素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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4巻

4-11

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 俺の目の前に落ちてきた青いうろこの恐竜さん。
 照光リヒルートの招集に応えてくれたクレイが、槍を片手に戦闘態勢。
 まるで正義の味方のような登場に、ちょっとだけかっこいいと思った自分を悔やむ。ずるい。

「タケル、何があった」
「屋根から落ちてくるとかびっくりするからやめて!」
「ピュウ、ピュウッ!」

 超重量に耐えかねた土の地面がクレーターのようにへこんでいる。いきなり空から落ちてきた巨漢のリザードマンに、ゴロツキどもが目玉を見開いて唖然と口を開いていた。後方の二人が腰を抜かしてしまった。
 と、同時に野次馬から割れんばかりの大歓声。

「うおおおおお! クレイストォォーーーン!」
「クレイストンの旦那だんな! やっちまってください!」
「栄誉のりゅうおーーーうっ!」

 まるでアイドルの降臨かのように、ヒーヒー叫び出す男たち。八割ほどが男の野太い声である。
 確かにベルカイム内でも人気の冒険者だが、ここまで人気があるとは知らなかったな。
 クレイは表情一つ変えず、静かに槍の切っ先をアニキに向けた。俺の身の丈ほどある巨大な槍だ。その迫力は大の男が縮み上がるほど。俺が刃物を持った男らに囲まれているのを見て、状況を把握したらしい。

「アシュスから流れてきた不穏な者どもというのは、お前らのことだな。ギルドから手配書が出ていたぞ」
「まじか。えっ、捕まえたらいくらになるの?」
「三千レイブ」
「やっす」
「ゆえに受注してはおらぬ」

 ランクCでもこなせる依頼だな。ランクAであるクレイの出る幕じゃない。

「ええっ!? え、栄誉の竜王!?」
「リザードマンの竜騎士ドラゴンナイト……」
「今は冒険者なんだろ?」
「アニキ、あああ、あんな化け物、無理ですぜ!」

 そうそう、この化け物怒らせたら怖いんだからさ。
 逃げるなり降参するなりすればいい。野次馬だらけの場所でクレイが魔王になったら、クレイこそがお尋ね者になるだろう。
 クレイもそこは理解しているのか、槍を構えただけで戦意はまるでない。獰猛なモンスターを前にしたクレイは、もっと殺気がとんでもないからな。見た目だけでじゅうぶんな威嚇になる。怖いから。

「くっそ、アレを出せ!」
「ア、アニキ、あまり強く握らないでくだせぇよ? 入れ物がもろいから、すぐに壊れ……?? あれっ? ええっ?」
「なにしてやがんだ!」
「いや、ここに、確かにっ!」

 アニキの隣にいた男が所持していた鞄の中身をあさるが、目的のものが見つからないようだ。
 それもそのはず。

「なんじゃこれは。中身は粉か?」
「もぐもぐもぐ、赤い粉のようですね」

 高い塀の上に立つ金色のエルフと、何か食ってる白銀の美女。風に美しい金と銀の髪をなびかせ、身に着けた装飾具をしゃらしゃらと鳴らす。
 なんでそんなとこに二人そろって立ってんだと突っ込みたいが、その手の中には小さなガラスの瓶。ブロライトがそれを振ると、中の粉がさらさらと動いた。
 風精霊に愛されたブロライトは風のように素早く動くことができる。俺やクレイならその姿を追うことができるのだが、ゴロツキどもにとってはいきなり現れていきなり瓶をすられたとしか思えないだろう。

「タケル、調べてみろ」

 クレイに言われ、ブロライトが瓶を俺に向けて見せる。
 調査スキャン先生、出番ですぜ。


【香辛料の詰め合わせ ランク圏外】
 ユアリ豆・グリブ草・イドウルつた・ブズの実、それぞれの種子を潰して混ぜ合わせた刺激の強い香辛料の粉。肌に触れるだけで強烈な痛みを伴うほどの熱を感じる。取り扱いには十分注意すること。
 少量をスープに入れれば美味しく仕上がります。


 他の連中も死ぬだの何だの言っていたから、てっきり大量殺人ウイルス的な何かだと思っていたのに。
 激辛香辛料ってことか。確かに目にでも粉末が入ったら、死ぬほどの苦しみを味わうだろう。ここで霧散されると大変なことになっていた。
 スープに入れたら美味しく……

「タケル、どうじゃ」
「香辛料だった。辛い実の種子を粉末状にした特別仕様。それ欲しいな」
「また妙なことを言いおって。斯様かようなもの、如何するのじゃ」
「あとで教える。それ、劇物らしいからここで飛び散らないように気をつけてくれ」
「任されよう!」

