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6章 ライゼン・獣人連合編
280話 忙しい朝・後編
族長は、魔槍の穂先をシンに定めたまま腰を落とす。
ヒト種よりも大柄な蜥蜴人の中でも、二メートル五〇センチほどの高身長を誇るヒューロゆえに、水平に構えた槍は、眼前の心臓の位置とピタリと揃う。
また、足を広げた待ちの構えではなく前傾姿勢、石畳を押さえる太い尻尾は、蛇が獲物に襲い掛かる直前のように蛇腹に波打ち、その姿は引き絞った状態の弓のようだ。
その体勢で強い殺気を放つ眼前の男に向かって、殺気を向けられたシンは困ったように笑うと、両手を挙げて交戦の意思が無いことを示す。
「何をしに、と言われましても。族長に確かめて欲しい事があったので、こうして飛んできただけですよ」
「あれだけの殺気を放ちながらここまで来て?」
「そいつに関しては、まあ──個人的にはらわたが煮えくり返っておりましてね」
そう言って薄く笑うシンからは、抑えた殺気がまた漏れ出すものの、それはヒューロに向けたものではなく、ただ周囲にばら撒かれる類のものだったため、ヒューロも表面上は納得する。
構えを解いたヒューロを見て安堵の息をついたシンだったが、それでもその場から一歩も動かずに、相手を刺激しないよう慎重に両手を下ろす。
「……シン殿、先ずは知っている事から話してはもらえませぬかな? ワシへの頼み事はその後という事で」
「出来れば急いで欲しいのですが、まあ仕方ありませんね……俺も狙いが『コッチ』だとは予想外なんですよ」
シンは、獣人連合にやって来る前にシュナとゲンマから、ライゼンが戦の準備を始めていることは聞いていた。
灌漑工事──それは、今回のイズナバール迷宮の件によって獣人連合に譲渡された土地、そこに含まれる水源を失う事になるライゼンが、水資源を確保するために必要な国策事業である。
しかし、それはライゼンにのみ目を向けた場合の話であり、別の視点から眺めると、違う事情が見えてくる。
イズナバールの水資源をライゼンによって支配される──それは、今までその恩恵に預かっていた土地に生きる者にとっては、喉下にナイフを突きたてられたようなものである。
そして、その煽りを最も強く受けるのが、イズナバールから伸びる河川の下流に位置する国家、ドウマだった。
ライゼンと獣人連合の約定は他国にも知られており、当然のように間諜を差し向けたドウマは、想定以上の大規模工事に驚愕したという。
ライゼンの行っている工事の規模は、イズナバール湖の水を全てライゼンに引くほどのものであり、そうなると当然、今まで湖から流れる水によって生活をしていた地域は、即座に干上がってしまうのは目に見えて明らかだ。
三国で結託し、一国を妨害しようなどと愚かな行為の対価としてはあまりにも厳しい、しかもドウマを狙い撃ちにするようなやり口──シュゲンとモロクは水源をイズナバール湖に頼っていない──に、当然ドウマは行動を起こす。
戦の準備を始めるドウマに、当然ライゼンも受ける形で準備を進める。とはいえ、これから冬を迎えるこの時期に戦争は起ころうはずも無く、開戦は春になってからだろうと、シュナはシンに語っていた。
「ワシら獣人連合は、ライゼンからの支援要請など聞いておらんがのう?」
「先を見据えたうえで、獣人連合の手を借りたくなかったのでしょう」
仮にライゼンが勝利し、ドウマを呑み込む形になったとしても、ライゼンの強さは『獣人連合の手助けありき』で見られてしまう。
そうなれば、シュゲンとモロクの残った国が採る手は、両国の離間工作となるだろう。
ドウマを取り込んだライゼン、それがシュゲンとモロクに負けることは考え難いが、背後に獣人連合の牙が見え隠れする状態では、敵に対して思うように軍を動かす事も出来ない。
そのため、ドウマを打ち倒すのはあくまでライゼン一国で行い、獣人連合にはあくまで中立の立場にいてもらうのが、ライゼンとしても都合が良かったのだ。
それが何故ライゼンの『オウカ』がマニエル湿原を、しかも北部の『ザーザル族』に対してこのような行動をとったのか?
