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 スーパーに着いた私たちは夕飯の食材やらをカートに入れていく中、

「あら?  古屋くんじゃない?」

 突然誰かが律に話しかけてきた。

「おー、林田か?  久しぶりだな」

 林田と呼ばれたその人はすごく綺麗な女の人。

 モデルみたいにスタイルが良くて、雰囲気も大人の女って感じで、律が好きそうなタイプだった。

「あら、その子は?」

 そんな林田さんは律のすぐ横に居た私に気付いて問掛ける。

「ああ、コイツは――」
「あ、もしかして、妹さん……?」
「あーまぁ、そんなトコだ」

 林田さんの言葉に曖昧に頷く律に、私は思わず眉を顰めた。

(は?  何それ。妹みたいなモンってコト?  私は律の彼女じゃないの?)

 林田さんの言葉を否定しなかった律は、そのまま彼女と楽しそうに会話を進めていくのだけど、私の心の中はふつふつと怒りが渦巻いていく。

「それじゃあ、またね、古屋くん」
「ああ、またな」

 それから暫くして、ようやく話が終わったのかにこやかに別れた二人。

「悪いな、待たせて。行くぞ」

 そして、何事も無かったかのように行こうとする律に、私はブチ切れた。

「……何で?」
「あ?」

 私の呟きに疑問を持った律は立ち止まる。

「……何で、言わないの?」
「言わないって、何をだよ?」

 しかも、律は私が何で怒ったのか、全然分かってない。

 それがどうしようもなくムカついて、悲しくて、

「……もう、いいよ」

 怒る気力すら失せてしまった私は律からカートを奪って一人レジに向かって行った。


「おい!」

 会計を済ませ、袋を両手で持ちながら無言で歩いて行く私を追いかけてくる律。

「琴里!」

 アパートから程近い場所にある、小さな公園近くに差し掛かったのと同時に律が私の腕を掴んで歩みを止めた。

「…………」

 動きを止められてしまった私は無言で律を睨みつける。

「何だよ、何で怒るんだ?」

 全く訳が分からないといった感じで理由を聞いてくる律。

 きっと、律にとって私が怒ってる原因なんて、『どうでもいいくだらないこと』なんだと思う。

 確かに、あんなことくらいで怒らなくても良かったのかもしれない。

 でも、私は傷付いたのだ。

「琴里……」
「……私、律の妹じゃ、ないよ?  彼女だよ?……ごめん、今日はもう、帰る」

 それだけ答えると、スーパーの袋を律に押し付けた私はそのまま走り出した。


 嘘でも、妹だなんて言って欲しくなかった。

 彼女って言って欲しかった。

 付き合えても律との距離はすごく遠い気がして、

 すごく、すごく悲しかった。



 帰宅した私は部屋へ直行すると、制服のままベッドに倒れ込む。

(どうしたら、もっと上手く付き合えるのかな?)

 そんな思いが頭の中を駆け巡る。

 もう少し余裕が持てれば、きっとあんなことくらい流せるのかもしれない。

 だけど、ただでさえ年の差という障害があって、好きとも言われない日常に不安がある中、妹扱いされていると分かって落ち込まないはずはないのだ。

(律……、私、律の気持ちが分からないよ……)

 ふと側に落ちているスマホが目に入る。恐らく制服のポケットから落ちてしまったのだろう。

 よく見ると画面がついていたので手に取って確認すると、どうやら律から着信があったらしい。しかも、その着信は十回くらい来ていた。

(何よ、いつも電話なんて掛けてこないくせに)

 すると、今度はメッセージが届く。

(もしかしたら、もう、呆れちゃったかもしれない……。別れようとか言われたら、どうしよう)

 そう思うと見るのが怖くなった私は躊躇ためらいながらも恐る恐る届いたメッセージを開いてみると、

《今すぐ出てこい》

 一言そう記されていた。

「え?」

 もしやと思い部屋の窓から外を覗くと、いつもの定位置に律の車が停まっていたので、私はすぐに部屋を飛び出して外へ出た。

「…………」

 勢いで出て来たはいいものの、車の側までやって来た私は入る事を躊躇ちゅうちょしていた。

(怒ってたのに、何で私、簡単に外へ出て来ちゃったんだろ……)

 そんな状態が数分続いたことで、私を見兼ねたのか律は窓から顔を出してきて、

「何やってんだよ。早く乗れ」

 いい加減車に乗るよう促してきた。

(だから、私は怒ってるんだって……)

 そんな思いとは裏腹に、結局私は律の車に乗り込んでしまい、律はそのまま無言で車を走らせた。

 車が走り出してから暫く、乗れと言った律は一言も言葉を発しない。当然私も話さないので、車内にはラジオから流れる音楽だけが虚しく響いている。


 それから更に走り続けること数十分、大きな公園の駐車場に車を停めた律は、煙草に火を点けると窓の外を見ながら煙を吐き出した。

 相変わらず続く無言な状況に耐え切れなくなった私はいっそ謝ってしまおうかと口を開きかけた、その時、

「……悪かった」

 私より先に律が謝罪の言葉を口にしたのだ。

「……何に、悪いと思ってるわけ?」

 せっかく謝ってくれたのだから、そのまま許せばいいものを、私はつい余計な事を言ってしまう。

 こんなんだから、呆れられてしまうんだ。そう分かってはいても、出てくる言葉を止めることが出来ない。

「だからその、あれだろ?  林田に、お前をきちんと紹介しなかったこと……」

 どうやら、律は私が怒った理由に気付いたらしい。

「分かってて訂正しないとか、酷い……」
「……悪かった。別に、いちいち訂正する程でもねぇかなって思ったんだよ」
「何それ、重要なことだよ!?」
「だから、悪かったって」

 なかなか許さない私を前に、頭を掻きながら律は言葉を続けた。

「お前がそんなに怒ると思わなかったんだ。本当に悪かった。今度林田に会う事があればきちんと訂正しとくから、いい加減機嫌直せよ。な?」
「…………っていうか、あの人誰?  頻繁に会う人なの?  随分、親しげだった」
「林田は高校の頃のクラスメイトだよ。何でも知り合いがあの近所に住んでるみたいで、前にも一度会ったんだ。ただ、それだけだよ」
「……分かった、もういい。もう、許す……」

 女の人が誰なのかも分かったし、何より、律の誠意が伝わって胸の奥が暖かくなるのを感じていた私は、意地を張るのを止めて律の謝罪を受け入れ、

「私も……大人げなくて、可愛げなくて、ごめんね……」

 自分も悪かったと頭を下げた。

 そんな私の言葉には答えず、いつになく優しい瞳で見つめてくると、律は言葉の代わりに軽くキスをしてくれた。
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