 とっておきの切り札をブロライトに奪われ、男たちは恐れおののく。すられたことにも気づかないなど、彼らのプライドを砕いた上に恐怖すら与えた。
 腕の良いスリならば、なおさら恐怖を感じるはずだ。ブロライトの素早さと、クレイの(顔の)恐ろしさに。
 ゴロツキたちはとたんに顔色を変え、震え上がった。

「アアア、アニキ、こんな連中がいるだなんて知らねぇよ!」
「そうだ! 懐が潤っている連中ばかりがいるって聞いたから、流れてきたってぇのに!」

 うーん、ベルカイムの民はトルミ村の連中に比べれば裕福な生活を送っているからな。それぞれ日々の生活で手一杯ではあるが、酒や煙管きせるを楽しむ余力はある。
 ゴロツキらは領主交代で今までの悪事がバレる前に、平穏で大きな地方都市に逃げ、そこで同じ悪事を働こうとしたわけだ。平和であるがゆえに、危険なことに対しての備えが不十分だと予想していたのだろう。ところがどっこい。

「ふざけんな! テメェらで汗水垂らして稼いだ金を、なんでむざむざ盗まれなきゃならねぇんだよ!」
「そうだそうだ! 俺たちはぼんくらじゃねぇぞ!」
「こんなやつらがベルカイムにいるなんざ、恥だ、恥っ!」

 笑いながら野次馬をしていたベルカイムの民たちが、次々に声を荒らげた。
 ベルカイムでは真面目に働いていれば、衣食住に困ることはない。領主がそういう社会を作っているからだ。ルセウヴァッハ領主が田舎領主と王都でささやかれていても、領民にとっては重税を強いない良き領主。民に慕われている領主が治める街での犯罪は、そこに住まう民が許さない。

「おい、鍛冶場の連中に声かけろ! こいつら叩きのめしてやろうぜ!」

 いやいやいや、ドワーフたちに出てこられたら収拾つかなくなるだろうが。アイツら喧嘩っ早いし腕っぷしも凄いし、おまけに加減ってものを知らない。
 最終兵器グルサス親方は、ある意味でギルドマスターよりも面倒なことになる。そんな面倒ごとに巻き込まれたくない。
 クレイの恐竜顔で腰を抜かしてりゃ良かったのに。

「うるせぇっ! どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって!」

 アニキが吠えた。
 伊達だてにゴロツキどもにアニキと呼ばれているわけではない。震えて怯えるやつらとは違い、妙な度胸で怒鳴りつけた。
 それから、背中に装備していた巨大なナタのようなものを取り出す。

「きゃああっ!」
「黙れクソガキッ!」

 近くで見学をしていた子供にナタの切っ先を向けると、その場にいた子供らは一斉に逃げ出す。
 人質を取るというのは窮鼠きゅうそ常套じょうとう手段。だからもっと離れて野次馬しろと。言ってないけど。今度から気をつけろと注意してやらないと。

「オラァッ! そこをどけ!」
「いやあああ! タケル兄ちゃん助けて!」

 アニキが子供を盾にナタを振るう。野次馬の威勢の良さはなりをひそめ、アニキの前に道を作る。
 子供は突然のことにパニックし、泣き叫んだ。

「子供を傷つけようとするとは…………許せぬ」
「許すつもりなぞない! わたしは、お前のような卑怯なやからが大嫌いじゃ! タケル、なんとかできぬのか!」
睡眠ソルシュ!」

 魔法を加減して子供に放つ。子供は泣き叫ぶことをやめ、くたりと深い眠りに落ちてしまった。

「なっ!? な、なにしやがったんだ!」

 子供とはいえ上背がそこそこある女の子。意識がある状態で羽交い締めにしたならばともかく、眠りに落ちて全身から力が抜けた人間を運ぶのは難しい。
 ここでアニキを眠らせるのは容易たやすかったが、それよりも子供の意識を失わせて恐怖を取り除いてやりたかった。安らかな眠りに落ちている子供は、次に目覚めるときには人質になったことは夢だったと思うだろう。悪い夢であったと思ってくれればいい。
 こんな卑怯な真似までしたアニキを、ただ安らかに眠らせてなるものか。
 意識を失った子供はただの重たい塊。アニキはうろたえて子供を放してしまった。

「俺だって許してやらねぇよ。俺の鞄を狙ったんだ。きっと、他にも被害にあっている人が大勢いるはず」
「ふふ、珍しく怒っておるな」
「怒りますとも。子供を人質に取ったのが間違いだったな。俺は、子供に危害を加えるヤツが嫌いなんだよ」