「──考えても、私の頭では答えが出ませんでね。なので族長にお聞きしたくてここに来たんですよ、『南部』は無事か、と?」
「……なるほどのう。チョット待っとれ──」
練武状の奥にある建物へ向かうヒューロを見送りながらシンは、足元に転がっている死体を検分しはじめる。
そして、一通り『鑑定』をした結果──
「ライゼンの兵士なのは確定か、ますますわからん。攻めるタイミングはともかく、メリットなんざ欠片も無いってのに……利益が意味を成さないのなら、感情的なものか?」
シンは、イズナバール迷宮で自分達を裏切っていた、サモンという男を思い出す。
あの男が暴挙に走った原因は、嫉妬心と獣人に対する偏見だとは聞いていた。
仮にも国家の大事に選ばれた男が、異端の感情の持ち主とは考えにくい。ならば、獣人に対して差別意識を持った人間は、ライゼンの中に一定数存在する事になる。
(ソイツらの暴走か? 反逆罪に問われるのは確定だぞ……いや、その心配が無い可能性は……)
「──シン殿、南部には何も起きておらんらしいぞ……今のところは」
魔道具で南部と連絡をとっていたヒューロが戻ってくると、シンは思考を中断して立ち上がる。
「ありがとうございます。となると、わざわざ『こっち側』を狙った理由がありそうですねえ」
「とりあえず、南のに注意は呼びかけておいたが『上』にはまだ伝えておらん。事情が分かるまでは黙っておきたいところじゃが、被害が出とる以上、いつまでも庇いきれんぞ?」
ヒューロの言葉にシンは頷くと、頭に着けた羽飾りをその場に捨てる。
ライゼンの後ろ盾の証を捨てる事で、自分が向こう側の人間では無いと示し、代わりに倒れている男の死体から取り上げた木札を首に掛ける。
それを見たヒューロは、潜伏する仲間がいる可能性を思い、深く溜め息をつく。
「全く、ヒト種というものは……」
「一緒くたにされるのは勘弁願いたいところですが、今は問答よりも行動の時間ですかね」
「どこへ行くつもりじゃ?」
「なに、同じヒト種なんでね、潜り込んで事情を探りに行ってきますよ」
一礼し、その場を去ろうとするシンに対し、ヒューロが声を掛ける。
「で、若い連中は、どの程度引き止めておけばよいのかの?」
「──最大で一週間ほど抑えて頂ければ、詳しい事情を探ってきますよ。報酬は……あちらさんの責任者の首、で、よろしいですか?」
そう言うとシンは、返事を待たずにその場を走り去ると、外で待ちぼうけを喰らっている馬の一頭に跨り、渡ってきた橋を戻って行った。
残された族長は、それを眺めながら空を見上げ──
「やれやれ、危険な御仁じゃのう……あんなのと上手くやっておるルフトを、少しは認めてやるかのう」
そう一人ごちるヒューロの掌と首筋は、流した冷や汗でグッショリとなっていた。
………………………………………………
………………………………………………
ドドドドドドド──!!
ライゼンと獣人連合を繋ぐ二本の道、その一本である『コウエン』へと続く街道を、馬に乗った武装集団が駆け抜ける。
「いいか、後ろは気にするな、とにかく馬を走らせろ──!! キサマッ、何者か!?」
ブォン──!!
そう言って、小集団の指揮官らしき男は並走する影に向かって剣を振るうが、空を切る。
「うひゃあああああああ!!」
奇跡的にその斬撃をかわしたマント姿の男は、情け無い悲鳴を上げながら、それでも速度を落とさず並走を続ける。
再度剣を振るおうとした兵士は、改めてその男──シンの姿を見て怪訝な表情を浮かべる。
「何者だ、キサマ?」
「なっ! そ、それはコッチの台詞ですよ! こっちは行商中に滞在していた街がいきなりあんな事になったおかげで、ヒト種ってだけでアナタ方のお仲間と疑われて、それで逃げてるんじゃないですかあ!!」
目を赤く腫らして鼻水を垂らしながら捲くし立てる目の前の男の訴えに、男は毒気が抜けたのか、剣を下ろすとシンに向かって話しかける。
「商人か……判っておるのか? 我らは野盗では無い、それに同行する以上、キサマの身柄は拘束せねばならん」
「なんでも構いませんよ! アイツらのキバや爪で殺されるくらいなら、あなた方に保護してもらった方が何倍もマシだ!! ──そうだ、私はこう見えても各種薬品を取り扱っております。怪我をした方がおりましたらお安く提供させていただきますから、どうかお願いしますよ!」
