転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

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4章 港湾都市アイラ編

幕間 悔恨の向こう

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 ガタガタと揺れる荷馬車に、大勢の人間が詰め込まれて移動する──。
 行き先は、かつて「傭兵国家カドモス」と呼ばれていた場所。
 魔竜の怒りに触れたかの国が滅ぼされ1年以上、いまだ悲劇に見舞われた5都市の復興の見込みは無いが、周囲の土地まで被害があったわけではない。
 しかし、周辺の農村は盗賊や魔物の被害を恐れて離散、人の手の入らない家屋や農地は1年足らずで荒廃してしまう。
 彼等はそんな農村に送られる、言わば開拓民の様な集団である。
 現在カドモスが支配していた地域は「ハルト王国」の管理下にあり、彼等はハルト王国の庇護の元、各村々に入植し、その地の住民として暮らすために送られる人々である。

 その一行の中、

「──アンタ、一人かい?」
「……ええ、家族とは離れ離れになってしまって」
「そうかい、女手一つでやっていくにゃあ色々大変だろうね……時にアンタ、その細っこい腕で農作業なんか出来んのかい?」
「恥ずかしながら、この年になるまで力仕事は……」
「……ま、事情は聞かないでおいてやるよ、ここにいる連中はまあ、似たような連中ばかりだしね。そういう事だったら、村に着いたら隣り合った家を探してそこに住むとしようじゃないか、一軒はアンタ、もう一軒はアタイの家族でさ。農作業から何から、色々教えてやるよ」

 ドンと自分の胸を叩く女性は、胸も胴回りも立派な「おっかさん」と呼ぶに相応しいいでたちで快活に笑う

「いいだろう、お前さん?」
「好きにするとええ」
「ったく、覇気が無いねえ……悪いね、うちの人、真面目だけが取り柄なんだけど、無口なのが玉にキズでさ」
「いえ……でも、どうして?」

 ──私なんかに声を? 目で訴える彼女に向かってその女性は、

「こんな窮屈な荷馬車で隣に座ったのも何かの縁ってね。それにアンタ、若い女が村で一人暮らしなんて危ない事この上ないだろ。だからさ」
「……ありがとう、ございます」
「そういえば名前を聞いてなかったね、アタイはマナリ、旦那はダリオってんだ」
「私は……レイアです」
「そうか、これからよろしく頼むよ、レイア!」
「はい、こちらこそ」



 ──初めて鍬を持ち、畑を耕す

 初日は30分もせずに息が上がり、くわを握る力は無くなった。自分のなんと非力な事か……己がいかにちっぽけな人間か思い知らされる。

「はっはっは、気にすんじゃないよ、根っからの農家でも無い限り初日はそんなもんさ。それより気をつけとかないと、直ぐにマメが出来て潰れちまう、そうなったら仕事どころじゃないからね、焦らずゆっくりといきな!」
「はい……」

 マナリさんはそう言って私を励ましてくれる。
 激励の言葉、ただの言葉にどれほど力を与えられる事か、思えばあの人以外、私にそんな言葉をかけてくれた人はいただろうか?
 私はあの時、本当に一人だったのだと痛感する。そして同時に、あの人の言葉と存在が私の中でいかに大きかったのか思い知る……彼だけだった、家族以外でを見てくれたのは。



 ──自給自足がままならない現在、食料は配給制だ

「やれやれ、これっぽっちじゃ全然足りないねえ……」
「……お前はもう少し痩せた方がええ」
「あんだって!?」
「ま、マナリさん、落ち着いて……!」

 ダリオさんの呟きにマナリさんはまなじりを吊り上げて睨みつけながらクドクドと文句を言い、それを2人の子供、サラム君とミリアちゃんが笑いながら見ている。
 いつもの風景と言えばそれまでだが、私にはそれがとても眩しく見える。
 両親が健在な頃は父は仕事に追われていた、そんな父が頻繁に食卓を囲むようになったのは、母が妹を産んでいくらも経たぬ内に亡くなってからだ。
 私にはこれまでも、そしてこれからも手に入れる事は出来ないだろう、だからこそ私にはそれが宝石などよりも余程、価値のあるものに見えた。

「なんにせよ、早いとこ自給自足が出来るようにしないとねえ、上の連中はアタイ等の事なんか帳面の中の数でしか見てないんだから、予定の期間が過ぎれば配給なんかスパッと切られちまうからね」
「…………………………」

 マナリさんの言葉に含むところは無い、だからこそ辛い──。



 ──予想外の事が起きた

「……すみません、面倒ばかりかけて」
「面倒なことがあるもんかい、おめでたい事じゃないか! ……それともアンタ?」
「い、いいえ! これは、この子・・・は決して望まれない子では!!」

