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13巻
13-2
「コポルタ軍団! 鋭い爪で甲羅からちっちゃいカニを引き離すっすよ!」
「わんわんっ! たまご!」
「たまごは食べたことないよ!」
「美味しいのかな?」
「タケルが食べるものはなんでも美味しいわ!」
「ピュッピューイィ!」
背丈はドラゴニュートであるクレイの三倍。背負った雄ガニはちっちゃいとはいえ、女王に比べたらの話。実際は小型自動車くらいの大きさがある。
ギルドの建物より巨大な女王。
並みの冒険者では足が竦み、怯え、震えだすだろう。
だがしかし、スッスは嬉々として立ち向かった。
もふもふの豆柴たちと共に、力を合わせて。
「ふん。初陣でランクAのモンスターに挑むとはな」
クレイは剣についたカニ汁を振り落とすと、遠くで巨大な女王と果敢に戦うスッスたちの姿を眺める。
「我らですら苦戦したセイコガニなのじゃ! スッスは己が力がどれだけ強うなったのか理解しておらぬのじゃろう」
ブロライトはカニ足の先っぽが飛び出た巾着袋を三つ抱え、嬉しそうに言った。
常闇のモンスターの軍勢と対峙し、あの混沌とした戦場のなかで握り飯をこさえてくれたスッス。精神耐性はそれだけで並みの冒険者以上だろう。
恐怖体験というのは、心的外傷になって動けなくなるか、あれだけの経験をしたのだからこれは大したことはないと割り切れるか、どちらかだとクレイは言う。
常闇のモンスターの幻影に怯え竦むようであれば、スッスはきっとオグル族たちとの鍛練はできなかった。
トルミ村を襲ったランクSモンスターであるウラノスファルコン。満身創痍であったとはいえ、あのモンスターに一太刀入れたスッスだ。クレイ曰く、技術はあるのだからあとは経験を積むだけだと。
それにしても初戦がカニの軍勢っていうのは酷かもしれないが、カニは戦いの経験を積む相手というだけではなく、舌と胃袋を満たしてくれる最良の相手。
ビーはスッスの護衛のつもりで飛んでいたのに、今ではただの応援要員と化している。プニさんの背中で小さくなっていたモモタは、兄たちの活躍を目にして嬉しそうに尻尾を振っていた。
ダウラギリクラブたちよ。
お前たちの尊い命は俺たちが極上の料理の数々に変えてやる。
俺たちの血となり肉となり、貴重な戦いの経験となるのだ。
そういうわけで、もう少し狩らせてください。
+ + + + +
ダウラギリクラブをある程度間引くことに成功した俺たちは、プニさんが引く馬車でトルミ村に続く街道を進む。
プニさんは空を飛んで帰ることを望んだのだが、モモタが上目遣いでもじもじしながら「ばしゃでかえっちゃだめ……?」なんて聞いてくるもんだから、よし馬車でゆっくり帰りましょうとなったわけで。蒼黒の団の総意です。
カニ養殖場があるフォルトヴァ領からルセウヴァッハ領のトルミ村まで馬車で二十日以上の道程。
馬車で一泊したら飛んで帰ることをプニさんに約束し、のんびりごとごと馬車移動。
コポルタたちの活躍でカニの間引き作業はあっという間に終わった。スッスは見事女王ガニを一匹倒し、号泣しながら喜んでいた。
カニ養殖場を再度掃除し、女王ガニは卵を守る雄たちともども一匹残して全て狩らせていただきました。またすくすく育っておくれ。
俺たちの馬車リベルアリナ号は、エルフたちとユグルたちとドワーフたちの魔改造が勝手に施され、今では十二畳くらいの個室が六つと、中央に大きな円卓を設えた四十畳の居間がある快適無敵空間になっていた。
円卓では数十人が同時に座り、食事ができるのだ。
「おいしい! おいしいよ!」
「たまごがこんなに美味しいなんて知らなかったよ!」
「ピュピュー?」
「ビーにもこれあげる。とっても美味しいよ」
「ピュイ!」
俺とスッスがそれぞれ専用の台所でカニ料理を作る最中、クレイとブロライトは食べつつカニの身ほじり、コポルタたちにはわいわいと食事を楽しんでもらった。馬プニさんはカニミソ入りのごぼうサラダをコポルタたちに食べさせてもらいながら馬車を引き、スキップしている。器用だな。
馬車は地面から僅かに浮いているためプニさんがスキップしても振動は一切ない。車輪が動いているのは見せかけだけ。
「ぼくたちが食べていたカニと違うよ? どうしてだろうね」
「うむ。俺が思うに、北の大地のカニは飢えていたのではないか? お主らが飢えておったように。だがこのカニは草を食み、時折谷に迷い込むモンスターを食っていた」
「ああそうか……お腹がいっぱいだったんだね!」
「そうか、お腹がいっぱいになると、モンスターは美味しくなるのか!」
いやそういうわけじゃないけどね。
クレイのざっくりとした説明に納得したコポルタたちはやんややんやと喜び、茹でたカニを卵で和えた丼をかき込む。
カニは肉をほじるのが大変なのだが、それは小さなカニだけ。小さいと言っても巨大なタラバガニの倍以上はあるのだけど。
クレイとブロライトは興奮冷めやらぬコポルタたちの話を聞きながら、慣れた手つきでカニの肉をほじる。
それぞれの手には片方がフォークで片方がスプーンの、いわゆるカニスプーンが握られていた。
