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第4章

第2話 俺の下半身は正常だが、妹には使っていない

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 人生というのは誤解と誤解を積み重ねていくものだと思う。
 相手の思いや事情なんて、言葉で説明されたところで十割伝わるものじゃない。ニ割、三割伝わったら上等。それ以上は切り落とされ、勝手に想像される。
 出来上がるのは、蛇に手足が付いた誤解という名の、相手にとって都合のいい真実で。

 笑顔で問い詰めてくる目の前の美人を目の当たりにすると、やっぱり人間関係って面倒だなぁって思わざるおえない。
 そもそも、俺はなにも話してすらいないのに、彼女の反応は犯人を問い詰めるのと変わらない。
 そりゃ、家出した妹と一緒に居た見知らぬ男となれば警戒しても当然なんだろうが、もっとなんというか、手心が欲しい。

 嫌々ながらも気を遣って、弁当まで買い与えたのにどうしてこうなった。誰が悪いのか。やはり神様かと過ぎったが、どうあれ制服少女だなと結論付ける。
 家出した少女に気を遣えと言ったところでどうしようもないが、もっとほら。どうにかならなかったのか。探さないでくださいって置き手紙残すとか……いや、そんなんあったら探すだろうけど。

 生きるっていうのはままならないものだなぁ。人生について悟り始めていると、窓際美人の目が薄く研ぎ澄まされる。その瞳は暗く、あまりにも冷ややかだ。
「……まさか、手を出したわけじゃないよね?」
「あんなぺったんこに手なんぞだすか」
「そこが可愛いんでしょうがっ!?」
 突然のブチギレにひえぇえってなる。
 なに急にキレてるの。最近の切れやすい若者怖すぎ。

 俺が慄いているのにも気付かず、窓際美人はぐっと拳を握って妹について語り出す。
「スマートな体型は愛らしいのに、本人はないことを気にして胸をぺたぺた。そういう反応がもうキュンってくるし、私と比較して落ち込んでるのもはぁあもう好きぃ」
 身体を抱いて身悶える窓際美人。

 妹と違い、服では隠せないぐらい発育した胸が腕の中で潰れては踊っている。突然の絶叫に驚いていた食堂に居た人たちも、その圧倒的な胸囲きょういに目を奪われていた。主に男が。
 胸がむにむにぐにぐにするのを●RECするだけで、とても売れそうだなぁと現実逃避していると、ずいっと顔を近付けてくる。鼻が触れそうになって咄嗟に身を引く。
 姉妹揃って距離が近いんだよ。

「――あんなにあんなに可愛くってキュートでラブリーなセイカちゃんに欲情しないなんて、男としてありえない!
 不能なの? 実は取っちゃったとか?」
「お前は手を出して欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ」
「欲しくにゃい!」
 どっちだ。

「あと、公共の場で下半身の話するなよ」
「私、そういう女で差別されるの嫌い。
 女が下ネタ口にしない偶像アイドルちゃんとでも?」
「どちらかといえば、モラルを問いたんだがなぁ……」
 羞恥がないのかこの女。
 よくもまぁ、こんなのが自他共に認める大学1の美人とかいう称号を獲得できたものだ。やはり、人は中身じゃなくって見た目が九割。美人って得だよなって思っちゃう。
 外見や雰囲気から感じられる深窓の令嬢さが、一言喋るたびに瓦解していく。

 とはいえまぁ。
 このテンションが普段の彼女だとは俺も思ってはいない。
 俺よりはいつもの窓際美人を知るだろう周りの人たちも、『え? あの……えぇ?』っていう感じで驚いているし。
 こうも感情を露わにするのは珍しいんだろう。

 それも当然で。
 あれほど可愛い可愛い言っていた妹が居なくなったんだから、そういう反応にもなるかと。
 大事にされているようでなにより。
 ここには居ない制服少女を思う。今頃どこでなにをしているのか見当もつかないが。

 ただ気にもなる。いや、居場所じゃなくって。
 少々苛烈だが、窓際美人が妹を大事にしているのは、この短時間で十二分に伝わってきた。嫌というほど。ほんと嫌になるが、伝わってきた。
 それなのに、どうして家出なんかしたんだろうなぁ。
 まぁ、構われ過ぎて鬱陶しいということもあるか。姉との絶望的な胸の差を気にしちゃうぐらいには、思春期だものね。
 胸は大きさじゃない。形だよ形。

「やっぱり知ってるんだね?」
「はぃ? ……あ、あー……なーご?」
「ふざけてるの?」
 誤魔化そうとしています。

 口を手で覆う。余計なこと言ったなと失態を悟る。
 そうだよなぁ。
 ぺったんこなんて発言、制服少女を知らなきゃできない発言だもんな。勢いに圧された売り言葉買い言葉でなにも思考を挟まず口から出てしまっていた。
 まさか、制服少女のぺったんこ発言で決定的になってしまうとは。容姿ですら俺の邪魔をしたいのか。
 どうあれ、最初からほぼほぼ確証を持っていたようなので、チェックかチェックメイトかぐらいの差しかないだろうが。
 それでもしてやられたようで悔しくなってしまう。