 興味本位で近づいていたのが悪いのだと、子供をとがめる気にはならない。だってここに俺がいたんだからな。日ごろ俺にまとわりついて遊んでいる子供の一人だ。俺のことを案じ、応援するために来たのだろう。
 子供はベルカイムの将来を担う存在。何よりも大切にし、慈しむべき存在。

「プニさん!」
「もぐもぐもぐもぐ、ふぉんふぇふぉう」

 いや、この事態にまだなんか食ってんのかよ。

「やっちまってください!」
「もぐもぐもぐ、ごくん、いいでしょう」

 口の周りに食べカスをつけたままの美女は、右手を空に上げた。たったそれだけの動作で、遠い空の上にするすると集まる白い雲。それが瞬く間に空を覆い、ぱちぱちと火花を発した。
 周りで見学していた野次馬が一斉にその場から離れ、身をひそめる。皆わかっているのだ。プニさんの不思議な魔法と思われているアレが招く惨事を。

「力のない脆弱ぜいじゃくな者を盾に取るとは言語道断です。我が裁きを受けなさい」

 優しい笑顔の裏に隠したどす黒いもの。アレはけっこう怒っているな。きっと出力最大の。

「ぎゃあああああああああああああ!!」

 雷が落ちるだろう。


 + + + + +


 プニさんの神の裁きならぬ強めの静電気攻撃を浴びたゴロツキたちは、髪をちりちりにして倒れた。
 馬神様の静電気は対象物を的確に捉えるらしく、地面に倒れた子供や側にいた俺たちには被害が及ばなかった。俺のことをアフロにしたら後が怖いとわかっているらしい。
 ゴロツキどもは、アニキをはじめ全員指名手配犯。フィジアン領に送還されて刑に処されるらしい。盗みを生業なりわいにしている者の処罰は重い。生きながらに両腕を切られるとか、舌を抜かれるとか、どこかで過酷な労働を死ぬまでやらされるなど、そういう血なまぐさい刑が執行されるだろう。同情はしない。子供を盾にした罪は重い。
 俺たちにはギルドから金一封が出た。といっても、もともと三千レイブの報酬だ。俺は現金はいらないから没収した香辛料をくれと頼んだ。ギルドマスターに苦虫噛み潰したような顔をされたが、見事ゲット。これで新たなる調味料が増えた。
 どうして俺自身でアイツらを殴らなかったのかというと、なんというかやっぱり心の奥底で怖いと思っているからだ。人を殴るという行為が。
 前世では口喧嘩すら嫌いだったし、人なんて殴ったことはない。殴りたいと思ったことはあったが、それを実行してしまうと逆に負けた気がしたからだ。
 獰猛なモンスターなら自衛という大義名分と、食うという目的で殴ることができるが、対人となると勝手が違う。どれだけの悪党であったとしても、相手は同じ人間なのだから。
 こんな生半可な覚悟で冒険者をやり続けていたら、いつかきっと痛い目を見る気がする。どんな目にあうかはわからない。後悔することもあるだろう。だけど。
 やっぱり怖いんだよ。


 + + + + +


「その鞄は役に立つが、人の欲を集めるようだ」
「そうじゃな。エルフもたくさんの魔道具マジックアイテムを所有しておるが、タケルの鞄のような力のあるものはない」

 便利ではあるが、それだけ特別なものであり、欲しいと強く望まれるのだろう。
 そりゃそうだよなあ。なんせ、この世界を作った神様の、友達? である『青年』が俺にくれた鞄だ。世界でも唯一のものだろう。
 俺としてはゲームでよくある「どうぐ」欄を想像しただけなんだが、ここまで優秀でここまで素晴らしい鞄だとは思っていなかった。

「便利な鞄だからこそ、俺はこいつに助けられている」
「そうじゃな。その鞄のおかげで、我らも大いに救われているのじゃからな」

 万能がゆえに脅威でもある存在。なんていうんだっけこういうの。リスキー? 諸刃もろはの剣? ともかく、これから先も信用ならない場所や人の目があるところでは、うかつに使わないように気をつけよう。盗まれても大丈夫だからと過信せずに、まず用心だな。


 ――アリガトウ


 ふと脳内に響く小さな音。
 それが声であり、感謝の意味を示す言葉だと気づいたとき。
 鞄の上に、小さなハニワ状の何かがいた。
 なんだこれ。精霊?