この特製スプーンはクレイの大きな手でも扱えるように特注した。手の大きさを測ってから作ってもらったのだ。
トルミ村にはほぼ隠居生活をしている鍛冶職人のグルサス親方が滞在している。いや、既に立派な鍛冶場とドワーフ館を造っていたので完全に移住したのだろう。
いつかグルサス親方にカニスプーンを作ってもらえないか考えていたが、この機会に作ってもらうことにしたのだ。
暇つぶしに作るから報酬はいらないと言われたので、代わりにベルカイムで仕入れた麦酒を樽ごと進呈。キンキンに冷やしてあげたらこれは美味いと叫んでいた。次からも冷やしてくれと頼まれそうだ。
凄腕の鍛冶職人であるグルサス親方に得体の知れないものを作ってくれなんて気軽に言えるのはタケルだけだ、なんて雑貨屋のジェロムに叱られた。
「兄貴兄貴、次は何を作るんす?」
「次はやっぱり天ぷらかな。殻はでかすぎるから取り除いて、足の身を裂いて小麦粉と卵をつけて」
「ふんふん。天ぷらはごぼうの天ぷらと同じ作り方っすか? 一度冷やしたほうがいいんすよね。氷取ってくるっす」
馬車には俺の身長に合わせた台所と、スッスの身長に合わせた台所が二つ隣り合わせになっている。
食材を腐らせずに冷凍保存できる倉庫もあり、スッスはそれがスッス専用の保存庫だと知り喜んでいた。今も嬉しそうに保存庫の中にある飲む用に砕かれた氷を探している。
スッスは俺が一度教えた調理法はきちんとメモを取り、一度メモを取ったら同じことを聞かず、実行し、応用することができる。アレンジ料理だってお茶の子さいさいなのだ。なんて素晴らしい。
「米は追加で炊いたほうがいいかな。昼食用に二十升炊いたんだけどな……」
一回でまとめて十升くらい炊ける大釜もグルサス親方に作ってもらった。鍛冶職人に釜を作らせるなんてとジェロムに叱られた。暇だから何か作らせろと言ったのは親方です。
「ビー、お代わりは?」
「ピュピュ」
「うん? たくさん食うと夕飯が入らなくなるって? おいビー、お前そんな計算できるようになったのか?」
「ピュイッ! ピュピュー」
むんっと胸を張ったビーは、夕飯がトサルタラ鳥の肉とラトト鳥の卵の親子丼だと知っている。
トサルタラ鳥はトルミ村近辺の森の中にいる、七面鳥のような強面の鳥。エルフ族が日課のように毎日狩ってくるので、トルミ村で新鮮な鶏肉が食べられるようになった。
エルフ族とユグル族が手を取り思う存分改造し、そこにドワーフ族が俺らにも手伝わせろやと割り込み造り上げた馬車リベルアリナ号。
以前の馬車も快適無敵だったのだが、今の馬車は驚異的な進化を遂げている。進化というか、魔改造というか。
見た目と重さはプニさんが気に入っているので、それが変わらなければ中身は勝手にいじっていいと言ったのは俺だ。確かに俺です。ええ、俺でした。
だがしかし、まさか部屋の大きさが倍になるとは思っていなかった。
豪華な応接セットが追加され、扉つきの洋服箪笥、扉つきの棚、それぞれの部屋に背丈に合わせた洗面所、用を足したら瞬時に消えてしまうトイレもあるよ。
中央の居間はコポルタ十名が乗って走り回っても狭さを感じないのだから、よい仕事をしてもらったとは思う。
だがしかし、「技術を集約したらどうなるのか実験」と言って馬車改造の対価を支払わせてはくれなかったのだ。ちなみに木工職人のペトロナは、リベルアリナ号を参考にして小規模の浮かぶ馬車を造りたいらしい。馬車はトルミ特区とベルカイムを繋ぐ重要な交通手段となるだろう。
現金を拒むなら他に何で感謝を伝えればいいのか。
俺たちは思案し、断りづらい贈り物を押し付けようということになった。
エルフ族にはリベルアリナのキノコ帽子から生えてくるキノコを大量に収穫して押し付け、ユグル族には巨大なミスリル魔鉱石を押し付け、ドワーフ族には扱ったことがないと言っていた憧れの鉱石、拳大のアポイタカラ魔鉱石を押し付けたらひっくり返った。
リベルアリナのキノコ帽子というのは、小人サイズのリベルアリナが被っている椎茸のような大きな傘のキノコ帽子のことだ。
あのゲテモノ、じゃなくてリベルアリナがあげるワあげるワと言っていたが、本当にもらうとは思っていなかった。気がついたら俺の鞄に入っていたのだから、ちょっと恐怖。
このキノコ帽子、リベルアリナの加護なのか怨念なのか、指で摘める小さなキノコ帽子から多種多様のキノコがもりもり生えてくるようになったのだ。かなり恐怖。
全て食用なのだが、俺が食べたことのあるキノコ限定。数回食べた程度の珍しいキノコは、味と形をしっかりと記憶していなければ生えてこないらしい。便利っちゃ便利なキノコ帽子だ。
エルフ族はリベルアリナを信仰しているので、キノコ帽子から生えてきたキノコをあげたらそれはそれは喜ばれた。しばらくお供えしてから皆で食べるんだって。美味しく食べるといい。
ユグル族は魔法の研究に余念がない種族なので、魔力を補うミスリル魔鉱石を献上。もったいないとか恐れ多いとか言われたけど、必要とする人が上手に扱ってくれたら良いのだと言ったら喜ばれた。
