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「ねぇりつ、私のこと、好き?」

 ソファーの上で煙草を吸いながら雑誌を読んでいる彼に私が問い掛けると、

「何だよ、いきなり」

 面倒臭そうな表情を浮かべながら、律は私を見た。

「好き?  嫌い?」

 そんな彼にめげず、もう一度質問を投げ掛けると、

「嫌いだったら一緒に居ねぇだろ?」

 なんて台詞を口にして雑誌に視線を戻してしまう。

『好き』その一言が私は聞きたいのに……何故だかいつもはぐらかされてしまう。

 欲しかった答えと違うので黙り込んだ私。

 その不自然な静けさを不思議に思ったのか再び私の方に視線を移した律は、

「何て顔してんだよ?  そんな不貞腐れてばっかいるとブサイクになるぞ」

 なんて笑いながら言ってきた。

(誰のせいでこんな表情かおになってると思ってんのよ、馬鹿)

 分かってるくせにはぐらかして来るのが腹立たしいのに、そんな事を言うとまた面倒臭がられてしまうから言わない。

「――と、んな事よりそろそろ帰る支度しろよ。もう二十一時過ぎたぞ」

 ふと時計に目をやった律は二十一時を過ぎている事に気付き、読んでいた雑誌を閉じて煙草の吸い殻を灰皿に押し付けると、欠伸をしながら気怠そうに立ち上がった。

「……帰りたくない」

 律の行動に反して、私は頬を膨らませながら駄々をこねるてみるけれど、そんな私に構わず律は私の荷物を手に取りながら、

「我儘言うなら出入り禁止にするぞ?」

 私が嫌う言葉の一つを口にするので、

「……意地悪」

 渋々ながら、立ち上がざるを得なくなる。

「ほら、良い子だから行くぞ」

 未だ不満が表情に滲み出ている私の頭に手を軽くポンと乗せると、子供を宥めるように言い聞かせてくる律。

「子供扱いしないで。こんなんじゃ嫌」

 だけどそれじゃあ足りないとそっぽを向く私に彼は、

「ったく、困ったお姫様だな」

 溜息を吐くと私の顎を指先で軽く持ち上げて、

「――んっ……」

 少し強引なキスをしてくれる。



 私は、木村きむら  琴里ことり
 十七歳の高校二年生。

 彼は、古屋ふるや  りつ
 三十歳の小説家。

 十三歳差の私たちは、

 約三ヶ月前から付き合っている。


 私は少し見た目が派手で、世間からすれば、『ギャル』と言われる部類に入ると思う。

 髪は明るめの茶髪だし、メイクもちょっと濃いめ。

 別に意識してるわけじゃないけど、周りがやるから何となく。

 こんなんだからいつも寄って来るのは軽いナンパ男とか、エロいオヤジばっかり。

 律と初めて出会ったあの日だって、ナンパ男に絡まれてたのを偶然通りかかった律に助けを求めたのが全て始まりだった。

 コンビニ帰りの律は助けを求めた私を面倒臭がりながらも追い払って助けてくれた。

 でも、助けてもらってなんだけど、終始面倒臭そうな態度にはすごくイラついた。

 それに、

『普通、男に絡まれて嫌がってる女の子が居たら助けようって思わない?』って律に言ったら、『色気のある女だったらまあ考えなくもないけど、子供ガキじゃなぁ』なんて返されたもんだから、それが何だかすごく悔しくて、

『それじゃあ、子供ガキなんて言われないくらいの女になる!』って意気込んだ私には律も苦笑い。

 だけど、『面白ぇ、やれるもんならやってみな』なんて言われたから内心ビックリしたの。

 だって、絶対鬱陶しいって言われると思ったんだもん。

 それにね、

 恋愛未経験の私には成り行きだけど助けてくれた律がヒーローのように見えて格好良くて、密かに一目惚れしてしまっていたの。

 それから毎日のように律に会いに行ってはウザがられ、しまいにはストーカー扱い。

 だけどめげずに自分磨きを頑張って、ギャルメイクからキレイめな大人を目指したメイクに変えてみたり、子供に見られないように必死に背伸びをしながら律に猛アタックを繰り返し、

 出逢いから二ヶ月が経った頃に、

「……俺と付き合っても面白くも何ともねぇと思うけど、それでもいいならいいんじゃねぇの?」

 という言葉を貰って私は律の彼女になった。

 それから約三ヶ月が経ったけど、

 律は相変わらず私を子供扱いする。



 律は狡い。

 何かあるといつも、『子供』の一言で片付ける。

 私だって、早く大人になりたい。律にもっと、好きになってもらいたい。



「琴里」
「え?」

 名前を呼ばれて我に返る。

「ほら、もうすぐ着くぞ」

 律の住むアパートから私の家までは車で三十分くらいの距離にある。

 学校が律のアパートから比較的近くだから学校帰りは必ず寄っている。

 律は小説家だから常に家に居るし、家事が苦手だって言う律に代わって私が家事の一切を取り仕切っている。

 傍から見れば、それなりに彼氏彼女として成り立っていると思われる私たち。

 だけど、何か違うっていうか、足りない気がするの。

 私は常に『好き』って言ってるけど、律は一度も言ってくれないから、

 いつも、不安になる。



「着いたぞ」

 家のすぐ近くに車を停めてくれた律。

 帰らなきゃいけないのは分かってるんだけど、律の傍を離れたくなくて動けずに居る。

「また明日会えるだろ?」

 煙草を灰皿に捨てながら優しい口調で諭してくれるけど、

「……だって、もっと一緒に居たいもん……」

 どうしても離れたくなくて、我儘を言う。これだから子供って言われるのは分かってる。

 だけど、好き過ぎて一秒だって離れたくないのだ。

「あんま遅いと、親御さん心配すんだろ?  な?」
「…………」
「琴里、こっち向け」
「え?」

 そう言われて俯いていた私が律の方を向くと、ふいに――短いキスをされる。

「!」
「またな?」

 自宅のすぐ側での不意打ちのキスに顔が赤くなるのを感じていく。

(だ、誰かに見られてるかもしれないのに!  もう!)

 嬉しい反面恥ずかしい私は、律の顔を見ないで車を降りて、玄関前まで走って行く。

 それとほぼ同時に車のエンジン音が聞こえて思わず後ろを振り返ると、律は不敵な笑みを浮かべ、ひらひらと手を振りながら車を走らせて行ってしまった。


「……またね、律。気を付けて帰ってね」

 そう呟いた私は家の中に入って行った。


 律は大人だから、恋愛経験もそれなりみたいだし余裕もある。

 それに比べて私は、恋愛経験も無ければ我儘ばかりの子供。

 愛想を尽かされないように良い子を演じるべきか迷ったけど、ありのままの私を好きになって欲しいから、我儘を言うのも、甘えるのも止めない。


《律、我儘ばっかり言ってごめんね、嫌いにならないでね?》

 寝る前に今日の事を反省した私はメッセージを送ると、

《それくらいで嫌いになんてならねーよ、おやすみ》

 そんな答えが返ってくる。

《ありがとう、大好き!  おやすみ》

 嬉しくなった私はそう返信して、また明日、律に会えるのを楽しみに眠りについた。
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