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5章 イズナバール迷宮編
238話 襲撃
イズナバール迷宮44層、眼下に広がる砂の海を見渡しながら俺達は火を囲み、凍える砂漠の夜を過ごす。
2度目の最下層攻略に挑んで早10日、こうも何も無いとイカンと思いながらも気が緩むのを抑えられない。
ふと背後から声がかかる。
「ほいよジェリク、43層から”魔化水”を汲んできたよ」
「ああ、すまない」
振り返ればマリーダと別パーティのメンバーがそれぞれ、魔化水をいっぱいに張った樽を背負って戻ってくると、早速作業に取り掛かる。
ザパッ!!
柄杓ですくった魔化水を砂漠に撒き暫く待つと、その地点がもぞもぞと波打ち──
「シャシャシャシャシャ──!!」
カチカチと両のハサミを鳴らしながら1メートルほどの大きさのサソリが2~3匹飛び出す。
イエローストーカー Eランクモンスター
砂漠地帯に生息する大サソリ。
普段は砂の中で生活し、獲物を感知すると砂上に飛び出し集団で襲いかかってくる。
全身を硬い甲殻で覆われているが白い腹の部分は比較的柔らかい。
主な攻撃手段は大きなハサミと毒針で、尻尾の先についている針の毒は非致死性ながら強力な麻痺成分を含んでいる。
また、ハサミの奥部分にも毒針が隠れており、こちらも非致死性ながら意識の混濁を招くため、どちらの毒も戦闘中に喰らうと極めて危険。
ドス──ドスドスッ!!
飛び上がった大サソリの腹目掛けて何本もの矢が飛び、そのまま背中から着地したものは剣で突き殺し、腹から落ちて硬い背中を見せているヤツにはメイスなどの鈍器で甲殻をカチ割る。
ブチュ──
「うわっ、やっちまった、臭ぇ!」
誰かが文句を言っている。確かに顔を顰めるレベルの臭いではあるが、この匂いが漂うエリアはヤツらを殺しうる相手がいるという警戒信号代わりにもなって、以降暫くの間はヤツらが襲ってこなくなるという有り難いモノだ。文句を言う筋合いは無い。
しとめたイエローストーカーは尻尾とハサミを切り落とし、胴体は離れた場所の別の焚き火にくべる。こうするとさっきの臭いは人間には分からないが魔物同士には伝わる臭いとなって、ここを危険地帯だと知らせてくれる、らしい。
この辺の知識は全てジンの受け売りだ。
「ふぁーっはははは♪」
「……相変わらずジンは毒物が好きですねえ」
「不穏当な発言は控えてもらおうか、俺が好きなのは毒じゃなくてそこから出来上がる薬とか諸々だ!」
そんなやり取りをしていたが、その後のリオンの質問で半分以上は毒物が出来上がると答えておいて、不穏当も何もあったものではない。
まあアイツの場合は超人剤、だったか、薬ですら使い方次第で罠の仕掛けに用いる男だからな……。
「それにしても、こうしてただ待つだけってのも暇だよなぁ」
「そうだなあ、今までこういう仕事は全部「韋駄天」任せだったしよ」
そう、ここ44層、迷宮内部の砂漠地帯という非常識なエリアで俺達は、更に下の階層を探索しているメンバーへの支援物資を持って、この場で待機をしている。
駆け足気味に3日で44層の入り口まで辿り着いたルフト代表達は、44層も2日かけて攻略と安全圏の確保をし、ここを第1拠点として俺達を見張り番を任せ、あとは攻略組だけで下の階層に潜っている。
その後はほぼ1日おきにジンとリオン、それに坊主達が連れ立って食料や薪などの野営物資を取りに戻り、向こうの状況を教えてくれたりしている。
今のところ順調に攻略は進んでいるようで、なかでも40層で手に入れた槍を振るうルフト代表と、本国から派遣されたゲンマの働きはかなり大きいらしい。
そう、らしいだ……恐らく要所々々でジンが的確にアドバイスをしているんだろう、アイツの知識は控え目に言って学者レベルだ。あの若さで、どこでそんな知識を手に入れたのか、大国の学院で専門知識を修めたか、そうでなければガキの頃から世界中を歩き回って手に入れた知識か……あまり高くない基本レベルや周りにいる連中の顔ぶれを考えれば前者、しかも「帝国」の秘蔵っ子と言われても納得するんだがな。
……イカンな、こうもする事が無いと下らん思考に頭が働いちまう、気を引き締めないと。
──ザッ──ザッ──
……バチが当たったのか、少しばかり気の緩んでいた俺たちに向かって何やら近付いてくる足音が聞こえてくる。
「ジェリク──」
「わかってる、皆、気を引き締めろ。だがあくまで平常心でな」
「──よう、こんな所で野営かい?」
先頭の男が声をかけてくる。
体も髪も濡れていないところを見ると、43層を突破してかなりの時間が経っているはずだ、しかもマリーダ達が魔化水を汲みに行ったはずなのに遭遇の報告は無い。
──どこかに潜んでいたか、しかも夜になるまで待っていた?