俺の鞄の中にあったミスリル魔鉱石はビーの親御さん、東の大陸の守護神である古代竜ヴォルディアスにもらったもの。
あれだけ大量に消費したというのに、なくなる気配がしないんだよね。なんでかな。ふしぎだよね。いつの間にか鞄の中にミスリル魔鉱石が∞あるんだよ。ふしぎだね。
ドワーフ族にあげたアポイタカラ魔鉱石は、リザードマンの英雄たちが眠る地下墳墓の墓守、エデンの民のリピルガンデ・ララからもらった――というかこれも押し付けられたものなんだけど、宝物庫にアポイタカラ魔鉱石があるとヘスタスの馬鹿が馬鹿なこと考えて馬鹿みたいに盗むからあげる、と言われたのだ。
アポイタカラ魔鉱石はマデウスにある魔鉱石のなかでも群を抜いて貴重なもの。ミスリル魔鉱石よりも魔素含有量が多いから扱いは難しいらしいが、ヘスタスが馬鹿やるくらいならば有効利用してくれそうなドワーフ族、グルサス親方にあげちゃえばいい。
グルサス親方はなんてものを押し付けやがる、なんて怒鳴ってきたけど。顔がニヤけて今すぐにでも使いたくて落ち着かないようだった。これもまた、ドワーフ族の技術向上のための協力ってことで。
「天ぷらが揚がったっすよ! お代わりいる人はいるっすか!」
「はいっ!」
「わんわんっ!」
「スッス、俺にも頼む」
「スッス、わたしも食べるのじゃ!」
さっくりと揚がった天ぷらは、お好みの調味料でどうぞ。お勧めは塩のみだけども、自作のめんつゆに大根っぽい野菜のおろしを入れたつけ汁が好評のようだった。大根っぽい野菜は真っ青なんだけども。真っ青なおろしはめんつゆに入れると真っ黒になりました。
俺とスッスも料理の合間に食べているが、やはりカニは美味い。
以前のダウラギリクラブよりも今回のダウラギリクラブのほうが身が詰まって肉厚になり、カニ汁もより甘く感じられる。
これからも忘れずに養殖場の掃除をしに行こう。餌にもこだわるべきかな。
討伐したカニを収穫するため六畳サイズの巾着袋を十数個持っていったのだが、その全てから足がはみ出るほど保管できた。俺の鞄の中には大型バスサイズのカニが数えきれないくらい入っているのと、四匹の女王と、大量の卵。
カニは半分を馬車の保管庫で冷凍保存。残り半分を俺の鞄に保存。これでとうぶんカニ料理を楽しむことができる。
コポルタたちは腹いっぱいにカニを平らげ、その場で仰向けになって眠ってしまった。ぷすぷすと鼻をひくつかせて眠る彼らの姿は癒される。歯を磨いてから寝なさいと言えなくなる。
そういえば、村で留守番をしてもらっているあの奇妙な守護聖獣も大の字になって眠るようになったなと思い出して笑う。
「ピュイ?」
食後のデザートにキノコグミを食べていたビーが、どうしたのと問う。
「ルカルゥとザバのこと考えていた。ちゃんと朝飯食っているかなって」
「ピュゥーィ」
ランクSの獰猛なモンスターに追いかけ回され、トルミ村に落ちてきた有翼人のルカルゥと守護聖獣のザバ。
生まれつき喋ることができないルカルゥは、綺麗な真珠色の翼を持つ有翼人の子供。だが片翼は変形してしまっていて、上手に飛ぶことができないのだとザバが教えてくれた。
ヘスタスが投げた槍が彼らの住む浮遊都市、キヴォトス・デルブロン王国の聖堂にぶち当たったせいでルカルゥとザバは空に浮かぶ島から落っこちてしまった。
その詫びと聖堂の修復、ルカルゥとザバを故郷に戻したいとは思っているのだけども。
なんせ幻の都市と幻の種族。どこそこを飛んでいるよとか、こういった種族だよとか、そんな文献を読んだことがないのだ。
「子らが見張っておるのじゃ。案ずることはあるまいて」
ブロライトがカニの殻を魔法の巾着袋に詰めながら笑う。
ルカルゥとザバはすっかり村に慣れ、今ではルカルゥが幻の有翼人であることなど誰も気にしない。間違ったことをしたら注意し、悪戯をしたら叱る。食事のマナーを学んだり文字を学んだりと楽しそうに暮らしている。
故郷を思って悲しげにため息をつくということはなく、夜もすやすや眠り朝まで起きず、三食とおやつを美味しそうに食う姿はトルミ村の子供たちと何ら変わらない。
実は俺たちが知らないところで故郷を思って悲しんでいるのかもしれないのだが、ルカルゥたちが独りきりになることは決してない。
ルカルゥの傍には村の子供たち、コポルタの子供たち、エルフにユグルにドワーフに獣人にと、村に住む子供たちが付きっきりでいる。眠る時も子供たちは団子状になって眠っている。
共に学校に通い、農作業を手伝い、一つ釜の飯を食う。
もうこのままトルミ村に住んじゃえばいいのに、とはガキ大将であるリックの言葉。
俺も同意してやりたかったが、ルカルゥはまだ子供。故郷の両親や友人が心配しているだろう。
キヴォトス・デルブロン王国は幻と言われていた、既に滅んだとされる島だ。
何百年も存在がわからなかったものを探そうとしたところで、すぐに見つかるわけではない。そのため王都とトルミ村を行き来するグランツ卿に、有翼人に関する文献はないか探してもらっている最中。僅かでも手がかりがあれば、グランツ卿に託した通信石で教えてくれるはずだ。
早く故郷に帰してあげたいとか、未知なる国へ行けるかもしれない期待とか、そういった思いもあるのだけども。
