素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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2巻

2-13

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 ハイ!
 ここに取り出しましたるは、ベルカイムで買いました大量のイモ! 正式名は忘れたが、味も見た目も似ていたためじゃがいもと呼んでいる。じゃがバタ好きとしては、いつでも食べられるように木箱で購入しておいた。グリットの奥方に教えてもらった美味しいパン屋で購入したちょっとお高いバターを取り出し、用意はできた。
 蒸し器はないが鍋はある。大きな鍋で湯を沸かし、その鍋に小ぶりの鍋を入れて蓋をすれば簡易蒸し器の出来上がりだ。
 イモを皮のまま十字に切り目を入れ、蒸す。蒸しただけのイモも美味しいが、それ以上に美味くしてやる。クレイは完全に俺のことを疑っていた。カニ好きだからって、俺は味オンチじゃないぞ。そうかカニもあったんだ!! あれはビーとコッソリ食べることにしよう。
 蒸したホクホクのじゃがいもにバターのかけらを乗せ、最後にリダズの汁をかける。
 村人たちはホクホクのじゃがバターの時点で美味そうに見ていたが、黒茶色の汁をかけた時点で悲鳴を上げた。何で、せっかく、ああ、なんて声を上げている。
 だがしかし。

「……なんかいい匂いがするずら」
「なんだろうこれ……バターと……ずら……」
「おとうちゃん、お腹減ったずらぁ」
「お前さっき食ったずらよ……しかしこの匂いは……ずら……」

 独特のあの食欲をそそる匂いにつられ、クレイもふんふんと鼻を鳴らしていた。あちこちに散らばっていた村人たちが一人、また一人とふらふら吸い寄せられる。
 俺の三大欲求は食う寝る風呂。何事も食わなくてははじまらない。ただ食べるだけではなく、かてに感謝をし、そして味にこだわる! 与えられるものだけに満足することはできない。俺自身でアレンジするのだ。

「いただきます。アツッ、でも、ふう、うっまぁい!」

 ほくほくとしたイモにまろやかなバターが溶け、醤油と混じり合い見事な調和を取り、まるでイモのカーニバルやあ、とかいう御託ごたくは言わない。美味い。本当にこれは美味い。
 俺がよほど美味そうにイモを食っていたのだろう。クレイも無言でじゃがバタ醤油を手にし、恐る恐る口に入れる。

「んうっ!? これは……はふっ、あついが、うん、うん……美味い」
「だろ? バターと醤油が特に美味いだろ?」
「はじめて食う味だが、なんとも……美味い。これは美味いぞタケル!」

 クレイのその叫びに村人たちが一斉に動いた。
 女性たちは見よう見真似でイモにバターと醤油を垂らす。男たちはなぜか俺に「いただきます」と合掌し、勢い良く口に入れた。

「熱いずらっ! でもっ、これはっ、うまいずらーーー!」
「うまいずら! はじめて食う味ずら!」
「これは本当にリダズの実ずら?」

 醤油はそのまま食べたらいけないのだ。ただの塩辛い液体になってしまう。
 こうやって、メインの食材を邪魔することなくひそやかに、だがここにいるぞとメインを支える大切な調味料。
 本来、熟練の職人が手間隙かけて作るものだが、それはまあ置いておくとして。
 思いがけない出逢い、これを大切にしないとならない。もしかしたらアシュス村の未来が変わるかもしれない大発見なのだ。
 まさかの醤油の発見に、俺は喜んだ。
 そして、あることを企むのだった。



