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桜の頃 …9
しおりを挟む「いや、きゆがすごく痩せて帰ってきたから、相当心配してるんです。
昔はぽっちゃりしてて、マシュマロみたいに可愛くて、ほっぺにできるえくぼが本当によく似合ってて…
ま、女の人はお年頃になれば、痩せて綺麗になるとはいいますけど、でも、それでも、なんか、とても気になって」
きゆは運転をしながら、瑛太の口にガムテープを貼ってしまいたいと心でずっと思っいた。
「なんか、ちょっとやつれたというか、表情が寂しそうというか」
「瑛太、やめて」
きゆは我慢できずにそう叫んだ。
「流人先生にそんな話をしても迷惑なだけでしょ?
ほら、もうすぐ着くから、静かにしてて下さい」
瑛太は大きな声で笑った。
「きゆはいつもこんな感じなんですよ。
小さい頃からこうやって僕は怒られてばかりで。
なんか懐かしいな~、きゆが子供のままで嬉しいよ」
流人はうんともすんとも何も言わずに、暗闇の一点をずっと見ている。
瑛太の響き渡る大きな声を聞くだけで胸くそ悪くなるし、その幼なじみとかいう親密な関係にも吐き気さえ感じた。
流人の目は更に更に細くなり、これから始まる島での生活に順応できるのか、少しだけ自信をなくしていた。
きゆは先に瑛太を降ろし、そして病院へ車を走らせた。
「病院に泊まるんでよかったんだっけ?」
きゆが流人にそう問いかけても、流人は座席を倒し聞こえないふりをして車の天井を見ている。
「ねえ?」
流人は寝転んだまま、きゆの方に顔を向けた。
「きゆ、そんなに痩せたの?」
きゆはほとんど目が開いていない流人を見て、ため息をついた。
「そんなことないよ、ちょっとは痩せたかもしれないけど、もう元に戻ったから大丈夫」
流人はそれでも寝転んだまま、きゆをじっと見てる。
「東京の病院でなんか嫌なことがあった?」
「…………バカ」
さすがのきゆも気が重くなった。瑛太達が心配しているきゆの憂鬱の原因は、今ここで寝転がっている。
「あのマッチョはきゆの事が好きで、あのマッチョときゆを結びつけとようと島の人達は密かに思ってる」
「そのマッチョって呼ぶのはやめて」
きゆはそう言いながら笑ってしまった。
流人はすぐにあだ名をつけたがる。以前勤めていた病院のスタッフにも裏の呼び名がたくさんあった。
「俺さ、久しぶりに超嫌な気分だった。
ここはきゆのホームグランドで、俺はよそ者で、俺がきゆを迎えに来たなんて知ったら、この島初の殺人事件になりかねない勢いじゃん?」
きゆは病院の駐車場に車を停め、そして、不機嫌過ぎて落ち込みモードになっている流人に優しく声をかけた。
「流ちゃん、着いたよ。
もう、余計な事は考えないで、今日はゆっくり体を休めなきゃ」
流人はそれでもシートから起きようとしない。
「あのマッチョに早く教えた方がいいかもな…
俺ときゆはこの島から出て行くんだって…」
きゆは大きくため息をつき、自分の座席も流人と同じ位置まで下げ、そして流人の方を向いて横になった。
「流ちゃん、私はこの島から出て行かないし、流ちゃんとよりを戻そうとも思ってない。
だから、瑛太にも島の人達にも余計な事は言っちゃだめだよ。
こんなに小さな島なんだから、あっという間に噂になって広がって、もうたいへんな事になるから…」
流人は話している途中のきゆの口を指でつまんだ。
「そんなことどうでもいいし。
俺が決めたことは何があってもくつがえらないって知ってる?
きゆは俺と一年後には帰る。
それは島の人総出で反対してきても、何も変わらないんだ」
きゆは流人の顔をぼんやり見ていた。
……だったら、何であんな事したの?
きゆが何も言わずに黙っていると、流人は小さくため息をついて軽く口角を上げ笑ってみせた。
「そんな顔をするから、あのマッチョが寂しそうな表情が気になってなんて言うんだぞ」
きゆはそんな風に威張って話す流人のほっぺをつねった。
「だったら、流ちゃんもあんな不機嫌な顔をしないでよ。
せっかくの大きな目が糸みたいに細くなるの分かってる?
それより、早く車から降りなきゃ風邪ひくよ」
流人は中々動こうとはせずに、頭の下で手を組んでまた天井を仰いだ。
「流ちゃん…」
流人はもう一度きゆの方へ顔を向け、切なそうな目できゆを見る。
きゆは分かっていた。流人の俺様気質は寂しがりの裏返しだと。
「きゆ、俺にキスして…」
きゆは流人のその言葉で胸が張り裂けそうになった。
流人を忘れるためにたくさんの涙を流したけれど、きゆの心はいつもあの流人の優しいキスを求めていたから。
「だって、私達、つき合ってないのにキスなんてダメだよ」
「バラの花のお返しは?
俺がどんなに苦労してあの花達をここに連れてきたと思ってんだよ…」
俺様流人は、たまに子供のような言い訳をする。
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