 にしても、意外と冷静だなと、顔に影を差し光のない瞳で睨んでくる窓際美人を見る。こわぁ。
 感情に任せて発言していたと思っていたが、それすらも俺のミスを誘うための餌だったとは。直情的な妹と違って計算高い。
「……本当にえっちなことはしてないの?」
 歯を剥き出しにしてギリギリしているのを見ると、なんだ偶然かと思わされてしまうが。

 やりづらいなぁ。
 表と裏を感じさせる表情と行動に、口の中で舌を軽く噛む。外面と内面の違いを感じさせる相手は苦手だった。

 そういった点では裏表のなさそうな妹には好感が持てるが……素直すぎてほっとけなくなってしまうのだから、それはそれで困ったものだなと思い直す。
「してないしてない」と蚊でも追い払うように手をパタパタさせたけど、よくよく思い出すと胸を触っているなと。
 いや、手は出してないし、むしろ出されたと言っても過言ではないんだけど。うん。

 一瞬俺が固まったのを目聡く見て取ったのか、黒曜の瞳に疑念が宿る。
「思い当たる節が?」
「いいやまったくこれっぽっちも」
 ぺいっと。
 えっちなことに合致しそうな思い当たる節をそこら辺に放り捨てる。大火であるため、これ以上なにを注ごうが変わらないだろうが、好き好んで爆発するとわかっている火炎瓶を投げ入れる趣味はない。

「じゃあ、結局あの子とはどういう関係だって言うのっ!?
 嘘なんてつかないで。正直に答えて!」
 俺は知らない間に窓際美人と彼氏彼女で、身に覚えのない浮気をしていたのかもしれない。そして今、彼女に問い詰められている。

 当事者である俺ですら、そんな誤解を飲み込みそうになっているんだから、周りから見たら鵜呑みにすること間違いなし。
 キーンッとジェット機よろしく音速でありもしない噂が飛んでいく音が聞こえた気がする。
 この話し合いが終わりを迎えた時、果たして俺の大学生活は無事平穏を保てているのだろうか。知らず下がっていた肩が未来を暗示しているようで辛い。墜落待ったなし。

 大火の煙で先行きの見えない不安を抱えつつ、重苦しい感情を吐き出すついでに詰め寄ってくる彼女の疑問に答える。
「店員と客」
 弁当を与えているので客未満な気もするが、説明が面倒なので省略。ジュースは買ってるしな。

 端的に、誤解のないよう伝えたつもりだったのだが、「……ッ!?」なにやら雷でも落ちたようにショックを受けている。
 へなへなと崩れ落ち、手で目元を覆いだす。
「……やっぱりいかがわしいお店で働いてたんだ」
「逆だ逆」
「セイカちゃんはそんなお店に行かないから!」
 ぴゃっと顔を振って涙を散らす。
 なんだその拗らせすぎた女性ファンみたいな反応は。行かないというか、行けないだろう。格好と金的に。行ってたら見捨ててるわ。

「いかがわしい店じゃない」
 胸と同じで豊かな妄想力だ。
 妹も妹で似たところがあるので、やっぱり姉妹なんだなとどうでもいいところで感じてしまう。ほんと、くだらないしどうでもいいんだけど。もっと似せるべきところがあっただろう。胸とか。

「なら、」
「コンビニの!
 店員と客。
 俺が店員。せいふ……お前の妹が客」
「今なにか言い淀んだ?」
「淀んでない」
 内々の呼称を口にしかけたので慌てて訂正。制服少女なんて言えば、またどんな疑惑をかけられるかわかったもんじゃない。
「コンビニ……世を偲ぶための暗喩?」といつまでも疑う窓際美人がいい加減鬱陶しくなって「しつこい」と雑に弾く。

 俺の態度がご不満だったのか、むっと唇を結ぶ。不機嫌そうな顔が良く似ている。
「それならどうして、コンビニの店員とセイカちゃんが街中で仲良く腕を組んでるのかな?」
「…………。
 なんでだろうね?」
 真っ当な疑問だった。俺とてわからない。
 そもそもとして、毎夜制服少女に弁当を与えている理由すらもわかっていないのだから、実質俺にわかってることなどなにもなかった。

 ふざけてるのと睨んでくるので首を左右に振る。至極真面目である。
「まぁ、なんだ。成り行き……?
 腹を空かせた犬が唸ってたから」
「はぁ?」
 なにそれ意味わかんないと目で訴えてくる。
 そういう反応になるだろうことは容易に想像できたが、これ以上の説明の余地はない。

 清楚な造形をしているのに、舌打ちをしそうなぐらい人相が悪くなる。美人の不機嫌な顔って迫力あるよね。
「もういい」
 テーブルを叩くように立ち上がる。
 ようやく諦めたかと胸を撫で下ろしたが、気を抜くには早かったらしい。
 ガッと強く手を握られ、ぎょっと目を丸くする。

「職場まで案内して。
 直接私が迎えに行く」
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