素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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4巻

4-12

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「あれ? なんだよ、もう帰るのかい?」
「他にも用事があるんで、すみません」
「相変わらず忙しいんだね。また顔を出しておくれよ」
「ありがとう」

 掃除中のリブさんに声をかけて挨拶をすると、ペンドラスス工房を後にした。
 今日はハサミの受け取りをするために訪れただけで、他に寄り道をしている暇はない。ギルドの連中に見つからないよう、「あそこ」に戻らなければ。

「ピュイィ、ピューピュピュピュ、ピュ?」
「そうだな。便利なものこそ、人前で使うのは気をつけるべきだ。街中では今まで通り、雑貨屋で買った七代目裁縫ハサミを使うことにする」

 使うたびに音が鳴ったり色が変わったりするハサミなんて、珍しすぎてうかつにホイホイ使えるわけがない。でもクレイたちには自慢してやろう。
 俺の持ち物ってなんでこう、人が羨むようなものばかりなんだろうか。贅沢だよな。
 職人街を出て路地裏に入り、人気がない道を選んでさらに奥へ。ベルカイムの城壁ぎりぎりまで来て、周りを警戒。ビーに誰もいないことを確認させてから転移門ゲートを開いた。
 ぽかりと開いた空間の向こうには、青の空と青の大地。
 そう、どこまでも広がる大海原だ。


 + + + + +


 俺は今、港町ダヌシェに滞在している。


【港町ダヌシェ】
 アルツェリオ王国カンディール領ダヌシェ。
[領主] アルベル・セロ・ロッシ。
[町長] テア・テマラ。
 グラン・リオ大陸最西端に位置するタルパ湾岸にある港湾。エポルナ・ルト大陸との交易が盛んに行われており、グラン・リオ西の玄関口とも呼ばれている。住人のほとんどが海に関する仕事に従事。漁業専門の商会がある。
 新鮮で多種な魚や貝などが日々取引され、一部の魚や海藻などは養殖も行われている。年に数度、釣った魚の大きさを競う大会がもよおされている。
 生魚や生貝を食べる習慣がないため、食べるときはかなり目立つということを自覚されたし。


「釣り大会か……」
「ピューウウゥ」

 天空でこれでもかと自己主張している、巨大な土星の形をした太陽。
 同じ大陸内にいるはずなのに、なんなんだろうあの元気の良すぎる太陽は。ベルカイムで浴びる太陽光線と全く違う。強すぎて肌が痛く感じる。
 マデウスに来てから巨大な運河は見たことがあるが、海を見るのは初めてだ。大陸があるなら海もあるだろうと思っていた。だけど、もしかしたらドブ色か玉虫色かもしれないと覚悟はしていたのだ。なんせここはトンデモ異世界なのだから。
 地平線の向こうできらめく青い海を見たとき、思わず興奮して叫んでしまった。ビーと一緒に。ブロライトに至っては湖と変わりがないと冷めていたくせに、近づくと次第に見えてくる海の大きさに、少年のように目を輝かせて興奮しだした。から落ちそうになりながら。
 そう!
 エルフの郷特製、特注、特別仕様の幌馬車が完成したのだ。毎日プニさんからの催促に耐えながら、じっくりと待ち続けた。一か月の予定が二か月もかかって完成した時点で、嫌な予感はしていたんだけど。
 いや、注文したのは幌馬車だった。普通に見える、ちょっとだけ普通じゃない馬車。
 まず馬車自体をちょっとだけ浮かせた。飛翔フライの効果が発生する魔石を造り、地面から十センチほど浮かせば地面からの振動が直接伝わらずに済むかなあと。プニさんもわずかに空中に浮いている状態で走るから、さらに振動は減るかなと思ったのだ。
 そして、馬車内部は空間術によって見た目からは想像もつかないような広さに。エルフの郷には魔力の強い術師がたくさんいたから、空間術の使い方も教えてもらった。
 つまり、意思の力だと。
 ざっくりしすぎてポカンとしたが、ともかく見た目は三畳ほどに見える荷台の中に、四十畳ほどの広々とした部屋を想像した。勤め先だった会社の会議室を必死にイメージし、術師に介助をしてもらって何とかこさえたのだが、その全容はわからないまま後はエルフたちに任せたんだけど。
 それがあんなことになろうとは、想像すらしないって。


