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出発日前日
…3
しおりを挟む「まひる…
これは優しさだと、私は思う。
覚悟を決めておけば、そうならなかった時はすごく幸せを感じる事ができるし、そうなったときは心の準備はできてるから」
先輩はそう言った後に、ミチャの表情を窺った。
ミチャはまだテーブルの一点を見つめている。
「それに、ミチャさんもそのつもりだから離婚届を準備した。
私は、そういうところでも冷静なミチャさんに感動した。
そして、すごくすごくホッとした。
どっちに転んでも、傷は浅くて済むものね」
どっちに転んでもと言いながら、私達が別れる事が前提じゃん。
何も言わないミチャの代わりに、私が先輩に意見をする。
「先輩は、私達が別れるって思い込んでいるみたいだけど、そうならないように努力します。
ううん、努力も要らない。
そうはならないから」
先輩は可愛い妹を見るような目で、私に微笑んだ。
あなたが決める事だから…と、心の声が聞こえてくる。
すると、ミチャがやっと声を出してくれた。
それも、聞き取れないほどの小さな声で。
「もし、まひるが僕の事を気に掛けなくなったとしても、僕はまひるのファンはやめない。
そう約束したもんな…」
何だか元気がないミチャ…
明日は出発の日なのに、私はミチャが心配でイタリアへ行く気が失せてくる。
でも、確かに先輩の言葉には一理あった。
ここ数日、大学の教授や仲間に触れる機会が多かった。
否が応でも、神田まひるは日本を代表する若手画家として、ヨーロッパへチャレンジに行く事を心にも頭にも刷り込まれる。
そして、私の中でも変化があった。
今まで眠っていた創作意欲と情熱が少しづつ動き始めている。
ミチャの様子が気になっていたけれど、風磨がタイミングよくやって来た。
風磨って本当に凄い。
空気が重かったこの部屋を、一瞬で明るくしてしまうから。
「これで、もう、皆、揃った?」
風磨は、わざとらしくミチャにそう聞いた。
私も先輩も返事はせず、その役目はミチャに任せている。
「森魚君がちょっと遅れて来る。
それで、全員集合かな」
風磨は分かっていたくせに、ガクッと肩を落とす。
「あいつは酒が入ったら、たちが悪くなるからな~」
「今日は大丈夫だよ。
こわ~い保護者が二人も揃ってるから」
先輩は私の腕を組んで、そう言った。
私も苦笑いをしながら、一緒に頷く。
そして、そんな森魚も合流して、私の送迎会が盛大に始まった。
送迎会というのは名ばかりで、これだけ個性的なメンバーが集まってしまえば話題が事欠かない。
特に、沙織先輩のコイバナが最高に面白かった。
「どんどん綺麗になってどんどん幸せになっていくまひるの姿を目の当たりにして、めちゃくちゃ刺激を受けた私は人生初の婚活に取り組んだんだけど…」
私はその話の全容を知っている。
だから、悪いんだけど、もうこの時点で笑いがこみ上げた。
先輩はマッチングアプリで知り合った男性と、少しだけお付き合いをしていた。
有能でクールな女性を演じている先輩は、そろそろ化けの皮が剥がれるのも時間の問題で、その度に起こるハプニングが本当に面白過ぎた。
しばらく先輩の独演会が続き、やっと、私とミチャに皆の視線が戻る。
「それで、明日、離れ離れになってしまう感想は?
あ、俺は、その状況は歓迎するけどね」
風磨のその言葉に、森魚は切なそうに頷いた。
もはや、森魚は一番の事情通になっているのかもしれない。
風磨の事情も、私の事情も?
まず、先に答えるのは私らしく、風磨は目線でそう合図する。
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