 16 そのころ、ベルカイムでは


 ルセウヴァッハ邸の朝は早い。
 ときが鳴く前に使用人たちはそれぞれに起床。誰よりも早く起き出すのはレイモンド・セルゼング。ルセウヴァッハ家の執事である。
 幼少期よりルセウヴァッハ家に仕え、領主の執事となるべく教育を受けたレイモンド氏は、毎日同じ時間に起きられることが自慢。執事たるものこのくらいは当然のことですよと謙遜しながらも小鼻が膨らんでいたのは、やはり自慢なのだろう。
 使用人たちに発破をかけながら、自らも朝の支度。シワ一つない制服を身に纏い、足早に各所のチェックを済ませる。朝刊が届いたら手ずから新聞にアイロンをかけ、主人が爽やかに目覚められるために紅茶の準備。朝食の献立を確認してから主人の部屋に入る。確認のためのノックはしない。それが信頼される執事である証拠なのだ。
 主人は部屋の扉が開くのと同時に目を覚ます。若き伯爵であり広大な領地の領主でもある主人は、毎夜遅くまで病床の奥方を見舞っていた。
 だが昨晩は奥方も落ち着いた寝息を繰り返しており、うなされて目覚めることもなかったので、主人は久しぶりに熟睡ができたようだ。顔色がとても良い。かくいうレイモンドも久しぶりの熟睡であった。

「おはようございます旦那様」
「ああ、おはようレイモンド」
「一面を飾りますのは、ヴォズラオでの新たなる英雄の話でございます」

 パリッとした新聞を手渡された領主ベルミナントは、一面に大きく書かれた「救世主、ヴォズラオを救う」の文字に微笑んだ。
 あの種族は何事も大事おおごとに捉えるのだが、今回の記事を読むと、救世主というのも決して誇張ではないとわかる。それはそうだ。鉱山に現れた恐ろしい悪魔を退治した者を、救世主や英雄と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。
 ベルミナントの盟友であるクレイストンとは、アルツェリオの王都で出逢った。そのとき既にクレイストンは大きな傷を負い第一線から退いていたが、昔ドワーフ王国で魔族を追い払った功績はギルドに記録として残っていた。
 彼もまたドワーフ王国では英雄と称えられている。彼に言わせれば「追い払っただけ」らしい。しかしドワーフにとっての英雄だと言うのだから、その立場に甘んじておけばいいものを、実直すぎる男は頑としてそこは譲らなかった。
 だから、ベルミナントはクレイストンが気に入った。
 己の利益しか考えることのできない連中が多い中で、あくまでも正直に生きる彼は不器用であるが、似ていた。
 誠実であろうとする自分に。

「ふうん……英雄の像を新たに造るらしいな」
「リュハイの鉱山が再開され、ベルカイムの職人たちも喜んでおります」
「それは良かった。ドワーフの王ももっと早く助けを求めれば良いものを」
「ドワーフは借りを作ることを嫌いますからね」

 若き領主であるベルミナントも、鉱石の供給難には困り果てていたのだ。
 ベルカイムは地方では商業都市として栄えているが、特に秀でた名産物などはない。荒くれ者の冒険者たちの拠点として賑わっているので、武具が売れやすいという利点はある。しかし、そのせいで町の治安が多少乱れる難点もあるのだ。

「ペンドラスス工房の作品は出来上がったのだろう?」
「白銀と青のとても美しい剣を作り上げたそうです」
「うむ。俺も見てみたかったな……」

 唯一誇れることといえば、商業区で腕を振るうドワーフたち。他の都市ではあれほどたくさんの職人ドワーフは見かけない。それこそドワーフの国に行かなくてはならないだろう。
 ベルカイムには冒険者が集う。背を運河に正面は広大な平野と森。豊かな大地に獰猛なモンスター。日々溢れるほどのクエストがギルドに舞い込み、冒険者たちは腕を上げようと競い合って受注をする。それだけ武具は消耗され、修繕リペアされ、新たに購入される。
 ドワーフの武具を作る技術は一流だ。しかも王都でも名の知れた武器鍛冶職人であるペンドラススが居を成している。これだけでベルカイムは他の都市よりも魅力が上がるのだ。

「王都より帰還したら我が屋敷に招こう。労をねぎらいたい」
「心得ております。あの偏屈な男が素直に招かれるとは思いませんが」
「ふん、そんなの知るかと一喝されそうだ」

