素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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2巻

2-14

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 足の悪い村長を姫抱っこし、報告に来てくれた村人デンスケをクレイの背中に乗せ、急いで村に戻る。
 デンスケによると、夜中だというのに例のエンガチョがやってきて、イーヴェルの花を催促したのだとか。だが、村人は俺に言われた通り頑なに拒否。そりゃそうだ。腹は満たされ喉も潤った。とうぶんの食料と水は俺とクレイが持ってきた。家も着るものも一新された今、目先の金銭は必要ない。
 それに激怒したエンガチョが本性を現し、いつの間にか従えていた素行の悪そうな連中に家々を焼き払わさせたのだとか。

「俺の! 渾身の! 新築戸建てが!!」
「なんたることを……!」

 村に帰った俺の目に飛び込んできたのは、漆黒の闇夜にまばゆく光る炎の数々。
 リニューアルオープンされたアシュス村は、見るも無残な焼け野原。
 冗談じゃない。冗談じゃないぞこのやろう!! 俺の理想のクリーンヴィレッジを灰にしやがって!
 そんなことより!

「おい! 怪我したヤツとかいるか!」

 さすがに村人全員の名前と顔は覚えていない。消火を終えた村中央の集会所に村人を集め、怪我人の確認。クレイと手分けして各自点呼を取らせる。点呼と言ってもいない者を探すだけだ。
 清潔だった村人は皆もさもさ。スス臭いし、服は灰まみれだし、焼け焦げているし、髪はくっちゃくちゃだし……ああもう! なんてことしやがった! 風呂に入れないだけでつらいってぇのに、更に臭くしてくれるなんて!

「大きなけがをしたもんはいねぇずら!」
「いないヤツは!」
「みんないるずら!」
「いねぇずら! ゴンザがどこにもいねぇずらよ!!」
「なんだってずら!」

 村のガキ大将、ゴンザの姿がどこにも見えない。
 俺のことを真っ先に慕ってくれた、前歯の欠けた元気な子供。

「マタベ、マタベや、わしはぁ、見たずらんよぉい」
「ばっちゃ、なんを見たずら!」

 村で最高齢でもあるオサエばっちゃんが、ヨボヨボしながらヨボヨボと教えてくれた。

「裏のぉ、裏のぉ、神様の水につながるぅ、あんのぉ、道さなぁ、エンガッシュンがぁ、子供連れてぇ、逃げてったんずらよぉ」
「ガレウス湖のほうに行ったんだな?」
「ごめんよぉ、ワシの足がよぉ、しゃしゃといごけたらよぉ、タケルさごめんよぉい」
「いいんだよいいんだよばっちゃん。教えてくれてありがとうな、無理すんなよ、座ってな」

 こんな年寄りを心配させて、無理させて、泣かせて。
 俺の理想の清潔村を灰にしやがって。
 しかも、くだらねぇ野望だかなんだかで、関係ない連中を騙して。
 何よりも許せないのが、せっかく希望を持って生きようとしていた村の皆を一気に絶望へと叩き落としたことだ。
 このままじゃ俺の壮大なるじゃがバタ醤油計画までも頓挫とんざしてしまう。そんなの許せない。

「タケル、これは許すことなどできぬぞ!」

 熱血恐竜が吠えた。拳をぎりりと握りしめ、大地を忌々しげに踏みしめる。
 俺だってはらわた煮えくり返っている。ここまで怒ることは滅多にないんだからな。小学生の頃、数週間かけて作ったプラモを友人にうっかりごめーんで壊されたときより腹が立つ。しかも仕方がないで済まされる問題じゃない。
 ここまで自分の感情が怒りに満ちるなんてはじめてだ。

「……許してたまるかよ。温和な俺だって怒髪天どはつてんだこん畜生」
「湖のほうに行ったと言うていたな。すぐに追うか!」

 当てもなく探すなんて時間がかかる。こういうときこそ便利な魔法に頼るべきだ。
 俺の探査サーチは特定の人物を探すまではできないが、生物反応だけなら追える。こんな夜中に湖にいる怪しい者を探し出せばいい。
 震える村人たちを置いていくのは心苦しいが、今は一刻を争う。子供を人質にしたということは連中も切羽詰まっているということだ。
 ベルカイムで奥方暗殺未遂の容疑者が捕まったか、それとも情報が漏れたか。
 いずれにしても、今は子供の身の安全が第一だ。

