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僕は、君のことが
しおりを挟む俺の胸に縋りついて、男が泣いている。
やがて声は段々と小さく、か細くなり、しゃくりあげるような喉の音へと変わっていった。
泣くのは体力を使う。
心の奥の奥にしまい込んだ、幾重にも折り重なるものを吐き出し続ければ、なおのこと疲れるに決まってる。
ペース配分も何もなく叫び続けていたから、男の常ならば耳障りの良い声もすっかりガラガラだ。
えふ、けほ、と苦しそうな咳をし始めた背中をやさしく撫で叩いてやり、髪越しにつむじに唇を寄せる。
細く滑らかな髪がくすぐったくて、思わず声なき笑いが漏れた。
そうして咳き込みながら肩で息をしていた男が、こちらを仰ぎ見た。
あぁ、やっぱり。
目頭もだが、下瞼が痛々しく腫れて赤くなっている。
触れると痛みを感じるだろう色味で、これは冷やさないと辛いことになるかもしれない。
冷凍庫から保冷剤を取り出そうか。
そう考えて、冷蔵庫の方へと視線をやったところで、男がおずおずとした調子で声をかけてきた。
「あの……気のせいだったら、申し訳ないなと思うのだけど。
もしかして、君。
僕のこと、好きなの?」
こてりと首を傾げる男にあわせて首を傾げる。
え? 俺、言ったよな?
そう思いながら、記憶に目を走らせる。
しばらく記憶の逆再生を続けながら、いつまでも肝心の言葉が出てこないことに自然と血の気が引いていく。
嘘だろ? 俺、言ってないのか!?
肝心の、好きだと言う言葉を。
告白すらせぬままに、俺と生死をともにしようなんてことを言い放ったのか!?
忙しなく顔を青ざめ、赤らめと変える俺の耳に、くすくすと軽やかな笑声が届く。
閉ざしていた視界を開いて顔を上げれば、お腹に手をあてて前屈みになりながら、面白そうに、くすぐったそうに笑う男の姿が目に入る。
それにむっとし半眼で見やれば、笑いながら謝られる。
謝られてはいるものの、笑声混じりのそれをいただいたところで嬉しくもなんともない。
むしろ腹立たしいばかりだ。
憮然と鼻で息を吐けば、今度こそ笑いを引っ込めて男がごめんごめんと謝った。
下瞼の上に薄く張った涙の膜を指で拭い、すっと背筋を伸ばす。
そうして男は、やわらかな微笑を湛えたまま口を開いた。
「アキラ」
目を見開く。
やわらかく軽やかな調子で以て紡がれた三音。
それを、恋しい男が紡いだと言うだけで。
たったそれだけのことなのに、こうも胸があたたかく、満たされるものなのか。
そうして再度、男が口を開く。
「僕はね、アキラ。
君のことが、大好きだよ」
紅の瞳を三日月型に細めて紡ぐ言の葉。
そこに込められたあふれんばかりの愛しい気持ち。
それが鼓膜を震わすたびに胸がじんと熱を帯び、喜びが降り積もるように広がっていく。
あぁ、先に言われるだなんて、まったく以て格好がつかない。
そう思えど、決して嫌な気持ちになどならないのだから、本当にどうしようもない。
これだから、どうしたってこの男には叶わない。
そう満たされた心地のまま、男の茶混じりの紅をしっかりと見つめ返し、返歌を紡ぐ。
「俺も。
お前が大好きだ」
名前を呼べぬことがどうにも口惜しいが、その分ただ真っ直ぐに、目を逸らすことなく、見据えたまま言ってやった。
その俺の返答に、男がたまらないとばかりに笑顔を花開かせながら、胸を張ったままに言葉を返す。
「……知ってる!」
満面の笑みを浮かべる男につられ、笑う。
少し遅くなったが。
俺は、お前のことを好いているよ。
誰よりもなによりも眩しく、流星のごとく駆け抜ける在り方や、軽やかに歩き出すところ。
そしてその、しなやかな生き様を映し出す後ろ背を、一等愛してるとも。
自然と視線が絡みあい、顔を寄せる。
男がそれにあわせ、くんと背伸びをするのに口端で笑い、褐色のまろい頬を覆うようにして手を添える。
顎の下に入り込んだ手のひらで顎をすくい上げ、上向かせる。
美しい容貌、その薄い肉づきの唇へと舌を這わせ、僅かな隙間から内へと滑り込ませた。
重なりあう唇を通り過ぎ、奥のあたたかく湿り気を帯びた口内を味わいたくて目を閉じる。
規則正しく立ち並ぶ真白のエナメル、その一つひとつに舌を這わせる。
侵入者に驚いたのだろうか。
逃げようと縮こまる薄く小さな舌先を軽く撫で、奥に引っ込んでしまうのを追わず、再度の訪いを待ちながら天井の壁を擽るようになぞる。
