試練はあと三つあるわ。アタシの力が戻ったから……うん。いいわよ、試してみなさいよ」

 やっぱり、くーださい、って言ってどーうぞ、っていう話じゃなかったか。
 試練が四つあるかもしれないと知ったときから覚悟はしていたけど、あと三つクリアしないとならないんだな。
 俺は何処まで手伝うことができるのか。

「リピ、俺たちは手出し無用?」
「うーーーん、そうね。これはリザードマンの力を試すためのものだから、アンタたちは別の道から来て」

 リザードマンの子供が歌うという、まじないの唄。


 一つ炎に焼かれましょう、二つ氷に眠りましょう、三つ鋼の心を持ち、四つ永久に名を遺そう。


 炎に焼かれるってのは、さっきの灼熱の砂嵐の部屋だよな。それじゃあ次は氷の極寒地獄なのかな。クレイは暑さ寒さに強いから、まあ大丈夫だろう。

「ピュピュイ、ピューイ」
「応援することはできるかって」
「はあ? ずいぶん呑気に言ってくれるじゃない。さっきの試練の門だってアンタたちの訳のわかんない手助けがあったでしょ? あれでギリギリなんだから。言っておくけどね、アタシたちエデンの民が守ってきた試練は生半可なまはんかなものじゃないわよ? ランクAのモンスターが出てくるかもしれないわよ?」

 ランクAならクレイ一人で余裕だろう。
 ランクSが来ちゃったら、それはそれで頑張ってもらう。珍しい素材がもらえるといいな。
 魔法瓶に入っていた冷たい水に、小さな加熱ヒートの魔石とコンソメスープのもとをいくつか突っ込む。これで温かいスープがいつでも飲める。
 ベルカイムで買った回復薬ポーションを数個手渡し、ついでに小腹がすいたとき用に大判焼きを十個と、ペンドラスス工房のリブさんが作ってくれた温かな肉巻きジュペを十個。これを全てクレイに手渡す。念には念を入れましょう。
 シールド効果の魔道具マジックアイテムを今ここで造っても良かったが、クレイ自身が結界バリア魔道具マジックアイテムだけでいいと言った。

「俺は祖先の名に恥じぬよう、見事試練を突破してみせよう」

 荷物をまとめたクレイが、リピに指示された道へと歩を進める。
 あの魔王の姿を知っている俺としては、これっぽっちも心配していない。どっちかというと、試練の門がブチ壊されないかなと心配。興奮すると暴走するからな、あのおっさん。

「クレイ、わたしは貴殿を信じておる! 貴殿の力を遺憾いかんなく発揮してもらいたい!」
「ピュイ! ピューイッ!」

 ブロライトとビーの力強い応援を背に、クレイは暗闇の中へと消えた。
 レアモンスターの素材をお土産みやげにしてもいいのよ。



 5 汀~みぎわ~


 暗く重苦しい空気のなか、眼前にそびえ立つ鋼鉄の扉。
 肌に感じるひんやりとした冷たい風に、吐く息は白。
 先ほどの燃えるような暑さから一転、ここはまるで時さえ永遠に止まった氷の王国。天井から長く延びる透明の氷柱を見上げ、クレイストンは己の背が妙に涼しく感じた。
 時折己の頭の上を陣取る黒い仔竜がいない。誰よりも先に危険を察し、その愛くるしい表情で癒しを与えてくれる存在。
 闇を抱えながらも底抜けに明るいエルフがいない。ここぞという場所で的確に仕留めてくれる、戦いにおいて頼りになる存在。
 常に何かを口にしている美しい神獣がいない。何においても無関心で冷酷だと思えるときもあるが、その根底は慈愛に満ちた女神。
 そして。

「あやつの魔法に慣れ切っておったな……」

 慣れた手つきで用意した松明たいまつに火をともす。
 松明を用意したのは久々な気がするあたり、さして労せずぽいぽいと魔法を使うあの男に頼ってしまっていたなと自嘲じちょうする。
 常に独りであった。
 どれだけ慕われようとも、その心の内にはねたみやそねみといった負の感情がうごめいている。そのうち寝首を掻いてやろうと、機会をうかがっているはずだと。
 ストルファス帝国でのあの惨劇以来、独りを選んできた。それが楽だから。
 はじめのうちは警戒していた。眠たそうな顔をしている男を。異様に戦闘能力の高いエルフを。
 それがどうだ。今は傍にいないことに違和感を覚えている。僅かな不安すら見抜く小さな竜が、大丈夫かと声をかけてこないことに寂しさを感じるとは。
 松明の炎がゆるりとぜる。
 息すらも凍りつくようななか、クレイストンは独り微笑んだ。
 不安を一切感じない。むしろこの巨大な扉の中には何が待ち受けているのかと、高鳴る胸を抑えるのが精一杯。こんなところで始祖の血を目覚めさせてはならない。まだそのときではない。
 鬼が出ようとじゃが出ようと。
 重ねてきた経験が恐怖心を吹き飛ばす。
 そうして無事に戻ることができたのなら、友に、そしてヘスタスにも胸を張れよう。
 この拳に誇りを乗せて、試練に立ち向かおう。
 クレイストンは尻尾の先にまで神経を張り巡らせ、扉をゆっくりと開いた。


 + + + + +


 レッドマッシュ・ヴァインは地下墳墓カタコンベ内に生息するつる科の植物で、暗く湿った場所に生息する赤いキノコだ。
 何を言っているのか自分でもわからないが、実際に目にし、なるほどキノコだなと。

「……へんな植物」
「ピュ」

 腕ほどの大きさがある立派な緑の蔓に、拳大の赤い傘のキノコがぽちぽちと生えている。蔓に寄生するキノコかと思いきや、これが果実。そう、見た目はキノコで実は果物。味はリンゴのように甘く、食感はグミ。一応、無害。


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