何故だかはわからない。
説明しようにもできない、どうにも気になることがある。
俺の中にほの暗い予感がずっとある。
襟足がちりちりとした警告ではない。今すぐに何か危険なことがあるわけではない。それはわかる。
だけど、ずっとずっと。ルカルゥとザバが目覚めたあの時から、ふとした時に感じる。
忘れることができない妙な気持ち。
これは何なのだろう。
カニ狩りと、経験と。
2
「はい、毎度あり! 続いてのお客様、はい、はい、大盛り焼き握り飯弁当一つ! お茶つけます? 美味しいですよクク茶。 はいお茶ひとーつ! まいどー!」
おかしいな。
なにゆえ俺は額に汗して握り飯弁当を笑顔で売っているのだろう。
グランツ卿との待ち合わせに、この場に来ただけのはずなのに。
少し前、俺はトルミ村の私室で久々の休日を楽しんでいた。
北の大陸に拉致られてアレコレあって、トルミ村に帰ってきても街道整備で毎日奔走して、ランクSモンスターの襲撃やら魔法の修業やらで完全な休みはなかった。
ぐだぐだしたいと願っても、働き者が住むトルミ村で引きこもる自信はない。そもそも早朝からビーに起こされるので二度寝もできない。
だがしかし、心優しい村人たちは俺を休ませてくれたのだ。毎日どこかで何かしら何かをしている俺に、休めと言ったのだ。なんたる幸運。なんたる幸福。
そんなわけで早朝ビーにベロベロ起こされ、朝ご飯を食べ、子供たちにシャボン玉液を作り、砂と棒だけで遊べる棒倒しを教え、ケンケンパーを教え、大人たちにトランプゲームを教え、あれれ遊んでばかりじゃない? 俺。と、気づいたので昼前に私室に戻って読書をすることにしたのだ。
ビーは子供たちとシャボン玉で遊んでいるし、久しぶりの一人の時間。
ちょっとお高めのお紅茶でも淹れちゃおうかしら、なんてお湯を沸かそうとしたら通信石が光りましてね。ええ。
王都に一時帰還しているグランツ卿からの通信は、国王陛下が王族だけが利用できる書庫でデルブロン金貨について記された文献を見つけたとのことだった。
いやちょっと待ちなよグランツ卿、なんで国王陛下まで巻き込んでいるのさ。
そりゃルカルゥとザバを故郷に帰すため、俺たちはなんとかできないか考えた。
幻の浮遊都市の在処、有翼人の謎などなどが記された本が残っているならばと。
ベルカイムにある図書館には歴代ルセウヴァッハ領主が収集した蔵書がある。しかし、そのなかには浮遊都市について書かれた本はなかった。魔法で探したから間違いはない。
それならば手っ取り早く王都の図書館かなー、そのうち行かないとなーとは思っていた。
「……それがまさかすぐに来いって話なわけですよ」
「タケル兄ちゃん何言ってるの? ごぼう天ぷら揚がったって!」
「はいまいどー!」
チリチリに揚がったごぼうとニンジンの天ぷらを山盛り追加したのは、王都で宿屋「鮭皮亭」を経営する猫獣人一家の長女ユーリ。
久しぶりに会った長女は立派な握り飯弁当販売員になっており、売り切れの看板を出すだけの仕事から弁当販売の担当になっていた。
妹のミーリとソーリも、幼いながら母親のクミルさんのようにてきぱきと細やかに動く様はさすがだなあと感心する。
出会った時はよちよち歩きだった末っ子のソーリが、今やお湯を沸かすことができるようになっていた。子供の成長、速い。
握り飯弁当屋は蒼黒の団が国王陛下の命をお救いした褒賞として造ってもらったのだ。今や王都内に六ヶ所の店舗で展開中。大人気。連日大行列ですって嬉しいこと。
グランツ卿は類似品との差別化を図り、「エペペ穀を使った握り飯及び握り飯の入った弁当」を商業ギルドにて商標登録した。俺が勝手に商標登録と呼んでいるが、そんな感じの権利を主張したらしい。
「握り飯弁当」という名前と正式な調理法が使えるのは、鮭皮亭と調理法を完璧に覚えた料理人がいる支店のみ。調理法を教えるのは、鮭皮亭の主人ユルウさん。
鮭皮亭に隣接する握り飯弁当屋を元祖・握り飯弁当販売店にしたのは、エペペンテッテという家畜の飼料が米だと気づいた俺がどうにかこうにかして炊いて食えないか試行錯誤していた際、手伝ってくれたのがユルウさんだからだ。
エペペンテッテ。
一般的にはエペペ穀と呼ばれる穀物は、今や王都では普通の食材として扱われている。トルミ村ではより美味く育たないか品種改良に取りかかっているが、それはまだ秘密。
俺としては鮭皮亭の一家がひもじい思いをせず元気に働けたらそれで良い。
名前や調理法などの使用料は膨大な額になるらしいが、全てグランツ卿に任せている。
グランツ卿が必要だと思うところに寄付すればいいじゃないかと言ったら、お前は欲がなさすぎると叱られた。
だったら王都に来るたび食事代を無料にしてくれと反論したらば、何故か王都に蒼黒の団の別荘ができました。何故かグランツ卿の館のお向かいさん。おかげで転移門が屋敷内に置けるようになったけども。
初王都のスッスは興奮を隠せず、しばらく目と口を開いたままで固まっていた。開いた口にビーが指を入れようとしていたのに気づかず、ずっと固まっていた。