「ただいまー」

 転移門ゲートをくぐった先は、町はずれの古びた小屋の脇。
 正面に真っ青な美しい海を臨んだ小屋に、チーム蒼黒の団は滞在していた。ダヌシェの宿にはリザードマンや巨人仕様の巨大ベッドが一つもなく、危うく野宿になるところだった。プニさんは眠るとき馬になるから良いとしても、せめて雨露がしのげる場所が必要。
 どうするかと困っていた俺たちに、ダヌシェのギルド「フォボス」の職員がこの小屋を教えてくれたのだ。今はちて誰も使っていないから、好きに使ってくれと。
 隙間風だらけのボロ小屋のまま利用するわけにもいかないので、清潔クリーン修復リペアで内側だけ直し、快適な空間にしてやった。

「あら。もう帰られたのですか? 戻りは夕刻になると思いましたのに」

 部屋の奥にある窓辺で優雅にロゴの実を食べているプニさんが、嬉しそうに微笑んだ。
 絶世の美女が俺の帰還を心から喜んでいるように思えるが、その笑顔の下にお土産みやげ何かなと言っているのがわかる。一時間も離れていないのに、お土産なんてありません。

「すぐ行ってすぐ帰るって言っていたろ? お土産はないからな」
「えっ」
「えじゃないの。プニさん朝からずっとロゴの実食ってたろ。美味いのはわかるが、もうちょっと考えて食ってくれよ」
「わたくしは馬ですよ? 馬の食欲は人の子と違うのです」

 ああ言えばこう言う神様はさておき、窓の外に広がる大海原に時折跳ねる大トカゲ。さっきから小屋の外から聞こえてくる、どっすんどっすんという鈍い音。
 妙な奇声を発しながら海に沈み、しばらくすると化け物かってくらい巨大な魚とともに海面から飛び上がり、大槍で一刺し。その魚を受け取り、浜まで的確にブン投げる金髪エルフ。
 小屋の側の白浜には、大小様々な鮮魚が数え切れないほど並んでいた。誰がここまで獲れと言った。

「こらーーーっ! クレーーーイッ! ブロライトーーーッ! 魚を全部獲り尽くすつもりかーーーっ!」

 確かにギルドで受けた魚釣りの依頼には、数も大きさも制限はなかった。ランクFの安価な依頼だったが、数と質によって報酬が変わる。
 どうせ魚を獲るのだからとついでに受けてはみたものの、調子こいたあいつらは朝からずっと海ではしゃいでいるわけで。

「ピュイッピュー」
「ビー待ちなさい、もう魚はいらないから」
「ピュイ! ピュイィィィ~~」
「ジト目やめて」

 乱獲コンビに交ざろうとするビーを止め、窓からよっこらせと外に出る。
 グラン・リオ大陸最西端のここは、東の海タルパ湾。南国の海を彷彿ほうふつさせる美しい青い海、白い砂浜。ヤシの木ならぬ松に似た木が暖かな風にそよぐ、常夏とこなつの楽園。季節は秋に移ろうというこの時期にも、太陽燦々さんさんで昼間は汗ばむ陽気だ。
 どこまでも澄んだ海水に泳ぐ魚はすべて化け物サイズ。小魚と言われている魚すらもカツオ並みの大きさがあり、最大級ではシロナガスクジラほどある。街の入り口で巨大魚のはく製を見たとき、クレイは興奮を隠さずきっと釣り上げてやるのだと息巻いていた。