 9 とう


「…………これは」
「テメェに託された素材をめいっぱい使ってやったぜ。俺ぁな、ここまでのものを造り出せるとは思っていなかったんだよ、正直な」
「…………いやあのなんていうかちょっと」
「すげぇよ、このミスリル魔鉱石ってやつぁ。俺は生まれてきて良かったと改めて思えた。しかもよ、この魔素水ってやつな? こいつがすげぇ。本当に、すげぇ代物だ」
「…………待って。なにこれ光るよ? ぼんやり光るよ?」
「望むままの形を取り、望むままの切れ味を誇る。こんなもんで大刀でも造られた日にゃ、きっと国が、いや世界が滅んじまう。それくらいやばい」
「…………そんなやばいもん生み出したの? これ大丈夫なの?」
「惚れ惚れする美しさだろ。いやあ……我ながら自分の腕に恐れ入るぜ」

 ベルカイム商業区職人街にあるペンドラスス工房の一角で、極秘に行われている商品受け渡し。グルサス親方に辺りを警戒しながら手渡された布の塊を、同じく辺りを警戒しながらそろりそろりと開く。
 すべての布をめくったそのとき、中から現れたのはほのかに青く輝く純白のハサミ――
 そう。
 俺がグルサス親方に頼んでいた採取用のハサミが完成したのだ。
 ボルさんにもらったミスリル魔鉱石と、地底の魔素水。そしてドワーフの国で手に入れたランクAモンスターの素材。世界三大鉱石、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトのうち、アダマンタイト並みに硬い外装を持つトランゴクラブの甲羅。
 俺としては、ただただ使いやすいハサミが欲しかっただけだ。恐ろしく切れやすく、それでいて頑丈で、さびにくく、手入れしなくても切れ味を保てるような、俺のデカい手でも扱いやすい特別なハサミを。
 それがこれだよ。
 純白の、ラメ入り超豪華ハサミ。

「なぁにぼんやりしてんだい! ささ、手に取ってみろ!」

 布に仰々しく包まれていたのは、見た目は純白の大きなハサミ。角度によって小さなキラキラが光に反射し、白の中に細かな青や黄や赤の色が垣間見える不思議な色。柄にはトランゴクラブの甲羅から抽出した色を混ぜ込み、強度と美しさを演出。ハサミに美しさとか必要あるの? ねえあるの?

「うわっ、軽い……」

 俺の手にぴったりと合う大きさであるのに、驚くほど軽い。適度な重さというのだろうか。手首や指に嫌な具合に当たらないから、きっと長時間でも扱える。
 ハサミを開くと。


 シャンッ……


 音が鳴りました。


「なにこれ音出るよ音。なんで?」
「うん? そうか? 俺が試したときは音なんざ出なかったんだがなあ。もう一度……そうだな、これでも切ってみろ」

 親方に差し出されたのは、はがねのインゴッド。いやこんなのハサミで切るものじゃないよね?

「せっかく新品なのに、そんなの切ったら刃こぼれするだろ」
「バッカ言うんじゃねぇ! 俺がこさえたもんに、そんななまくらなんかねぇよ!」

 なまくら云々の前に、ハサミで鋼の塊切ろうって発想がないんです。
 しかし親方がじっとりと睨みつける前で、やっぱ無理と断ることができず。


 シャンッ……


 微かな鈴の鳴る音が聞こえたと思ったら、ハサミは純白から漆黒へと一瞬で色を変化させた。

「ええっ? 色、色っ?」
「うるせぇ、そのまま切ってみやがれ!」

 窓ガラスがカタカタ震えるほどの怒号を浴び、恐る恐るハサミで鋼の塊を。


 シャンッ!


「まじか」

 強い鈴の音と同時に、鋼の塊が空を切るような感触ですぱりと切れてしまった。
 力は一切入れていない。ただハサミを開いて閉じただけ。

「ピュウウゥゥ……」

 ビーもこの切れ味に驚き、感嘆の声を上げた。
 これすんごい。本当にすんごい。こんなの他に絶対にない。鋼の塊を難なく切るハサミなんて、この世の中に存在するわけがない。いや、世界は広いから探せばあるかもしれないけど、少なくともこのハサミがとんでもない代物だということは理解できた。
 他にも試し切りを続けさせてもらい、切る対象物によってハサミはその色を変化させることがわかった。なぜ色まで変わるのかと聞けば、ハサミの原材料であるミスリル魔鉱石と魔素水が俺の魔力に反応し、一瞬で全体の性質を変化させるのだという。
 ただのハサミではない。膨大な魔力を含み、持ち主の魔力によって姿を変化させる魔道具マジックアイテム
 そうだ。
 調査スキャン先生、これがどれだけやばいものなのか教えてください。