今は別行動をしているが、王都を満喫しているだろうか。
「わんわんっ! たまご!」
「たまごは食べたことないよ!」
「美味しいのかな?」
「タケルが食べるものはなんでも美味しいわ!」
「ピュッピューイィ!」
背丈はドラゴニュートであるクレイの三倍。背負った雄ガニはちっちゃいとはいえ、女王に比べたらの話。実際は小型自動車くらいの大きさがある。
ギルドの建物より巨大な女王。
並みの冒険者では足が竦み、怯え、震えだすだろう。
だがしかし、スッスは嬉々として立ち向かった。
もふもふの豆柴たちと共に、力を合わせて。
「ふん。初陣でランクAのモンスターに挑むとはな」
クレイは剣についたカニ汁を振り落とすと、遠くで巨大な女王と果敢に戦うスッスたちの姿を眺める。
「我らですら苦戦したセイコガニなのじゃ! スッスは己が力がどれだけ強うなったのか理解しておらぬのじゃろう」
ブロライトはカニ足の先っぽが飛び出た巾着袋を三つ抱え、嬉しそうに言った。
常闇のモンスターの軍勢と対峙し、あの混沌とした戦場のなかで握り飯をこさえてくれたスッス。精神耐性はそれだけで並みの冒険者以上だろう。
恐怖体験というのは、心的外傷になって動けなくなるか、あれだけの経験をしたのだからこれは大したことはないと割り切れるか、どちらかだとクレイは言う。
常闇のモンスターの幻影に怯え竦むようであれば、スッスはきっとオグル族たちとの鍛練はできなかった。
トルミ村を襲ったランクSモンスターであるウラノスファルコン。満身創痍であったとはいえ、あのモンスターに一太刀入れたスッスだ。クレイ曰く、技術はあるのだからあとは経験を積むだけだと。
それにしても初戦がカニの軍勢っていうのは酷かもしれないが、カニは戦いの経験を積む相手というだけではなく、舌と胃袋を満たしてくれる最良の相手。
ビーはスッスの護衛のつもりで飛んでいたのに、今ではただの応援要員と化している。プニさんの背中で小さくなっていたモモタは、兄たちの活躍を目にして嬉しそうに尻尾を振っていた。
ダウラギリクラブたちよ。
お前たちの尊い命は俺たちが極上の料理の数々に変えてやる。
俺たちの血となり肉となり、貴重な戦いの経験となるのだ。
そういうわけで、もう少し狩らせてください。
+ + + + +
ダウラギリクラブをある程度間引くことに成功した俺たちは、プニさんが引く馬車でトルミ村に続く街道を進む。
プニさんは空を飛んで帰ることを望んだのだが、モモタが上目遣いでもじもじしながら「ばしゃでかえっちゃだめ……?」なんて聞いてくるもんだから、よし馬車でゆっくり帰りましょうとなったわけで。蒼黒の団の総意です。
カニ養殖場があるフォルトヴァ領からルセウヴァッハ領のトルミ村まで馬車で二十日以上の道程。
馬車で一泊したら飛んで帰ることをプニさんに約束し、のんびりごとごと馬車移動。
コポルタたちの活躍でカニの間引き作業はあっという間に終わった。スッスは見事女王ガニを一匹倒し、号泣しながら喜んでいた。
カニ養殖場を再度掃除し、女王ガニは卵を守る雄たちともども一匹残して全て狩らせていただきました。またすくすく育っておくれ。
俺たちの馬車リベルアリナ号は、エルフたちとユグルたちとドワーフたちの魔改造が勝手に施され、今では十二畳くらいの個室が六つと、中央に大きな円卓を設えた四十畳の居間がある快適無敵空間になっていた。
円卓では数十人が同時に座り、食事ができるのだ。
「おいしい! おいしいよ!」
「たまごがこんなに美味しいなんて知らなかったよ!」
「ピュピュー?」
「ビーにもこれあげる。とっても美味しいよ」
「ピュイ!」
俺とスッスがそれぞれ専用の台所でカニ料理を作る最中、クレイとブロライトは食べつつカニの身ほじり、コポルタたちにはわいわいと食事を楽しんでもらった。馬プニさんはカニミソ入りのごぼうサラダをコポルタたちに食べさせてもらいながら馬車を引き、スキップしている。器用だな。
馬車は地面から僅かに浮いているためプニさんがスキップしても振動は一切ない。車輪が動いているのは見せかけだけ。
「ぼくたちが食べていたカニと違うよ? どうしてだろうね」
「うむ。俺が思うに、北の大地のカニは飢えていたのではないか? お主らが飢えておったように。だがこのカニは草を食み、時折谷に迷い込むモンスターを食っていた」
「ああそうか……お腹がいっぱいだったんだね!」
「そうか、お腹がいっぱいになると、モンスターは美味しくなるのか!」
いやそういうわけじゃないけどね。
クレイのざっくりとした説明に納得したコポルタたちはやんややんやと喜び、茹でたカニを卵で和えた丼をかき込む。
カニは肉をほじるのが大変なのだが、それは小さなカニだけ。小さいと言っても巨大なタラバガニの倍以上はあるのだけど。
クレイとブロライトは興奮冷めやらぬコポルタたちの話を聞きながら、慣れた手つきでカニの肉をほじる。
それぞれの手には片方がフォークで片方がスプーンの、いわゆるカニスプーンが握られていた。
この特製スプーンはクレイの大きな手でも扱えるように特注した。手の大きさを測ってから作ってもらったのだ。
