クローゼットの向こうは王様の寝室でした

古夏

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クローゼットの向こうは王様の寝室でした -3-

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「すごい、ふりふりがいっぱい」

 クローゼットの中には、襟元にフリルのついたネグリジェや、その上に羽織るためのローブがかかっている。それらを丁寧にかき分けると、シャンデリアに照らされた豪奢な部屋が現れた。天蓋付きのベッドは優人が五人は寝転がれるほどに大きく、置かれた枕の数は、雄馬の自宅の枕とクッションをすべて集めても足りない。
 出てきたクローゼットを振り返ると、金細工が施されており、優人の知っているそれとは違った。実家も大きくはあったが、純和風な造りをしていたので、こうした煌びやかな装飾は少なかった。

「まるで、王様の部屋みたい」

 ぽかんと口を開けたまま、思わずぽろりと言葉が零れた。慌てて口を塞ぎ、前を歩くアルカを見上げたが特に気にした様子はない。ほっと息を吐いた優人は、窓辺に置かれたティーテーブルへと案内された。

「どうぞ。本当はお茶でも出したいんだけど、あまり知らない人間からのものを口にしない方がいいだろうから……」
「お気遣い、ありがとうございます」

 当たり前のように椅子を引く姿が様になっている。優人が大人しく椅子に腰かけると、アルカは向かいに座った。

「改めて、私はアルカ・ジェルマン。よろしく」
「久我優人です、よろしくお願いします」

 差し出された手を握ると、少しだけ力を込めて握り返される。温かい手にそうされると、何だか照れくさくて優人は視線をテーブルに落とした。

「えっと、たぶん私のクローゼットとユウのクローゼットが繋がっている……と思うんだけど、ユウは魔導士か何かかな?」
「ま、魔導士? じゃないです! 普通の高校生です」

 魔導士とはあの魔導士だろうか。魔法や怪しい薬を使うような、そんな者だろうか。そうだったらどれほど嬉しいか分からないが、残念ながら違う。魔法も使えなければ、薬草にも詳しくない。精々知っている草はペンペン草程度だ。

「コーコーセーが何かは分からないけど、魔法は使える?」
「使えないです。というより、俺の世界に魔法はないです」
「魔法がない?」

 今度はアルカが驚く番だった。魔法がないなら、どうやって明かりを点けたり、火を起こしたりするのだろうか。アルカが首を傾げると優人は「電気とガスですね」と答えた。

「その、デンキ? ガス? は魔力のようなものなのかな」
「うーん、たぶん? 俺も詳しくは分からないんですけど、風や火の力を使って電気を作りだしたりしてます。ただ、一般家庭では作ってなくて、専用の施設で作られたものが分配されている感じですかね」
「なるほど……本当に別の世界みたいだ」

 着ている服やベッドなどの家具など、似ているものは多いがよく見てみれば、見慣れないものがいくつかある。
 例えば天井からぶら下がっていると思っていたシャンデリアは、ワイヤーも何も使わずにぷかぷかと浮いている。暖炉に向かってアルカが手を振ると、ぽっと火が点いたのだが、薪や他の燃料があるわけでもなく、ゆらゆらと炎だけが揺れている。
 極めつけに、窓の外には空飛ぶ馬がいた。

「……馬は、飛ばないかなあ」
「そうなの? まあ、飛ばない種類もいるけど基本的に馬は飛ぶよ」

 馬は飛ぶ。その言葉に優人は謎の感動を覚えた。本当に、本の中の世界みたいだ。
 それから二人は持てる知識を総動員して、お互いの世界の話をした。その中でも優人の興味をひいたのはやはり魔法についてだ。
 この世界には魔宝石という、魔法の素となる石が存在するという。種類は様々で、その魔宝石によって使える魔法が違うらしい。基本的に一般人に魔力はなく、優人の世界でいうコンロやコンセントのように魔宝石を使っている。
 魔力があるのは魔導士と呼ばれるような、魔法と魔宝石を研究する専門家や一握りの王侯貴族のみ。アルカは国一番の魔導士と肩を並べるような魔力の持ち主で、本来であれば魔法を使うのには専用の指輪がいるが、それすらもいらない。詠唱もなく攻撃魔法を使うことも可能らしい。