タダで、とは言わない所に、若さに似合わぬがめつさを感じた兵士は苦笑すると、シンの同行を許し、その後も休憩をはさみながら街道沿いに馬を走らせ、日が暮れる頃になってやっと馬を止めると、『オウカ』の兵士達は野営を始める。
そんな中でシンは、オウカの兵士達を相手に、怪我やヤケドの薬を配っては、その会話に耳を傾けていた──。
そして、一通り薬を配り終えて一人になると──
「なるほど、そういう事かよ」
顔を顰めながらシンは、夜の中で一人、そう呟いた。
ヒト種よりも大柄な蜥蜴人の中でも、二メートル五〇センチほどの高身長を誇るヒューロゆえに、水平に構えた槍は、眼前の心臓の位置とピタリと揃う。
また、足を広げた待ちの構えではなく前傾姿勢、石畳を押さえる太い尻尾は、蛇が獲物に襲い掛かる直前のように蛇腹に波打ち、その姿は引き絞った状態の弓のようだ。
その体勢で強い殺気を放つ眼前の男に向かって、殺気を向けられたシンは困ったように笑うと、両手を挙げて交戦の意思が無いことを示す。
「何をしに、と言われましても。族長に確かめて欲しい事があったので、こうして飛んできただけですよ」
「あれだけの殺気を放ちながらここまで来て?」
「そいつに関しては、まあ──個人的にはらわたが煮えくり返っておりましてね」
そう言って薄く笑うシンからは、抑えた殺気がまた漏れ出すものの、それはヒューロに向けたものではなく、ただ周囲にばら撒かれる類のものだったため、ヒューロも表面上は納得する。
構えを解いたヒューロを見て安堵の息をついたシンだったが、それでもその場から一歩も動かずに、相手を刺激しないよう慎重に両手を下ろす。
「……シン殿、先ずは知っている事から話してはもらえませぬかな? ワシへの頼み事はその後という事で」
「出来れば急いで欲しいのですが、まあ仕方ありませんね……俺も狙いが『コッチ』だとは予想外なんですよ」
シンは、獣人連合にやって来る前にシュナとゲンマから、ライゼンが戦の準備を始めていることは聞いていた。
灌漑工事──それは、今回のイズナバール迷宮の件によって獣人連合に譲渡された土地、そこに含まれる水源を失う事になるライゼンが、水資源を確保するために必要な国策事業である。
しかし、それはライゼンにのみ目を向けた場合の話であり、別の視点から眺めると、違う事情が見えてくる。
イズナバールの水資源をライゼンによって支配される──それは、今までその恩恵に預かっていた土地に生きる者にとっては、喉下にナイフを突きたてられたようなものである。
そして、その煽りを最も強く受けるのが、イズナバールから伸びる河川の下流に位置する国家、ドウマだった。
ライゼンと獣人連合の約定は他国にも知られており、当然のように間諜を差し向けたドウマは、想定以上の大規模工事に驚愕したという。
ライゼンの行っている工事の規模は、イズナバール湖の水を全てライゼンに引くほどのものであり、そうなると当然、今まで湖から流れる水によって生活をしていた地域は、即座に干上がってしまうのは目に見えて明らかだ。
三国で結託し、一国を妨害しようなどと愚かな行為の対価としてはあまりにも厳しい、しかもドウマを狙い撃ちにするようなやり口──シュゲンとモロクは水源をイズナバール湖に頼っていない──に、当然ドウマは行動を起こす。
戦の準備を始めるドウマに、当然ライゼンも受ける形で準備を進める。とはいえ、これから冬を迎えるこの時期に戦争は起ころうはずも無く、開戦は春になってからだろうと、シュナはシンに語っていた。
「ワシら獣人連合は、ライゼンからの支援要請など聞いておらんがのう?」
「先を見据えたうえで、獣人連合の手を借りたくなかったのでしょう」
仮にライゼンが勝利し、ドウマを呑み込む形になったとしても、ライゼンの強さは『獣人連合の手助けありき』で見られてしまう。
そうなれば、シュゲンとモロクの残った国が採る手は、両国の離間工作となるだろう。
ドウマを取り込んだライゼン、それがシュゲンとモロクに負けることは考え難いが、背後に獣人連合の牙が見え隠れする状態では、敵に対して思うように軍を動かす事も出来ない。
そのため、ドウマを打ち倒すのはあくまでライゼン一国で行い、獣人連合にはあくまで中立の立場にいてもらうのが、ライゼンとしても都合が良かったのだ。
それが何故ライゼンの『オウカ』がマニエル湿原を、しかも北部の『ザーザル族』に対してこのような行動をとったのか?
