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5章 イズナバール迷宮編
255話 決着
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「くそっ……」
リオンと念話を交わしたシンは、顔面蒼白になりながらも投擲準備の整った投擲槍を構え、100メートル近く離れたヴリトラの顔を睨みつける。
かつて槍聖より伝授された天技”覇王の征軍”、槍術スキルLv6のシンがLvEXの技を行使する事は本来ならば出来ない。しかしシンは、聖竜王の肋骨から作った専用の投擲槍と、高レベルかつ暴走状態にある身体の全魔力、さらに生命力まで注ぎ込むと言う無理を通して道理を引っ込めた。
天技発動に至るまでの無理は通せた、だが天技そのものの効果まで捻じ曲げる事は逆立ちしても無理であった。
剣聖のように海を割り山を断つでなく、弓聖のように一度に無数の屍を作るでなく、ただ一人の敵を滅するための一点集中の技、それゆえ、シンとヴリトラの間に立つリオンの存在があまりにも恨めしい。
時間稼ぎの際にヴリトラがシンに向かっていかないよう立ち塞がったリオンの配慮、それが今度は障害となっているのは皮肉としか言いようが無い。
(ヤバイな、このままじゃあ撃ち込む前にコイツが暴発しちまう……ん?)
シンはモゾモゾと動く人影を視界の端に捕らえると喜色を浮かべ、蒼白い顔と疲労の濃い目に元気が戻る。そして──
「我が一撃が刺し示すは勝利! 勝利の先に望むは未来! ゆえに只前へ、疾く前へ!」
シンの身体と投擲槍を一際大きな光が包み込み、その光が全て槍に飲み込まれるとシンは大きく振りかぶりリオンの身体の先、ヴリトラの巨体を見据える。
ガラララララ──!!
──そして、リオンの姿が下方へ消えた瞬間ヴリトラの心臓があるべき場所をロックオン、発動の言葉を叫ぶと同時に槍を投擲した!
「其れは一条の光の如し──喰らえ! 天技”覇王の征軍”!!」
キュン────!!
シンの手から放たれた槍は、見えない力で搾られるように収束して針よりも細くなり、その先端から伸びる光はレーザポインターのようにヴリトラの胸を照らす。そしてその光の道を滑るように超高速で飛来する槍は、
スッ──
なんの抵抗もなく、静かにヴリトラの身体に吸い込まれていった。
『ガアアアアアアアアア!?』
光に包まれたヴリトラは、体内を駆け巡る異変に絶叫を上げる。
シンから受けた一撃は、痛みも無ければ内外問わず損傷を感じない──否、感じなくなっている。
急速に身体の中から冷えてゆく、精神と肉体が徐々に乖離してゆく感覚に「災厄」と呼ばれた邪竜が悲鳴を上げる、背後から肩を叩く死の訪れに心が涙を流す。
『我が死ぬ? 何故だ、ナゼダアアアアアア!?』
「──そうか、ヴリトラとして死ぬのは初めてだったか。どうだ、殺す側から殺される側になった気分は?」
『シンドゥラああああああ!!』
回復薬を飲み干しながら近付いてくるシンに向かってヴリトラが、彫像のように動かない身体にもかかわらず思念を声として周囲に響かせる。
『何故だ、なぜ我が死なねばならぬ? ナゼ最強の魔竜たる我が負けねばならぬ!?』
ヴリトラの声に威厳は無く、聞く者の耳にはまるで癇癪を起こした子供の喚き声にも聞こえた──。
「簡単な話だろヴリトラ、お前が死ぬのは俺に、俺達に負けたから、お前が負けたのは俺達の方が勝つことに貪欲だったからだよ。この死にたがり負けたがりの泣き虫が」
『……なんだと?』
「昔の姿に戻って俺に吐露した言葉も忘れたのか? ……隠した本心は黙っといてやるからさっさと死ね、邪竜らしく無様にな」
『キサマ!! 我は、ワレハ……シン……』
まだ何か言い募ろうとしていたヴリトラは、急速に勢いを失うかのように静かになると、その場に立ち尽くしたまま完全に動かなくなる。
──ズゥゥゥン!