「おりゃああああ!!」
「てええええいぃ!!」

 どっすんと砂浜に落ちた巨大魚は、どれもこれもカラフルで鮮やかなものばかり。
 深海魚のようなグロテスクなビジュアルもあるが、すべて食用らしい。生魚を見て速攻調査スキャンしたのは言うまでもない。
 念のために海を探査サーチして魚を獲り尽くしていないか調べる。良かった、まだまだ元気よく泳いでいる魚はたくさんいるようだ。

「はい、やめなさい! もういいから! 依頼完了! お終い!」

 まだ潜ろうとするクレイにストップをかけると、やっと俺の存在に気がついたのか、爽やかな笑顔で手を振っている。ちげーよ。応援してねーよ。
 岩場に登ってクレイが仕留めた魚を待つブロライトも、同じく飛び跳ねて手を振った。そんなところで跳ねたら滑って転ぶじゃないか。

「タケル! お主も獲るが良い!」
「あーはいはい、凄い凄い。ほらもう、依頼で納品する以外にどんだけ食うつもりなんだよ」
「海とは面白い湖じゃな。見たことのない魚がうようよしておる」
「海は湖じゃないからな? ほらほら、昼飯食おう」
「もう飯時なのじゃな! どうりで腹がわめくわけじゃ」

 少し離れているここでも聞こえるブロライトの腹の虫。朝から無駄に動き回っているだろうから、いつもの倍は食うかもしれないな。
 せっかく新鮮な魚が山盛りあるのだから、刺身を食おう。それからけ、煮つけ、蒸し焼き、土佐造りもいいな。すり身にして鍋にしても美味いだろうし、干物も食いたい。干物は街の食堂で食うことにして、とりあえずクレイにさばいてもらわないと。

「オラおっさん! いい加減に帰ってこい!」
「誰がおっさんだ! 岩場の奥に巨大な魚影が見えたのだ! あの獲物を逃すわけにはゆかん!」

 ちょっとだけ魔王降臨しているクレイ相手に、説得は無駄だ。
 再び大海原へと消えたクレイを追って、飛び込もうとするブロライトを止める。

「クレイストン! わたしも行くぞ!」
「行かんで宜しい!」
「ピュイイッ!」
「タケル、お腹がすきました」
「待ってなさい!」

 対モンスター戦となると見事な連携を見せるチーム蒼黒の団だが、基本的には自分勝手なのばっかりだ。協調性があるようでないんだよ。
 確かに海は見ただけで興奮する。それは前世でも同じだった。勤務地は海が側にあったし、時に感じる磯の香りに夕飯はアサリを食おうと思ったものだ。マリンスポーツには縁がなかったな。成人になってから海水浴を楽しむような、リアルが充実した若者みたいな生活は経験せず。ビキニのおねえさんには飽くなき関心がありました。
 どこまでも広がる青い海だから、はしゃぐ気持ちはよくわかる。
 だがしかし、何事にも加減というか、こんな地元の漁業組合に喧嘩売るような真似をホイホイやっていたら恨まれること確実だとか、そういうことを考えられないかな。
 ギルドで魚を釣る依頼を受けた時点で、その冒険者には漁業権が与えられる。だが、馬鹿みたいに大漁なのはさすがに困るだろう。長期保存ができないうえに加工するとしても干物や酒漬さかづけくらいしかないのだから。

「タケル、そのような心配は無用じゃ」
「なんでよ」
「ギルドは獲れるだけ魚を獲れと申しておったぞ?」
「それにしたってこれはやりすぎだろうが。巨大魚だけで何匹獲ったんだ」
「数えておらん!」

 うん。
 無邪気だな。
 無駄なことをあれこれ考えている俺が間抜けに思えてくるよ。
 カラフルな魚たちを種別ごとに分け、数を数える。一匹ずつ調査スキャンしてみたが、ほとんどの魚が食用。中には薬の成分が入っている魚もあり、どれもこれもすべて何かに利用できるものばかりだった。
 赤身と白身のほかに青身や黄身、紫に黒という身の魚もいたが、色はどうであれおおむね刺身で食える模様。じゅるり。

