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第四章

第125話 お前のものだ

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「ちょっ、ヴェルト……どこに?」

 俺はフォルナの手を引いて皆から離れた。
 二人きりで話をするために。
 そして、この話だけはフォルナだけにしか聞こえないようにするために。
 ウラはかなり不服そうだったがな……そこは申し訳ない。ウラにもいつかは話してやるつもりだけど、今はまだ……

「今朝は朝からケーキ屋とか、お前の要望に応えたんだ。今度は俺のリクエストに応えてもらうぜ」
「えっ、と、えっ?」
「お前を空の飛行デートに誘ってんだよ」

 俺は、有無を言わさずに、フォルナの手を引いて、俺自身とフォルナの体を浮かせた。

「ヴェルト……その、どうせなら恋人たちがよく行くお店とか……」
「店なんかいいんだよ。散歩なんだからよ。いや、散飛《さんぴ》か?」
「もう! なぜ、そう屁理屈を!」
「でも、店に入らず……こうやって、街を眺めるのもいいもんだぜ?」

 俺は、フォルナの手を引きながら、そのまま空へと飛んだ。
 広がるのは、眩いほどの青い空。
 下を眺めれば、復興へと再び動き出した人々の営みが見える。

「……本当ですわ」
「そういや、王都にいた頃も、こうやって上から見下ろすってことはしたことなかったな」
「……そうですわね……でも、こうやっていると……みんな……それぞれ懸命に生きている姿がよく見えますわ」

 それを守るために、お前らは戦ってるんだろ? とか言うと、何だかキザっぽいからやめた。
 ただ、俺たちは宙を漂いながら、まるで無重力のような気分だった。
 この空も、世界も、今は俺たち二人しかいない。

「それで…………」
「ん?」
「ヴェルトがこんなデートをするためだけに、ワタクシを二人きりになったとは思いませんわ。何が目的ですの?」
「……だから、言っただろ?」

 フォルナが俺の手を握り締めながら、そう問いかけてきた。
 こいつは、本当に察する女だな。
 そう感じながら、散々勿体ぶってきたことを、俺はようやくこいつに教えてやろうと思った。

「お前に全部を話すためだ」
「……ぜ、全部?」

 そして、俺はこいつに教えてやった。


「そう全部だ。俺のこと。先生のこと。シャークリュウのこと。ムサシの素性や、マッキーラビット、そしてアルーシャのことを」


 この世界で生まれ、ガキの頃から変わらずに、この世界で最も俺のことを大切に想ってくれている女だからこそ、一番に教えてやりたいと思っていたこと。

 俺はフォルナに、朝倉リューマについてのことを教えてやった。

 この世界とは全く異なる世界があった。

 そこには、魔法というものが存在せず、魔族や亜人というものも御伽噺《おとぎばなし》の中でしか存在しない。

 戦争は確かに存在していたが、自分は特に関わることのない平和な国の学生にしかすぎなかった。

 喧嘩もしたり、学校をサボったり、誰かとツルんで遊んだり、たまに学校へ行っては色々とあったり、好きになった奴もいた。

 朝倉リューマとは、そんな世界を生きていた、どこにでもいる単なるガキのことだった。



「そして、その世界を生きた俺たちは、学校の連中たちと一緒に行く旅行の最中に、事故に遭遇して、そして死んだ。気づいた時には、俺はヴェルト・ジーハになっていた」

 ただ二人だけの空の上、宙を寝っころがりながら手をつないで共に青空を眺めながら、俺は全てを話した。
 朝倉リューマと、その世界について。
 十歳の時に出会ったラーメン屋の店長こそが、前世のクラスの担任だったこと。
 魔王シャークリュウが、かつてのクラスメートが転生した姿だったこと。
 ムサシの祖父の亜人も、そして、あのマッキーラビットですら、かつてのクラスメートだった。
 そして……

「綾瀬という名のクラスメートで、クラスのリーダー的な存在だった女。それが、アルーシャ姫だ」

 誰がこんな話を信じるんだ?
 こんな馬鹿げた話を。
 異世界が存在して、自分たちはその世界の住人だったという前世の記憶を持っている。
 元は人間だったクラスメートたちが、魔王や亜人や悪の組織のボスだったり、お姫様になっていた。
 あまりにも脈絡の無さ過ぎる作り話だと、思われても仕方ない。

