転生薬師は異世界を巡る(旧題:転生者は異世界を巡る)

山川イブキ(nobuyukisan)

文字の大きさ
194 / 231
5章 イズナバール迷宮編

258話 月明かりの下で

しおりを挟む
 ここは南大陸と同じく熱帯に属するエリアにあるシンの隠れ家、肌をくすぐる夜風を受けながら月明かりと輝く星々の下、ヒトにあらざる4つの人影がオープンテラスでを酌み交わす。
 どっしりと底の広いフラスコ型の、ボトル口に向かって滑らかに反り上がる曲線と幾重にも走る溝が美しい、ブランデーボトルにも似たクリスタルの容器の中には虹色の輝きを放つ液体が揺らめいている。
 神酒ネクタル──不老不死を得られると言われる神の酒、それが2瓶。
 神秘の液体は月明かりを浴びて妖しくも優美にきらめく。

「まさか本当に持ってくるとはのう……シンのヤツ、不老不死になりたいのか?」
「ヴァルナよ、取って来いと言っておきながらそれはなかろう……」
「じゃが古代迷宮あそこのお宝はヒトの願望を形にするんじゃぞ?」

 双龍のやりとりを聞きながらリオンは、すでに眠りの世界に旅立った唯一の人間がいるであろう建物の中を眺め、神酒に口をつける。
 口に含んだ瞬間、口内に広がる酒精を帯びた芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、無意識のうちに口元は緩み目は細まる。
 蜂蜜のように濃厚な甘さは飲み込む時に喉を焦がし、胃の中で燃え盛るように熱を発しながら心地よい酩酊状態へと誘う。
 リオンにとって2度目・・・の神酒は、初めて飲んだ時と全く変わらぬ驚きと感動、そして同時に一抹の寂寥感に襲われる。
 リオンが一人たそがれる中、双龍の会話にエルダーが割り込む。

「まあ、そこは”ムッツリ詐欺師”が思考誘導をしていたし、出るのも当然といえば当然だよねえ」

 そう言ってエルダーは子供の姿のままで神酒を豪快にあおる。
 迷宮攻略の際、シンは自分の目的は神酒だと、攻略メンバーの前で断言した。
 本来ならばその時の彼等のように笑い飛ばす話だが、シンは続けて神酒以外が出た場合は自分は要らぬ、それ以外の物が出た場合はそちらの好きにしてくれと言い放つ事で、彼等の深層に「もしかしたら」との意識を植え付け、古代迷宮の秘宝という、何が眠っているのか余りにも漠然とした中に明確なビジョンを作り出した。
 そうなると当然、最下層に近付く度に彼等の頭の中では「神酒だけは出るな」と逆に強く意識しだし、結果シンの思惑通り最下層のさらに奥の宝物殿には神酒が現れる。
 シンはそれを、ヴリトラを討伐してすぐに転移魔法で50層の入り口前まで飛んで、急いで神酒を回収、その後偽装工作の為に10日かけて魔槍の製作をしていたという訳だ。

「まったく、おかしな場外戦術ばかり得意になりおって……」

 嘆きながらグビリと酒盃を傾けるイグニスを見て、リオンはクスリと笑う。

「とはいえ、3本・・のうち1本はあいつが持って行ったわけじゃが、どうする気かのう?」
「いろいろ調べたいとか言ってましたよ。あと、飲む気はさらさら無いそうです」
「そうか……同族が増えぬで残念か?」

 ──ピタ。

 ヴァルナの言葉にリオンは一瞬硬直して無表情になる。
 同族、その言葉が意味するところは──神酒を飲むという事は魔竜になるという事か?
 応えは是、しかし誰も彼もがなれる訳ではない、魔竜になるためには神酒を飲むだけでは足らず、あるものが必要である──「竜殺し」という名の称号が。
 つまり、竜殺しの称号を持つ者だけが、この神酒ネクタルを飲んだ時に不老不死、死してもかつての姿に生まれ変わり、その記憶を残らず継承する、不滅の存在である魔竜になるという事は、正に不老不死を得るのと同義であった。
 無表情だったリオンはすぐに笑顔に戻ると、

「いえ、むしろシンらしいと安心しましたよ」
「ヤツらしい、か?」
「ええ、独りよがりの正義感で人々を導こう──そんな下らない夢を持とうとしない、実に健全な精神の持ち主ですよ」

 そう言って笑うリオンの顔は、少しだけ寂しそうだった。

「アハハ、ダメだよキミ達、シンはボクの相方オモチャなんだから。魔竜にも勇者にもなってもらったら困るよ」
「しかしですなエルディアス様、時は既に近付いておりますぞ?」
「もちろん、来る時に備えて勇者は別で用意するとも。でもねイグニス、ボクはシンをその列に加えるつもりは無いよ」

 そう断言するエルダーの顔は、笑っていながらも頑として意志を曲げない、そんな力強さを含んでいた。
 愛弟子の処遇が気になるのか、酒盃を空にしたイグニスはそのままエルダーに向き直って姿勢を正す。