「果実酢を手に入れたからさっぱりとカルパッチョ……いや、皮をあぶって塩で食うのもいいよな。黒胡椒くろこしょうだけでもいけるし、叩きも捨てがたい。うーん、悩む」

 昼は刺身にして、夜は琥珀酒に土佐造りってのもいいよな。酒のさかなを作るのは得意なのだ。
 ギルドに納品する分とチームで消費する分とで区別し、ギルドに納品する魚を食堂で借りたリアカー状の台車に載せる。これあと五往復くらいしないと。
 こういうときに鞄を利用できたらなと思うが、新しく訪れた街で目立つわけにはいかない。地道に汗水垂らしてクレイに運んでもらう。

「うおおおおおお!!」

 激しい波しぶきを上げ、尋常じゃない大きさのさめを片手にクレイが吠えた。ホオジロザメのようなフォルムのゼブラ柄の巨大鮫。遠目で見てもクレイの身体の倍近くある獲物。
 何してんだよあのおっさん。あの鮫どうすんの。食えるの?

「おおお! クレイストン、大物を釣り上げたようじゃな!」
「釣ったっていうか槍でブッ刺したっていうか勝負に勝ったっていうか」
「ピュイ! ピュイーィ」

 あの鮫なんかよりもデカいクマのモンスターやナメクジを退治してきたっていうのに、海の生き物は別なのかね。大きければ大きいほど戦い甲斐があるもんなのか?
 鮫はギルドに出さなくていい。あれだけの大きさならチームで消費しても一週間は持つだろう。鮫肉は独特のアンモニア臭があるものもいると聞いているが、それは地球での話。マデウスの鮫はどうなのかまずは調査スキャンをして……

「ぬおっ!? うおおっ??」

 海原の先で巨大鮫を抱えながらクレイが急に悲鳴を上げた。
 沖に出ているからその姿ははっきりとは確認できないが、何かものすごく慌てているようだ。

「如何したのじゃ?」
「腹でも下したんじゃね?」
「ピュイ」

 ばしゃばしゃと激しく跳ねる水しぶきに見え隠れするクレイは、巨大鮫を手放して槍を振っているように見える。何がしたいんだよおっさん。

「槍が! 俺の、槍が!」

 かすかに聞こえる悲痛な叫び声。
 クレイの片手に持つ大きな槍が、いびつに歪んでいるような?
 え?
 クレイさん、大切な槍を折ったの!?



 10 砕波さいは


 昼食は麦飯の漬け丼。
 麦はマデウスでも庶民の主食としてどこにでもある。あの麦のツブツブの皮をどうにかして綺麗に剥けないかなと試行錯誤した結果、なんと清潔クリーンの魔法でそれが叶うこととなったのだ。麦の皮だけを取り除き、実だけを残すことを意識してついでに殺菌。
 そのうち脱穀できるようなものを探さないとなと思いつつも、魔法の調整も兼ねてちょいちょいと麦粒作成。初めの頃は麦そのものを消し去ってしまったりして、けっこう調整が大変だったのだ。食うことに掛けちゃ全力投球。料理の苦労は苦労と思いません。
 白米があればいいのだが、なかなか見つからない。都心部では家畜の飼料とされているという噂は聞いた。そのうち行くことにしよう。
 きっとまた家畜が食うものを食わせるつもりかと文句を言われるかもしれないが、知ったこっちゃない。
 タツノオトシゴのような巨大魚の肉が、なんとマグロの味がした。マグロというかビントロというか、脂がしっかりと乗ったほどよい甘み。懐かしの故郷の味に涙が出そうになった。回る寿司しか縁がなかったけど。
 通常なら焼いてステーキにして食うのが主流らしいが、せっかくの新鮮マグロ味。これをクレイに一塊にしてもらい、新品ハサミでシャンシャンと一口サイズに切り分ける。切るたびに音が鳴るのがとても気になります。
 ワサビが欲しいところだがまだ発見できていないため、ショウガで代用。ショウガ醤油に漬け込んだなんちゃってマグロと、ビネガーと塩砂糖を混ぜたなんちゃって酢麦飯。これも試行錯誤を繰り返した。魔法は便利でも、ちちんぷいぷいと作れるわけではない。作る楽しみってのもあるんだ。
 麦飯を食う文化が一切なかったクレイとブロライトにとっては未知の領域であったが、俺が味見をして美味いと叫んだ瞬間に揃って食いはじめた。プニさんは俺が作るものを戸惑うことなく口にし、パッと微笑んでお代わりをねだる。こうして見ると可愛げがあるんだけどな。
 酢飯に抵抗あるかなと思ったが、どうやら美味いと思ってくれたようだ。
 結果、一人五杯もお代わりを要求。
 生魚を怖がっていたクレイは、今までなにゆえこのような美味いものを知らずにいたのだと喜んだのだが。