そしてヴリトラを包む光が霧散すると、支える力を失った巨体はそのポーズのまま仰け反るように後方に倒れた。
「やったのか──?」
「ああ、確実にな」
精根尽きてその場にへたり込んでいるルフトの呟きにシンは断言するように呟き、
「ホラ、望み通り勝ってやったぞ」
ヴリトラの頭部に近付き、その場に留まっているであろう聖竜王の竜宝珠に向かって話しかける。
しかし、
「?」
竜宝珠は姿を現さない。
シンは首を傾げながら、その後何度も呼びかけるが一向に応答が無い。
「返事が無い、ただのしかばねの……じゃなくてブライティア! さっさと出て来い、暴走状態のこの身体で居続けるのも大変なんだよ!!」
返事が無い──
「ブライ──」
『シン……とりあえずご自分の胸に手を当てて見てはいかがですか?』
落とし穴に落とされたリオンが羽ばたきながらシンの背後で諭すように声をかける。
「胸に? 俺、なにかしたっけ?」
『シン、アナタはヴリトラの、その……○○に向かって……槍を』
「槍? ……アアッ!!」
ようやく合点がいったのか、シンはポンと手を叩こうとして、
バキィ!!
全力でぶつかり合う両手の骨が砕けた──
「なあああああ!!」
『シン……アナタと言う人は……』
その場で転げまわる姿にリオンは一際大きくため息をついた。
──────────────
──────────────
その後、何故かシンを含めた全員の土下座によってなんとか竜宝珠が体内に戻ってくれると、ようやくシンの暴走状態は解除され身体の紋様も消えてくれた。
すると、
「てめえ、まさかジン!?」
「?」
木の影から響く声にその場の全員が視線を向けると、
「……ユアンかよ」
シンは心底ウンザリしたような表情を浮かべ、半眼になってユアンを睨む。
「まさか本当に生きてるとは思わなかったが……どうした、コレに文句の一つでも言いに来たのか?」
「ウルセエ!! なにもかも手前のせいだ、返せ! 秘宝を、リーゼを、仲間を!!」
「バカには言葉が通じねえのを忘れてたわ……それにしても」
ユアンの言い放った言葉がそのまま彼の願望のようで、シンは汚い物を見るような目を向ける。
ビクッ──!
ユアンはシンの眼の奥に危険なものを感じながらも、それでも気力を奮い起こしてシンに向かって歩き出す。それは勇気ではなく蛮勇でしかないのだが……。
そんなユアンに向かってシンはウンザリした口調で、
「返すも何も、秘宝とやらは合法的な交渉の末に手に入れたもので、そもそも死んだリーゼ達をどうやって返せとかほざいてんだ?」
「だから秘宝なんだよ!! アレさえあれば、あれに願いさえすれば、リーゼ達を蘇らせる方法が分かる!!」
「んな訳あるかよ……」
古代迷宮の秘宝なら何とかしてくれる──それは何かに頼るでなく願うでなく、ただ縋る……自分以外の何かに寄りかかり全てを委ねる、そんな人間の末路を体現しているユアンの姿を見るルフトやシュナの目には憐れみが宿っていた。
しかし、シンの目に浮かぶのは憐れみではなく怒りと嫌悪感、ブルブルと震える手を抑えながらシンは、異空間バッグから2振りのシミターを取り出し、1本をユアンに向かって放り投げる。
「……何のつもりだ?」
「ギャアギャア喚いてないで実力で取り返してみろ、エセ勇者」
「テメエ!!」
ギィン!!
