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15巻
15-2
「空飛ぶ島は、珊瑚礁の島だったのか」
俺がぽつりと呟くと、ゆっくりと島を目指しながら馬車を引くプニさんの横を飛行していたファドラナーガが、飛びながら振り向く。
『地の子よ。何か問われたか』
急に言われ、彼に珊瑚という言葉が通じるかわからなかったため、慌てて赤い塔を指さして彼の言語で言った。
『ファドラナーガさん。あの大きな赤い塔が気になりましてね』
俺は既に空飛ぶ島をカラフル島と愛称で呼びたい思いがあるのだが、特に突き出た赤珊瑚の塔が気になった。
ファドラナーガは俺の言葉に頷くと、羽ばたきながら塔に向かって一礼した。
『我はファドラと呼ぶと良い。ナーガは神に仕える者の役職名のようなものだ。地の子は我ら種を有翼人種と呼ぶのだろう? 我はその呼び名が好ましい』
なるほど。エルフみたいな長い名前ではなく、ファドラ僧侶、みたいなものか。
ファドラの表情はあまり変化がないように見えるが、自らの種族を有翼人種と呼ばれていることが嬉しいようだ。
『俺はタケルって呼んでください。地上に住んでいる人は皆地の子ですが、地の子って名前ではないので』
『うむ。ならばタケルよ、あれは聖なる神の塔。我ら有翼人の崇める神の御所である』
『御所。それなら教会のようなものなのかな』
『きょうかい。きょうかいとは何だ』
『人……地の子が崇める神を祀る場所?』
『なるほど。同じような場所なのかもしれぬ』
有翼人のファドラは俺との会話に真剣な顔をして頷いているが、視線は御者台の後ろにある窓に向いている。
俺のローブの下から馬車の中に入ってしまったルカルゥの身を案じているのだろう。
馬車リベルアリナ号の周りには、極彩色の翼で空を飛ぶ有翼人数十人が取り巻きながら並走飛行をしている。
プニさんは無表情のまま飛んでくれているが、あれは不機嫌なのを懸命に隠しているだけだ。有翼人如きが高貴なるわたくしを取り巻いて飛ぶなどと……というプニさんの愚痴をスッスが聞きつけ、こっそりと俺に教えてくれたのだ。
あとでプニさんの好物をたらふく食べてもらい、機嫌を直してもらうしかないな。今はキノコグミで我慢してもらう。
俺たちの用事が終わるまでどこかの空を飛んでもらっても良い。むしろ揉め事に巻き込まれないよう、そうしてほしい。プニさんは思ったことをぺろっと言ってしまうから、どんな言葉で有翼人たちを怒らせてしまうかわからないから。
ルカルゥとザバを送り届けるのなら、ルカルゥの保護者らしきファドラに預けるつもりだった。もちろん、聖殿を壊したことを白状して。
しかし、ルカルゥがむくれた顔をして顔をぶんぶんと左右に振り、断固拒否。俺のローブの下から馬車の中へと逃げてしまった。
ザバが「ルカルゥはもうしばらく蒼黒の団と共に過ごしたいとのことで。ええ、ええ、これまでたっぷりとっぷりお世話になりました方々にまさかのまさか、こんな空の上でご苦労様でしたとは失礼でございますことでしょう? 空の民たる我らが地の民であり子である彼らに最大限の礼を尽くさねばなりませんことで。せめてのせめて、我らの住処へと案内し、キヴォルが誇るもっちょり団子をご馳走してさしあげたいのでございますことで!」と、怒涛のお喋りで俺たちを警戒していた有翼人たちを説得……説得したのかな。有翼人たちは渋々と島へと招く態勢に変えたので良しとする。もっちょり団子って何でしょう。
とにもかくにも。俺たち蒼黒の団は空飛ぶ島――キヴォトス・デルブロン王国へと正式に招かれることとなった。お喋りお化けたるザバのおかげさまだ。
馬車の屋根にはクレイとブロライトが警戒中。
武器こそ手にしてはいないが二人が放つ独特の威圧が放たれている。あれは周りを警戒しているわけではない。
「なにを喋ったのじゃ?」
「俺にわかるわけがなかろう……」
「むううう、わたしにもわかるよう喋れば良いに」
「後ほどタケルが説明するであろう。今ここで無理を言うわけにはなるまい」
二人はコソコソと話をしているが、俺とビーには聞こえてしまっているわけで。
有翼人であるファドラは種族独自の言葉を話すので、俺とビー以外には理解ができない。プニさんも理解しているのだろう。あの人アレでも神様だから。
不便ではあるが、言語翻訳魔法なんて便利なものは作れないし、種族の言語を尊重することも大切だ。こっちの言葉に合わせろ、なんて横暴な真似はしないぞ。
『貴殿が良ければ案内してやろう』
『え。宜しいんですか?』
『あれは島の象徴でもある。塔の内部に入ることは叶わぬが、神殿内ならば良かろう。巫女たる者の許しが必要となるが……』
ファドラの視線は再び馬車へ。ルカルゥとザバを案じているのだろう。
現時点でビーは警戒を解いているし、スッスから怯えや警戒は消えている。馬車の上にいる二人はファドラの言葉がわからないからイラついているだけだ。