「村長さん、タロベさん、ゴンゾさん、俺たちは今からゴンザを探しに行く。動揺している皆にそう言ってくれ」
「ああ、わかったずら。だども危険ずらよ。エンガシュは怪しげな傭兵をたんと雇ってやがるずら」

 鞄に手を突っ込み、ありったけの果物を出す。木箱三つぶんの大量の果実は、水分が多くて果肉も甘い桃に似ている。気に入って大人買いしていたのは言うまでもない。

「俺とクレイは必ずゴンザを助ける。だからこれでも食って、待っていてくれ」
「そったら、危ないずらよ! タケルさん! ずら」
「ランクAの冒険者が付いているんだぞ? それにこのひと、怒るとめちゃくちゃ強くなるから大丈夫」
「内に秘めた大いなる力を恐れている場合ではないな。任されよう!」

 帰ってから村の修復をする。ここまで原形を留めていないとなると、一からの復興となるが仕方がない。俺のたくさんある魔力をありったけ使って再興してやる。
 より住みやすく、清潔で、頑丈な家を建ててやるからな!


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探査サーチ先生お願いします!」

 湖の畔に立って集中し、広大なガレウス湖全域を探査サーチする。
 想像以上の広さに集中力が途絶えそうになったが、いくつかの黒い点滅に混じって茶色の点滅。この色の点滅ははじめてだ。その点滅がひのふのみの……うん、数えるの面倒。明らかに百近くいる。村からは離れているが、湖の畔に沿って移動中。

「タケル、どうだ」
「ああ、ここから西のほう。百人近くいる。途中で馬で逃げたんだな。距離がだいぶある」
「人数なぞ問題ではない。急ぐぞ!」
「えっ」
「何をしておる! 早よう馬を!」
「えっ」
「加減なぞするでないぞ!」

 チート馬に乗るわけ? いやまあ移動手段はそれしかないんだけどね、でもほらアイツら調子こくと見境なくなるじゃない? なんていうか俺としては、もっと穏やかに確実に移動したほうが俺の精神的に優しいかな、とか思っちゃうんだけど、走れば良くね?

「ピュイ!」
「タケル! 愚図愚図しておる暇はない!」

 うへえええええ。
 馬は駆けた。
 風の如く、嵐の如く、乾いた大地を猛烈な速さで駆けた。
 強靭な足腰に施された体力上昇と軽さと速さとなんやかんやの魔法効果は、二頭の一角馬をそれはそれは調子に乗らせた。

「おべっ、うげっ、もぐっ、どえっ、えべっ」
「駆けよ我が馬よ! 駿神しゅんじんとなりて雷の如くせろ!」
「ピュイイイィーーーっ!」

 馬鹿馬鹿馬鹿アホこのやろう! なんで更に調子乗らせているんだ!
 チート馬たちはクレイの発破に鼻息ブフーで、やる気ゲージはちきれんばかりに走っている。走っていると言うか、これもう急行特急並み。物理法則とか完全に無視。今更だけど、自分に結界バリアとかシールドとかやっておけばよかった。風圧で顔がぐにょぐにょになる。やめてこれコントみたい。

「くお、くお、くおらあああ~~~!」
「ふはははは! 我が前に敵はなし! 粉塵ふんじんに帰してやるわ!!」
「こら聞け魔王! もうすぐ、うべっ、着くから、ちょっと、いろいろ、計画、オプッ」
「ふはははは!!」

 駄目だこれ。
 おっさん完全に魔王降臨させちゃっている。ああ、ああ、チート中のクルト(馬)もさすがに戸惑っている。なんか乗せているおっさんがむくむく太って、いや巨大化しつつあるなんて迷惑極まりないだろう。なんかごめん。ほんとごめん。
 出発から四半時も絶たないうちに見えてきたとりで。湖に隣接している丘の上にそびえ立つ黒々とした砦にいくつもの篝火かがりび。悪党が徒党を組んでここにいますよと主張してくれている。わかりやすい。

「ビー、とめ、とめぐふっ、とめ!」
「ピュイイイイイイーーーーーッ!」

 ビーの鳴き声で馬が慌てて足を止める。クレイはその勢いのまま恰好良く飛び降りた。俺は間抜けに振り落とされ、顔面から砂地に突っ込んだ。許せん馬。

「ふううぅぅ……全身の血が沸き立つようだ……」
「気のせいだからそれ。一応理性は残しておいてくれな。悪党退治に魔王討伐なんて御免だ」
「煮えたぎる膨大な力を、すぐにでも放ちたいぞ!」
「はいはい落ち着けって。ざっくりとした計画ならあるから、俺の合図とともにクレイは滅茶苦茶暴れてくれればいい。目的はエンガチョ。ただし、命までは奪うなよ? 半分殺す感じでよろしく」

