君の中で世界は廻る

便葉

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桜の頃 …8

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その三人組の女性達は一斉に首を横に振った。


「だって、先生は一年で帰っちゃうじゃない。
それに、大病院の御曹司なのに、きゆちゃんと結婚なんてあり得ないでしょ?

先生は東京に帰ったら、たくさんの若い女の人と出会いがあるんだから、ここではきゆちゃんは瑛太に譲ってください。

あ、そうなった時はね……」


流人はとりあえず困ったみたいなクシャとした笑顔を作り、三人に笑って見せた。
見た目はスーツを着こなした育ちのいいクールな御曹司が、実は中身は人懐っこいチャラ男気質の気さくな青年だと分かると、周りの女性はみんな心を癒される。
例にもれず、この三人組ももう流人にメロメロだった。

流人はその歓迎会の間、全く自分の席から動けなかった。
次から次へお酌にくる人達を邪険に扱うことはできないし、それに、島の人達は温厚で親切な人が多かった。

それでも、きゆの事はジッと見ている。
顔をその方向へ向けるだけですぐに見える位置に座っていたのも不幸だが、何よりも、きゆの隣の男の動向が気になり過ぎた。


「それでは宴もたけなわですが、このあたりでお開きにしたいと思います」


その合図とともに流人はすぐに立ち上がり、真っ先にきゆのいる場所に向かった。


「あ、流人先生、ニ次会はどうされますか?」


きゆは、村に一軒だけあるスナックで二次会がある事を流人に告げた。


「いい、今日は疲れてるから、遠慮しとく」


きゆは流人のその言葉を役場の人に伝えると、流人に車の鍵を渡した。


「送って行くから、先に車に乗ってて」


きゆは流人にそう言うと、まだ話していない人達に挨拶をするため大広間に戻った。

流人は車に乗り込むと、エンジンをかけてきゆを待った。
FMもAMも入らないため、車に置いてある真っ白なCDを入れて鳴らしてみると、それは誰かの漫談のCDだった。
結構、漫談って面白い…
流人はそう思いながら、座席を倒し寝転んできゆを待った。

すると、きゆが誰かと話しながらここへ歩いてくるのが分かった。
流人は座席を元に戻し、窓を開けて外を見た。


……マジか。


きゆが瑛太と楽しそうに話しながら歩いてくるのが見える。
一気に不機嫌モードに入ってしまう自分が情けない。


「流人先生、紹介しますね。
私の幼なじみで消防隊員の小川瑛太さんです」


そのきゆの他人行儀な物言いも、瑛太という男の筋肉モリモリなマッチョな風貌も、何もかもが流人は気に喰わなかった。


きゆは流人の機嫌が悪い事に、明らかに気づいていた。
お酒には強い流人だが、飲みすぎるとどちらかといえば陽気になる。
でも、今の流人は、目が半分しか開いてない。
機嫌が悪くなれば目を開けていることさえ億劫になるらしく、粘着質でそして戦闘モードの怪しげな目つきに変化する。


「池山先生は独身なんですよね?」


後部座席に座った瑛太は、いきなり場が読めない最悪な質問を流人に投げかけた。


「え? あ、はい」


流人は後ろに愛想を振りまくでもなく、そっけなくそう答えた。


「そっか… 
あの、この島には若い人がとにかく少なくて、先生には島の行事とかに参加してもらう事が多くなると思いますが、その時はよろしくお願いしますね」


きゆはホッとした。
当たり障りのない会話でこの時間を無事に過ごしたかった。


「あと、先生…
東京の病院ってやっぱりストレスとか嫌な事とかが多いんですかね?」


瑛太の声はバリトン歌手なみに通る声だ。
後部座席に寄りかかっていても、誰かの漫談が車の中に響き渡っていても、確実に流人達の耳に聞こえてくる。


「何でですか?」


流人はフロントガラスに見える暗闇の風景の一点を見つめながら、低い声でそう聞き返した。


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