御者台には俺とビーとスッスが座った。ビーは俺の膝の上に移動して蜂蜜飴を舐めている。
スッスは時々プニさんの背に移動し、キノコグミを食べさせていた。
あれはトルミ村の地下栽培所で品種改良されたみかん味のキノコグミだ。地下墳墓産のキノコグミより歯ごたえがあり、味が濃厚。プニさんの新たなるお気に入り。
好物を食べたプニさんは微かに尻尾を振っている。
プニさんを不機嫌にさせる原因が空飛ぶ島にあるらしいんだけど、断固として行きたくないと言われてしまったら困るからな。なるべく機嫌を取り続けないと。
プニさんが馬車を引かなかった場合、浮遊魔法を纏った俺が馬車を引かなくてはならない。
有翼人に手伝ってもらって馬車を運ぶことも考えたが、今のところ馬車に触れられるのは蒼黒の団とルカルゥとザバだけ。
他はトルミ村の馬車作製に関わる職人たちしか触れられないよう設定してある。無論、馬車の中に入ることもできない。これはトルミ村を出発する際、ルカルゥ過保護軍団の強い要望により取り入れた新しい馬車用魔法付与である。
許可のない者が馬車に触れようものなら、まずは静電気くらいの軽い刺激があり、それでも諦めずに触れようものなら全身に強い痛みを感じるようにしている。
問答無用で馬車に入ろうものなら睡眠の魔法が発動してしまうので、そこは気をつけてくださいねと穏やかな微笑みと共に説明させてもらった。
昏倒したのだろう有翼人が数人に掴まれて飛んでいる光景が見えるが、気をつけてねと警告したのに言うことを聞かなかった連中は知らん。
大体、許可もなしに馬車に入ろうとする魂胆が気に入らない。いくらルカルゥが心配だったとしてもだ。
「兄貴、兄貴、あの塔に案内してもらえるんすか?」
御者台に戻ったスッスが赤珊瑚の塔を指さして問う。
「スッス、俺とファドラの会話が理解できたのか?」
「おいらはオグル族たちと暮らしているんすよ? 言葉はわからなくても、身振り手振りや表情なんかで言いたいことはなんとなくわかるんす」
なるほど。
スッスの故郷であるオゼリフ半島のリド村では、小人族とオグル族が共存共栄している。オグル族はマデウスでの共通言語を話せなかった。だが小人族との交流を深め、今では小人族がオグル族の言葉を理解し、オグル族がマデウス共通言語を理解できるようになったのだ。
そんな環境で暮らしていたスッスは、ファドラが何を言いたいのか、何を伝えたいのかが本能で理解できるのだろう。
「おいら、あのファドラナーガさんは優しい人だと思うっす。おいらたちに丁寧な対応をしてくれるし、ずっとルカルゥとザバの心配をしているんすよ」
「俺もそう思う」
「ピュイ」
馬車の中に強引に入ろうとしていた連中はともかく。
ルカルゥとザバを案じているファドラは確実に人格者だ。そして、ルカルゥの保護者のような存在なのだろう。ルカルゥが神の子供なら、その従者か。関係性は後ほど聞くとして。
ファドラの顔が猛禽類だから表情はよくわからないのだが、目は口ほどにものを言う。
ルカルゥが隠れているだろう馬車を眺める目はとてもとても優しい。ルカルゥの帰還を心の底から喜んでいるはずだ。実はファドラがルカルゥの父親だったと言われても納得する。
そうだ。聖堂を壊した経緯を話す際はファドラにも同席してもらいたい。
彼になら烈火の如く叱られても、申し訳ないと素直に頭を下げられるだろう。
「ピュピュー、ピュイィピュッ」
ビーが俺の腹を叩いて訴える。
気がついたら島を覆う魔法のドーム間近まで来ていた。
島を消すための魔法は、均一で丁寧な魔法なのがわかる。この魔法、もしくは魔道具を作った人は相当な腕を持った錬金術師か魔術師だろう。恐ろしく拘って作ったに違いない。
『ファドラさん、我々が島に入っても宜しいんですか?』
こんな繊細な魔法にプニさんが引く馬車が突っ込んだら、プニさんの神様パワーとビーの何かしらのパワーが重なって魔法が消えてしまうかもしれない。
俺が焦ってファドラに問うと、ファドラは深く頷いた。
『貴殿らは既に我らが神の領域に入られた。我らに害を成そうとするものは塵となるだけだ』
え。
なにそれこわい。
トルミ村の入村試験でもそこまで厳しくないんだけども。
プニさんの尻尾が揺れなくなった。ピリッとした緊張感が馬車を包む。
この緊張感はプニさんが行きたくない領域に行かなくてはならない時の緊張感。例えば臭い大きな沼の上とか、霧で隠れた渓谷を走る時。プニさんが嫌がっているんだなという気配がピリピリと伝わってくるのだ。
――あのものは 無駄に……
「プニさんどうした? 気持ち悪いの?」
――我の 警告を ないものとして…… 忌々しい……
「プニさん静電気ちょっと出ているよ! 抑えて! 今ここで静電気対策の結界張るとどうなるかわからないからやめて!」