危険の度合が2段階ほど上昇した。
男には見覚えがある、というか知らないはずが無い、コミュニティ「乾坤一擲」の代表を務める男だ。
そしてその背後に視線を送れば、「死山血河」と「千変万化」のトップメンバー、そして各国の派遣部隊の顔ぶれが全員揃っている。
危険レベルが跳ね上がる。
「ああ、ここは危険が少ない──んでな」
俺は仲間に合図を送ると、全員自分の得物の位置を一瞬だけ確認すると、魔化水を入れたヤカンを焚き火にかけ、そのまま3コミュニティの合同部隊を興味深そうに見る。
俺達の暢気さに多少毒気を抜かれたのか、目の前の男は俺の対面に腰を下ろすと、俺が差し出した魔化水製の白湯が入ったコップを受け取り、話し出す。
「お前ら、上手い事やりやがったなあ……ああいや、コイツは愚痴とかじゃなく純粋に誉めてるのさ、先見の明があるってな」
「……ジン達の事かい?」
「そう、それよ! 俺らも手を組むのがアッチじゃなくてジンとリオンにしとけば、今頃はお前達みたいに最下層に一番乗りできたかもしれないと悔やんでるのさ」
「たまたまだ、アイツらが探索者登録した日にたまたま話す機会があったんでな、そのよしみもあって、アンタらがユアンを選ぶ中、ウチの代表はジンを選んだってだけの話さ」
「へえ、リオンじゃなくてジンなのか、選んだのは?」
──っ、失言だったか?
俺の言葉に向こうは面白そうな表情を浮かべ、
「不思議な話だな、リオンじゃなくてジンを選んだって言うのか、おたくん所のあの蜥蜴は?」
ピク──
少しだけピリついた空気に、しかし向こうは笑顔のまま、若干ニヤつきながらも余裕を崩さない。
それはそうだろう、俺達はせいぜいがレベル2桁後半の中堅メンバーの集まり、対して向こうは3コミュニティの精鋭部隊の集団。質でも量でも差は歴然だ。
俺は向こうの挑発を受ける。
「ああ、ウチの代表はあんたらと違って優秀でな、おかげで助かってるよ。その点、あんた達のとこの下っ端は可哀相としか言えんな」
頃合か。
「……ほう、さすがトップを走るコミュニティは違うな。雑魚の分際でいい度胸してるぜ」
「まったくだ、誰に影響されたのかは知らんが、困ったもんだ」
バッ──!!
ガシャアアン!!
俺の合図と共にマリーダをはじめメンバー全員が立ち上がり、火にかけたヤカンを蹴り飛ばすとそれぞれ得物だけを手にして走り出す!!
「ぶわっ!?」
「熱っちい!!」
「くそっ、逃がすな! 数人くらい殺しても構わん、人質として使うのに何人か残ってりゃいい!!」
沸騰した湯をかぶって悲鳴が上がる中、駄賃とばかりに樽を全て転がし魔化水を周辺にまく、これでヤツらが殺到してくれるはず、後は──
パキン!
緊急時にとジンから預かった、おかしな形の小枝を2つに折り背後へ投げると、
カッ──!!
「あああああああああ!!」
「目、目があああ!!」
背後からの光に照らされ一瞬だけ周囲が昼間のように明るくなると、奴等の悲鳴が背中越しに聞こえてくる。ジンから殺傷能力は無いと聞いていたのだが……?
とにかく好機だ!