「す、すごい、本当に物語の世界みたいだ」
「はは、これも血のおかげかな。だから自慢するようなものでもないんだよ」

 話していて分かったのだが、アルカは見た目は若いものの、穏やかで理知的な話し方をする。きっと幼子のような質問をしているだろう優人に、嫌な顔一つせずに丁寧に説明してくれた。
 それに比べ自分はどうだ。優人は心の中で一人ごちていた。日常生活を送るのに、当たり前に利用しているインフラ設備などを満足に説明することすらできない。きっと日本人の多くは優人と同じだろうが、圧倒的な知識量の違いに肩を落とした。

「ああ、もうこんな時間だね。ユウとの話が楽しすぎて、つい時間を忘れて喋り過ぎてしまった」

 そういって照れたように頬を掻く仕草に幼さを感じて、優人も頬を緩ませた。

「本当に、俺も楽しかったです」
「あの……これは、もし良かったらなんだけど、クローゼットが繋がっている間は、こうして話したりできないかな?」

 テーブルの上に置いた手を、落ち着きなく握ったり開いたり。王様の願いにしては、あまりに細やかすぎて、失礼だとは思いつつも優人はぷっと吹き出した。

「いいですよ、俺ももっとアルカ……陛下とお話したいです」
「そう言ってくれて嬉しいよ、ユウ。でも陛下だなんて、今更気にしないでくれ。私の方がいくつか年上だろうけど、友人だと思って名前で呼んで欲しい」
「じゃあ、お言葉に甘えて……アルカ」
「ふふ、嬉しいな」

 花がほころぶように微笑むアルカは、世辞ではなく本当に嬉しそうだ。他者にこんなふうに喜んでもらえるなんて、優人の人生においてはじめてかもしれない。
 じんわりと胸に広がる温もりに、優人も口角を緩めているとアルカから声がかかる。

「ああ、そうだ。とりあえず、この件については内密にして欲しい」

アルカの言葉に、優人は頷きながらも首を傾げた。

「俺は話す相手もいないし、信じる人もいないだろうから良いですけど……。アルカはさすがに不用心じゃないですか?」

結局なぜ二人のクローゼットが繋がったかは分からないが、おそらくアルカの世界側で何か魔法の誤作動があったのではと仮定するに至った。
 魔法の誤作動自体は頻繁に起こるもので、大した問題ではないらしい。優人の世界でいうところの、短時間の停電程度だ。ただ、異世界に空間が繋がるとなれば話は別だ。
 三日三晩の停電、断水と同程度の騒ぎらしい。となると、誰にも秘密にしておくというのは危ないのではないか。
 優人側では解決できないので問題ないが、せめてアルカ側では誰かに相談するべきではないのか。優人がそう聞くと、アルカは一瞬困ったように眉根を寄せたあと曖昧に微笑んだ。

「国王と言っても、周りが味方ばかりというわけでもなくてね。もし私の命を狙ってのことなら、慎重にならないと……ああ、ごめん。ユウにこんな話を聞かせちゃって」

 すっかり気が緩んでしまった。そういって笑う顔はどこか痛々しい。どうにかしてその棘を抜いてあげたいのに、優人の持っている言葉の中で、今のアルカにかけられるものが見つからない。
 王様というのは思っていたよりも孤独で、辛い仕事なのかもしれない。ファンタジーの世界だとはしゃいでいたが、目の前にいるアルカは生きた人間で、大きすぎる責務を負った青年だ。
 出会ってからたったの数時間。でも友人と呼ぶには十分な時間だった。

「友達でしょう? 俺で良ければ何でも話してください」

 優人の言葉に、アルカは僅かに目を瞠ったあと、柔らかく目を細めた。

「はは、参ったな、ありがとう。でも友人なら敬語はなしだ」
「了解、アルカ」

 先ほどまでの寂しそうな青年はもういない。そのことにほっと息を吐いた優人は、ずっと気になっていたことを思い出した。

「そうだ、アルカっていくつなんだ?」

 優人より年上と言っていたので、次男の眞兎兄さんと同じく二十五歳くらいだろうか。ジェルマン王国ではどうか知らないが、国王にしては若いだろう。
 優人がアルカの答えを待っていると、今日一番の衝撃に見舞われた。

「十六歳だよ」
「じゅう、ろく?」

 衝撃だった。衝撃のあまり開いた口が塞がらない。だってどう見ても十六歳の見た目ではないだろう。鍛え抜かれた体も、清爽な中に甘さを含んだ美しい顔も、耳に心地良い低い声も。そのどれもがとてもじゃないが十六歳だとは思えない。