 四肢を折っても死ぬことはないだろう。逃げ出さないようにすればそれでいい。
 俺はな、聖人君子じゃないんだ。命ある者は皆等しく尊いなんて世迷言よまいごと、この世界で言うつもりはない。両方の言い分をまずは聞きましょう、なんて悠長なことしてやんない。理不尽な蹂躙じゅうりんにただ黙って涙を呑むなんて冗談じゃない。
 俺には歯向かえる力があるんだ。
 助けたい者を助けるだけ。
 ただ、殺すと後々面倒なことになるから、半分殺すだけ。

「砦を壊滅させるが良いか!」
「はいはい良い良い。俺は不正の証拠とか家財道具ごとまとめて鞄に入れるから、その作業が終わったらブチ壊せ」

 隠している部屋だろうと何だろうと、探査サーチ先生は教えてくれる。ただ悪党をらしめてめでたしめでたしとはいかない。ぐうのも出ないよう、徹底的に追及できる証拠を用意せねば。
 日干しレンガでできた外壁はもろい。ちょっと力を入れれば、上階を支える柱なんてあっという間に折れるだろう。でもそれは最終手段。砦の崩壊に巻き込まれて圧死、ってのは嫌だ。
 しかし、でっかい恐竜と俺が近づいているのに、警戒すらしないなんて馬鹿なの?
 見張りの一人や二人、外に立たせるべきなのに。村人たちが短時間でここに来るわけがないと高をくくっているのか? その油断が命取りだったな。

「ピュイ」
「うん? そうか、やっぱりここを根城ねじろにしていたんだな」

 外周を見てもらったビーからの報告を受け、確信する。ヤツらは奇襲返しなど一切考えていないようだ。広間で暢気に宴会をしているらしい。無力な村人はただ泣き寝入りするものだと思い込んでいるのだろう。詰めが甘いんだよ。悪いことをするんなら、すべての可能性を考えろ。

「タケル、正面突破するか!」
「いやそれ駄目。悪党ってのは命令する立場にいるヤツほど真っ先に逃げ出すから。証拠もろとも逃げられたら追いかけるのめんどくさい」
「では如何どうするのだ!」

 うーん。
 こそこそと侵入できるのが一番だよな。それこそ隠密おんみつみたいに気配を隠し、姿を隠し、ひっそりと家探ししたい。

「ピュイ?」
「こういうときこそ魔法か。うーん……姿を消したいんだよ。気配を消すのはどうとでもなるとして、というか気配を察するような優秀なヤツがいたらもう気づかれているだろうし」

 迷彩……じゃない、身体を隠す……消す? 
 消す……
 そうか!

隠伏フォシュ!!」

 ポッと灯った光の玉が一気に膨らみ、俺の身体を覆う。
 視界にガラスのまくのようなものが張り、自分の身体がふっと消えた。映画でこういう化け物がいたんだよな。

「なんと!?」
「うまいこと消えたか?」
「ああ……このような……信じられぬ」

 少しだけ興奮が収まったクレイにも隠伏フォシュの魔法をかけ、でかい図体を消し去る。己の身体が消え去る感覚に慣れないのか、クレイは尻尾をばたばたさせた。

「互いの姿は見えるようにしたから大丈夫だろ?」
「いやだがこれは! 奇妙で! おぞましいぞ!」
「そんくらい我慢しろよ。ずっと消えているわけじゃないんだから」

 便利な魔法だが一時的にしか使えない。これも集中力はんぱないからだ。
 なんてたとえればいいんだろう。小さな針穴に糸を通し続けるような、やりたくないのにやり続けなければならない感覚。慣れればなんてことはないのだろうが、慣れるまでやりたくないような。
 ともかくこれで姿は完全に消えた。
 ビーをローブの下に隠し、いざ侵入開始。