「どうすんの」
「…………うむ」

 腹が膨れたところでチーム蒼黒の団、緊急会議。
 海ではっちゃけたクレイが、大切な大槍の柄を折った件について。
 無残むざんにも折れた槍を中心に、円状に座った俺たちは、じっとりとクレイを睨む。
 槍が犠牲になったおかげで湾を荒らしていたらしい巨大鮫、あのモンスターを退治してギルドから謝礼金が出たのは良いとしても、犠牲になった槍はどうするのかと。

「せーの、修復リペアッ!」

 強めの魔力を込めて槍を直そうと試みるが、槍の表面の傷が消えるだけで折れた個所はそのまま。

「ぬ? タケル、直らぬではないか。なにゆえじゃ」
「……うーん、どうしてなんだろう。俺もこんなのは初めてだ」
「ピュイィ」

 修復リペアの魔法は壊れてしまった部分を直すというか、元のあるべき場所へと戻す魔法。だけどこの槍は、元ある姿に戻りたくないと拒んでいるようにも思える。

「クレイ、槍を調べてみてもいいか?」
「……世話をかける」

 今さらでしょうが。
 愁傷しゅうしょうに肩を落とすでかい恐竜が面白くて、笑い出さないようにするのに必死。いや、笑うのは失礼だ。
 クレイの槍はクレイの大切な相棒。俺にとっての鞄のようなものだ。もしも俺の鞄が使えなくなってしまったら、俺も落ち込むどころじゃないだろう。きっと凹んで凹んで、しばらく再起不能になるに違いない。
 長年愛用しているものには精霊が宿ると言われている。実際に俺の鞄にも妙な精霊が宿っているというか、取りいているんだよ。なんだかちっこいハニワみたいな幽霊。日ごろ感謝し大切に使い続けることによって、精霊が宿る。精霊が宿るものはより持ち主の元にあろうとする。
 つまり、俺の異能ギフトがなくても、この鞄は自らの意思で俺の元にいるわけだ。ハニワの精霊様様だな。はにゃー。
 もしかしたらクレイの槍も、槍自身の意思で元の姿に戻りたくないと思っているのかもしれない。


【ヘスタスの大槍 ランクA+】
 リザードマンの戦士、ヘスタス・ベイルーユが所持していたヘビーランス。柄にドラグニアの骨、刃にイルドラ石と微量の魔鉱鉄石を使用。柄の部分に研磨と装飾を施したため、耐久性が減少。
 現状:ランクC 破損 修復困難。


 おお。
 前々から立派な槍だなとは思っていたが、まさかのランクA。「+」の意味は未だによくわかっていないが、ともかくランクAよりもうちょっと凄いよ、ってことなのだろう。破損すると価値が下がり、ランクも下がってしまうと。
 修復困難ってのは、これも初めてだな。
 柄の部分の研磨と装飾が原因なのか? うーむ、よくわからん。

「なあ、ヘスタス……って知ってる?」
「ヘスタス・ベイルーユのことか? いにしえのリザードマンの勇者だ。リザードマンにとっては英雄のような存在であり、彼が竜騎士ドラゴンナイトを目指した影響で、俺も同じ竜騎士ドラゴンナイトになりたいと思うようになったのだ」
「一応聞いておくけど、そのいにしえの勇者さんって、どのくらい昔のいにしえさん?」
「三百年か……」
「さんびゃくっ!?」
「四百年ほど昔のことであるな」