安い挑発に乗ったユアンはシミターを拾うと、一気にシンとの間合いを詰め上段から振り下ろす。
それをシンは余裕でかわすと剣の背に自分の剣を合わせ、振り下ろす速度に勢いを乗せると、勢いのついたシミターの刃は防具を着けていないユアンの左足を浅く切りつける。
「がっ!!」
「バカが……剣の扱いがなっちゃいねえよ、Lv3」
「!?」
2人のやり取りを見ていたシュナとルフトの目が驚きに開く。
Lv3、その動きから基本レベルでは無いだろう、となればスキルレベルか。
それがたったのLv3? かつて辺境の勇者と呼ばれたランク指定外級の強さを誇っていたユアンが? バカな。
そんな表情が2人の顔に浮かぶが、シンは冷静に佇み、またユアンはそれについて否定もしない。
「だったらなんだ、俺にはそんなもの必要無かった!!」
「必要無い? 嘘付け臆病者が、圧倒的に格下の相手には基本レベルでごり押しして、手強い相手や魔物には”先見”の異能でカウンター狙いしかしてこなかったんだろうが。でなけりゃ基本レベル163でメインのスキルレベルが3止まりな訳が無えんだよ」
ブウン──!!
闇雲に振り回すユアンの剣を最小限の動きでかわすシンは、剣が勢いよく空を切るたびに手を添えて誘導し、その度にユアンの身体には切り傷が増え、無理な動きに各所の筋肉に負担がかかり見る間に動きが鈍くなってゆく。
しかし目の前の敵しか見えていないユアンは、そんな事お構い無しに剣を振るい続け、シンに向かって言葉を吐く。
「それの何が悪い? 手に入れた力を有効に活用した戦術だろうが!」
「活用? 頭湧いてんのかこのバカが。その力を手に入れた手前は結構な序盤で気付いたはずだ、その異能はカウンターには機能しないことを」
”先見”は自分に向かってくる攻撃予測の異能だが、その攻撃を防げば次の予測が発現する。未来は行動によって刻々と変化するため当然の事だが、となれば自分から攻撃した場合はどうなるか?
当然相手が反撃する未来が見える、しかしそれは自分の思い描く行動の後の結果であり、未来の攻撃に対応した動きでは、今度はまた違う未来が発生する。
異能のせいで逆に自縄自縛に陥るユアンがとった解決策は、完全な待ちの戦術、相手の攻撃を避け、そして姿勢を崩した相手から反撃が来ないと確信した時にはじめて剣を振るう。
そんな戦いを続けた果てが、基本レベル163という驚異的な身体能力と、Lv3という貧相な剣術スキル、歪な剣士の出来上がりだった。
「短所より長所を伸ばす考えは間違っちゃいないがな、だからって明確な欠点から目を背けておいて何が活用だ、寝言こいてんじゃねえよ」
「くそおおおおお!!」
ドスッ!
「──え?」
ユアンは一瞬呆けた声を上げると、自分の胸にシミターの刃が深々と突き刺さっているのを見て呆然とした表情になる。
「なん、で?」
「手前、この期に及んでまだ俺が殺さない、見逃してくれるなんてヌルイ事考えてたんじゃねえだろうな?」
「だって、俺は勇者に……あの秘宝はここに来るよう告げて……なのに」
「どこまでバカなんだ手前は! お前の言う勇者ってのは誰かに指図されてホイホイ行動するパシリの事か? そんなもんがお前の思い描く勇者か!?」
シンは憐れみと怒りの混じった表情でユアンを睨みながら怒鳴りつける。その目にうっすらと涙を浮かべながら。
「じゃあ、なん……で?」
「だから、手前が本当に望んだのは勇者になることなのか? お前の本当の望みは何だ、勇者になったその先の未来に何を見たんだよ!?」
「未来……俺の……?」
「そうだよ!!」
「俺の未来……勇者の……違う、俺は勇者じゃない……」
「…………………………」
「勇者じゃないんだ……だから誰か……オレを、叱ってくれよ」
「…………………………」
「なんで誰も……おれは悪い事をしてる、のに……誰か……とめ……てよ」
「──このバカが!!」
怒声を聞いたユアンは朦朧とした意識の中シンの顔を、そこに浮かぶ表情と流れ落ちる物を目に捉えると、
「──────」
小さな声で何かを呟き、静かに目を閉じた──幸せそうな表情で。
シミターを引き抜かれたユアンの身体はその場に崩れ落ち、物言わぬ骸となる。
シンはその場に立ったまま、小刻みに肩を揺らしながら静かに立っていた。
そしてリオン達は、目元を腫らしたシンが振り向くまで、何も言わずその背中を見守っていた──。
リオンと念話を交わしたシンは、顔面蒼白になりながらも投擲準備の整った投擲槍を構え、100メートル近く離れたヴリトラの顔を睨みつける。
かつて槍聖より伝授された天技”覇王の征軍”、槍術スキルLv6のシンがLvEXの技を行使する事は本来ならば出来ない。しかしシンは、聖竜王の肋骨から作った専用の投擲槍と、高レベルかつ暴走状態にある身体の全魔力、さらに生命力まで注ぎ込むと言う無理を通して道理を引っ込めた。
天技発動に至るまでの無理は通せた、だが天技そのものの効果まで捻じ曲げる事は逆立ちしても無理であった。
剣聖のように海を割り山を断つでなく、弓聖のように一度に無数の屍を作るでなく、ただ一人の敵を滅するための一点集中の技、それゆえ、シンとヴリトラの間に立つリオンの存在があまりにも恨めしい。
時間稼ぎの際にヴリトラがシンに向かっていかないよう立ち塞がったリオンの配慮、それが今度は障害となっているのは皮肉としか言いようが無い。
(ヤバイな、このままじゃあ撃ち込む前にコイツが暴発しちまう……ん?)
