君の左目

便葉

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彼の未来 …13

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そして、とうとう日曜日がやって来た。
私は前日にお父さんに電話をして、お母さんの様子を聞いた。
最初は幹太の事には聞く耳を持たなかったお母さんも、最近は少しは話を聞くようになったとのことだった。でも、お父さんは、日曜日に私と幹太が訪れる事を話していない。前もって言っておけば、お母さんはその時間に必ず居なくなる。お母さんに幹太を会わす事に、私もお父さんも躍起になっていた。

「幹太…
あまり期待しないでね…
お母さんは、まだ心を開いてないみたいだから」

電車の中で、私は幹太に何度もそう言った。幹太の傷つく顔を見たくない。でも、今のお母さんの状態なら、幹太が傷つく事は避けられない。私は、自分の無力さに泣きそうになった。

「大丈夫だよ…
今日は、謝る事さえできればいいって思ってる。
多くは望んでないから、心配しないでいいよ」

私は幹太の左手に自分の右手を絡めて優しく握った。

「私のお母さんが首を縦に振らなくても、私は幹太と結婚するから。
幹太と一緒で、私も早く一緒になりたい。
だから、うちのお母さんの事は、気にしないでいいから、ね?」

幹太はうんともすんとも言わずに、窓の外の海の景色をジッと見ている。
私は小さくため息をついた。
幹太のこの表情は、お母さんの賛成を心から欲しがっている表情だから。幹太の切ない瞳はそう物語っている。

「…ただいま」

私は、飛び出しそうな心臓をなだめながら、大きな声でそう言った。
すると、奥の方でバタバタ音がする。慌てて玄関に走ってきたお母さんは、突然現れた私を見て驚いたように笑った。

「寧々? どうしたの? 急に…」

お母さんは私の後ろに人影を見つけ、急に体が固まった。

「お母さん、今日は、幹太も一緒なの…
お母さんとお父さんに、挨拶がしたいって」

私がまだ最後まで喋り切らない内に、お母さんは後ずさって奥の部屋へ行こうとする。でも、その後ろにはお父さんが立っていた。

「寧々、幹太君、いらっしゃい。
母さん、ちょっとだけ、話だけでも聞いてあげよう…」

挙動不審になっているお母さんを見るのは辛かった。
でも、たくさんの誤解を解くためには、少々手荒な事も必要だと自分に言い聞かす。

「あの…
お久しぶりです、鈴木幹太です。
今日は、こんな形で突然お邪魔して申し訳ございません…
あの…」

「幹太!」

私は自分を見失っているように見える幹太を、落ち着けるために大きな声で名前を呼んだ。幹太はハッとした顔をして私を見る。

「ほら、まずは上がって。
それから、ゆっくり話を聞こう」

お父さんも幹太の異変に気付いたのか、優しい笑みを浮かべ幹太にそう言ってくれた。
でも、お母さんだけは下を向いたままで、お母さんのその動きは、きっと、幹太の心の傷を広げている。

そんなに大きくもない四人掛けのテーブルに、私達は向かい合わせに座った。お母さんは、それでも横を向いて、席を立つタイミングを見計らっている。

「あの…」

幹太はそう言うと、急に席を立ちテーブルの横に土下座した。

「本当に、本当に、申し訳ありませんでした。
十五年前、寧々さんをあんな危険な場所の連れて行ったのは、間違いなくこの僕です…

僕が、あの時、無理にでもあんな危険な真似を寧々さんにさせていなければ、きっと、あの事故は防げたと思うし、寧々さんの……」

幹太は肩を震わせて泣いている。
私は胸が切なくて頭がおかしくなりそうだった。もう、やめてって心では叫んでいて、でも、幹太がずっと出来ずに苦しんできた謝罪の場を邪魔する事も、それも絶対にできなかった。

「僕さえしっかりしていれば、寧々さんの、左目だって、失わずに済んだはずで…」

左目という言葉が幹太の口から出た途端、お母さんは静かに席を立った。
無言のままこの場を立ち去ろうとする。土下座する幹太には目もくれようとせず…

「お母さん!
逃げないで、本当の過去にちゃんと向き合ってよ…
誰かを悪者にするのは、もうやめて…
悪者なんかいないの…
いるとしたら、それは神様だよ…
だって、こんなに、皆、苦しんできたんだから…」

私は泣くのを必死に堪えた。
私が泣いたら幹太が泣けなくなる。
今日は、幹太の気の済むまで感情を解き放してほしかった。ずっと、心の奥底に閉じ込めてきた、悲しさや悔しさややるせなさを全部…

お母さんは私の言葉を聞き終わると、それでも、その場を後にした。お母さんにとって、幹太は敵じゃない。今日はそれだけでも分かってほしい。幹太の涙に何一つ嘘はない事を。
お母さんが居なくなった後、お父さんが私達のためにコーヒーを淹れてくれた。私達が買ってきたお土産のクッキーをお皿に出し、お父さんにできる精一杯のおもてなしをしてくれた。
幹太も少し落ち着いたのか、黙ったままコーヒーを飲んでいる。

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