 王族や貴族に媚びるような職人はドワーフにはいない。頑固で偏屈ではあるが、一本筋の通った頑固さなのだ。誤魔化しや不正をしない真っ正直な種族。
 伯爵であり領主ともなれば己の私腹を肥やし、領民からなんとかして税を取り立ててやろうと画策するもの。しかし彼は知っていた。強引に取り立てれば民は不満を持つ。不満に思う者が素直に税を納めるわけがないことを。
 領主は尊敬されなくてはならない。しかしそれは日々の生活と他人を思いやる心だと先代は言っていた。
 王都では暮らしづらく、国の端に住むことを選んだが、それでいい。
 おかげで面白い男に逢えたのだから。


 ヴィーーーッ!!
 ヴィーーーッ!!
 ヴィーーーッ!!


 屋敷中に響くけたたましい警報。
 支度を済ませた領主と執事は顔を見合わせると、慌てて階上を目指した。この音は屋敷の中央にある塔から聞こえてくる。
 そう、領主夫人ミュリテリアの寝室からだ。

「何が起こったのだ!」

 屋敷自体が警備兵に守られている今、この厳重な警備網を突破する者と言えば。
 全速力で駆けつけたベルミナントが見たものは、妻の部屋の前で通せんぼをしている愛娘と――

「これはこれは領主様……」

 娘の家庭教師であるベルナード・エルスト。
 ひょろりとした細い身体に人の好さそうな笑顔。賢く話術にけた男だ。娘が里帰りをしている間だけお目付け役として雇ったのだが、当分はひまをやったはず。
 ベルナードは穏やかな微笑みを見せた。

「何用だベルナード。お前にはいとまを申しつけたはずだ」
「突然そのようなことを申されましても。理由をお聞かせいただきたく参りました」
「それがなぜ妻の私室にいるのだ。それにティアリス?」

 ティアリスは目に涙を浮かべながら、扉の前で両手を広げていた。

「お父様……」
「ティアリス、ホウレンソウだ」
「は、はい! お母様にご挨拶がしたいって。わたくしはおやめくださいとお願いしましたの。お母様はやっとゆっくり眠れるようになったのだから、邪魔をなさっては、だ、駄目!」
「ティアリス様、わたくしは案じておるのですよ? 使用人に聞きましたが、なんでも怪しげな治癒術師を招いたのですってね。もしや奥方様に危険な術を施したのかもしれません」

 ホウレンソウの単語に一瞬訝しげな顔を見せたが、あくまでも優しく諭すように話すベルナード。いつものティアリスならば素直に従っていたはず。しかし、彼女はわずかに身体を震わせながらも、その場を動こうとはしなかった。

「あの御方は怪しげな術師なんかではないわ。とてもお優しくて……す、素敵な御方なのですから」

 頬を赤らめて俯く娘のなんと愛らしいことか。いつまでも子供だと思っていたが、ちゃんと淑女への道を歩いているのだ。
 ベルミナントは内心嬉しく思いながらも、愛娘を見つめた。

「それに、お母様のご病気を治してくださるのだから!」
「なんでも冒険者だとか……? そんな無礼なやからを信じるなどとは嘆かわしい。お教えしましたよね? 冒険者などという者たちは野蛮で、無法者で、礼儀を知らぬうつけどもだと」
「違います。それは、違いましたわ。少なくともタケ、わ、わたくしがお逢いした冒険者の御方はとてもお優しく、わたくしよりもずっとずっと礼儀をわきまえた御方でした」