くふっ、と吐息が漏れるのにいったん動きを止めれば、頬を包む手に微かな振動が伝わってくる。
あぁ、うまいこと呼吸ができないのか。
名残惜しくはあるのだが、無理はさせたくない。
最後に、ほんの少しだけ伸びてきた舌の先端をするりと撫でるように舌を這わせ、口を離した。
男がはっと大きく息を吐き、背をのけ反らせる。
その背を頬を包んでいた方の手で支える。
震える身体を宥めるためだろうか。
俺の服の胸元をぎゅうと両手で握り締めているのがかわいらしく、もう終わったぞと示すために額を重ね合わせ、なぁと呼びかける。
ふるふると震えるまつげが蛍光灯の明かりに照らされて、頬に扇状の影を作る。
それが徐々に上へと登り詰め、この世で最も美しい真っ赤なルビーが現れる。
木々に抱かれたためにその樹肌の色が映り込む、深く奥行きを感じさせる二つの紅玉。
その美しい色合いに見惚れていると、つ、と。
二つの紅玉がなんとも悪戯げに、子どもっぽい色を瞬かせて弓形になった。
口角もどこか小悪魔の風情をまとわせたままにくいと上がり、薄い胸に片手を当て胸を張る。
そうして自信満々ですと言いたげな語調で以て、男は爆弾を落とした。
「僕ね、名器なんだって!
だから、アキラ。
今日は楽しみにしてくれていいんだよ?」
音にするなら、ふふんっ!
まさにそんな調子で、何ともアレな発言をぶっ放してくださった。
いや、ちょっと待て?
ここでそのような発言をするのはいかがなものか。
わかってた、わかってはいた。
これだけ魅力的な男なのだ。
男にその身を求められたことなど、一度や二度では利かなかっただろう。
それ故に、経験があるのだろうと察してはいても。
そうだと肯定するような発言をされたうえで。
面白いと思える男がいるなら見てみたい。
故に。
どう? 僕ってすごいでしょ!
そう言いたげな顔でぴょこぴょこ小さく跳ね回る男の額を、ぺしりと平手ではたいてやった。
その顔は確かにかわいい。
だが、先の失言でマイナス百点を叩き出しているため、サヨナラホームランである。
額を押さえ、なんでぇと小さく不平を漏らす男に大きくため息を吐く。
まったく締まらないなと苦笑はすれど、それすら愛おしく思ってしまうのだから、つくづく得な性格をしている。
俺が本気で怒ってないことがわかったのだろう。
男が俺の手をとり、こちらをたびたび振り返りながら、俺の寝室へと足を向ける。
え、本気なのか?
お前、本気で俺と抱き合ってくれるのか?
頭上に盛大に疑問符を飛ばしながら、足だけは手を引かれるまま動かし続ける。
豪快に部屋の扉を開け放ち、明かりを灯さぬままに真っ直ぐにベッドへと突き進む男。
その勢いを殺さぬまま、まず薄手の赤のトレーナーを脱ぎ捨てる。
中の白のタンクトップも裾をまとめて掴んだのか、トレーナーの中で裏返しのまま床に転がっている。
そのまま細身のスキニージーンズへと指を通し、やると思ったが下着ごと引っ掴んで引きずり下ろした。
さすがに靴下は一緒くたに脱げなかったらしく、片足ずつ上げて裾に指を突っ込みスポンと抜いて、これも丸まったまま床へ落とす。
最後に背に流した三つ編みと左頬にかかるように垂らした一房、これをまとめていた髪飾り――金環を外すと、床にちらばした服の上へと落っことし、元気よくベッドへとダイブした。
そうして仰向けになってこちらを振り向くと、おいでと言わんばかりに両手を広げて満面の笑みを向けた。
うっわぁ、変なところで男らしく豪快だ……。
俺はこの間、何をしていたかと言えば、部屋に入ってすぐの壁に埋め込まれたスイッチに手を伸ばし、豆電球の明かりをつけようと何度か押していたところである。
あまりの早業にただ見ることしかできず――網膜に焼きついた上向きの小尻とすらりと美しい二脚の脚にごくりと生唾を飲んだ。
ふらふらと誘われるままに男が横になるベッドへと近づき、脱ぎ散らかした服を拾い、軽くはたいて畳むとベッド脇の小棚に置いた。
金環二つも重しとして服の上に置き、はやくはやくと視線のみで訴える男を待たせるのも悪いと思い、手早く服を脱いで畳み、男の服の横へと並べて置いた。
うん。
できることなら俺が脱がしたかったなぁと思いつつ、ベッドへと乗り上げた。
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