「ピューイ……」
「しーっ」

 砦の門には鍵すらかかっていなかった。門番なのか見張りなのかわからない男が、酒瓶を片手に泥酔。こりゃ祝杯か? 村を一つ焼き払ってなにが祝いだこのやろう。念のため、クレイが当身あてみを食らわせて気絶させる。他にも見張りっぽいヤツを見つけるたびに黙らせた。
 レンガで組まれた内壁は意外と天井が高く、蝋燭ろうそくが灯ったランプが等間隔に並んでおり、十分な明るさを保っているようだ。何のために造られた砦なのかはわからないが、随分と朽ちている。
 煙と偉いやつは上にいるはず。広間っぽいところからバカ騒ぎが聞こえてくるから、もしかしたらエンガチョもそこで酒に溺れているかもしれない。ゴンザはどこだろう。人質を捕まえておくには牢屋だろうが、この砦に地下室はなさそうだ。
 そろりそろりと階上を目指し、部屋を一つひとつ確認。目ぼしい箪笥たんすを片っ端から鞄に突っ込む。中身の確認はあとですればいい。

「…………夜盗のような真似を」
「罪悪感なんて覚えるなよ。どこに不正の証拠を隠しているかわからないんだからな」
「正面から堂々と殴り込めばよかろうに」
「あとで好きなだけ暴れてもらうから我慢しろ」

 クレイはこそこそとする真似が嫌いなようだ。これも計画的犯行、じゃない、効率的行動? ともかく各部屋の家財道具の一切合切をいただいていく。
 三階の奥にいかにもな部屋を発見。豪華な家具に絨毯。無駄に飾られたモンスターのはく製。天蓋付きのベッド。

「司令官っていうか、たぶん……エンガチョの部屋だな」

 部屋の隅に、商人が着るような衣装がかけられている。黒檀こくたんの大きな机の上には地図と、封蝋が解かれた手紙。壁にはものものしい金庫。
 ここで確認するのは面倒だ。部屋の中のもの全部持っていってしまおう。あとで領主に確認してもらえばいい。
 俺がエンガチョの立場なら、髪の毛真っ白になるくらいの被害だろう。気づいたら部屋の中、いや砦の中の目ぼしいすべての家財道具が忽然こつぜんと消えているんだからな。ふはは。
 回収した家財道具は、村人たちの生活に役立ててもらおう。売って金にしてもいいな。この無駄に豪華な絵画とか彫刻とか、趣味は悪いが貴族らは好んで買うかもしれない。
 広々とした部屋の家具をすべて回収してしまうと、大掃除を終えたあとの清々しさを感じた。
 気がついたら互いの身体にかけた隠伏フォシュの魔法が消えていた。

「あとはゴンザだな。さすがに子供の気配だけを探ることはできないから……」
「隠した者に案内させれば良かろう」
「ん? ……そうか、その手があったか」

 クレイはゴンザを連れ去った張本人を脅して居所を吐かせようと考えているようだが、俺の考えは違う。
 今のクレイは完全な魔王っていうかドラゴンだからな。しかも邪悪な。こんなモンスターみたいなのが出ていったら恐ろしいほどのパニックになるだろう。勇猛果敢に立ち向かう戦士でもいれば話は変わるが、頭の切れるやつがいたとしたら俺は既に捕まっているはずだ。ということは、ここにいるのは、きっと傭兵と言っても金で雇われただけのチンピラ連中。そういうヤツはご主人様の命よりも自らの命と利益を第一に考える。魔王クレイの敵ではない。混乱に乗じてしれっと聞けばいい。

「ふひっ……ふひひ……」
「やめいその笑い方!」

 悪には邪悪で返してやろう。今更命乞いも謝罪も受け入れない。村一つ燃やしてくれた。おまけに長い間搾取もしていた。神様の涙から生まれた花を悪用して暗殺しようとした。これだけ罪状があるんだ。情状酌量なんてあるわけがない。
 黒幕がここにいるかはわからないが、もう二度とアシュス村に手は出さないという気持ちにさせるくらいは痛めつけるべきだな!


 + + + + +


「っかー! うめぇなあ!」
「久しぶりの焼き討ちだったからな! こう、弱ぇヤツらが逃げ惑う姿は笑えるよな!」
「あいつらも馬鹿だよなぁ! エンガシュさんの言うことを聞いていりゃいいのによ!」
「でもどうなってんだ? あいつら、妙にこぎれいになりやがって……」
「知ったこっちゃねーよ! ぜーんぶ燃やしてやったからな!」
「わっはっはっはっは」
「エンガシュさん! でもアイツら花の在処ありかを話さなかったじゃないすか!」
「そうですよ! どうするんですか!」

 臭そうな男たちが一斉に上座を見る。
 そこにはぶっくり太った男が、大ジョッキを片手に両足を机に乗せてふんぞり返っていた。絶対に仲良くなれそうにないタイプだ。
 何あの不健康そうな身体。いいもんしか食ってないんだろうな。