シンはモゾモゾと動く人影を視界の端に捕らえると喜色を浮かべ、蒼白い顔と疲労の濃い目に元気が戻る。そして──
「我が一撃が刺し示すは勝利! 勝利の先に望むは未来! ゆえに只前へ、疾く前へ!」
シンの身体と投擲槍を一際大きな光が包み込み、その光が全て槍に飲み込まれるとシンは大きく振りかぶりリオンの身体の先、ヴリトラの巨体を見据える。
ガラララララ──!!
──そして、リオンの姿が下方へ消えた瞬間ヴリトラの心臓があるべき場所をロックオン、発動の言葉を叫ぶと同時に槍を投擲した!
「其れは一条の光の如し──喰らえ! 天技”覇王の征軍”!!」
キュン────!!
シンの手から放たれた槍は、見えない力で搾られるように収束して針よりも細くなり、その先端から伸びる光はレーザポインターのようにヴリトラの胸を照らす。そしてその光の道を滑るように超高速で飛来する槍は、
スッ──
なんの抵抗もなく、静かにヴリトラの身体に吸い込まれていった。
『ガアアアアアアアアア!?』
光に包まれたヴリトラは、体内を駆け巡る異変に絶叫を上げる。
シンから受けた一撃は、痛みも無ければ内外問わず損傷を感じない──否、感じなくなっている。
急速に身体の中から冷えてゆく、精神と肉体が徐々に乖離してゆく感覚に「災厄」と呼ばれた邪竜が悲鳴を上げる、背後から肩を叩く死の訪れに心が涙を流す。
『我が死ぬ? 何故だ、ナゼダアアアアアア!?』
「──そうか、ヴリトラとして死ぬのは初めてだったか。どうだ、殺す側から殺される側になった気分は?」
『シンドゥラああああああ!!』
回復薬を飲み干しながら近付いてくるシンに向かってヴリトラが、彫像のように動かない身体にもかかわらず思念を声として周囲に響かせる。
『何故だ、なぜ我が死なねばならぬ? ナゼ最強の魔竜たる我が負けねばならぬ!?』
ヴリトラの声に威厳は無く、聞く者の耳にはまるで癇癪を起こした子供の喚き声にも聞こえた──。
「簡単な話だろヴリトラ、お前が死ぬのは俺に、俺達に負けたから、お前が負けたのは俺達の方が勝つことに貪欲だったからだよ。この死にたがり負けたがりの泣き虫が」
『……なんだと?』
「昔の姿に戻って俺に吐露した言葉も忘れたのか? ……隠した本心は黙っといてやるからさっさと死ね、邪竜らしく無様にな」
『キサマ!! 我は、ワレハ……シン……』
まだ何か言い募ろうとしていたヴリトラは、急速に勢いを失うかのように静かになると、その場に立ち尽くしたまま完全に動かなくなる。
──ズゥゥゥン!