「…………」

 だが、フォルナは一切笑わなかった。
 俺の言葉を誰よりも信じ、むしろ俺について知らないことはないはずのフォルナが、これまでどうしても解けなかった俺の謎がようやく解けたかのように、どこか思いつめたような顔をしていた。


「ヴェルトが、……魔王シャークリュウやアルーシャと、ああも親しかったのはそういうことですのね」

「つーわけでだ、本当はな、もうちっとだけ、お前より歳上だったんだ。最近は肉体と精神が合致してきているように感じるが……ガキの頃によく、お前をガキ扱いしていたのはそれが理由だ。信じるか?」

「信じられない話ですのに、それが真実だとした場合、これまでのこと全てに、筋が通るので困りものですわ」


 そう言って、どこかフォルナは呆れたように笑った。


「だが、ぶっちゃけた話、だからどうだってことはねえ。それがこの世界に対して影響を及ぼすわけでもねえしな。死んだ親父とおふくろだって、本当の両親だと思っている。まあ、そう思うのが遅すぎたけどな」

「そう……ですわね……ワタクシとしては、あなたがヴェルトであることが変わりないのでしたら、それ以上は言いませんわ。アルーシャやマッキーラビットがどれだけあなたのことを『アサクラ』と呼んだとしても、ワタクシは一生、言いませんもの」

「ああ、それでいい。朝倉リューマのことを俺がどう引きずろうとも、お前にとっての俺は、ヴェルト・ジーハなんだ。だから、それはそれで構わねえよ」


 とりあえず、大前提だけは伝えた。
 俺が、ヴェルト・ジーハである。そのことは、昔も今も、そして、これからも変わらないということを。

「それで…………あなたはどうされますの?」
「なにが?」
「とぼけないで欲しいですわ。ワタクシにとって、あなたの過去や交友関係で最も気にすべき点は一つしかありませんわ」

 すると、フォルナが少しだけ唇を尖らして、どこか拗ねたような表情を見せた。
 こいつには、俺がヴェルトであれば、今はそれでいい。
 魔王や姫様と「友達」だったのなら、それでもいい。
 その中でも、綾瀬は「朝倉」が好きだったと、告ってるわけだが、まあ、それは置いておこう。
 問題なのは、俺の気持ちだ。

「カミノミナ。幼い頃、何度かあなたが呟いていた、名前。あなたが…………ヴェルトが……むか、むかし」
「おい、そこまでスゲー悔しそうな顔をすんな」
「するに決まってますわ! 何で、ワタクシが……ヴェルトが昔好きだったというワタクシ以外の女性の名前を口にしなければなりませんの!」

 神乃についてどうするか……。
 つか、可愛いなこいつ。
 こんだけ俺の真実を色々と教えてやったのに、異世界や魔王とかのことよりも気になるのは、俺の好きだった女のことかよ。

「ガキの頃、記憶を取り戻して……既に、お前や親父やおふくろがいて賑やかだったのに、誰もが俺をヴェルトと言い、朝倉と呼ぶことはなかった。この世界には、俺がかつて知っていたものは何もなく、本当の俺のことを誰も知らない。俺は決して一人じゃなかったはずなのに、言いようのない孤独と悲しみで、いつも胸が締め付けられていた」

 今でも、その時のことは忘れない。
 俺は孤独でなかったのに、心の中では孤独だったという矛盾。

「だからこそ、やさぐれてた。やる気もなかったし、世界や戦争がアホらしかった。一歩間違えれば加賀美のように俺もなっていた。だが、それを救ってくれたのが、先生だった」

 今でも覚えている。
 暗闇で凝り固まっていた世界、溢れるほどの喜びで満ちたことを。

「そして、気づいたのさ。ああ、俺のようになっているのは、一人だけじゃない。『あいつ』もきっとそうなっているだろうなって。だったら、会いたい。言えずに後悔した気持ち、そして感謝の言葉をひっくるめて……神乃が同じ痛みを抱えてるなら救ってやりてえ。力になれることは、なってやりてえ」

 それが、今から五年前に俺が立てた誓いであり―――


「朝倉リューマの魂を成仏させるためにも、俺はこの世界のどこかにいる神乃美奈を探し出したいんだ」


 俺の譲れない想い。

「悔しいと思う反面……」
「ん?」
「よほど素敵な人だったのですね、その女性は。ひねくれもののヴェルトが、とてもキラキラした顔で語っていますもの……」

 プイッと、俺からそっぽ向きながらも、フォルナは複雑そうに言った。

「ああ、そうかもな。頭も悪いし、美人かどうかで言えば、綾瀬の方が数倍美人だったな。でも……俺は確かにそいつにずっと心を奪われていたよ」
「…………うううう~~~~~~~」