「確かに今のシンあれは人を守るという気概は持っておりません。薬師として旅をする程度には人の不幸を減らしたいとは思っていましょうが」
「うん、シンは守護者ガーディアンって感じじゃないよね」
「とはいえ破壊者デストロイヤーにもなれますまい、アイツは根っこの部分でお人好しですぞ?」
「そうだねヴァルナ、だからシンには”ガーデナー”にでもなってもらおうかと思ってるよ」
庭師ガーデナー?』

 怪訝な声を上げる3人に向かってエルダーは頷く。
 庭師とエルダーは言ったが、字面通りの意味であるはずが無い、3人の脳裏には同じ言葉が浮かぶ。
 ガルデニア──箱庭世界と呼ばれるこの地、それを庭とするのであれば庭師とは、つまりこの世界を管理し健全な状態を維持するものという事か?
 しかし、言うなればそれは神の領分、不老不死を拒むシンが望むはずの無い未来。

「なにもシンに神様の真似事をしてもらうつもりは無いさ、今まで通り、世界を旅して来るべき日もシンらしく、思うままに力を振るってもらうつもりさ。人にも、魔族にも──そして勇者達にも」
「勇者にも、ですと?」
「そうさ、1000年前の時も、魔族を押し戻すまではまともだった勇者もいつの間にかおかしくなってしまった、今回は与える加護の数は少ないけれども転生させる数は多い。当然良くない方向に捻じ曲がっちゃう子もいるだろうね」
「……それをシンに間引かせるおつもりですか?」

 リオンの問いにエルダーは当然、と言わんばかりに頷く、そして語る──ボクが言おうが言うまいが、シンならきっとそうする、そうする未来が見えている。これはシンが10歳の時、あの時から決まった事だ──と。
 異世界に転生したシンがこの世界でどのような生き方をするのか、与えられた力をどう使うのか、ティアとエルダーは見守っていた。
 前世の記憶を持ったまま転生したシンは、ごく普通に善良な思考でもって、その力がもたらす恩恵を周囲に惜しみなく分け与えた、無自覚なままに。
 それが転生先で手に入れた新しい家族、新しいコミュニティの幸せに繋がると信じて。

 ──しかし、楽は続けば堕落に繋がる。
 大人達はシンをおだて褒めそやし、甘い汁を搾りとっていった。
 それ自体は何も珍しく無い、富に繋がる才能を持った者が富を貯めこむ才能を持つ者に狙われ、それと気付かぬままに利用される事などどこにでもある話で、その辺に無頓着だったシンがその渦に飲み込まれただけの事。
 最大の問題は、シンがそれを苦痛に思わなかった事かもしれない。
 しかし、子供の力に大人が頼るという歪んだ共生関係は、たった一つの出来事によって全てが破綻する。
 王国と帝国の争い──国家単位で見れば小競り合いであったそれは、結果としてシンの家族を、故郷を、全て奪った。
 与える事の満足の裏で、何の代償もなしに恩恵を受ける側の堕落、帝国の侵攻はきっかけに過ぎなかった。
 だからシンは嫌う、無条件に恩恵を与える事を、施しを受ける事を。

「きっとシンの同郷の勇者達、その何人かはシンと同じてつを踏むだろうね。そしてそこから這い上がるなら良し、でももしそのまま腐ってゆくのであれば、加護を受けている分この世界の人間にはいささか荷が勝ちすぎる」
「だからといって、尻拭いをシンに──」
「シンならきっと言われなくてもやるよ、転生先で浮かれて、良かれと思って世話を焼き、無自覚なまま結果として迷惑をかける、そんな人間が大嫌いだからね」
「──────────」

 エルダーの言葉を聞いて3人は何も喋らない、それが一体誰のことを差しているのか聞くまでも無かった。

「転生させる前に勇者の人格を見極めようとはしないのですか?」
「ボクが勇者達に求めるのはこの世界に転生したいという意思だけだよ、転生した後の行動にまで注文はつけないさ」

 やりたいようにやれ、という事だ。
 そして、繋げるように言葉を続ける。

「変化も無く、ただ平穏無事に──そんな、緩やかに死に向かうだけの世界なんてウンザリなんだよ」

 愛らしい顔を歪ませ、その目に諦観の色を浮かべながらエルダーは吐き捨てる。
 既に定められたシンの未来を憂い、それでもリオンはエルダーに問う。

「──シンは、それで救われるのでしょうか?」
「さあね、そもそもシンは誰かに救ってもらおうなんて思っていないさ」

 エルダーは残った神酒を飲み干すと、今度はさっきとは打って変わって優しい表情を浮かべ、

「なに、ボクとティアはずっとシンを見てきた、あの子は大丈夫さ」

 エルダーの言葉を聞いて、リオンはそれ以上何も語らず、イグニスとヴァルナも黙したまま夜空を見上げる。
 神がそう仰るのだ、ならば何の問題も無い──。
しおりを挟む
感想 497

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。