はじまりと終わりの間婚

便葉

文字の大きさ
86 / 97
出発日前日

…3

しおりを挟む



「まひる…
これは優しさだと、私は思う。
覚悟を決めておけば、そうならなかった時はすごく幸せを感じる事ができるし、そうなったときは心の準備はできてるから」

先輩はそう言った後に、ミチャの表情を窺った。
ミチャはまだテーブルの一点を見つめている。

「それに、ミチャさんもそのつもりだから離婚届を準備した。
私は、そういうところでも冷静なミチャさんに感動した。
そして、すごくすごくホッとした。
どっちに転んでも、傷は浅くて済むものね」

どっちに転んでもと言いながら、私達が別れる事が前提じゃん。
何も言わないミチャの代わりに、私が先輩に意見をする。

「先輩は、私達が別れるって思い込んでいるみたいだけど、そうならないように努力します。
ううん、努力も要らない。
そうはならないから」

先輩は可愛い妹を見るような目で、私に微笑んだ。
あなたが決める事だから…と、心の声が聞こえてくる。
すると、ミチャがやっと声を出してくれた。
それも、聞き取れないほどの小さな声で。

「もし、まひるが僕の事を気に掛けなくなったとしても、僕はまひるのファンはやめない。
そう約束したもんな…」

何だか元気がないミチャ…
明日は出発の日なのに、私はミチャが心配でイタリアへ行く気が失せてくる。
でも、確かに先輩の言葉には一理あった。
ここ数日、大学の教授や仲間に触れる機会が多かった。
否が応でも、神田まひるは日本を代表する若手画家として、ヨーロッパへチャレンジに行く事を心にも頭にも刷り込まれる。
そして、私の中でも変化があった。
今まで眠っていた創作意欲と情熱が少しづつ動き始めている。

ミチャの様子が気になっていたけれど、風磨がタイミングよくやって来た。
風磨って本当に凄い。
空気が重かったこの部屋を、一瞬で明るくしてしまうから。

「これで、もう、皆、揃った?」

風磨は、わざとらしくミチャにそう聞いた。
私も先輩も返事はせず、その役目はミチャに任せている。

「森魚君がちょっと遅れて来る。
それで、全員集合かな」

風磨は分かっていたくせに、ガクッと肩を落とす。

「あいつは酒が入ったら、たちが悪くなるからな~」

「今日は大丈夫だよ。
こわ~い保護者が二人も揃ってるから」

先輩は私の腕を組んで、そう言った。
私も苦笑いをしながら、一緒に頷く。

そして、そんな森魚も合流して、私の送迎会が盛大に始まった。
送迎会というのは名ばかりで、これだけ個性的なメンバーが集まってしまえば話題が事欠かない。
特に、沙織先輩のコイバナが最高に面白かった。

「どんどん綺麗になってどんどん幸せになっていくまひるの姿を目の当たりにして、めちゃくちゃ刺激を受けた私は人生初の婚活に取り組んだんだけど…」

私はその話の全容を知っている。
だから、悪いんだけど、もうこの時点で笑いがこみ上げた。
先輩はマッチングアプリで知り合った男性と、少しだけお付き合いをしていた。
有能でクールな女性を演じている先輩は、そろそろ化けの皮が剥がれるのも時間の問題で、その度に起こるハプニングが本当に面白過ぎた。
しばらく先輩の独演会が続き、やっと、私とミチャに皆の視線が戻る。

「それで、明日、離れ離れになってしまう感想は?
あ、俺は、その状況は歓迎するけどね」

風磨のその言葉に、森魚は切なそうに頷いた。
もはや、森魚は一番の事情通になっているのかもしれない。
風磨の事情も、私の事情も?
まず、先に答えるのは私らしく、風磨は目線でそう合図する。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

処理中です...