【エンガ・シャイトン 四十二歳】
 フィジアン領ドボル地区ダネア市アルトン在住。
 ボゾル・シャイトンの長男。闇商人。通称、エンガシュ。
[備考]ボゾル・シャイトンは、領主エゼル・シャイトン男爵の従弟いとこ。脂質異常症。高血圧。
 変形性膝関節症。


 ほほう。シャイトン男爵一族の関係者ってわけだな。これで完全に繋がった。
 ルセウヴァッハ領主であるベルミナントの奥方、ミュリテリアを暗殺しようとしていたのはこいつなんだろう。もしくは、こいつかエゼル・シャイトン男爵本人。理由は完全に怨恨。自業自得なくせして逆恨みするんだから馬鹿だよな。大人しく謹慎しておけばいいのに、あと数年我慢できずに復讐をはじめたってわけだ。

「なあに、あのガキを絞めて場所を吐かせりゃいいだろう。あのガキが場所を知らなくても、ジジィどもを痛めつければころっと吐くさ」
「へへへへっ! 違ぇねぇ!」
「イヴェル毒は王都で高く売れますぜ! これで俺たちは金持ちだ!」

 猛毒を王都に持ち込ませるわけにはいかない。きっと悪党が悪いことに使いまくって王国転覆さえできてしまうだろう。
 今が平和ならそれでいいじゃないか。余計な火種は持ち込むんじゃない。

「タケル、俺はもう我慢ができぬぞ!」
「あーはいはい、お待たせしました。それじゃ大々的に暴れるとしますか」

 一生に一度くらいは言ってみたかった台詞その一、を試すときが来たようだ。きっと前世なら生涯縁がなかったであろうシチュエーションと、その言葉。
 気分は暴れん坊な将軍様だ、興奮する!

「話はすべて聞かせてもらったーーー!」

 広間への扉をばたーんと開き、俺は高らかに叫んだ。
 これこれこれこれ!!
 普通にサラリーマンやっていたら、こんな台詞日常で絶対に使わないだろ? 一度でいいから言ってみたいなって、ずっと思っていたんだよ。あと、飛行機の中での「お医者様はいらっしゃいますか?」という質問に「私です」っていうのは、一生に一度は言ってみたい台詞ランキング二位。
 まさか異世界に来て、この台詞を使うときが来るとは!
 広間では、泥酔しきった男どもが突然の俺登場、そしてでっかいドラゴニュートというか完全にドラゴンに見えるクレイの姿に目を丸くさせていた。
 ちなみにクレイの身体は有に三メートルを超えている。そりゃ驚くだろう。油断しまくって酒かっくらってウカレぽんちになっていたところに、巨大怪獣……いや、ドラゴンみたいなのが来ちゃったんだから。

「「「「ぎゃああああああ!!」」」」

 酒の酔いなど一気に醒めたのか、男たちは蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ出した。が、この部屋への入り口はたった一箇所。そこには俺とクレイがいる。
 逃げる前に、話しさせてくれないかな。

「あっ、ちょっ、あのー、さっき、アシュスの村で」
「「「「モンスターだあああ!!」」」」
「村焼いて、あの、聞け! お前ら聞け! 子供連れ去っただろ! 返せ!」
「「「「ぎゃああああああ!!」」」」

 やばい完全にパニクっちゃっている。中には勇敢にも剣を構えようとする者がいるが、怖くてぶるぶる震えて狙いが定まっていない。

「に、に、逃げるな! アイツを倒せ!!」
「そりゃ無理ですよエンガシュさん! ありゃあ、ありゃあ、ブルードラゴンですぜ!」
「ブルードラゴン!? ランクSの凶悪な竜種じゃないか!」

 完全に腰の抜けたエンガシュが男たちに命じるが、男たちも自分の命が一番なのだろう。部屋の中枢までのしのし入ってきたクレイの目を盗み、扉からほうほうの体で逃げ出す者がいる。末端はどうだっていい。どうせ金で雇われたチンピラだ。
 クレイさん、完全にモンスターだと思われてますよ。

「力のあるものはいないのかーーーー!!」

 グアアアアアッ!
 と、勢い良く咆哮したクレイの迫力は見事だった。完全に大魔王。ちょっとかっこいい。
 クレイの雄叫び一つで男たちは腰を抜かし、気を失い、漏らし、泣き喚いた。クレイは机を薙ぎ倒し酒樽を蹴散らし、存分に暴れている。

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