――アルコフェドラの 照り焼き
「は? ……照り焼き? ランクAの捕りにくい虹雉肉じゃないか! 俺は持っていないけど、ええと、スッス、在庫あったっけ?」
「えっ? ええっと、確か、確か、馬車の保管庫に少しだけあったと思うっす!」
「少しだけってどのくらい?」
「すこ、少しと言っても、おおお、おいらじゃ食べきれない量っすよ?」
「クレイの腹でどのくらいのお代わりぶん?」
「……五回?」
「足らん! クレイ! 虹雉肉の在庫って持ってる?」
「あれは貴重な肉だからと分けてあっただろう。トルミの食糧庫にも確か……」
「そうだった。いやでも、盛大な見送りをしてもらったからすぐにトルミ村に戻るのはちょっとアレじゃない?」
「妙なことに拘るのならば、虹雉肉は手に入らぬぞ」
わかっちゃいるけど。
「ブロライトは?」
「兄上と母上に差し上げたぞ。タレ味と塩味は絶品じゃったと喜んでおった」
「そうだった。俺が薦めたやつだそれ。そうだった」
「馬車が停車したら転移門を開けば良いのじゃ。フルゴルの郷付近で狩れば良かろう?」
そういう問題でもないのだ。
俺が簡単に転移門を使える術者なのは、何人相手にも極秘にしろとグランツ卿に強く言われているだろうが。ブロライトをジト目で見てやると、俺の言いたいことが理解できたのかブロライトは慌てて口を押さえた。
プニさんがリクエストをしたアルコフェドラは、虹色の尾羽が輝く貴重な雉だ。
ご機嫌がナナメなプニさんの無理難題にできるだけ応えてやりたいが、ないものはないと考え、他に喜びそうな食事を用意しなければ。
不機嫌になったプニさんがここで帰ります、なんてことになったら困る。
俺は御者台の後ろの扉を開け放ち、虹雉肉が保管されているだろう保管庫へまっしぐら。
貴重な虹雉肉は塊であるにはある。しかし、やはりスッスの見立てのようにクレイのお代わり五回分しかない。刻んでハンバーグにしても良いが、プニさんは照り焼きを所望。ここでプニさんの望んだ料理を出せないとは言いたくない。これはもう、俺の意地だ。
「スッス、大鍋にセイコガニの卵入り雑炊を作ろう! カニ肉と野菜たっぷりで!」
「うえっ? 今からっすか?」
「馬車が止まったらプニさんにあげないと、不機嫌通り越して有翼人たちに攻撃しちゃうかも」
「なんでっすか?」
「何か知らないけど、あの島にはプニさんの嫌いなものがあるみたい」
俺の焦りに不穏な気配を察したスッスは、俺に続いて御者台の後ろの扉を開いて馬車の中に入る。
クレイとブロライトにも屋根から降りてもらい、野菜を手でちぎる作業を手伝ってもらう。
掘りごたつ式になっている座卓の下に隠れていたルカルゥは、思わずといった顔でこっそりと出てきてしまった。
――ぱちん
あ。
今、島を覆う魔法の結界を抜けたな。
馬車は無事に入国することができたのだろう。島を覆い隠す魔法の中に入れただけでもまずは良しとせねば。
一気に駆け巡る独特の波を持った魔力。俺の全身を包み込み、指先から髪の毛の先まで纏わりついている。
嫌な感覚は一切ないのだが、誰かの魔力が俺の魔力を探っているようで少しだけ気になる。魔力に敏感なブロライトは嫌悪感を露わに顔を顰めていた。
まるで俺たちを見分しているようであり、魔力に僅かながらの怯えも感じられる。何故怯えているのかはわからないが、ほんの微かな波だったので今は消えてしまった。
誰かが、確実に俺たちを見ているな。
遠見鏡のような魔道具で見ているのか、それとも。
「プニさん! 照り焼き以外の肉は何味にするの!」
――タレ と 塩
虹雉肉を細かくし、金属製の串に一つ一つ刺していく。じゃっと炒めれば簡単なのだが、プニさんは串に刺した形の料理を好む。しかも照り焼きとタレは違う味付け。面倒くさいこと頼みやがって。
まさか空飛ぶ島に降り立つ前にこんな慌ただしく料理をすることになろうとは。
神様の機嫌を損なわないようにするのも一苦労だ。
「プニ殿が苦手とするものとは何だ?」
クレイが白菜をちぎりながら大鍋に入れていると、ブロライトが茜キノコを裂きながら大鍋に入れる。
「同種……いや、古代馬はひと柱のみじゃ。プニ殿が苦手で嫌いなものとなると、プニ殿が苦手で嫌いなものなのじゃろうな」
それが何なのかという話なのだが、今は言うまい。
古代馬が苦手とするものなんて、誰も想像ができないのだから。
空飛ぶ島、キヴォトス・デルブロン王国への入国はとても騒がしいものになった。
3 頭虫の洗礼
ゆっくりと、だが至極あっさりと。
俺たちは空飛ぶ島へと馬車で入国することに成功した。
色とりどりの珊瑚の森に、風に靡くカラフルな海藻。中空にはクラゲが泳いでいて、あのクラゲはモンスターではなく無害な動物らしい。ふわふわと風に漂う姿は幻想的だ。リュウグウノツカイみたいな生き物も飛んでいる。大きなシャコ貝が優雅に泳いでいる……どんな生態なんだあれ……食えるの?