 そりゃいくら優れていても、槍にも限界ってもんがあるだろうよ。
 いやしかし、クレイの槍はヴォズラオで一度メンテナンスに出しているよな? あそこで研磨されて、ピカピカにしてもらったと思うんだけど。
 それよりも気になるのが槍の名前。俺のハサミには俺の名前が銘打めいうってあるが、クレイの槍は元の持ち主のままだ。今の持ち主くらいわかっても良さそうだが、それがない。つまり、正式な譲渡がされていないということ。

「勇者ヘスタスが如何したのだ」
「その槍の持ち主が、いにしえのヘスタスさん」
「なんとぉっ!?」

 クレイは突然立ち上がって咆哮ほうこうを上げると、即座に膝をついて深々と頭を下げた。まるで懺悔ざんげをするようにブツブツと祈り始める。
 なにこれ。
 なんの儀式なの。

「我が種族の誇りである勇者ヘスタスの……伝説の槍が、これだと言うのか」
「ええ、はい、そうみたいデス」

 怖いって、顔。
 真剣な……いや、完全に目の色違っちゃっているラプトルの顔面が間近に迫り、俺の頭に陣取っていたビーが慌てて逃げる。
 ブロライトは興味津々に槍を見つめ、頬を赤らめ目を輝かせた。

「伝説級の槍というのは、折れてしまうものなのか?」
「うぐっ!」
「ブロライトさんおよしなさい! クレイのライフはマイナスよ!」

 無邪気なのは行動だけにして、発言には責任を持ちなさい。
 傷口に塩どころか火薬ぶちまけて火をつけて爆破したような衝撃を心に受けたクレイは、ぷすぷすと燃え尽きてしまった。
 大切にしていた槍が実は伝説の勇者が愛用していた武器で、知らずに使っていて壊した、と。そりゃ再起不能にまで陥るよな。その勇者ヘスタスを尊敬し、憧れていたぶんだけ、ショックはでかいだろう。

「クレイ、生きてる? あのさ、俺の魔法じゃ直らないけど、どうにかして直す方法を探そう」
「そ、そうじゃ! 貴殿はわたしの姉や郷のために死力を尽くしてくれた恩人じゃ! わたしにできうることがあるならば、今度はわたしが手を貸そう!」
「そうそう、助けちゃう。頑張るよ俺! そうだ、グルサス親方は直せないかな! あのオッサンだったら、きっと直して」
「無理です」

 懸命にクレイを励まそうとしているのに、冷たい声がそれを遮る。
 食後のほうじ茶をゆっくりと嚥下えんげするプニさん。

「そもそも考えてごらんなさい。クレイストンはドラゴニュートなのですよ? いくらリザードマンの勇猛な戦士が所持していた槍とはいえ、ドラゴニュートの力に耐えられるわけがないのです」
「え。それじゃあ、遅かれ早かれ、槍は壊れていたってこと?」
「ひひん。槍が壊れたのはドワーフどもが余計な装飾を施したからです。槍に宿りし精霊がそれを拒んだまでのこと。精霊の意思が働いた時点で、どのような素晴らしい腕を持つ鍛冶職人にも直すことができないのです」

 あらー。
 良かれと思って装飾をしてくれたのに、それが原因となって槍の寿命を縮めたというわけか。
 ドワーフは悪くない。彼らは彼らなりに仕事をしただけだ。

「この槍はクレイの強さについていけなかったのか」
「そうです」

 なんせ魔王だからな。
 リザードマンといえばクレイしか知らないから比べようがないが、クレイ自体がリザードマンからかけ離れた強さを誇っているのだと、ドワーフ王国のちまこい王様が興奮しながら教えてくれたっけ。そのお強いリザードマンだったクレイが、今やドラゴニュート。ドラゴニュートの始祖はドラゴン。戦いに明け暮れた創世期の種族の一つ。


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