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40、彼の心配
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「もうすぐ、お城で大きな舞踏会が開かれるそうですよ」
まるで自分が出席するかのようにヴァネッサが弾んだ声で教えてくれた。
「まぁ、また?」
睨みつけるように刺繍に挑戦していたブランシュは、八つ当たりするかのように、ついそう溢してしまった。ふーっと息を吐きながら、少し休憩しようと針と刺繍枠を横に置く。肩と目が異様に疲れ、ぐりぐりと指で押したり揉んだりした。
「以前のは新しい国王陛下が即位したからですわ」
新王のお披露目を目的とした特別な催し物だったのだ。
(そういえばお兄様は元気かしら)
ブランシュはどうしているか、と何かにつけて尋ねてくるらしい。マティアスはお寂しいのでしょう、と言っていたけれど、たぶんブランシュがまた良からぬことをしているのではないか、我儘で周りを困らせているのではないかと危惧しているのだ。
きちんとやっていると、手紙でも書くべきだろうか。
(それとも直接会いに行った方がいいのかしら)
「これから本格的に社交のシーズンですもの」
「大勢、人が来るってことよね?」
「ええ。それはもちろん。本国だけではなく、隣国や遠くからも王族の方がお越しになられるはずです」
(やっぱり行きたくない)
とはいえ、公爵夫人としてマティアスに付き添わねばならない。またじろじろ眺められ、いろいろ陰口を叩かれるかと思うと、ブランシュは今から憂鬱になるのだった。
「――え。出席しなくても、よろしいの?」
今後のことを話し合おうと腹を括ったブランシュは、夕食後告げられたマティアスの言葉に戸惑った。
「ええ。貴女はまだ、人前に出るのが怖いでしょう?」
「それは……」
ブランシュに身分違いの想いを抱き、都合よく利用された男に襲われた件を、マティアスはまだ気にしている。
「でも、あなたの妻として、わたくしも参加しなければならないと思うの……」
「ブランシュ。無理をせずとも、貴女は十分この家のために働いてくださっていますよ」
優しく、ブランシュを労う言葉であったが、どこか傷つく自分がいた。
これ以上おまえに役割を求めていない。何もできないのだから、大人しくしていればいい。
まるでそんなふうに言われたみたいで……もちろんマティアスにはブランシュを傷つける意図は全くなく、ただ自分のことを気遣ってくれているだけだろうけれど……それでも必要ないと断られるのは堪えた。
「……あなた一人だと、いろいろ、言われるのではなくて?」
「社交界はもとからそういう場所です。今さら他人に何を言われようが、気にしません」
「そう……強いのね」
俯いてしまうブランシュに、マティアスは不安になったようだ。
「ブランシュ。舞踏会に参加したかったですか?」
「参加したいと言ったら、許してくれるの?」
「ええ、それは……もちろん」
と言いながら、どこか躊躇いが見える。参加してほしくないんだ、とブランシュには伝わった。
「いいわ。なら、今回は出席しないわ」
「ブランシュ。私は――」
「本音を言うとね、まだ人前に出るのが怖いと思っていたから、あなたがそう言ってくれて安心したわ。ありがとう、マティアス」
「……ブランシュ。私も、怖いのです」
マティアスはそう言うと、ブランシュを抱きしめた。
「また、貴女があんな危険な目に遭うかと思うと……いくら警備を厳重にしていても、他の異性の前に貴女を出したくない」
ブランシュが狙われるのは、以前の振る舞いのせいでもある。だからマティアスが責任を感じる必要は一切ない。
しかしブランシュがそう言っても、きっと彼は納得しない。彼みたいな人は、ブランシュのような人間にさえ慈悲をかけようとする。
「わかったわ。あなたの帰りを、ここで待っています」
マティアスの迷惑になりたくない。彼にこれ以上嫌われたくない。怯えるようにブランシュは彼の背中に腕を回した。
まるで自分が出席するかのようにヴァネッサが弾んだ声で教えてくれた。
「まぁ、また?」
睨みつけるように刺繍に挑戦していたブランシュは、八つ当たりするかのように、ついそう溢してしまった。ふーっと息を吐きながら、少し休憩しようと針と刺繍枠を横に置く。肩と目が異様に疲れ、ぐりぐりと指で押したり揉んだりした。
「以前のは新しい国王陛下が即位したからですわ」
新王のお披露目を目的とした特別な催し物だったのだ。
(そういえばお兄様は元気かしら)
ブランシュはどうしているか、と何かにつけて尋ねてくるらしい。マティアスはお寂しいのでしょう、と言っていたけれど、たぶんブランシュがまた良からぬことをしているのではないか、我儘で周りを困らせているのではないかと危惧しているのだ。
きちんとやっていると、手紙でも書くべきだろうか。
(それとも直接会いに行った方がいいのかしら)
「これから本格的に社交のシーズンですもの」
「大勢、人が来るってことよね?」
「ええ。それはもちろん。本国だけではなく、隣国や遠くからも王族の方がお越しになられるはずです」
(やっぱり行きたくない)
とはいえ、公爵夫人としてマティアスに付き添わねばならない。またじろじろ眺められ、いろいろ陰口を叩かれるかと思うと、ブランシュは今から憂鬱になるのだった。
「――え。出席しなくても、よろしいの?」
今後のことを話し合おうと腹を括ったブランシュは、夕食後告げられたマティアスの言葉に戸惑った。
「ええ。貴女はまだ、人前に出るのが怖いでしょう?」
「それは……」
ブランシュに身分違いの想いを抱き、都合よく利用された男に襲われた件を、マティアスはまだ気にしている。
「でも、あなたの妻として、わたくしも参加しなければならないと思うの……」
「ブランシュ。無理をせずとも、貴女は十分この家のために働いてくださっていますよ」
優しく、ブランシュを労う言葉であったが、どこか傷つく自分がいた。
これ以上おまえに役割を求めていない。何もできないのだから、大人しくしていればいい。
まるでそんなふうに言われたみたいで……もちろんマティアスにはブランシュを傷つける意図は全くなく、ただ自分のことを気遣ってくれているだけだろうけれど……それでも必要ないと断られるのは堪えた。
「……あなた一人だと、いろいろ、言われるのではなくて?」
「社交界はもとからそういう場所です。今さら他人に何を言われようが、気にしません」
「そう……強いのね」
俯いてしまうブランシュに、マティアスは不安になったようだ。
「ブランシュ。舞踏会に参加したかったですか?」
「参加したいと言ったら、許してくれるの?」
「ええ、それは……もちろん」
と言いながら、どこか躊躇いが見える。参加してほしくないんだ、とブランシュには伝わった。
「いいわ。なら、今回は出席しないわ」
「ブランシュ。私は――」
「本音を言うとね、まだ人前に出るのが怖いと思っていたから、あなたがそう言ってくれて安心したわ。ありがとう、マティアス」
「……ブランシュ。私も、怖いのです」
マティアスはそう言うと、ブランシュを抱きしめた。
「また、貴女があんな危険な目に遭うかと思うと……いくら警備を厳重にしていても、他の異性の前に貴女を出したくない」
ブランシュが狙われるのは、以前の振る舞いのせいでもある。だからマティアスが責任を感じる必要は一切ない。
しかしブランシュがそう言っても、きっと彼は納得しない。彼みたいな人は、ブランシュのような人間にさえ慈悲をかけようとする。
「わかったわ。あなたの帰りを、ここで待っています」
マティアスの迷惑になりたくない。彼にこれ以上嫌われたくない。怯えるようにブランシュは彼の背中に腕を回した。
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