ここ、空の上なのに。まるで海中にいるみたいな光景だ。
赤珊瑚の塔は雄々しく聳え立っている。とても大きな塔なのだろうな。てっぺんは雲に覆われて塔の全容が見えない。
馬車は島の端っこの端。巨大な空飛ぶ帆船が停留している場所に降り立った。
あの帆船でマティアシュ領と交易しているのかな。特徴的な三本のマスト。船に関して詳しくはないが、海賊映画で見たガレオン船に似ている。かっこいい。ダヌシェの港に停泊されている船よりも大きいな。倍以上ある。
プニさんの機嫌を損ねないよう、馬車が地面に着いた瞬間に俺たちは即座に馬車を降り、プニさんに魔素水を与え、焼きあがったばかりの虹雉焼きを与え、大鍋に用意したセイコガニの野菜たっぷり雑炊を与えた。
俺たちを警戒している有翼人たちは、何を馬如きにそんな料理を……という顔をしていたが、プニさんが瞬時に人型に変化すると皆目を見開いて驚いていた。
スッスが用意した野営用の机と椅子に並べられた料理を確認し、プニさんは真紅の塔を睨みつけてからぷいっと顔を背ける。そして椅子に座って黙々と料理を食べ始めた。
文句を言わないということは、現状この料理で満足してくれるということだろう。
ベルカイムで買いためておいた甘い焼き菓子も添えて。
『タケルよ、あのお方は一体……』
不貞腐れながらも上品に、だけど素早く料理を食べ続けるプニさんを眺めながらファドラが尋ねる。
一体何だろうね、と答えたいよまったく。
『俺たちの仲間なんだけど、人に変化できる馬です。あくまでも、馬ですよ?』
『なんとも不思議な種族だ』
そりゃ古代神のひと柱ですからね。
馬車はこのままこの場所を借りて置かせてもらう。プニさん用の馬房は馬車の中にあるので、プニさんがいつでも好きに馬房に入って休んでもらえるようにした。
「ルカルゥ、ザバ、着いたっすよ」
スッスが二人に声をかけると、ルカルゥはスッスの手を握りしめ口をとんがらせたまま馬車を降りてきた。子供らしい拗ね方ではあるが、ルカルゥらしくないといえばらしくない。少なくともトルミ村ではそんな不機嫌そうな顔、見たことがなかった。
ザバはルカルゥの襟巻になっていて、一言も話そうとしない。
ここぞとばかりに喋るはずのお喋りお化けの沈黙って怖いんだよ。
ファドラは駆け足でルカルゥの傍に行き、その場で膝をついて頭を下げた。ファドラのお付き? の戦士たちも数十人が一斉に膝をつく。
『ルジェラディ・マスフトスのご帰還であらせられる! ナーガたちよ!』
大地を震わすような大声を出すファドラにルカルゥが僅かに怯えた。いやそりゃ誰だってそんな大声出されたら怖いって。
船着き場の奥のほうで待機していた白装束を身に纏った有翼人たちが、数人すすすすすと足音もなく近寄って来る。全員で八人か。男女比率も半々。白い翼の人ばかり。
『ルカルラーテ様、ようご無事でお戻りくださいました』
『さささ、お疲れでございましょう。神殿にお戻りを』
『巫女様もご心配なされておられたのですよ』
『そのようにお痩せになられて……我らが想像もつかぬような過酷な目に遭われたのでしょう』
『まあまあお可哀想に』
白装束の男女たちはそれぞれ好き勝手に言い始め、ルカルゥの言葉を聞こうとしない。
ルカルゥは必死に「違う」「そんなことない」「元気だから」と口をぱくぱくさせながら伝えようとしている。
そりゃルカルゥは喋れないけどさ。スッスの手を両手で握りしめ、放そうとしない態度を見れば想像つくじゃないか。
本当は、帰りたくなかったんだと。
「……ルカルゥ、痩せたの?」
俺は笑顔を絶やさないまま、隣で腕を組んで仁王立つクレイに問う。
クレイは首を傾げ、「……村の子らと走り回って遊んでおったから、引き締まりはしたな」と答えた。
痩せたというより、健康的に締まったと言うべきじゃないかな。
トルミ村に落ちてきた時のルカルゥは、ぽっちゃりというかぷくぷくしていた。言葉を選ばないで言うと、子供にしては太っていたのだ。
子供が太っているのは裕福な証拠だと言う説もあるが、王都の貴族街で見たまるまると太って服のボタンが弾け飛びそうだった子供は健康が気になった。
ルカルゥはトルミ村産の野菜や果物、新鮮な肉などの料理を三食健康的に食べ続け、遊び、時々野菜の収穫を手伝い、たっぷり昼寝をし、たまにおやつを皆で笑いながら食べた。
そうしたらひと月も経たないうちにするすると痩せたというより、年相応の健康的な身体になったと言うべきだ。俺は今の今までルカルゥの体形なんて気にも留めていなかった。
ルカルゥは白装束たちの伸ばした手を取ろうとしない。スッスの背中に隠れ、今にも馬車に戻ってしまいそうだ。
『ルカルラーテ様? 如何なされたのですか』
『誰か神輿をこれに。地の子との接触により穢れを纏われておるやもしれませぬ故』
失敬な。
穢れってあれだろ? ルカルゥの持病である土過敏症。
今のルカルゥを見て気づけないのかな。俺たちが傍にいるのに、クシャミも咳もしていないじゃないか。
馬車の中では常に快適無敵の清潔状態だからな。風呂にも入っていたし、俺たちは全員地上の塵一つも身に着けていない状態。