 言葉巧みな家庭教師の教えに従い、冒険者は野蛮で頭が悪くて汚らしい、最下層の者が金に困って就く職業だと思い込んでいた。
 しかしそれがどうだ。ティアリスが出逢った冒険者はそれをすべて否定した。出逢ったときこそ大きくてもっさりしていてなんだか恐ろしげに思えたのだが、彼が腰を下ろして視線を合わせた瞬間、驚くほど整った顔がそこにあったのだ。見たことのない美しい空色の瞳は、忘れたくても忘れられない。
 ゆっくりと、己を諭すように話してくれた。
 決して叱りつけることなく、咎めることなく、礼儀正しく。
 そして教えてくれた。間違いに気づけたことは素晴らしいことなのだと。

「わたくし、わたくしは、あの御方を信じます」

 領主である尊敬する父が、心から信頼する盟友の仲間。
 彼は膨大な報酬を望むかと思えば、石鹸を望んだのだ。あの、ただの石鹸を。
 庶民にとっては値の張る嗜好品であるが、どこにでもある、自分にとっては当たり前にあるただの品物。それを欲しいではなく買わせてくれと言ったのだ。
 父は笑って言っていた。ギルドの評判通りの男だった。多くを望まず、だがこだわるべきところは妙にこだわり、しかし決して頑なではなく情に厚い。
 謎は確かに多い。素性はわからないまま。しかし、彼には信頼にあたる何かを感じるのだと。

「その冒険者が道中でモンスターに襲われたことはご存知でしょうか? 己の腕におぼれ、調子に乗って森の奥地にまで行ったそうです。そして残念ながら……」

 ベルナードが気の毒そうに言い出した。
 しかし領主は態度を変えず、動揺もしなかった。もしかしたら……と思ったからだ。

「さて、そのような情報は得ていないが?」
「わたくしの情報によりますと――」
「一介の家庭教師が、ルセウヴァッハ領主たる俺の情報網よりも秀でていると申すのか?」
「い、いいえ、そういうわけでは」
「では、俺が雇い入れた冒険者はどこで、どのようにして、どのようなモンスターに襲われたのか聞こう」
「え! そ、それは……」

 温和で知られる領主の声が冷ややかに響く。
 ベルナードは貴族ではない。王都にある王立寄宿学校を、優秀な成績で卒業した教師だと言うから雇い入れたのだ。確かに貴族ではないが、貴族の心得は持っていた。品性もあるようだし知識もあった。
 だが冒険者は言った。


 ――なぜそう思うのか、どうしてそうなるのか、まずはじっくりと考えてみてください。誰に何を言われても、しっかりと自分自身で考えましょう。


 ティアリスへ向けられた言葉だったが、以来ベルミナントはベルナードの言葉を考えるようになった。目が覚める思いであった。
 相手を無条件に信じること、それが相手からの信頼に繋がるものと思っていた。
 彼は誰の紹介で来たと言った?
 ミュリテリアの身体に良いと、出入りの業者を紹介したのは誰だった?
 彼の紹介で幾人のメイドを雇い入れた?
 そうして、ミュリテリアは快方に向かったのか?
 神にもすがったが、結局応えてくれたのはランクFの冒険者。

「レイモンド、彼にあれを持ってこい」
「は。あれ、でございますか? 承知いたしました旦那様。すぐにお持ちいたしましょう」

 忠実な執事は、あれが何なのか聞きもせず行動を開始した。
 と、同時に衛兵が駆けつける。塔から下りる回廊に衛兵やメイドらが集まると、ベルナードの顔色が変わった。

「領主様、いかがされたのですか? よもやその怪しげな冒険者に何かそそのかされて!?」
「で、あったとしたらどうする」
「ご領主ともあろう御方が、どこぞの者ともわからぬ男の甘言かんげんに乗るなど」
「ほう? なにゆえ冒険者が男であると知っているのだ」

 先日、妻の部屋に黙って入ろうとしていたメイドを取り押さえた。妻によからぬことを考える者が部屋に近づくと、警報は容赦なく鳴り響く。
 メイドは雇い入れて半年ほどの、ベルナードの親戚という者だった。

