はじまりと終わりの間婚

便葉

文字の大きさ
26 / 97
まひるの誕生日

…6

しおりを挟む



考えてみれば、私達は、部屋に準備してもらった朝食にほとんど口を付けなかった。
何故?って聞かれると、初めての事を始める前の緊張感とワクワク感?だと答えるしかない。
ミチャに限っては、緊張感の方が勝っていると思うけれど。
それだけ、私とミチャにとって、海水浴というレジャーは馴染みのない未知の領域だった。
そんな私達は緊張感から解放されて、今、夢中でご馳走を食べている。

「ねえ、まひる…
こんなにお腹いっぱいになったら、しばらくは海には入らない方がいいと思う。
ちょっとだけ休憩しよう」

「休憩?
まだ、何も始めてないのに?」

私は可笑しくて、飲んでいたソーダを吐き出しそうになる。

「いいんだ。
ここから見える海の雰囲気を僕はすごく気に入ったし、テラスを全開にすれば潮の香りもさざ波の音も手に取るように分かる。
それに、果物もケーキも、まだたくさん残ってるしね」

私とミチャはよく似てる。
私だって、そう思っていた。
このコテージは、このホテルの敷地内で一番眺めのいい場所にある。
全てが自然のままで、どの角度から切り取っても、そこには美しい沖縄の壮大な海と空のグラデーションが広がっていた。
だからこそ、ホテル側はこの場所にコテージを建て、最高のロケーションをVIPのお客様にお届けしている。

インドアの人間が無理に海へ入らなくていい。
インドアの人間はインドアの人間なりの海の楽しみ方があるんだから。

「ミチャ…
海は、あとで、散歩したい。
真っ白い砂浜を歩いて、波打ち際で足を水につけるだけでいい。
そして、気が向いたら、海で泳げばいいかな、なんて思ってる…」

ミチャの瞳は、私を通り越して窓の外の風景を捉えている。

「今日は、まひるの誕生日だよ。
だから、まひるのしたい事が僕のしたい事なんだ。

僕は、僕のわがままな結婚に付き合ってくれたまひるに、少しでも色鮮やかな記憶を残してあげたいと思ってる。
いつか、この日を振り返った時、素敵な思い出であってほしいって…

それに、そうだね…
別に海は泳ぐだけのものじゃない。
もう少し日が翳ったら、この海辺の散策に出かけよう」

ミチャはそう言い終わると、わざとらしく私の様子を目を細めて窺う。
僕の気持ちは伝わったかな?なんて、細めた瞳は穏やかで優しくて、私の心はいつもに増してときめいてしまう。

ミチャの素敵な言葉は、テラスから吹き込む潮風に乗って、私の周りをゆらゆらと漂い消えていく。
はじまりと終わりが分かっている私達の今は、蜻蛉のような儚いひと時に違いなかった。

「ミチャ、この大きい方のケーキ、一緒に食べる?」

私はすぐに話をそらした。
終わりを予感させるような話は、それ以上聞きたくないから。

「もちろん!」

単純で鈍感なミチャ…
ミチャを好き過ぎる私の事を、いつかは気付いてくれるのかな…

結局、私達は、夕方近くまでコテージで過ごした。
海で泳ぐ事はなく、真っ白い砂浜と透明な水の交わる場所を、ただ、意味もなく歩き続けた。
コテージの中では、私は絵を描いたり、ミチャは本を読んだり、二人が過ごす休日の時間は、同じ空気感に包まれている。
変なところで気が合ったり、お互いがお互いを邪魔と思わない居心地の良い不思議な感覚は、きっと、私だけが感じている事じゃない。
鈍感なミチャだって、きっと、必ず感じてくれている。

そして、ホテルの部屋へ戻った私は、また、驚いて涙線が緩んでしまった。
ミチャが私のために今度こそは本人が、ホテルの人に頼んでバースディディナーを準備してくれていた。
薄暗い照明の中、二本のろうそくが灯されたテーブルの上に、ワンプレートに私の好物がたくさん載っている。
まるで、お子様ランチの大人バージョンみたいに。
そして、その隣には、ロボットのぬいぐるみが置いていて、そのロボットは“まひる、お誕生日おめでとう! ミチャより”と書かれたメッセージカードを抱えていた。

昨日、ミチャが作ったてるてる坊主に似たそのぬいぐるみを私はギュッと抱きしめる。

「ミチャ、ありがとう…
すごく、嬉しい…」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

『 ゆりかご 』 

設楽理沙
ライト文芸
  - - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - - ◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。 " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。 ―――― 「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語 『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』 過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、 そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。 [大人の再生と静かな愛] “嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”  読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。 ――――            ・・・・・・・・・・ 芹 あさみ  36歳  専業主婦    娘:  ゆみ  中学2年生 13才 芹 裕輔   39歳  会社経営   息子: 拓哉   小学2年生  8才  早乙女京平  28歳  会社員  (家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト) 浅野エリカ   35歳  看護師 浅野マイケル  40歳  会社員 ❧イラストはAI生成画像自作  

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

処理中です...