ルカルゥが有翼人らにとって特別な子で、大切に慈しんでいる子供だということはわかった。
だがなあ、ちょっとなあ、過保護すぎるというか。崇めすぎているというか。
まずは心配したと言い、ぎゅっと抱きしめ、そのあとで何故島から降りるなどと危険な真似をした、なんて怒ると思うんだけど。
ルカルゥは片翼が不自由で、滑空することも上手にできるとは言えない。それなのに五体満足で健康で、怪我一つなく無事に戻って来たのだから褒めるべきだ。
白装束たちは俺たちに対して無礼というか失敬というか、俺たちをいないものとして扱っているくせに、言っていることは辛辣。俺たちをチラチラ見ては睨んでいる。
言葉が理解できないから好き放題言っているんだろうけど、もっと言葉を選べよとは思う。俺は怒ったりしないけど。大人だからね。
トルミ村の住民はやはり異常なほど優しかったんだなあ、なんて遠い目をしてしまう。
クレイの隣に立っていたブロライトが、クレイを押しのけて白装束たちを指さした。
俺がぽつりと呟くと、ゆっくりと島を目指しながら馬車を引くプニさんの横を飛行していたファドラナーガが、飛びながら振り向く。
『地の子よ。何か問われたか』
急に言われ、彼に珊瑚という言葉が通じるかわからなかったため、慌てて赤い塔を指さして彼の言語で言った。
『ファドラナーガさん。あの大きな赤い塔が気になりましてね』
俺は既に空飛ぶ島をカラフル島と愛称で呼びたい思いがあるのだが、特に突き出た赤珊瑚の塔が気になった。
ファドラナーガは俺の言葉に頷くと、羽ばたきながら塔に向かって一礼した。
『我はファドラと呼ぶと良い。ナーガは神に仕える者の役職名のようなものだ。地の子は我ら種を有翼人種と呼ぶのだろう? 我はその呼び名が好ましい』
なるほど。エルフみたいな長い名前ではなく、ファドラ僧侶、みたいなものか。
ファドラの表情はあまり変化がないように見えるが、自らの種族を有翼人種と呼ばれていることが嬉しいようだ。
『俺はタケルって呼んでください。地上に住んでいる人は皆地の子ですが、地の子って名前ではないので』
『うむ。ならばタケルよ、あれは聖なる神の塔。我ら有翼人の崇める神の御所である』
『御所。それなら教会のようなものなのかな』
『きょうかい。きょうかいとは何だ』
『人……地の子が崇める神を祀る場所?』
『なるほど。同じような場所なのかもしれぬ』
有翼人のファドラは俺との会話に真剣な顔をして頷いているが、視線は御者台の後ろにある窓に向いている。
俺のローブの下から馬車の中に入ってしまったルカルゥの身を案じているのだろう。
馬車リベルアリナ号の周りには、極彩色の翼で空を飛ぶ有翼人数十人が取り巻きながら並走飛行をしている。
プニさんは無表情のまま飛んでくれているが、あれは不機嫌なのを懸命に隠しているだけだ。有翼人如きが高貴なるわたくしを取り巻いて飛ぶなどと……というプニさんの愚痴をスッスが聞きつけ、こっそりと俺に教えてくれたのだ。
あとでプニさんの好物をたらふく食べてもらい、機嫌を直してもらうしかないな。今はキノコグミで我慢してもらう。
俺たちの用事が終わるまでどこかの空を飛んでもらっても良い。むしろ揉め事に巻き込まれないよう、そうしてほしい。プニさんは思ったことをぺろっと言ってしまうから、どんな言葉で有翼人たちを怒らせてしまうかわからないから。
ルカルゥとザバを送り届けるのなら、ルカルゥの保護者らしきファドラに預けるつもりだった。もちろん、聖殿を壊したことを白状して。
しかし、ルカルゥがむくれた顔をして顔をぶんぶんと左右に振り、断固拒否。俺のローブの下から馬車の中へと逃げてしまった。
ザバが「ルカルゥはもうしばらく蒼黒の団と共に過ごしたいとのことで。ええ、ええ、これまでたっぷりとっぷりお世話になりました方々にまさかのまさか、こんな空の上でご苦労様でしたとは失礼でございますことでしょう? 空の民たる我らが地の民であり子である彼らに最大限の礼を尽くさねばなりませんことで。せめてのせめて、我らの住処へと案内し、キヴォルが誇るもっちょり団子をご馳走してさしあげたいのでございますことで!」と、怒涛のお喋りで俺たちを警戒していた有翼人たちを説得……説得したのかな。有翼人たちは渋々と島へと招く態勢に変えたので良しとする。もっちょり団子って何でしょう。
とにもかくにも。俺たち蒼黒の団は空飛ぶ島――キヴォトス・デルブロン王国へと正式に招かれることとなった。お喋りお化けたるザバのおかげさまだ。
馬車の屋根にはクレイとブロライトが警戒中。
武器こそ手にしてはいないが二人が放つ独特の威圧が放たれている。あれは周りを警戒しているわけではない。
「なにを喋ったのじゃ?」
「俺にわかるわけがなかろう……」
「むううう、わたしにもわかるよう喋れば良いに」
「後ほどタケルが説明するであろう。今ここで無理を言うわけにはなるまい」
二人はコソコソと話をしているが、俺とビーには聞こえてしまっているわけで。
有翼人であるファドラは種族独自の言葉を話すので、俺とビー以外には理解ができない。プニさんも理解しているのだろう。あの人アレでも神様だから。