「走れ! 手はず通りとにかく逃げろ!!」
やはり嫌な予想が当たった。
いくら「迷宮内は法の外」などと揶揄されているとはいえ、こうもあからさまな手段に出てくるとは……。
今までは「韋駄天」という支援専門コミュニティが荷物番や後方支援を担っていた、それもどのコミュニティも平等に。だからこそ、彼等の協力が得られなくなるような真似はせず、全員が補給部隊に手をかける様な事はしてこなかった。
しかし俺たちは「韋駄天」ではなく「異種混合」のメンバー、気兼ねする必要は無いという事らしい。
ライバルの被害がそのまま自分達の利益に繋がる、実に分かりやすい理屈だ。
残していく物資は全て奪われる事になるだろうが仕方ない、命の方がよほど大事だ。それに代表やジン達からも言われている、とにかく逃げるように、と。
──なのに、
「ぐふっ!!」
「ガアッ!!」
欲をかいた2人が弓と魔法にそれぞれに足と背中をやられ、転倒したところを飛び込んできた影のナイフが2人の後頭部にズブリと埋まる。
アイツは──!!
「さぁて、追いかけっこといこうかね?」
ユアンの取り巻きの1人でたしか、マーニーとか言う女だ。クソ、まさかユアン、あれだけの恥をかかされてまだ町に残ってやがったのか!?
くそ、さすがに計算違いだ!!
……しかし、今更降伏など出来ん。逃げるしかない!
…………………………………………。
…………………………………………。
あれからモーラと合流したマーニーは、他の連中と速度をあわせたまま、逃げる俺たちとつかず離れずの距離を保ちながら追跡してくる。
アイツら遊んでやがる──。
イヤ違う、俺達に道案内をさせるつもりか、ジン達の所まで?
くそ、だとしても進むしかない。幸い、ジンの話では45層は41層同様迷路になっているらしい、上手く逃げ込む事さえできればなんとかなるはずだ。
砂漠アリの穴に擬装された下への通路を抜け──アイツらにばれたのはイタイ──45層へ駆け降りた俺達は──
「マジかよ……」
41層で見たような石組み造りの迷宮に間違いはなった、しかし、入り口から一直線の通路が初っ端にあるとは予想外だった。
こんな障害物も無い所を走るのか?
「いたぞ──!!」
「それでも──走れ、とにかく走るんだ!!」
背後から聞こえる声をかき消すように俺は叫ぶ!
あれから更に3人、背中に攻撃を受けて脱落した。
薄情だと罵られるかもしれないが、負傷者を担ぎながら、誰かをフォローしながらヤツらから逃げおおせるほどに俺達は強くない。
今俺達に出来る事は逃げる事、奴等に命を握られない事、そしてみんなの重荷にならない事だ、その為に俺達は逃げて、逃げて、逃げのびてやる!!
「…………くそ」
しかし現実は甘くない、何もない、石畳の上での純粋な駆け比べで俺たちが叶うはずも無く、60メートルほど走っただけで目に見えて差を詰められているのが判る。
……それでも、それでも!!
────ビュシン!!
「────?」
片の横をとんでもなく早いモノが通り過ぎる。そして──
──ドッ!!
「ぐあっ!!」
背後から悲鳴が聞こえるが、それを確かめるほどの余裕は俺には無く、そのまま前に向かって走り続ける。
そこには、
「代表! それにジンも!?」
「後は任せておけ」
「良くご無事で」
代表の手には見たことも無い、しかし見ただけで威圧されそうな気配を放つ大弓が、そしてジンは、普段リオンが持ち歩いているモーニングスターを肩に担いで笑っている。
なぜここに?
「丁度いい感じにバカが群れてくれましたねえ、さすがは辺境の勇者、人をまとめるのがお上手だ」
「そう言うジンは、人を唆すのが上手いな」
楽しそうに笑う2人を見て、やっと助かったと安堵する。
敵はまだ大勢迫ってくる。
それでも、2人の背中を見ていると大丈夫だという気持ちになる、させられる。
まったく、あの日ジンに声をかけられてから俺の人生は、なんだか大きなモンに支配されちまったかのように派手に動き回りやがる。
だけど悪い気はしない、むしろ、何も知らないガキの頃に戻ったようだった。
だけどまあ、この辺で充分だ。このイズナバール迷宮を攻略し、無事ライゼンに戻ったらその後はマリーダと所帯を持って、静かに暮らすのがいいかもしれん。
俺はこの2人の様にはなれねえ、あの人数を前に雑談しながら笑えるようには、一生かかっても無理だ……。
「ウム、この弓はいいな、実に手に馴染む」
「あげませんよ?」
「嫁の妹がちょうどジンと年が近いのだがな……」
「なんで俺がその話題にくいつくと思ったんですかね……?」
……ああ、俺には無理だ。
2度目の最下層攻略に挑んで早10日、こうも何も無いとイカンと思いながらも気が緩むのを抑えられない。
ふと背後から声がかかる。
「ほいよジェリク、43層から”魔化水”を汲んできたよ」
「ああ、すまない」
振り返ればマリーダと別パーティのメンバーがそれぞれ、魔化水をいっぱいに張った樽を背負って戻ってくると、早速作業に取り掛かる。
ザパッ!!
