はじまりと終わりの間婚

便葉

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まひるの誕生日

…6

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考えてみれば、私達は、部屋に準備してもらった朝食にほとんど口を付けなかった。
何故?って聞かれると、初めての事を始める前の緊張感とワクワク感?だと答えるしかない。
ミチャに限っては、緊張感の方が勝っていると思うけれど。
それだけ、私とミチャにとって、海水浴というレジャーは馴染みのない未知の領域だった。
そんな私達は緊張感から解放されて、今、夢中でご馳走を食べている。

「ねえ、まひる…
こんなにお腹いっぱいになったら、しばらくは海には入らない方がいいと思う。
ちょっとだけ休憩しよう」

「休憩?
まだ、何も始めてないのに?」

私は可笑しくて、飲んでいたソーダを吐き出しそうになる。

「いいんだ。
ここから見える海の雰囲気を僕はすごく気に入ったし、テラスを全開にすれば潮の香りもさざ波の音も手に取るように分かる。
それに、果物もケーキも、まだたくさん残ってるしね」

私とミチャはよく似てる。
私だって、そう思っていた。
このコテージは、このホテルの敷地内で一番眺めのいい場所にある。
全てが自然のままで、どの角度から切り取っても、そこには美しい沖縄の壮大な海と空のグラデーションが広がっていた。
だからこそ、ホテル側はこの場所にコテージを建て、最高のロケーションをVIPのお客様にお届けしている。

インドアの人間が無理に海へ入らなくていい。
インドアの人間はインドアの人間なりの海の楽しみ方があるんだから。

「ミチャ…
海は、あとで、散歩したい。
真っ白い砂浜を歩いて、波打ち際で足を水につけるだけでいい。
そして、気が向いたら、海で泳げばいいかな、なんて思ってる…」

ミチャの瞳は、私を通り越して窓の外の風景を捉えている。

「今日は、まひるの誕生日だよ。
だから、まひるのしたい事が僕のしたい事なんだ。

僕は、僕のわがままな結婚に付き合ってくれたまひるに、少しでも色鮮やかな記憶を残してあげたいと思ってる。
いつか、この日を振り返った時、素敵な思い出であってほしいって…

それに、そうだね…
別に海は泳ぐだけのものじゃない。
もう少し日が翳ったら、この海辺の散策に出かけよう」

ミチャはそう言い終わると、わざとらしく私の様子を目を細めて窺う。
僕の気持ちは伝わったかな?なんて、細めた瞳は穏やかで優しくて、私の心はいつもに増してときめいてしまう。

ミチャの素敵な言葉は、テラスから吹き込む潮風に乗って、私の周りをゆらゆらと漂い消えていく。
はじまりと終わりが分かっている私達の今は、蜻蛉のような儚いひと時に違いなかった。

「ミチャ、この大きい方のケーキ、一緒に食べる?」

私はすぐに話をそらした。
終わりを予感させるような話は、それ以上聞きたくないから。

「もちろん!」

単純で鈍感なミチャ…
ミチャを好き過ぎる私の事を、いつかは気付いてくれるのかな…

結局、私達は、夕方近くまでコテージで過ごした。
海で泳ぐ事はなく、真っ白い砂浜と透明な水の交わる場所を、ただ、意味もなく歩き続けた。
コテージの中では、私は絵を描いたり、ミチャは本を読んだり、二人が過ごす休日の時間は、同じ空気感に包まれている。
変なところで気が合ったり、お互いがお互いを邪魔と思わない居心地の良い不思議な感覚は、きっと、私だけが感じている事じゃない。
鈍感なミチャだって、きっと、必ず感じてくれている。

そして、ホテルの部屋へ戻った私は、また、驚いて涙線が緩んでしまった。
ミチャが私のために今度こそは本人が、ホテルの人に頼んでバースディディナーを準備してくれていた。
薄暗い照明の中、二本のろうそくが灯されたテーブルの上に、ワンプレートに私の好物がたくさん載っている。
まるで、お子様ランチの大人バージョンみたいに。
そして、その隣には、ロボットのぬいぐるみが置いていて、そのロボットは“まひる、お誕生日おめでとう! ミチャより”と書かれたメッセージカードを抱えていた。

昨日、ミチャが作ったてるてる坊主に似たそのぬいぐるみを私はギュッと抱きしめる。

「ミチャ、ありがとう…
すごく、嬉しい…」

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