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16話 そっと、静かに……
しおりを挟む「――拓馬くんママ、こんにちは。今日もいつもと同じく、これからお出かけですか?」
「あらっコウ君、こんにちは~。そうなのよ、毎週土曜日のお・た・の・し・みっ♡」
「ふふ、やっぱりっ」
――土曜日、時刻は午前十一時を少しまわった所。晴れ晴れとした何とも穏やかな休日。
ボクはタイミングを見計らって、ちょうど拓馬くんママが玄関の扉を開けるのとほとんど同時刻に、
自身も家の玄関から、鞄を肩にかけながらひょっこりと顔を出した。
拓馬くんママは、毎週土曜日になると「毎日の主婦業へのご褒美♡」と称し、
だいたい午前十一時くらいから、夕方の夕食づくりの時間になるまで街の方へと出かけることが、随分前からの習慣となっていたのだった。
午前十一時からなのは、家から街の方へと着く頃にちょうどお昼ご飯を食べるピッタリの時間になるかららしいとのこと。そしてこの毎週土曜日のお出かけには、
「…あれ、でも今日は拓馬くんは一緒じゃないんですか? いつもなら外でお昼ご飯が食べれるって、すごいウキウキ気分でお家から出てくるのに…」
「そうっ! そうなのよ~! いつもならうるさく騒ぎながらついてくるってのに、何だか今日は、…母ちゃん…おれ眠いから行くのやめる…っとかなんとか言ってきたのよぉ~あの拓馬がよっ信じられる?」
「! ……へぇ、拓馬くんがそんな…何だか珍しいですねぇ」
「ほんとにね~、もしかしてこれから大雨…ううんっ大雪になっちゃうなんてことないわよねぇ…やだわもうっ」
「あははっ、そんなこと言ったら拓馬くんがかわいそうですよ、拓馬くんママ」
「あっ、今のたっくんには内緒よっ内緒っ!」
「ふふっはい、内緒で……」
このお出かけには、いつもなら拓馬くんも必ずと言っていいほどついていくのが常であったのだが。
けれども、驚きと笑いも混ぜながらも…ボクはちゃんとわかっていた……というか、そう願っていた。
拓馬くんママが夕方近くまで家を空け、
拓馬くんパパが会社の方との付き合いでほぼ一日中いないと言っていた、この土曜日。
――拓馬くんが『家に一人でいる』という、選択をしてくれることを。
そんなボクの願いは、どうやらありがたくも叶ったらしい。
「そういえば、そのバッグ。コウ君もこれからどこかにお出かけ?」
「あっはい、ボクはちょっと図書館にでも行こうかなって…」
「ああっ図書館! ふふ、コウ君は昔から本読むの好きだものねっ。頭も良くて賢いし、おまけにこんなに女の子にも負けない綺麗さだしで…ほんとうちのおバカちゃんにも色々見習ってほしいぐらいだわ~もうっ」
「ははっそんなことないです、ボクは至って普通ですから…それに、拓馬くんだって元気でスポーツ万能で、ものすごくかっこいい男の子じゃなですか…」
「ええ~コウ君ってばほんと優しいわねぇ…そう言ってくれるのは嬉しいけど、あの子それをすべてひっくり返すほどの大馬鹿おバカよ?」
「わわっ、拓馬くんママ手厳しいなぁ…ふふっ」
「だってほんとのことだも~ん、うふふふ♡」
なんて、ここにいないかの少年の話題に花を咲かせるボクたちだけど
……ごめんなさい、拓馬君ママ。
そんな、見習う参考にならなくてはいけないはずのボクは……
あなたの大切な息子さんに、イケナイことをたっぷり教え込ませようとしてる、最低な男なんです。
しかも、あなたがいなくなってしまう――これから。
「…あっと、そろそろ行かないとお昼混んじゃうわねっ…それじゃ、コウ君いってきま~す。コウくんも図書館気を付けていってらっしゃいね!」
「はい、ありがとうございます。拓馬くんママもいってらっしゃい、お気をつけて……ゆっくり、楽しんできてくださいね」
ドロドロの欲深い罪を裏に隠したまま。
ボクは笑顔で、街へと上機嫌で歩いていく拓馬くんママの背に手を振り続けた。
そして、
「……さて、と…拓馬くん、まだ寝てるかな? ……それとも、」
ボクはくるり、図書館とは別方向――日高さんちの玄関へと、その足をゆっくりと進め。
…カチャ、ガチャリ。
しょっちゅうお互いの家を行き来しているボクらを見て、
拓馬くんママとうちの母さんは、自分たちがいない時でも自由に一緒に遊べるようにと、
それぞれの家の合鍵の場所をボクと拓馬くんに教えていたので
――このご時世、いくら仲が良いからってなかなか思い切ったことをしているなぁ…とは思うけども――
ボクはその合鍵を使い、日高さん宅の玄関のドアをそっと静かに開けたのだ。
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