トルミ村にはほぼ隠居生活をしている鍛冶職人のグルサス親方が滞在している。いや、既に立派な鍛冶場とドワーフ館を造っていたので完全に移住したのだろう。
いつかグルサス親方にカニスプーンを作ってもらえないか考えていたが、この機会に作ってもらうことにしたのだ。
暇つぶしに作るから報酬はいらないと言われたので、代わりにベルカイムで仕入れた麦酒を樽ごと進呈。キンキンに冷やしてあげたらこれは美味いと叫んでいた。次からも冷やしてくれと頼まれそうだ。
凄腕の鍛冶職人であるグルサス親方に得体の知れないものを作ってくれなんて気軽に言えるのはタケルだけだ、なんて雑貨屋のジェロムに叱られた。
「兄貴兄貴、次は何を作るんす?」
「次はやっぱり天ぷらかな。殻はでかすぎるから取り除いて、足の身を裂いて小麦粉と卵をつけて」
「ふんふん。天ぷらはごぼうの天ぷらと同じ作り方っすか? 一度冷やしたほうがいいんすよね。氷取ってくるっす」
馬車には俺の身長に合わせた台所と、スッスの身長に合わせた台所が二つ隣り合わせになっている。
食材を腐らせずに冷凍保存できる倉庫もあり、スッスはそれがスッス専用の保存庫だと知り喜んでいた。今も嬉しそうに保存庫の中にある飲む用に砕かれた氷を探している。
スッスは俺が一度教えた調理法はきちんとメモを取り、一度メモを取ったら同じことを聞かず、実行し、応用することができる。アレンジ料理だってお茶の子さいさいなのだ。なんて素晴らしい。
「米は追加で炊いたほうがいいかな。昼食用に二十升炊いたんだけどな……」
一回でまとめて十升くらい炊ける大釜もグルサス親方に作ってもらった。鍛冶職人に釜を作らせるなんてとジェロムに叱られた。暇だから何か作らせろと言ったのは親方です。
「ビー、お代わりは?」
「ピュピュ」
「うん? たくさん食うと夕飯が入らなくなるって? おいビー、お前そんな計算できるようになったのか?」
「ピュイッ! ピュピュー」
むんっと胸を張ったビーは、夕飯がトサルタラ鳥の肉とラトト鳥の卵の親子丼だと知っている。
トサルタラ鳥はトルミ村近辺の森の中にいる、七面鳥のような強面の鳥。エルフ族が日課のように毎日狩ってくるので、トルミ村で新鮮な鶏肉が食べられるようになった。
エルフ族とユグル族が手を取り思う存分改造し、そこにドワーフ族が俺らにも手伝わせろやと割り込み造り上げた馬車リベルアリナ号。
以前の馬車も快適無敵だったのだが、今の馬車は驚異的な進化を遂げている。進化というか、魔改造というか。
見た目と重さはプニさんが気に入っているので、それが変わらなければ中身は勝手にいじっていいと言ったのは俺だ。確かに俺です。ええ、俺でした。
だがしかし、まさか部屋の大きさが倍になるとは思っていなかった。
豪華な応接セットが追加され、扉つきの洋服箪笥、扉つきの棚、それぞれの部屋に背丈に合わせた洗面所、用を足したら瞬時に消えてしまうトイレもあるよ。
中央の居間はコポルタ十名が乗って走り回っても狭さを感じないのだから、よい仕事をしてもらったとは思う。
だがしかし、「技術を集約したらどうなるのか実験」と言って馬車改造の対価を支払わせてはくれなかったのだ。ちなみに木工職人のペトロナは、リベルアリナ号を参考にして小規模の浮かぶ馬車を造りたいらしい。馬車はトルミ特区とベルカイムを繋ぐ重要な交通手段となるだろう。
現金を拒むなら他に何で感謝を伝えればいいのか。
俺たちは思案し、断りづらい贈り物を押し付けようということになった。
エルフ族にはリベルアリナのキノコ帽子から生えてくるキノコを大量に収穫して押し付け、ユグル族には巨大なミスリル魔鉱石を押し付け、ドワーフ族には扱ったことがないと言っていた憧れの鉱石、拳大のアポイタカラ魔鉱石を押し付けたらひっくり返った。
リベルアリナのキノコ帽子というのは、小人サイズのリベルアリナが被っている椎茸のような大きな傘のキノコ帽子のことだ。
あのゲテモノ、じゃなくてリベルアリナがあげるワあげるワと言っていたが、本当にもらうとは思っていなかった。気がついたら俺の鞄に入っていたのだから、ちょっと恐怖。
このキノコ帽子、リベルアリナの加護なのか怨念なのか、指で摘める小さなキノコ帽子から多種多様のキノコがもりもり生えてくるようになったのだ。かなり恐怖。
全て食用なのだが、俺が食べたことのあるキノコ限定。数回食べた程度の珍しいキノコは、味と形をしっかりと記憶していなければ生えてこないらしい。便利っちゃ便利なキノコ帽子だ。
エルフ族はリベルアリナを信仰しているので、キノコ帽子から生えてきたキノコをあげたらそれはそれは喜ばれた。しばらくお供えしてから皆で食べるんだって。美味しく食べるといい。
ユグル族は魔法の研究に余念がない種族なので、魔力を補うミスリル魔鉱石を献上。もったいないとか恐れ多いとか言われたけど、必要とする人が上手に扱ってくれたら良いのだと言ったら喜ばれた。
俺の鞄の中にあったミスリル魔鉱石はビーの親御さん、東の大陸の守護神である古代竜ヴォルディアスにもらったもの。