そしてヴリトラを包む光が霧散すると、支える力を失った巨体はそのポーズのまま仰け反るように後方に倒れた。
「やったのか──?」
「ああ、確実にな」
精根尽きてその場にへたり込んでいるルフトの呟きにシンは断言するように呟き、
「ホラ、望み通り勝ってやったぞ」
ヴリトラの頭部に近付き、その場に留まっているであろう聖竜王の竜宝珠に向かって話しかける。
しかし、
「?」
竜宝珠は姿を現さない。
シンは首を傾げながら、その後何度も呼びかけるが一向に応答が無い。
「返事が無い、ただのしかばねの……じゃなくてブライティア! さっさと出て来い、暴走状態のこの身体で居続けるのも大変なんだよ!!」
返事が無い──
「ブライ──」
『シン……とりあえずご自分の胸に手を当てて見てはいかがですか?』
落とし穴に落とされたリオンが羽ばたきながらシンの背後で諭すように声をかける。
「胸に? 俺、なにかしたっけ?」
『シン、アナタはヴリトラの、その……○○に向かって……槍を』
「槍? ……アアッ!!」
ようやく合点がいったのか、シンはポンと手を叩こうとして、
バキィ!!
全力でぶつかり合う両手の骨が砕けた──
「なあああああ!!」
『シン……アナタと言う人は……』
その場で転げまわる姿にリオンは一際大きくため息をついた。
──────────────
──────────────
その後、何故かシンを含めた全員の土下座によってなんとか竜宝珠が体内に戻ってくれると、ようやくシンの暴走状態は解除され身体の紋様も消えてくれた。
すると、
「てめえ、まさかジン!?」
「?」
木の影から響く声にその場の全員が視線を向けると、
「……ユアンかよ」
シンは心底ウンザリしたような表情を浮かべ、半眼になってユアンを睨む。
「まさか本当に生きてるとは思わなかったが……どうした、コレに文句の一つでも言いに来たのか?」
「ウルセエ!! なにもかも手前のせいだ、返せ! 秘宝を、リーゼを、仲間を!!」
「バカには言葉が通じねえのを忘れてたわ……それにしても」
ユアンの言い放った言葉がそのまま彼の願望のようで、シンは汚い物を見るような目を向ける。
ビクッ──!
ユアンはシンの眼の奥に危険なものを感じながらも、それでも気力を奮い起こしてシンに向かって歩き出す。それは勇気ではなく蛮勇でしかないのだが……。
そんなユアンに向かってシンはウンザリした口調で、
「返すも何も、秘宝とやらは合法的な交渉の末に手に入れたもので、そもそも死んだリーゼ達をどうやって返せとかほざいてんだ?」
「だから秘宝なんだよ!! アレさえあれば、あれに願いさえすれば、リーゼ達を蘇らせる方法が分かる!!」
「んな訳あるかよ……」
古代迷宮の秘宝なら何とかしてくれる──それは何かに頼るでなく願うでなく、ただ縋る……自分以外の何かに寄りかかり全てを委ねる、そんな人間の末路を体現しているユアンの姿を見るルフトやシュナの目には憐れみが宿っていた。
しかし、シンの目に浮かぶのは憐れみではなく怒りと嫌悪感、ブルブルと震える手を抑えながらシンは、異空間バッグから2振りのシミターを取り出し、1本をユアンに向かって放り投げる。
「……何のつもりだ?」
「ギャアギャア喚いてないで実力で取り返してみろ、エセ勇者」
「テメエ!!」
ギィン!!