不便ではあるが、言語翻訳魔法なんて便利なものは作れないし、種族の言語を尊重することも大切だ。こっちの言葉に合わせろ、なんて横暴な真似はしないぞ。
『貴殿が良ければ案内してやろう』
『え。宜しいんですか?』
『あれは島の象徴でもある。塔の内部に入ることは叶わぬが、神殿内ならば良かろう。巫女たる者の許しが必要となるが……』
ファドラの視線は再び馬車へ。ルカルゥとザバを案じているのだろう。
現時点でビーは警戒を解いているし、スッスから怯えや警戒は消えている。馬車の上にいる二人はファドラの言葉がわからないからイラついているだけだ。
御者台には俺とビーとスッスが座った。ビーは俺の膝の上に移動して蜂蜜飴を舐めている。
スッスは時々プニさんの背に移動し、キノコグミを食べさせていた。
あれはトルミ村の地下栽培所で品種改良されたみかん味のキノコグミだ。地下墳墓産のキノコグミより歯ごたえがあり、味が濃厚。プニさんの新たなるお気に入り。
好物を食べたプニさんは微かに尻尾を振っている。
プニさんを不機嫌にさせる原因が空飛ぶ島にあるらしいんだけど、断固として行きたくないと言われてしまったら困るからな。なるべく機嫌を取り続けないと。
プニさんが馬車を引かなかった場合、浮遊魔法を纏った俺が馬車を引かなくてはならない。
有翼人に手伝ってもらって馬車を運ぶことも考えたが、今のところ馬車に触れられるのは蒼黒の団とルカルゥとザバだけ。
他はトルミ村の馬車作製に関わる職人たちしか触れられないよう設定してある。無論、馬車の中に入ることもできない。これはトルミ村を出発する際、ルカルゥ過保護軍団の強い要望により取り入れた新しい馬車用魔法付与である。
許可のない者が馬車に触れようものなら、まずは静電気くらいの軽い刺激があり、それでも諦めずに触れようものなら全身に強い痛みを感じるようにしている。
問答無用で馬車に入ろうものなら睡眠の魔法が発動してしまうので、そこは気をつけてくださいねと穏やかな微笑みと共に説明させてもらった。
昏倒したのだろう有翼人が数人に掴まれて飛んでいる光景が見えるが、気をつけてねと警告したのに言うことを聞かなかった連中は知らん。
大体、許可もなしに馬車に入ろうとする魂胆が気に入らない。いくらルカルゥが心配だったとしてもだ。
「兄貴、兄貴、あの塔に案内してもらえるんすか?」
御者台に戻ったスッスが赤珊瑚の塔を指さして問う。
「スッス、俺とファドラの会話が理解できたのか?」
「おいらはオグル族たちと暮らしているんすよ? 言葉はわからなくても、身振り手振りや表情なんかで言いたいことはなんとなくわかるんす」
なるほど。
スッスの故郷であるオゼリフ半島のリド村では、小人族とオグル族が共存共栄している。オグル族はマデウスでの共通言語を話せなかった。だが小人族との交流を深め、今では小人族がオグル族の言葉を理解し、オグル族がマデウス共通言語を理解できるようになったのだ。
そんな環境で暮らしていたスッスは、ファドラが何を言いたいのか、何を伝えたいのかが本能で理解できるのだろう。
「おいら、あのファドラナーガさんは優しい人だと思うっす。おいらたちに丁寧な対応をしてくれるし、ずっとルカルゥとザバの心配をしているんすよ」
「俺もそう思う」
「ピュイ」
馬車の中に強引に入ろうとしていた連中はともかく。
ルカルゥとザバを案じているファドラは確実に人格者だ。そして、ルカルゥの保護者のような存在なのだろう。ルカルゥが神の子供なら、その従者か。関係性は後ほど聞くとして。
ファドラの顔が猛禽類だから表情はよくわからないのだが、目は口ほどにものを言う。
ルカルゥが隠れているだろう馬車を眺める目はとてもとても優しい。ルカルゥの帰還を心の底から喜んでいるはずだ。実はファドラがルカルゥの父親だったと言われても納得する。
そうだ。聖堂を壊した経緯を話す際はファドラにも同席してもらいたい。
彼になら烈火の如く叱られても、申し訳ないと素直に頭を下げられるだろう。
「ピュピュー、ピュイィピュッ」
ビーが俺の腹を叩いて訴える。
気がついたら島を覆う魔法のドーム間近まで来ていた。
島を消すための魔法は、均一で丁寧な魔法なのがわかる。この魔法、もしくは魔道具を作った人は相当な腕を持った錬金術師か魔術師だろう。恐ろしく拘って作ったに違いない。
『ファドラさん、我々が島に入っても宜しいんですか?』
こんな繊細な魔法にプニさんが引く馬車が突っ込んだら、プニさんの神様パワーとビーの何かしらのパワーが重なって魔法が消えてしまうかもしれない。
俺が焦ってファドラに問うと、ファドラは深く頷いた。
『貴殿らは既に我らが神の領域に入られた。我らに害を成そうとするものは塵となるだけだ』
え。
なにそれこわい。
トルミ村の入村試験でもそこまで厳しくないんだけども。
プニさんの尻尾が揺れなくなった。ピリッとした緊張感が馬車を包む。
この緊張感はプニさんが行きたくない領域に行かなくてはならない時の緊張感。例えば臭い大きな沼の上とか、霧で隠れた渓谷を走る時。プニさんが嫌がっているんだなという気配がピリピリと伝わってくるのだ。
――あのものは 無駄に……