柄杓ですくった魔化水を砂漠に撒き暫く待つと、その地点がもぞもぞと波打ち──
「シャシャシャシャシャ──!!」
カチカチと両のハサミを鳴らしながら1メートルほどの大きさのサソリが2~3匹飛び出す。
イエローストーカー Eランクモンスター
砂漠地帯に生息する大サソリ。
普段は砂の中で生活し、獲物を感知すると砂上に飛び出し集団で襲いかかってくる。
全身を硬い甲殻で覆われているが白い腹の部分は比較的柔らかい。
主な攻撃手段は大きなハサミと毒針で、尻尾の先についている針の毒は非致死性ながら強力な麻痺成分を含んでいる。
また、ハサミの奥部分にも毒針が隠れており、こちらも非致死性ながら意識の混濁を招くため、どちらの毒も戦闘中に喰らうと極めて危険。
ドス──ドスドスッ!!
飛び上がった大サソリの腹目掛けて何本もの矢が飛び、そのまま背中から着地したものは剣で突き殺し、腹から落ちて硬い背中を見せているヤツにはメイスなどの鈍器で甲殻をカチ割る。
ブチュ──
「うわっ、やっちまった、臭ぇ!」
誰かが文句を言っている。確かに顔を顰めるレベルの臭いではあるが、この匂いが漂うエリアはヤツらを殺しうる相手がいるという警戒信号代わりにもなって、以降暫くの間はヤツらが襲ってこなくなるという有り難いモノだ。文句を言う筋合いは無い。
しとめたイエローストーカーは尻尾とハサミを切り落とし、胴体は離れた場所の別の焚き火にくべる。こうするとさっきの臭いは人間には分からないが魔物同士には伝わる臭いとなって、ここを危険地帯だと知らせてくれる、らしい。
この辺の知識は全てジンの受け売りだ。
「ふぁーっはははは♪」
「……相変わらずジンは毒物が好きですねえ」
「不穏当な発言は控えてもらおうか、俺が好きなのは毒じゃなくてそこから出来上がる薬とか諸々だ!」
そんなやり取りをしていたが、その後のリオンの質問で半分以上は毒物が出来上がると答えておいて、不穏当も何もあったものではない。
まあアイツの場合は超人剤、だったか、薬ですら使い方次第で罠の仕掛けに用いる男だからな……。
「それにしても、こうしてただ待つだけってのも暇だよなぁ」
「そうだなあ、今までこういう仕事は全部「韋駄天」任せだったしよ」
そう、ここ44層、迷宮内部の砂漠地帯という非常識なエリアで俺達は、更に下の階層を探索しているメンバーへの支援物資を持って、この場で待機をしている。
駆け足気味に3日で44層の入り口まで辿り着いたルフト代表達は、44層も2日かけて攻略と安全圏の確保をし、ここを第1拠点として俺達を見張り番を任せ、あとは攻略組だけで下の階層に潜っている。
その後はほぼ1日おきにジンとリオン、それに坊主達が連れ立って食料や薪などの野営物資を取りに戻り、向こうの状況を教えてくれたりしている。
今のところ順調に攻略は進んでいるようで、なかでも40層で手に入れた槍を振るうルフト代表と、本国から派遣されたゲンマの働きはかなり大きいらしい。
そう、らしいだ……恐らく要所々々でジンが的確にアドバイスをしているんだろう、アイツの知識は控え目に言って学者レベルだ。あの若さで、どこでそんな知識を手に入れたのか、大国の学院で専門知識を修めたか、そうでなければガキの頃から世界中を歩き回って手に入れた知識か……あまり高くない基本レベルや周りにいる連中の顔ぶれを考えれば前者、しかも「帝国」の秘蔵っ子と言われても納得するんだがな。
……イカンな、こうもする事が無いと下らん思考に頭が働いちまう、気を引き締めないと。
──ザッ──ザッ──
……バチが当たったのか、少しばかり気の緩んでいた俺たちに向かって何やら近付いてくる足音が聞こえてくる。
「ジェリク──」
「わかってる、皆、気を引き締めろ。だがあくまで平常心でな」
「──よう、こんな所で野営かい?」
先頭の男が声をかけてくる。
体も髪も濡れていないところを見ると、43層を突破してかなりの時間が経っているはずだ、しかもマリーダ達が魔化水を汲みに行ったはずなのに遭遇の報告は無い。
──どこかに潜んでいたか、しかも夜になるまで待っていた?