 今度は、繋いだ手をより一層強く握りしめてきた。
 絶対にこの手を誰にも渡したくない。そんな悔しさが滲み出ていた。

「でも…………どんなに、『アサクラリューマ』が『カミノミナ』を思っていたとしても……この世でヴェルト・ジーハを最も愛しているのわ、ワタクシですわ」

 分かっている。
 だからこそ、俺は言ってやった。


「ああ、そうだ。ヴェルト・ジーハは、もうとっくの昔にお前のもんだよ」

「ええ……………………へっ?」


 まあ、今の俺が言ってやれるのは、そこまでだけどな。

「あ、あのあのあのあの、ヴェヴェヴェヴェ、ヴェルト! ままままま、いいい、今、今、今ァ!」
「ああ? なんだよ、いらねーのか?」
「い、いりゅ! いりゅ! いる、いるから! いりますわ! はいはい! いりますわ!」

 うつむいた顔から一変して目を血走らせたフォルナが、大慌てで暴れて俺に掴みかかった。
 あぶねーぞ、落ちるぞ?

「あ、あの………………ほん、とう?」

 なんか、さっきまでの落ち込み具合がすっかり抜けて、キラキラウルウルと上目遣い。
 かわ………………いや、そこまでいうと、今度は調子に乗るから言わないでおこう。

「じゃあ、その、ワタクシが良い女になったら…………その約束は、覚えてますの?」

 これも言わないでおくか。お前はとっくに良い女になっていると。
 つーか、俺と釣り合い取れてなさすぎる方が、問題だっつうのに。

「だから、許してくれ、フォルナ」
「ッ、ヴェ……ルト?」
「俺たちはまた……離れることになる。お前たちが、これからも命懸けの戦争をすると分かっているのに、だ」
「…………その上で、あなたは……カミノミナを探しに行くと言うんですのね?」
「ああ。それが、俺の譲れねえものだからだ」

 フォルナからすれば、ひどい話だ。

「今回の戦いで俺は痛感した。俺は加賀美を救ってやることが出来なかった。そして、今のままでは神乃を救ってやることもできねえ。だから俺は、もっと自分の足で歩き、自分の目でこの世界を見て、色んなことを知り、もっとデカくなりたいと思っている。そのためにも、俺は……また、旅に出る」

 俺がまたフォルナと離れて旅に出る。そのことを包み隠さずハッキリと伝えた。

「ひどいですわ。昔の女を理由に、ワタクシの前からいなくなるのですから」
「ああ、そうだ。俺はひどい男なんだ。まあ、惚れたほうが負けだと思って諦めな」
「あら、諦めませんわ。惚れたほうが勝てるよう、これからも自分を磨いていきますわ」
「それ以上、磨いてどうすんだよ」
「うふふふ、そうやって油断させても、その手は通用しませんわ」

 すると、フォルナはじーっと俺を見つめて、徐々に顔を近づけてきた。

「言葉だけではダメですわ。本当に悪いと思っているのでしたら、行動で示していただかなくては」

 そう言われ、俺は、体を大の字に広げた。

「くははは、なら、今から……好きなことしていいぞ?」
「えっ、はい?」
「俺は何も反撃しねえ。何発でも気の済むまで殴ってもいいぞ?」

 さあ、来るなら来い。ちょっと意地悪のつもりでそう言うと、フォルナは案の定、テンパりだしたが………

「えっと、あの、その」
「あっ、何もしないのか?」
「っつう、え、えい! まだ、ん、し、してやりますわ! ん~♡」

 そして結局するのは、唇を重ね合わせること………なんだか、相変わらず………

 それからは、俺たちはこの五年間を埋めるように、お互いのことを話し合った。

 先生に子供が生まれて、マジで最高に可愛いくて、俺とウラがデレデレだったこと。

 ラーメン作りの腕前がようやく認められてきたこと。

 フォルナは、辛かった戦いや、尊敬できる仲間たちのことから、仲間内での恋バナに至るまで。

 色々なものを見て、経験をして、良かったこと、悪かったこと、全てひっくるめて、お互いの思い出話に花を咲かせた。



 そして、次にまた会う時は、溢れるほどの思い出話を手土産に再会をまた喜び合おうと約束した。
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