「プニさんどうした? 気持ち悪いの?」
――我の 警告を ないものとして…… 忌々しい……
「プニさん静電気ちょっと出ているよ! 抑えて! 今ここで静電気対策の結界張るとどうなるかわからないからやめて!」
――アルコフェドラの 照り焼き
「は? ……照り焼き? ランクAの捕りにくい虹雉肉じゃないか! 俺は持っていないけど、ええと、スッス、在庫あったっけ?」
「えっ? ええっと、確か、確か、馬車の保管庫に少しだけあったと思うっす!」
「少しだけってどのくらい?」
「すこ、少しと言っても、おおお、おいらじゃ食べきれない量っすよ?」
「クレイの腹でどのくらいのお代わりぶん?」
「……五回?」
「足らん! クレイ! 虹雉肉の在庫って持ってる?」
「あれは貴重な肉だからと分けてあっただろう。トルミの食糧庫にも確か……」
「そうだった。いやでも、盛大な見送りをしてもらったからすぐにトルミ村に戻るのはちょっとアレじゃない?」
「妙なことに拘るのならば、虹雉肉は手に入らぬぞ」
わかっちゃいるけど。
「ブロライトは?」
「兄上と母上に差し上げたぞ。タレ味と塩味は絶品じゃったと喜んでおった」
「そうだった。俺が薦めたやつだそれ。そうだった」
「馬車が停車したら転移門を開けば良いのじゃ。フルゴルの郷付近で狩れば良かろう?」
そういう問題でもないのだ。
俺が簡単に転移門を使える術者なのは、何人相手にも極秘にしろとグランツ卿に強く言われているだろうが。ブロライトをジト目で見てやると、俺の言いたいことが理解できたのかブロライトは慌てて口を押さえた。
プニさんがリクエストをしたアルコフェドラは、虹色の尾羽が輝く貴重な雉だ。
ご機嫌がナナメなプニさんの無理難題にできるだけ応えてやりたいが、ないものはないと考え、他に喜びそうな食事を用意しなければ。
不機嫌になったプニさんがここで帰ります、なんてことになったら困る。
俺は御者台の後ろの扉を開け放ち、虹雉肉が保管されているだろう保管庫へまっしぐら。
貴重な虹雉肉は塊であるにはある。しかし、やはりスッスの見立てのようにクレイのお代わり五回分しかない。刻んでハンバーグにしても良いが、プニさんは照り焼きを所望。ここでプニさんの望んだ料理を出せないとは言いたくない。これはもう、俺の意地だ。
「スッス、大鍋にセイコガニの卵入り雑炊を作ろう! カニ肉と野菜たっぷりで!」
「うえっ? 今からっすか?」
「馬車が止まったらプニさんにあげないと、不機嫌通り越して有翼人たちに攻撃しちゃうかも」
「なんでっすか?」
「何か知らないけど、あの島にはプニさんの嫌いなものがあるみたい」
俺の焦りに不穏な気配を察したスッスは、俺に続いて御者台の後ろの扉を開いて馬車の中に入る。
クレイとブロライトにも屋根から降りてもらい、野菜を手でちぎる作業を手伝ってもらう。
掘りごたつ式になっている座卓の下に隠れていたルカルゥは、思わずといった顔でこっそりと出てきてしまった。
――ぱちん
あ。
今、島を覆う魔法の結界を抜けたな。
馬車は無事に入国することができたのだろう。島を覆い隠す魔法の中に入れただけでもまずは良しとせねば。
一気に駆け巡る独特の波を持った魔力。俺の全身を包み込み、指先から髪の毛の先まで纏わりついている。
嫌な感覚は一切ないのだが、誰かの魔力が俺の魔力を探っているようで少しだけ気になる。魔力に敏感なブロライトは嫌悪感を露わに顔を顰めていた。
まるで俺たちを見分しているようであり、魔力に僅かながらの怯えも感じられる。何故怯えているのかはわからないが、ほんの微かな波だったので今は消えてしまった。
誰かが、確実に俺たちを見ているな。
遠見鏡のような魔道具で見ているのか、それとも。
「プニさん! 照り焼き以外の肉は何味にするの!」
――タレ と 塩
虹雉肉を細かくし、金属製の串に一つ一つ刺していく。じゃっと炒めれば簡単なのだが、プニさんは串に刺した形の料理を好む。しかも照り焼きとタレは違う味付け。面倒くさいこと頼みやがって。
まさか空飛ぶ島に降り立つ前にこんな慌ただしく料理をすることになろうとは。
神様の機嫌を損なわないようにするのも一苦労だ。
「プニ殿が苦手とするものとは何だ?」
クレイが白菜をちぎりながら大鍋に入れていると、ブロライトが茜キノコを裂きながら大鍋に入れる。
「同種……いや、古代馬はひと柱のみじゃ。プニ殿が苦手で嫌いなものとなると、プニ殿が苦手で嫌いなものなのじゃろうな」
それが何なのかという話なのだが、今は言うまい。
古代馬が苦手とするものなんて、誰も想像ができないのだから。
空飛ぶ島、キヴォトス・デルブロン王国への入国はとても騒がしいものになった。
3 頭虫の洗礼
ゆっくりと、だが至極あっさりと。
俺たちは空飛ぶ島へと馬車で入国することに成功した。
色とりどりの珊瑚の森に、風に靡くカラフルな海藻。中空にはクラゲが泳いでいて、あのクラゲはモンスターではなく無害な動物らしい。ふわふわと風に漂う姿は幻想的だ。リュウグウノツカイみたいな生き物も飛んでいる。大きなシャコ貝が優雅に泳いでいる……どんな生態なんだあれ……食えるの?