 ……果たしてそうだろうか?
 大罪人として裁かれたあの人の、その血を受け継いだ命を宿す事は本当に祝福される事なのか?
 親の因果を子に求めるような真似はしたくない、事実、名君の子供が暴君・暗君である例など枚挙に暇が無いし、その逆もしかり。つい最近もどこかで聞いた話だ。
 それになにより、

「なぁに、心配要らないよ! 開拓村で人口が増えるのは喜ばしい事だからね、元気な子供を産ませるためなら上も配給品に融通を利かせてくれるからさ、その代わり元気な子供を産んでもらわないとね」
「かーちゃん、子供って?」
「ん? レイアのお腹ン中に子供がいるんだよ」
「へー、男の子、女の子?」
「どっちだろうねえ……生まれたら仲良くしてやるんだよ」
「「うん!!」」
「よーし、良い子達だ、ホラ、外で遊んできな」

 少なくとも私の妊娠を喜んでくれる人がこんなにもいる……ティアリーゼ様、私はどうなっても構いません、どうかこの子には親の罪を、業を背負わせないで下さい。



 ──農家の現実を思い知らされる

「……たった、これだけですか」
「仕方ないさ、元々畑だった所を開墾し直すだけとはいえ、一度放置したら以前のような収穫量に戻すのは年単位で時間がかかるからね」
「そんなに……」
「なに、荒れ地を畑にするよりはずっと楽なモンだよ。幸い王国からの配給はまだ続くんだ、その間になんとかするのさ」
「はい……」

 マナリさんはそう言って笑うが、言うほど簡単ではないのは判っている。
 マナリさんは作物の出来が豊作時の3割程度と言っていた。仮にそれが事実だとして、それでも充分とはとても思えない。
 農作物は天候に左右されやすい、豊作など数年に一度しか望めるはずも無く、せいぜい7割程度がいいところだ。それでも一般的な徴税は豊作時を基準に計算される。
 怠ける? 労働? なんと空虚な言葉か。
 農民に怠ける暇などありはしない、労働を語る役人が果たして農民以上に働いているのだろうか。
 勇者の住んでいた世界はもっと簡単に、もっと大量に作物が作れたらしい。
 いくら勇者の世界とはいえ大地にそう違いなどあるはずは無い、向こうに出来てこちらに出来ないのは農民の怠慢だとあの人は言っていたが、本当にそうなのだろうか?
 朝から晩まで鍬を握り、体を酷使し、それでも気まぐれな自然によって出来を左右される、大地に違いは無くとも他に違う所があるのではないだろうか。
 あの人が間違っていたとは思いたくない、ならば何かが間違っているのだろうか。



 ──誰かの役にたった、ただそれだけがこんなにも誇らしい

「──つまり、どういう事だい?」
「何事も最適とされるものがあるという事です。人間が生きていくために必要な食事の量があるように、作物にも生育に大切な水と肥料、そして作付けする数のバランスが」

 畑に植える作物の量は農家ごとにまちまちだったりする。長年の経験からこれくらいだろうと植える者もいれば、より多く収穫しようと詰め込むように植える者もいる。
 しかし水や肥料を与えすぎたり、逆に足りずに充分な成長が見込めず仕方なく間引きしたり、なんとも効率がよくない。前回の不作はほとんどコレ・・が原因だった。
 だから私は村の皆に話をし、面積ごとの作付け数や与える肥料の量を統一させた。
 村人も半信半疑ではあったが、前回の不作の事もあり私の案に従ってくれた。人を上手く説得して動かす、この村に来て初めて以前の仕事が役に立ったかもしれない。
 土壌の状態によって向き不向きの出る作物の種類、与える水や肥料のバランスなど、あの人が丁寧にまとめていたレポートがここでは活きた。これを荷物の中に忍ばせてくれたのは家族として最後の情なのだろう、感謝しかない。
 結果として次の収穫は、土地の状態が元に戻っていないにも拘らずまずまずの出来だった。

「いやあ、レイアがいてくれてホントに助かったよ! ありがとよ、村の皆も感謝してるってよ!」
「いえそんな……私こそ、今はこんな・・・状態で皆さんの役に立てる状態では無いので」
「何言ってんだい! 今回の収穫もそうだけど何よりアンタのそのお腹、そいつはこの村の未来そのものだよ。明日へ繋がる命がこの村から産まれる、皆その子に村の明日を見てんのさ。だから……元気な子供を産んでおくれよ」
「マナリさん……んぐっ……はい……はいっ!」

 嗚咽する私をマナリさんは優しく抱きしめ、背中を優しくさすってくれる。
 地位、権力、金、かつて私が持っていた物はここには何も無い、その代わり無かった物が全てある。



 ──やり直す機会を与えられたと思いたい

 オギャア──! オギャア──!