安い挑発に乗ったユアンはシミターを拾うと、一気にシンとの間合いを詰め上段から振り下ろす。
それをシンは余裕でかわすと剣の背に自分の剣を合わせ、振り下ろす速度に勢いを乗せると、勢いのついたシミターの刃は防具を着けていないユアンの左足を浅く切りつける。
「がっ!!」
「バカが……剣の扱いがなっちゃいねえよ、Lv3」
「!?」
2人のやり取りを見ていたシュナとルフトの目が驚きに開く。
Lv3、その動きから基本レベルでは無いだろう、となればスキルレベルか。
それがたったのLv3? かつて辺境の勇者と呼ばれたランク指定外級の強さを誇っていたユアンが? バカな。
そんな表情が2人の顔に浮かぶが、シンは冷静に佇み、またユアンはそれについて否定もしない。
「だったらなんだ、俺にはそんなもの必要無かった!!」
「必要無い? 嘘付け臆病者が、圧倒的に格下の相手には基本レベルでごり押しして、手強い相手や魔物には”先見”の異能でカウンター狙いしかしてこなかったんだろうが。でなけりゃ基本レベル163でメインのスキルレベルが3止まりな訳が無えんだよ」
ブウン──!!
闇雲に振り回すユアンの剣を最小限の動きでかわすシンは、剣が勢いよく空を切るたびに手を添えて誘導し、その度にユアンの身体には切り傷が増え、無理な動きに各所の筋肉に負担がかかり見る間に動きが鈍くなってゆく。
しかし目の前の敵しか見えていないユアンは、そんな事お構い無しに剣を振るい続け、シンに向かって言葉を吐く。
「それの何が悪い? 手に入れた力を有効に活用した戦術だろうが!」
「活用? 頭湧いてんのかこのバカが。その力を手に入れた手前は結構な序盤で気付いたはずだ、その異能はカウンターには機能しないことを」
”先見”は自分に向かってくる攻撃予測の異能だが、その攻撃を防げば次の予測が発現する。未来は行動によって刻々と変化するため当然の事だが、となれば自分から攻撃した場合はどうなるか?
当然相手が反撃する未来が見える、しかしそれは自分の思い描く行動の後の結果であり、未来の攻撃に対応した動きでは、今度はまた違う未来が発生する。
異能のせいで逆に自縄自縛に陥るユアンがとった解決策は、完全な待ちの戦術、相手の攻撃を避け、そして姿勢を崩した相手から反撃が来ないと確信した時にはじめて剣を振るう。
そんな戦いを続けた果てが、基本レベル163という驚異的な身体能力と、Lv3という貧相な剣術スキル、歪な剣士の出来上がりだった。
「短所より長所を伸ばす考えは間違っちゃいないがな、だからって明確な欠点から目を背けておいて何が活用だ、寝言こいてんじゃねえよ」
「くそおおおおお!!」
ドスッ!
「──え?」
ユアンは一瞬呆けた声を上げると、自分の胸にシミターの刃が深々と突き刺さっているのを見て呆然とした表情になる。
「なん、で?」
「手前、この期に及んでまだ俺が殺さない、見逃してくれるなんてヌルイ事考えてたんじゃねえだろうな?」
「だって、俺は勇者に……あの秘宝はここに来るよう告げて……なのに」
「どこまでバカなんだ手前は! お前の言う勇者ってのは誰かに指図されてホイホイ行動するパシリの事か? そんなもんがお前の思い描く勇者か!?」
シンは憐れみと怒りの混じった表情でユアンを睨みながら怒鳴りつける。その目にうっすらと涙を浮かべながら。
「じゃあ、なん……で?」
「だから、手前が本当に望んだのは勇者になることなのか? お前の本当の望みは何だ、勇者になったその先の未来に何を見たんだよ!?」
「未来……俺の……?」
「そうだよ!!」
「俺の未来……勇者の……違う、俺は勇者じゃない……」
「…………………………」
「勇者じゃないんだ……だから誰か……オレを、叱ってくれよ」
「…………………………」
「なんで誰も……おれは悪い事をしてる、のに……誰か……とめ……てよ」
「──このバカが!!」
怒声を聞いたユアンは朦朧とした意識の中シンの顔を、そこに浮かぶ表情と流れ落ちる物を目に捉えると、
「──────」
小さな声で何かを呟き、静かに目を閉じた──幸せそうな表情で。
シミターを引き抜かれたユアンの身体はその場に崩れ落ち、物言わぬ骸となる。
シンはその場に立ったまま、小刻みに肩を揺らしながら静かに立っていた。
そしてリオン達は、目元を腫らしたシンが振り向くまで、何も言わずその背中を見守っていた──。
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「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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