「──考えても、私の頭では答えが出ませんでね。なので族長にお聞きしたくてここに来たんですよ、『南部』は無事か、と?」
「……なるほどのう。チョット待っとれ──」
練武状の奥にある建物へ向かうヒューロを見送りながらシンは、足元に転がっている死体を検分しはじめる。
そして、一通り『鑑定』をした結果──
「ライゼンの兵士なのは確定か、ますますわからん。攻めるタイミングはともかく、メリットなんざ欠片も無いってのに……利益が意味を成さないのなら、感情的なものか?」
シンは、イズナバール迷宮で自分達を裏切っていた、サモンという男を思い出す。
あの男が暴挙に走った原因は、嫉妬心と獣人に対する偏見だとは聞いていた。
仮にも国家の大事に選ばれた男が、異端の感情の持ち主とは考えにくい。ならば、獣人に対して差別意識を持った人間は、ライゼンの中に一定数存在する事になる。
(ソイツらの暴走か? 反逆罪に問われるのは確定だぞ……いや、その心配が無い可能性は……)
「──シン殿、南部には何も起きておらんらしいぞ……今のところは」
魔道具で南部と連絡をとっていたヒューロが戻ってくると、シンは思考を中断して立ち上がる。
「ありがとうございます。となると、わざわざ『こっち側』を狙った理由がありそうですねえ」
「とりあえず、南のに注意は呼びかけておいたが『上』にはまだ伝えておらん。事情が分かるまでは黙っておきたいところじゃが、被害が出とる以上、いつまでも庇いきれんぞ?」
ヒューロの言葉にシンは頷くと、頭に着けた羽飾りをその場に捨てる。
ライゼンの後ろ盾の証を捨てる事で、自分が向こう側の人間では無いと示し、代わりに倒れている男の死体から取り上げた木札を首に掛ける。
それを見たヒューロは、潜伏する仲間がいる可能性を思い、深く溜め息をつく。
「全く、ヒト種というものは……」
「一緒くたにされるのは勘弁願いたいところですが、今は問答よりも行動の時間ですかね」
「どこへ行くつもりじゃ?」
「なに、同じヒト種なんでね、潜り込んで事情を探りに行ってきますよ」
一礼し、その場を去ろうとするシンに対し、ヒューロが声を掛ける。
「で、若い連中は、どの程度引き止めておけばよいのかの?」
「──最大で一週間ほど抑えて頂ければ、詳しい事情を探ってきますよ。報酬は……あちらさんの責任者の首、で、よろしいですか?」
そう言うとシンは、返事を待たずにその場を走り去ると、外で待ちぼうけを喰らっている馬の一頭に跨り、渡ってきた橋を戻って行った。
残された族長は、それを眺めながら空を見上げ──
「やれやれ、危険な御仁じゃのう……あんなのと上手くやっておるルフトを、少しは認めてやるかのう」
そう一人ごちるヒューロの掌と首筋は、流した冷や汗でグッショリとなっていた。
………………………………………………
………………………………………………
ドドドドドドド──!!
ライゼンと獣人連合を繋ぐ二本の道、その一本である『コウエン』へと続く街道を、馬に乗った武装集団が駆け抜ける。
「いいか、後ろは気にするな、とにかく馬を走らせろ──!! キサマッ、何者か!?」
ブォン──!!
そう言って、小集団の指揮官らしき男は並走する影に向かって剣を振るうが、空を切る。
「うひゃあああああああ!!」
奇跡的にその斬撃をかわしたマント姿の男は、情け無い悲鳴を上げながら、それでも速度を落とさず並走を続ける。
再度剣を振るおうとした兵士は、改めてその男──シンの姿を見て怪訝な表情を浮かべる。
「何者だ、キサマ?」
「なっ! そ、それはコッチの台詞ですよ! こっちは行商中に滞在していた街がいきなりあんな事になったおかげで、ヒト種ってだけでアナタ方のお仲間と疑われて、それで逃げてるんじゃないですかあ!!」
目を赤く腫らして鼻水を垂らしながら捲くし立てる目の前の男の訴えに、男は毒気が抜けたのか、剣を下ろすとシンに向かって話しかける。
「商人か……判っておるのか? 我らは野盗では無い、それに同行する以上、キサマの身柄は拘束せねばならん」
「なんでも構いませんよ! アイツらのキバや爪で殺されるくらいなら、あなた方に保護してもらった方が何倍もマシだ!! ──そうだ、私はこう見えても各種薬品を取り扱っております。怪我をした方がおりましたらお安く提供させていただきますから、どうかお願いしますよ!」
タダで、とは言わない所に、若さに似合わぬがめつさを感じた兵士は苦笑すると、シンの同行を許し、その後も休憩をはさみながら街道沿いに馬を走らせ、日が暮れる頃になってやっと馬を止めると、『オウカ』の兵士達は野営を始める。
そんな中でシンは、オウカの兵士達を相手に、怪我やヤケドの薬を配っては、その会話に耳を傾けていた──。
そして、一通り薬を配り終えて一人になると──
「なるほど、そういう事かよ」
顔を顰めながらシンは、夜の中で一人、そう呟いた。
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