「旦那様、お持ちいたしました」

 レイモンドが戻った。
 手に、水差しとコップが乗った盆を持っている。

「ベルナード、喉が渇かぬか?」

 恐ろしいほどの威圧を向けていた領主は、突然微笑んだ。執事が用意したコップに水を注ぎ、そのコップをベルナードに向ける。

「領主様……?」
「ミュリテリアが口にしていた、滋養に良いとされる特別な水だ」
「ヒッ!」

 無色透明の水。
 高名な僧侶が祈祷きとうを捧げたという特別な水。

「お前は何をしに、いや、何を確認しに当屋敷を訪れたのだ」
「わ、わたくしは! その、冒険者風情が、わたくしの情報によると、大怪我を負って、そ、そうです! 領主様に賠償金を、と、迫っているのです!」

 嗚呼。
 その言葉を聞きたくなかった。
 少しでも残っていた、もしかしてという可能性。信じていたいという気持ち。
 それがいま、微塵も残すことなく消えた。


 ベルナード・エルストは即座に捕縛された。
 罪状は経歴詐称からはじまり、偽りの情報で伯爵家から金銭を巻き上げようとした詐欺罪。怪しげな出入りの業者も一網打尽にし、秘密裏に拘束。闇商人との癒着も判明し、ドラゴンの違法な売買組織の存在も確認された。ティアリスの我儘でドラゴンを手中にしたうえ、秘密裏に売り飛ばそうと考えていたらしい。世界が守るドラゴンに対しなんたる所業だ。これは国を挙げて組織を追うこととなるだろう。
 ベルミナントはすべてをおおやけにはせず、箝口令かんこうれいを出した。だが、そこまで強制せずともあの場にいたベルナード以外はすべて信頼できる者たちだ。決して口外などしない。
 彼の妻の部屋に配置された魔道具マジックアイテムは恐ろしいほど有能だ。悪意がある者を決して寄せつけず、害のある飲食物は蒸発すらする。
 このような魔道具マジックアイテムは見たことがなかった。王宮を守る結界具よりもよほど優秀だ。近づく者の真意を測るものなどはじめて見た。伯爵家の主たるベルミナントが知らぬほどの品。もしかしたら王すら知らぬかもしれない。
 もしもあの冒険者の存在が国に露見することになったら――

「お父様、勝手な真似をしてごめんなさい」
「構わぬ。お前は母を守ろうとしたのだ。お前もただ守られるだけの存在ではなく、誰かを守る立場になったのだな」
「お父様ぁ……」
「良い、良い。それで良いのだ」

 涙を流し喜ぶ愛娘のなんと美しいことだろうか。
 心が成長した人間は、誰しもこう大人びて見えるのだろうか。
 妻に瓜二つではあるが、娘には娘なりの美しさがあるようだ。

「ところでお前はまだ嫁にやらんからな?」
「えっ?」

 さて。
 名のある貴族に嫁ぐのだろうか。
 それとも。



 17 さいは投げられた


 草木も眠る丑三うしみどき……
 か、どうかはわからないが、ともかく太陽が沈んで月が天空で自己主張しはじめたとき。
 マデウスの月は地球の月に比べて少し青味がかっている。そしてデカい。重力とか引力とかそういうことを考えてやめた。魔法で傷が治る世界だ。地球の常識に当てはめて考えてはならない。
 おされOLみたいに、SNSにアップするための写真をパシャーするには絶好の夜だ。

「足元暗くなっているずら。気ィつけて歩くずら」

 杖をつきながら歩く村長の後ろを静かに付いていく。
 イーヴェル草は月明かりで光輝くらしく、採取するには夜が良いらしい。テラテラ色の毒沼化したガレウス湖の畔に沿って歩くから、うっかり毒水に足を突っ込みそうで怖かった。秘密の場所がバレてしまうのが怖いのはわかるが、松明たいまつもランプも点けないままよく歩けるなと。
 しばらく緊張しながら歩き続けると岩場の道になった。ごつごつした岩を下るとさらさらとした砂地になる。そこから更に歩くと、燦然さんぜんと輝く何かが現れた。