危険の度合が2段階ほど上昇した。
男には見覚えがある、というか知らないはずが無い、コミュニティ「乾坤一擲」の代表を務める男だ。
そしてその背後に視線を送れば、「死山血河」と「千変万化」のトップメンバー、そして各国の派遣部隊の顔ぶれが全員揃っている。
危険レベルが跳ね上がる。
「ああ、ここは危険が少ない──んでな」
俺は仲間に合図を送ると、全員自分の得物の位置を一瞬だけ確認すると、魔化水を入れたヤカンを焚き火にかけ、そのまま3コミュニティの合同部隊を興味深そうに見る。
俺達の暢気さに多少毒気を抜かれたのか、目の前の男は俺の対面に腰を下ろすと、俺が差し出した魔化水製の白湯が入ったコップを受け取り、話し出す。
「お前ら、上手い事やりやがったなあ……ああいや、コイツは愚痴とかじゃなく純粋に誉めてるのさ、先見の明があるってな」
「……ジン達の事かい?」
「そう、それよ! 俺らも手を組むのがアッチじゃなくてジンとリオンにしとけば、今頃はお前達みたいに最下層に一番乗りできたかもしれないと悔やんでるのさ」
「たまたまだ、アイツらが探索者登録した日にたまたま話す機会があったんでな、そのよしみもあって、アンタらがユアンを選ぶ中、ウチの代表はジンを選んだってだけの話さ」
「へえ、リオンじゃなくてジンなのか、選んだのは?」
──っ、失言だったか?
俺の言葉に向こうは面白そうな表情を浮かべ、
「不思議な話だな、リオンじゃなくてジンを選んだって言うのか、おたくん所のあの蜥蜴は?」
ピク──
少しだけピリついた空気に、しかし向こうは笑顔のまま、若干ニヤつきながらも余裕を崩さない。
それはそうだろう、俺達はせいぜいがレベル2桁後半の中堅メンバーの集まり、対して向こうは3コミュニティの精鋭部隊の集団。質でも量でも差は歴然だ。
俺は向こうの挑発を受ける。
「ああ、ウチの代表はあんたらと違って優秀でな、おかげで助かってるよ。その点、あんた達のとこの下っ端は可哀相としか言えんな」
頃合か。
「……ほう、さすがトップを走るコミュニティは違うな。雑魚の分際でいい度胸してるぜ」
「まったくだ、誰に影響されたのかは知らんが、困ったもんだ」
バッ──!!
ガシャアアン!!
俺の合図と共にマリーダをはじめメンバー全員が立ち上がり、火にかけたヤカンを蹴り飛ばすとそれぞれ得物だけを手にして走り出す!!
「ぶわっ!?」
「熱っちい!!」
「くそっ、逃がすな! 数人くらい殺しても構わん、人質として使うのに何人か残ってりゃいい!!」
沸騰した湯をかぶって悲鳴が上がる中、駄賃とばかりに樽を全て転がし魔化水を周辺にまく、これでヤツらが殺到してくれるはず、後は──
パキン!
緊急時にとジンから預かった、おかしな形の小枝を2つに折り背後へ投げると、
カッ──!!
「あああああああああ!!」
「目、目があああ!!」
背後からの光に照らされ一瞬だけ周囲が昼間のように明るくなると、奴等の悲鳴が背中越しに聞こえてくる。ジンから殺傷能力は無いと聞いていたのだが……?
とにかく好機だ!