あれだけ大量に消費したというのに、なくなる気配がしないんだよね。なんでかな。ふしぎだよね。いつの間にか鞄の中にミスリル魔鉱石が∞あるんだよ。ふしぎだね。
ドワーフ族にあげたアポイタカラ魔鉱石は、リザードマンの英雄たちが眠る地下墳墓の墓守、エデンの民のリピルガンデ・ララからもらった――というかこれも押し付けられたものなんだけど、宝物庫にアポイタカラ魔鉱石があるとヘスタスの馬鹿が馬鹿なこと考えて馬鹿みたいに盗むからあげる、と言われたのだ。
アポイタカラ魔鉱石はマデウスにある魔鉱石のなかでも群を抜いて貴重なもの。ミスリル魔鉱石よりも魔素含有量が多いから扱いは難しいらしいが、ヘスタスが馬鹿やるくらいならば有効利用してくれそうなドワーフ族、グルサス親方にあげちゃえばいい。
グルサス親方はなんてものを押し付けやがる、なんて怒鳴ってきたけど。顔がニヤけて今すぐにでも使いたくて落ち着かないようだった。これもまた、ドワーフ族の技術向上のための協力ってことで。
「天ぷらが揚がったっすよ! お代わりいる人はいるっすか!」
「はいっ!」
「わんわんっ!」
「スッス、俺にも頼む」
「スッス、わたしも食べるのじゃ!」
さっくりと揚がった天ぷらは、お好みの調味料でどうぞ。お勧めは塩のみだけども、自作のめんつゆに大根っぽい野菜のおろしを入れたつけ汁が好評のようだった。大根っぽい野菜は真っ青なんだけども。真っ青なおろしはめんつゆに入れると真っ黒になりました。
俺とスッスも料理の合間に食べているが、やはりカニは美味い。
以前のダウラギリクラブよりも今回のダウラギリクラブのほうが身が詰まって肉厚になり、カニ汁もより甘く感じられる。
これからも忘れずに養殖場の掃除をしに行こう。餌にもこだわるべきかな。
討伐したカニを収穫するため六畳サイズの巾着袋を十数個持っていったのだが、その全てから足がはみ出るほど保管できた。俺の鞄の中には大型バスサイズのカニが数えきれないくらい入っているのと、四匹の女王と、大量の卵。
カニは半分を馬車の保管庫で冷凍保存。残り半分を俺の鞄に保存。これでとうぶんカニ料理を楽しむことができる。
コポルタたちは腹いっぱいにカニを平らげ、その場で仰向けになって眠ってしまった。ぷすぷすと鼻をひくつかせて眠る彼らの姿は癒される。歯を磨いてから寝なさいと言えなくなる。
そういえば、村で留守番をしてもらっているあの奇妙な守護聖獣も大の字になって眠るようになったなと思い出して笑う。
「ピュイ?」
食後のデザートにキノコグミを食べていたビーが、どうしたのと問う。
「ルカルゥとザバのこと考えていた。ちゃんと朝飯食っているかなって」
「ピュゥーィ」
ランクSの獰猛なモンスターに追いかけ回され、トルミ村に落ちてきた有翼人のルカルゥと守護聖獣のザバ。
生まれつき喋ることができないルカルゥは、綺麗な真珠色の翼を持つ有翼人の子供。だが片翼は変形してしまっていて、上手に飛ぶことができないのだとザバが教えてくれた。
ヘスタスが投げた槍が彼らの住む浮遊都市、キヴォトス・デルブロン王国の聖堂にぶち当たったせいでルカルゥとザバは空に浮かぶ島から落っこちてしまった。
その詫びと聖堂の修復、ルカルゥとザバを故郷に戻したいとは思っているのだけども。
なんせ幻の都市と幻の種族。どこそこを飛んでいるよとか、こういった種族だよとか、そんな文献を読んだことがないのだ。
「子らが見張っておるのじゃ。案ずることはあるまいて」
ブロライトがカニの殻を魔法の巾着袋に詰めながら笑う。
ルカルゥとザバはすっかり村に慣れ、今ではルカルゥが幻の有翼人であることなど誰も気にしない。間違ったことをしたら注意し、悪戯をしたら叱る。食事のマナーを学んだり文字を学んだりと楽しそうに暮らしている。
故郷を思って悲しげにため息をつくということはなく、夜もすやすや眠り朝まで起きず、三食とおやつを美味しそうに食う姿はトルミ村の子供たちと何ら変わらない。
実は俺たちが知らないところで故郷を思って悲しんでいるのかもしれないのだが、ルカルゥたちが独りきりになることは決してない。
ルカルゥの傍には村の子供たち、コポルタの子供たち、エルフにユグルにドワーフに獣人にと、村に住む子供たちが付きっきりでいる。眠る時も子供たちは団子状になって眠っている。
共に学校に通い、農作業を手伝い、一つ釜の飯を食う。
もうこのままトルミ村に住んじゃえばいいのに、とはガキ大将であるリックの言葉。
俺も同意してやりたかったが、ルカルゥはまだ子供。故郷の両親や友人が心配しているだろう。
キヴォトス・デルブロン王国は幻と言われていた、既に滅んだとされる島だ。
何百年も存在がわからなかったものを探そうとしたところで、すぐに見つかるわけではない。そのため王都とトルミ村を行き来するグランツ卿に、有翼人に関する文献はないか探してもらっている最中。僅かでも手がかりがあれば、グランツ卿に託した通信石で教えてくれるはずだ。
早く故郷に帰してあげたいとか、未知なる国へ行けるかもしれない期待とか、そういった思いもあるのだけども。
何故だかはわからない。
説明しようにもできない、どうにも気になることがある。
俺の中にほの暗い予感がずっとある。