「あれは……?」
「あれが神の花ずら」

 岩山の影に隠れた小さな洞穴。その穴に身をひそめるように咲き乱れる輝く花。百合ゆりの花に似ているが、ド派手な黄金色。いくつかの小さな実がっている。
 さてさて、さっそく……


【イーヴェルの花 ランクS】
 ガレウス湖の畔に咲く、神獣ホーヴヴァルプニルがこぼした涙より芽吹いた花。
 〔備考]果実はイーヴェルの実と呼ばれ、調合次第で猛毒、イヴェル毒となる。採取の際
 は根から土ごと掘ること。食用には適さない。


「ホーバー……プニ?」
「ピュイーィ?」

 聞き慣れない言葉が出てきた。ヘンな名前。
 神獣、神のケモノってことはつまりが神様。その神様の涙とな。神話っぽいな。

「大昔、村のある地は恐ろしい悪魔が支配していたずら。わしらの先祖は悪魔に怯えながら暮らしていたずら。そったらある日、美しい神様がいらして人々をお救いくだされたずらよ。悪魔は神様に封印され、わしらは怯えることなく暮らしていけることができたずら。と、村に伝わる話にあるずら」

 村長が花を撫でながら話をしてくれた。
 神様が守ってくれた大地なのだから、我々が守り続けなければならない。だからこそアシュス村の住人は、他の地に移り住もうと思わなかったのだ。律儀というか、信心深いというか。
 恐ろしい悪魔って何だろう。俺としてはドワーフ王国のナントカのナントカっていう、クレイの見た目にびびって逃げたへなちょこ魔族を思い出すんだが、魔族なら魔族と言われているだろう。てことは、恐ろしい悪魔っていうのは獰猛なモンスター? もしくは異常気象や天変地異。風邪やら頭痛やらが呪いと言われる世界なのだから、悪魔と呼ばれるのは自然災害とかもありそうだ。可能性はいろいろと考えられる。
 カニだったら狩るまでだ。

「そん神様が、この石像だと言われているんずらよ」

 花を覆うようにそびえ立っていたのはただの岩山ではなく、月明かりに照らされ浮かび上がった巨大な馬の像だった。背に翼を羽ばたかせ、今にも動き出してしまいそうなほど躍動感のある天馬。

「へえー、馬の神様か」

 ヘンな名前だが姿は雄々しいな。かっこいい。
 この神様が流した涙が、イーヴェルの花と。綺麗な花だが果実には毒。まったく、迷惑な花を残してくれたものだ。

「アンタらはわしらの恩人ずら。好きなだけ花を持っていってくだせえずら」
「二、三株くらいでいいんだ。それで解毒薬を作れる」
「だどもそん毒がいろんなところに出回ったら困るずら? したら、こん花ぜんぶ持ってってくれてもかまわねえずら」

 そりゃそうだが、いわくありげな神様の涙だろ? 全部持っていったら祟られそうな気がする。
 さて、一度ベルカイムに戻って花を届けないとならない。領主の奥方の部屋に設置させてもらった地点ポイントを頼りに転移門ゲートを作れば、あっという間に帰れる。アシュス村にも地点ポイントを作れば行き来は簡単。
 それから醤油の実の実用化を屋台村の代表に相談して、じゃがバタ醤油をいつでも食べられるように……

「村長! そんちょ~~~っ! ずら」

 そんな壮大なる妄想を繰り広げている最中、慌てふためいた村人が駆けてきた。まだ体調が万全ではないのに走るだなんて。

「なんしたデンス!」
「村長! 大変ずらよ! 村が! 村が! ずら!」

 油断していたんだ。
 目的のものが手に入ると浮足立っていた。
 もっと冷静になって考えれば、予想できるはずだったのに。

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