「ホラ、元気な男の子だよ……頑張ったね、レイア」
「……マナリさん、ありがとう」

 精根尽きて布団にへたり込みながらも、マナリさんの手によって産湯に浸かる我が子を見ると、慈しみ以外の感情が浮かんでこない。
 私が言うのはあまりにもおこがましいが、生まれてくる子供には何の罪も無い。
 だからティアリーゼ様、どうかこの子に祝福を、そしてどうか、私達の罪を背負わせないで下さい。

「ほら坊や、お母さんだよ」
「ありがとうございます──」

 開拓村に似つかわしくない清潔な布に包まれた赤ちゃんは、私の腕に抱かれながら一心に母乳を吸っている。あまりに無垢なその姿になぜだろう、涙が止まらない。

「それでレイア、その子の名前はなんて言うんだい?」
「名前、ですか?」
「ああそうさ、この村で生まれた初めての子供だ、みんな名前が知りたくて家の外で待ってるよ!」

 こんな事があっていいのだろうか? 私が生んだ子供を村の皆が祝福しているなんて!
 ティアリーゼ様、先程の願いを取り消させてください。既に彼等から祝福を貰ったこの子にこれ以上を望もうとは思いません。この子の誕生を喜んでくれた彼等に幸あらんことを、この村に幸せが訪れん事を──!!

「──マナリさん」
「うんうん、それでこの子の名前は?」
「はい、この子の名は──」



「──以上が報告になります」
「……ありがとう、下がっていいよ」
「はっ──!!」

 とある開拓村の状況を記した報告を聞いた男は、一人になると暫しその場で瞑目する。
 かつては辣腕家としてならした男──フラッド=ヒューバートは、息子に自分の跡を継がせてからはめっきり覇気に欠け、自室に閉じこもる事が多くなった。
 そして定期的に上げられて来る報告を聞き、その書類を何度も何度も、それこそ暗唱が出来るほどに読みふけるのが数少ない日課となってしまった。

「──ふっ! ──くふっ! ううぅぅ……」

 そんなフラッドにとって今回の報告は特別なものだった。

「タレイア……あの子に子供が! クレイス、いやロイスの忘れ形見が!!」

 嗚咽するフラッドは、喜びと悲しみが同居する表情を浮かべながら報告書を掻き抱き、静かに泣き続ける──。

 …………………………。
 …………………………。

 どれほど時間が過ぎただろうか、ひとしきり泣いた後ソファにもたれかかったままでいたフラッドのもとに、シーラッドの第4都市群・現領主であるアリオス=ヒューバートがやって来た。

「報告書を読んだようだな、おやじ殿」
「……おじいちゃんになっちゃったよ、ボク」
「だったら俺は伯父さんか? 素直に喜べんな」
「先を越されたと思うんならさっさと嫁探しでもしなよ。忙しくて暇が無いのならアンセンに斡旋を頼んでおこうか?」
「結構だ!」

 憮然とするアリオスに意地の悪い眼差しを向けるフラッド。どうやら少しは元気になったようだ。
 ──が、

「少しは元気になったようだが……初孫に会いたいと顔に書いてあるぞ」

 アリオスのその言葉で途端に表情を曇らせる。

「会えるわけ……無いじゃないか」
「フン、おやじ殿らしくもない。ジジイが孫に会う事のどこに遠慮する部分がある?」
「……分かってるだろう? ボクはタレイアを、知らなかったとはいえお腹の子供ごと追放した人間だ。それがどんな顔して会えって言うのさ?」
「それこそ何を言っているのやら。アイツを追放処分に処したのは領主である俺だ、俺の目の前でいじけてる物体は、なんの肩書きも力も持たない隠居ジジイに過ぎぬよ」

 そう鼻で笑い飛ばすアリオスの顔には傲岸不遜な表情と、そして優しい眼差しでいつまでもいじけている父親フラッドを焚きつける。

「アリオス……」
「別に深く考える事でもなかろう。コソコソっと隠れて会いに行くだけだ、こちらに呼び戻すのは難しかろうが、会いに行く事まで咎められはせんよ」

 バレなければな──との言葉で締めくくったアリオスは立ち上がると、部屋を辞するためにドアを開けて父を呼ぶ。

「それに、今なら懐かしい友人・・が訪ねてきている。なんでもそいつが言うには、『俺は伝説の転移魔法が使えるから行こうと思えば日帰り旅行も可能だぞ』との事だ」

 ガタッ──!!

「アリオス! まさか!?」
「会いに行くかどうかはともかく、訪ねてきた男に顔を出すくらいはしてくれよ、おやじ殿。俺の面子がたたんのでな」

 そう言って部屋から出るアリオスの背中を見つめながら、フラッドは体を震わせる。

 ──自分を友人と言ってくれる男がいる。

 ──不甲斐ない自分の尻を蹴り上げてくれる孝行息子がいる。

「果たしてタレイアは、ボクの来訪を喜んでくれるかな……いや、たとえ罵られるとしても、それでも──」

 ──一目会いたい、会って話がしたい。

 そしてフラッドは──
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