ここ、空の上なのに。まるで海中にいるみたいな光景だ。
赤珊瑚の塔は雄々しく聳え立っている。とても大きな塔なのだろうな。てっぺんは雲に覆われて塔の全容が見えない。
馬車は島の端っこの端。巨大な空飛ぶ帆船が停留している場所に降り立った。
あの帆船でマティアシュ領と交易しているのかな。特徴的な三本のマスト。船に関して詳しくはないが、海賊映画で見たガレオン船に似ている。かっこいい。ダヌシェの港に停泊されている船よりも大きいな。倍以上ある。
プニさんの機嫌を損ねないよう、馬車が地面に着いた瞬間に俺たちは即座に馬車を降り、プニさんに魔素水を与え、焼きあがったばかりの虹雉焼きを与え、大鍋に用意したセイコガニの野菜たっぷり雑炊を与えた。
俺たちを警戒している有翼人たちは、何を馬如きにそんな料理を……という顔をしていたが、プニさんが瞬時に人型に変化すると皆目を見開いて驚いていた。
スッスが用意した野営用の机と椅子に並べられた料理を確認し、プニさんは真紅の塔を睨みつけてからぷいっと顔を背ける。そして椅子に座って黙々と料理を食べ始めた。
文句を言わないということは、現状この料理で満足してくれるということだろう。
ベルカイムで買いためておいた甘い焼き菓子も添えて。
『タケルよ、あのお方は一体……』
不貞腐れながらも上品に、だけど素早く料理を食べ続けるプニさんを眺めながらファドラが尋ねる。
一体何だろうね、と答えたいよまったく。
『俺たちの仲間なんだけど、人に変化できる馬です。あくまでも、馬ですよ?』
『なんとも不思議な種族だ』
そりゃ古代神のひと柱ですからね。
馬車はこのままこの場所を借りて置かせてもらう。プニさん用の馬房は馬車の中にあるので、プニさんがいつでも好きに馬房に入って休んでもらえるようにした。
「ルカルゥ、ザバ、着いたっすよ」
スッスが二人に声をかけると、ルカルゥはスッスの手を握りしめ口をとんがらせたまま馬車を降りてきた。子供らしい拗ね方ではあるが、ルカルゥらしくないといえばらしくない。少なくともトルミ村ではそんな不機嫌そうな顔、見たことがなかった。
ザバはルカルゥの襟巻になっていて、一言も話そうとしない。
ここぞとばかりに喋るはずのお喋りお化けの沈黙って怖いんだよ。
ファドラは駆け足でルカルゥの傍に行き、その場で膝をついて頭を下げた。ファドラのお付き? の戦士たちも数十人が一斉に膝をつく。
『ルジェラディ・マスフトスのご帰還であらせられる! ナーガたちよ!』
大地を震わすような大声を出すファドラにルカルゥが僅かに怯えた。いやそりゃ誰だってそんな大声出されたら怖いって。
船着き場の奥のほうで待機していた白装束を身に纏った有翼人たちが、数人すすすすすと足音もなく近寄って来る。全員で八人か。男女比率も半々。白い翼の人ばかり。
『ルカルラーテ様、ようご無事でお戻りくださいました』
『さささ、お疲れでございましょう。神殿にお戻りを』
『巫女様もご心配なされておられたのですよ』
『そのようにお痩せになられて……我らが想像もつかぬような過酷な目に遭われたのでしょう』
『まあまあお可哀想に』
白装束の男女たちはそれぞれ好き勝手に言い始め、ルカルゥの言葉を聞こうとしない。
ルカルゥは必死に「違う」「そんなことない」「元気だから」と口をぱくぱくさせながら伝えようとしている。
そりゃルカルゥは喋れないけどさ。スッスの手を両手で握りしめ、放そうとしない態度を見れば想像つくじゃないか。
本当は、帰りたくなかったんだと。
「……ルカルゥ、痩せたの?」
俺は笑顔を絶やさないまま、隣で腕を組んで仁王立つクレイに問う。
クレイは首を傾げ、「……村の子らと走り回って遊んでおったから、引き締まりはしたな」と答えた。
痩せたというより、健康的に締まったと言うべきじゃないかな。
トルミ村に落ちてきた時のルカルゥは、ぽっちゃりというかぷくぷくしていた。言葉を選ばないで言うと、子供にしては太っていたのだ。
子供が太っているのは裕福な証拠だと言う説もあるが、王都の貴族街で見たまるまると太って服のボタンが弾け飛びそうだった子供は健康が気になった。
ルカルゥはトルミ村産の野菜や果物、新鮮な肉などの料理を三食健康的に食べ続け、遊び、時々野菜の収穫を手伝い、たっぷり昼寝をし、たまにおやつを皆で笑いながら食べた。
そうしたらひと月も経たないうちにするすると痩せたというより、年相応の健康的な身体になったと言うべきだ。俺は今の今までルカルゥの体形なんて気にも留めていなかった。
ルカルゥは白装束たちの伸ばした手を取ろうとしない。スッスの背中に隠れ、今にも馬車に戻ってしまいそうだ。
『ルカルラーテ様? 如何なされたのですか』
『誰か神輿をこれに。地の子との接触により穢れを纏われておるやもしれませぬ故』
失敬な。
穢れってあれだろ? ルカルゥの持病である土過敏症。
今のルカルゥを見て気づけないのかな。俺たちが傍にいるのに、クシャミも咳もしていないじゃないか。
馬車の中では常に快適無敵の清潔状態だからな。風呂にも入っていたし、俺たちは全員地上の塵一つも身に着けていない状態。
ルカルゥが有翼人らにとって特別な子で、大切に慈しんでいる子供だということはわかった。
だがなあ、ちょっとなあ、過保護すぎるというか。崇めすぎているというか。
まずは心配したと言い、ぎゅっと抱きしめ、そのあとで何故島から降りるなどと危険な真似をした、なんて怒ると思うんだけど。
ルカルゥは片翼が不自由で、滑空することも上手にできるとは言えない。それなのに五体満足で健康で、怪我一つなく無事に戻って来たのだから褒めるべきだ。
白装束たちは俺たちに対して無礼というか失敬というか、俺たちをいないものとして扱っているくせに、言っていることは辛辣。俺たちをチラチラ見ては睨んでいる。
言葉が理解できないから好き放題言っているんだろうけど、もっと言葉を選べよとは思う。俺は怒ったりしないけど。大人だからね。
トルミ村の住民はやはり異常なほど優しかったんだなあ、なんて遠い目をしてしまう。
クレイの隣に立っていたブロライトが、クレイを押しのけて白装束たちを指さした。
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