「走れ! 手はず通りとにかく逃げろ!!」
やはり嫌な予想が当たった。
いくら「迷宮内は法の外」などと揶揄されているとはいえ、こうもあからさまな手段に出てくるとは……。
今までは「韋駄天」という支援専門コミュニティが荷物番や後方支援を担っていた、それもどのコミュニティも平等に。だからこそ、彼等の協力が得られなくなるような真似はせず、全員が補給部隊に手をかける様な事はしてこなかった。
しかし俺たちは「韋駄天」ではなく「異種混合」のメンバー、気兼ねする必要は無いという事らしい。
ライバルの被害がそのまま自分達の利益に繋がる、実に分かりやすい理屈だ。
残していく物資は全て奪われる事になるだろうが仕方ない、命の方がよほど大事だ。それに代表やジン達からも言われている、とにかく逃げるように、と。
──なのに、
「ぐふっ!!」
「ガアッ!!」
欲をかいた2人が弓と魔法にそれぞれに足と背中をやられ、転倒したところを飛び込んできた影のナイフが2人の後頭部にズブリと埋まる。
アイツは──!!
「さぁて、追いかけっこといこうかね?」
ユアンの取り巻きの1人でたしか、マーニーとか言う女だ。クソ、まさかユアン、あれだけの恥をかかされてまだ町に残ってやがったのか!?
くそ、さすがに計算違いだ!!
……しかし、今更降伏など出来ん。逃げるしかない!
…………………………………………。
…………………………………………。
あれからモーラと合流したマーニーは、他の連中と速度をあわせたまま、逃げる俺たちとつかず離れずの距離を保ちながら追跡してくる。
アイツら遊んでやがる──。
イヤ違う、俺達に道案内をさせるつもりか、ジン達の所まで?
くそ、だとしても進むしかない。幸い、ジンの話では45層は41層同様迷路になっているらしい、上手く逃げ込む事さえできればなんとかなるはずだ。
砂漠アリの穴に擬装された下への通路を抜け──アイツらにばれたのはイタイ──45層へ駆け降りた俺達は──
「マジかよ……」
41層で見たような石組み造りの迷宮に間違いはなった、しかし、入り口から一直線の通路が初っ端にあるとは予想外だった。
こんな障害物も無い所を走るのか?
「いたぞ──!!」
「それでも──走れ、とにかく走るんだ!!」
背後から聞こえる声をかき消すように俺は叫ぶ!
あれから更に3人、背中に攻撃を受けて脱落した。
薄情だと罵られるかもしれないが、負傷者を担ぎながら、誰かをフォローしながらヤツらから逃げおおせるほどに俺達は強くない。
今俺達に出来る事は逃げる事、奴等に命を握られない事、そしてみんなの重荷にならない事だ、その為に俺達は逃げて、逃げて、逃げのびてやる!!
「…………くそ」
しかし現実は甘くない、何もない、石畳の上での純粋な駆け比べで俺たちが叶うはずも無く、60メートルほど走っただけで目に見えて差を詰められているのが判る。
……それでも、それでも!!
────ビュシン!!
「────?」
片の横をとんでもなく早いモノが通り過ぎる。そして──
──ドッ!!
「ぐあっ!!」
背後から悲鳴が聞こえるが、それを確かめるほどの余裕は俺には無く、そのまま前に向かって走り続ける。
そこには、
「代表! それにジンも!?」
「後は任せておけ」
「良くご無事で」
代表の手には見たことも無い、しかし見ただけで威圧されそうな気配を放つ大弓が、そしてジンは、普段リオンが持ち歩いているモーニングスターを肩に担いで笑っている。
なぜここに?
「丁度いい感じにバカが群れてくれましたねえ、さすがは辺境の勇者、人をまとめるのがお上手だ」
「そう言うジンは、人を唆すのが上手いな」
楽しそうに笑う2人を見て、やっと助かったと安堵する。
敵はまだ大勢迫ってくる。
それでも、2人の背中を見ていると大丈夫だという気持ちになる、させられる。
まったく、あの日ジンに声をかけられてから俺の人生は、なんだか大きなモンに支配されちまったかのように派手に動き回りやがる。
だけど悪い気はしない、むしろ、何も知らないガキの頃に戻ったようだった。
だけどまあ、この辺で充分だ。このイズナバール迷宮を攻略し、無事ライゼンに戻ったらその後はマリーダと所帯を持って、静かに暮らすのがいいかもしれん。
俺はこの2人の様にはなれねえ、あの人数を前に雑談しながら笑えるようには、一生かかっても無理だ……。
「ウム、この弓はいいな、実に手に馴染む」
「あげませんよ?」
「嫁の妹がちょうどジンと年が近いのだがな……」
「なんで俺がその話題にくいつくと思ったんですかね……?」
……ああ、俺には無理だ。
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「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。