「ごめん、これは確認なんだけど、十六歳って十六年生きてるってことだよな?」
「そうだけど……どうしたの?」
「ちなみに一年って三百六十五日だよな?」
「そうだよ」

 優人は頭を抱えた。まさか同い年だとは思わなかったのだ。
 もしかしたら一年の数え方や、年齢の数え方の違いがあるのではと期待したが、そこは同じだった。つまり正真正銘の同い年。同級生でもおかしくないのだ。

「いや、絶対うちの学校にいたらおかしいよな、え、本当に?」
「どうしたの、そんなにおかしいかな?」
「ごめ、ごめん、アルカはおかしくない」

 慌てて否定する優人に、アルカは胸に手をあててほっと息を吐いてる。先ほどまで年の割に幼いと思っていた仕草が、実年齢を知った今では年相応に感じる。
 ああ、でもそうか。アルカは同い年なのか。
 優人がうんうんと唸りながら腕を組んでいると、向かいからアルカが声をかけた。

「ユウはいくつなの? 十二、三歳くらいかな?」

 アルカの言葉に、優人は石のように固まった。口ぶりと表情から察するに、想像よりもいくらかおまけをしての年齢だろう。その優しさが今の優人には痛かった。

「……十六歳」
「え? 十六? 同い年?」

 アルカの悪気のない言葉が優人に突き刺さり、二人の間には気まずい沈黙が流れた。

「あ、えっと、ごめん、俺、えっと……」

 あまりに焦っているのだろう。先ほどまで自分のことを「私」と呼んでいたのに、取り繕うことも忘れてしまっている。
 叱られた犬のように大きな体を丸めて、こちらの機嫌を伺うようにちらちらと視線を投げる様子がおかしくて、優人は気まずい空気を吹き飛ばすように笑った。

「はあ、久しぶりにこんなに笑った」

 目尻に浮かんだ涙を拭っていると、耳と尻尾を垂らしたアルカがこちらを窺っている。

「お、怒ってない? ごめん、俺」

「こんなことで怒らないよ。それにアルカが「俺」って言ってくれて嬉しい」
「あ、れ、そっか。はは、それならよかった」

 気づいていなかったのだろう。指摘されて初めて自分の変化に気づいたアルカは、照れたように頭を掻いた。

「ああ、笑ったら眠くなってきた。もう二時だ、そろそろ戻るよ」
「そうだよね、引き留めてしまってごめんね」
「俺も話したかったんだから、いいんだよ。明日……もう今日か。今日と明日の二日間は休みで、ほとんど家にいるから何かあったら呼んで」
「わかった! こっちは使用人がいる時間もあるから、俺から会いに行くよ」

 やはり使用人がいるのか。夜だからか見かけなかったが、国王なら大勢の使用人を抱えてるだろう。異世界の人間を見てみたいという好奇心を押さえつつ、優人はクローゼットへ向かった。
 開けっ放しの扉の向こうには、見慣れた服と部屋が見える。

「じゃあ、おやすみユウ」
「おやすみアルカ」

 こんなふうに挨拶をして眠るのはいつぶりだろうか。優人は見送るアルカに手を振ると、ネグリジェとワイシャツをかき分けて自室へと戻った。
 そしてクローゼットに向き直ると、こちらを見つめるアルカと目が合う。

「「おやすみ」」

 そう言って、どちらからともなくクローゼットのドアを閉めた。そこで一抹の不安に駆られる。もしこれで終わりになってしまったらどうしよう。
 せっかくできた友達なのに、もう二度と会えなくなったら──。
 優人はごくりと唾を飲み込むと、もう一度クローゼットの折れ戸を引いた。
 すると不安なのはアルカも同じだったようで、僅かな光りと共に銀髪が揺れるのが見える。ぽかんと口を開いたあと、二人同時に笑い声をあげた。
 深夜二時。大きな声で笑うのは憚られる時間だが、構わずに声をあげて笑った。
 ああ、今日はよく笑う日だ。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。優人は乱れた息を整えながら「本当におやすみ」とアルカに手を振った。

「おやすみユウ、よい夢を」
「! アルカも、良い夢を」

本当に今日は良い夢が見られそうだ。
 優人はぱたりと締めた戸に額をつけたまま、深く息を吐き出した。

「きっと、いい夢が続きますように」

 流れ星ではなく、見慣れたクローゼットの扉に願いをかける。
 こうして久我優人の摩訶不思議な異世界交流の日々が幕を開けた。



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