【タケルのハサミ ランクS+++】
 グルサス・ペンドラススが魂を込めて造り上げた神器。古代竜エンシェントドラゴンの恩恵を受けた刃であり、半永久的に強度と鋭さが衰えることはない。時折魔素水をかけることによって輝きが保たれる。
 神の祝福を受けたハサミであるため、ハサミ自身が持ち主を選ぶ。よって、異能ギフト「私物確保」の力が発生し、タケル・カミシロが望むようにあり続ける。


 なにこれ。
 えっ。
 なにこれ。

「ネーミング、ダサくね!?」
「はあっ? 何いきなり叫んでやがる!」

 驚いて叫んだら怒鳴られた。
 だってハサミの名前、そのまんまじゃないか。もっと凄い名前を想像していたのに、まんまって。
 いやいやそんなことよりも、なんだろうレベル20くらいで最強の武器を手に入れてしまった心境。やったあラッキーと素直に喜べばいいのだが、これでいいのかとも思う。システム的なものをいじくってチート武器を手に入れたような。裏技見つけて1面地下から4面地上までワープしてしまったような……? それは違うか。

「親方、こんな凄いもんいいのかな」
「ペッ、俺の仕事にケチつけやがるのか」
「もー、ツバ汚いー。ケチなんてとんでもない。違うよ、このハサミは世界で唯一のとんでもない代物だ。ものすごすぎて、俺が持ってていいのかなっていう心配」

 なにせ古代竜エンシェントドラゴン出汁だしと魔鉱石で造られている神器。
 そもそもランクSの武器っていうのはマデウスでは災厄さいやくと呼ばれるものが多い。武器に宿る力が強すぎて、持ち主すら破壊してしまう。

「テメェが使うぶんにゃ気にすることもねぇよ。おう、盗賊退治だってやらねぇんだろ」
「商売道具で誰かを傷つけることはしたくないかな」
「そんなら大丈夫だ。ハサミは持ち主を選ぶ。テメェが心をまっすぐにしていりゃあ、そのハサミが血に濡れることはねぇだろうよ」

 草木や花などを採取するときにだけ使わせてもらうハサミだ。これから先も身を守る武器としては使いたくない。

「血に濡れるんだったらコイツを使いな!」

 目の前の机の上にかけられた布をばさりと取り除くと、その下から現れたのは、大小さまざまな形の刃物。
 純白のハサミは一本だけではなかった。なんと、採取用だけでも大中小と揃い、鼻毛切りのようなさらに小さなハサミすらある。眉毛抜き?? なんでこんなのまであるんだよ。
 それに果物ナイフと食事用ナイフにフォーク、バターナイフまである。
 親方がすすめるのは短刀。俺の手のひらサイズだから通常より大きい。ゴリマッチョが扱う軍用のコンバットナイフのようだ。なにこれかっこいい。

「宝石とか細かい細工とかできらきらしちゃっているのはどうしてなんだろう」
「…………そいつはアレだ。武骨ぶこつなモンは造りたくなかったからな。俺の職人としてのごうってやつだな」

 生活用品の食器から大量殺戮さつりくができそうな鋭利な刃物まで、専用の袋に一つひとつ入れられ整然と並んでいた。
 ビーが匂いをふんふんと嗅ぎ、すべてにミスリル魔鉱石が使われているようだと教えてくれる。

「ピュゥイィィ……」
「まじで?? これ全部造ったの!?」
「テメェが置いていったアレを残すわけにゃいかねぇだろうがよ!」

 なんで逆ギレするのかな。
 余ったものは好きに使えって言ったのに。
 親方曰く、自分の思う通りに加工でき、思う通りの強度に変化するミスリル魔鉱石を扱うのが面白くて、夢中になってしまったそうだ。それで、この大量の加工品。眉毛抜きはトゲ抜きの間違いでした。

「俺としては嬉しいんだけど、いいの? これ全部もらっちゃって」
「持っていけ。置いていかれても困る」

 こちらを見ないで手だけでシッシと追いやられ、まともに礼も言わせちゃくれない。
 礼儀正しい日本人、礼を尽くすことは忘れません。

「グルサス親方、どうもありがとうございました」
「…………ケッ、うるせぇや。たまにゃあ、その……あの……あれだ」
「ピュ?」
「なにかな」
「ペッ、顔見せに来やがれ!」

 おっさんのデレなんて見たくない。
 俺は鞄の中からハデ茶入りの魔法瓶を一つ取り出すと、それを差し出した。
 黙って受け取った親方は、ニヤリと不敵に笑った。


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