襟足がちりちりとした警告ではない。今すぐに何か危険なことがあるわけではない。それはわかる。
だけど、ずっとずっと。ルカルゥとザバが目覚めたあの時から、ふとした時に感じる。
忘れることができない妙な気持ち。
これは何なのだろう。
カニ狩りと、経験と。
2
「はい、毎度あり! 続いてのお客様、はい、はい、大盛り焼き握り飯弁当一つ! お茶つけます? 美味しいですよクク茶。 はいお茶ひとーつ! まいどー!」
おかしいな。
なにゆえ俺は額に汗して握り飯弁当を笑顔で売っているのだろう。
グランツ卿との待ち合わせに、この場に来ただけのはずなのに。
少し前、俺はトルミ村の私室で久々の休日を楽しんでいた。
北の大陸に拉致られてアレコレあって、トルミ村に帰ってきても街道整備で毎日奔走して、ランクSモンスターの襲撃やら魔法の修業やらで完全な休みはなかった。
ぐだぐだしたいと願っても、働き者が住むトルミ村で引きこもる自信はない。そもそも早朝からビーに起こされるので二度寝もできない。
だがしかし、心優しい村人たちは俺を休ませてくれたのだ。毎日どこかで何かしら何かをしている俺に、休めと言ったのだ。なんたる幸運。なんたる幸福。
そんなわけで早朝ビーにベロベロ起こされ、朝ご飯を食べ、子供たちにシャボン玉液を作り、砂と棒だけで遊べる棒倒しを教え、ケンケンパーを教え、大人たちにトランプゲームを教え、あれれ遊んでばかりじゃない? 俺。と、気づいたので昼前に私室に戻って読書をすることにしたのだ。
ビーは子供たちとシャボン玉で遊んでいるし、久しぶりの一人の時間。
ちょっとお高めのお紅茶でも淹れちゃおうかしら、なんてお湯を沸かそうとしたら通信石が光りましてね。ええ。
王都に一時帰還しているグランツ卿からの通信は、国王陛下が王族だけが利用できる書庫でデルブロン金貨について記された文献を見つけたとのことだった。
いやちょっと待ちなよグランツ卿、なんで国王陛下まで巻き込んでいるのさ。
そりゃルカルゥとザバを故郷に帰すため、俺たちはなんとかできないか考えた。
幻の浮遊都市の在処、有翼人の謎などなどが記された本が残っているならばと。
ベルカイムにある図書館には歴代ルセウヴァッハ領主が収集した蔵書がある。しかし、そのなかには浮遊都市について書かれた本はなかった。魔法で探したから間違いはない。
それならば手っ取り早く王都の図書館かなー、そのうち行かないとなーとは思っていた。
「……それがまさかすぐに来いって話なわけですよ」
「タケル兄ちゃん何言ってるの? ごぼう天ぷら揚がったって!」
「はいまいどー!」
チリチリに揚がったごぼうとニンジンの天ぷらを山盛り追加したのは、王都で宿屋「鮭皮亭」を経営する猫獣人一家の長女ユーリ。
久しぶりに会った長女は立派な握り飯弁当販売員になっており、売り切れの看板を出すだけの仕事から弁当販売の担当になっていた。
妹のミーリとソーリも、幼いながら母親のクミルさんのようにてきぱきと細やかに動く様はさすがだなあと感心する。
出会った時はよちよち歩きだった末っ子のソーリが、今やお湯を沸かすことができるようになっていた。子供の成長、速い。
握り飯弁当屋は蒼黒の団が国王陛下の命をお救いした褒賞として造ってもらったのだ。今や王都内に六ヶ所の店舗で展開中。大人気。連日大行列ですって嬉しいこと。
グランツ卿は類似品との差別化を図り、「エペペ穀を使った握り飯及び握り飯の入った弁当」を商業ギルドにて商標登録した。俺が勝手に商標登録と呼んでいるが、そんな感じの権利を主張したらしい。
「握り飯弁当」という名前と正式な調理法が使えるのは、鮭皮亭と調理法を完璧に覚えた料理人がいる支店のみ。調理法を教えるのは、鮭皮亭の主人ユルウさん。
鮭皮亭に隣接する握り飯弁当屋を元祖・握り飯弁当販売店にしたのは、エペペンテッテという家畜の飼料が米だと気づいた俺がどうにかこうにかして炊いて食えないか試行錯誤していた際、手伝ってくれたのがユルウさんだからだ。
エペペンテッテ。
一般的にはエペペ穀と呼ばれる穀物は、今や王都では普通の食材として扱われている。トルミ村ではより美味く育たないか品種改良に取りかかっているが、それはまだ秘密。
俺としては鮭皮亭の一家がひもじい思いをせず元気に働けたらそれで良い。
名前や調理法などの使用料は膨大な額になるらしいが、全てグランツ卿に任せている。
グランツ卿が必要だと思うところに寄付すればいいじゃないかと言ったら、お前は欲がなさすぎると叱られた。
だったら王都に来るたび食事代を無料にしてくれと反論したらば、何故か王都に蒼黒の団の別荘ができました。何故かグランツ卿の館のお向かいさん。おかげで転移門が屋敷内に置けるようになったけども。
初王都のスッスは興奮を隠せず、しばらく目と口を開いたままで固まっていた。開いた口にビーが指を入れようとしていたのに気づかず、ずっと固まっていた。
今は別行動をしているが、王都を満喫しているだろうか。
感想
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