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第3章
第2話(10)
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「じつはわたしも、とても強い関心を抱いてきた分野なの。だからぜひ、ゆっくりお話を伺いたいわ。よかったら今度あらためて――」
「瑠唯さん」
ずっと沈黙を保っていた早乙女が、不意に会話に割りこんできて社長令嬢の注意を引いた。
「そろそろ、お時間なのでは?」
唐突に言われて、令嬢は手もとの時計を確認すると「あら、ほんと」と呟いた。
「ごめんなさいね、このあと病院の予約が入ってるの」
お話の途中だったのに残念だわと不満そうな表情を見せる。
「わたしね、以前はとても身体が弱くて、自由に外を出歩けなかったの」
「いまはもう、大丈夫なんですか?」
「ええ、おかげさまで。それもこれも、新薬開発に心血を注いでくださってる坂巻さんや早乙女さんのような研究者の皆さんのおかげ。病院の先生の治療ももちろんだけど、わたしがいまのこの身体を手に入れられたのは、すべて新薬がいい方向に作用してくれたおかげなの。だからわたしは、研究者の皆さんがよりよい環境で仕事に打ちこめるよう、自分にできる精一杯で協力させてもらいたいって、そう思ってるのよ」
素人があまり出しゃばってはかえってお邪魔でしょうけど、と令嬢は笑った。
「可能なかぎりこういった会議に参加させてもらうのもその一環なの。まだまだ勉強不足で、わからないことのほうが多いのだけれど」
「お元気になられて、よかったですね」
「ええ、本当に。だから先程のあなたの質問にもとても興味が湧いたし、取り組んでらっしゃる研究自体にも関心があるの。そういうわけだから、今度ぜひ、ゆっくりお話を聞かせてちょうだいね?」
小首をかしげながらも、念を押すように言われて群司は了承する。令嬢は、坂巻とその場に残っていた社員らにあらためてねぎらいの言葉をかけると、早乙女を従えて会議室を出て行った。傍らで、ふうっと坂巻が息をつく。群司はもう一度、お疲れさまでしたと声をかけた。
「いや~、さすがは群ちゃん。すっかりお嬢様のお気に入りだね」
「なに言ってるんですか、俺はオマケみたいなもんですよ。すべては坂巻さんたちが成果を上げられた結果です」
「まあね~、俺らもそれなりに頑張ったからねえ。とはいえ、会議はじまるまでは結構自信満々だったんだけど、途中のツッコミがヤバくて正直焦ったんだわ」
「そうなんですか?」
「そうだよ~。薬理研究の早乙女くん。噂には聞いてたけど、ありゃ想像以上の切れ者だな」
「主任、ちょっと声、上擦ってましたよね」
背後で片付けをしていた坂巻班のひとりが笑いながら言った。
「いや、あれはだれでも焦るっしょ」
思っていた以上にきわどいところを突っこまれたのだと、坂巻はげんなりぼやいた。
「早乙女さんとは、これまで一緒に仕事をされたことはなかったんですか?」
「あ~、ないねえ」
坂巻の答えに、坂巻班のメンバーも「ですよね」と同意した。
「おなじ創薬本部でも、意外と交流ってないものなんですね」
「まあそうねえ。うちの会社もそれなりに規模がでかいからね。それでも、こうして開発に携わる部署にいるわけだからさ、そこそこやりとりはあるんだけどね。彼の場合は途中入社でちょっと毛色が違うから、いままで一緒する機会がなかったわけ」
「途中入社?」
「うん、そう。たしかうちに来てまだ、二年とか、そんなもんじゃなかったかな」
「え? そうなんですか?」
群司は驚いた。
「瑠唯さん」
ずっと沈黙を保っていた早乙女が、不意に会話に割りこんできて社長令嬢の注意を引いた。
「そろそろ、お時間なのでは?」
唐突に言われて、令嬢は手もとの時計を確認すると「あら、ほんと」と呟いた。
「ごめんなさいね、このあと病院の予約が入ってるの」
お話の途中だったのに残念だわと不満そうな表情を見せる。
「わたしね、以前はとても身体が弱くて、自由に外を出歩けなかったの」
「いまはもう、大丈夫なんですか?」
「ええ、おかげさまで。それもこれも、新薬開発に心血を注いでくださってる坂巻さんや早乙女さんのような研究者の皆さんのおかげ。病院の先生の治療ももちろんだけど、わたしがいまのこの身体を手に入れられたのは、すべて新薬がいい方向に作用してくれたおかげなの。だからわたしは、研究者の皆さんがよりよい環境で仕事に打ちこめるよう、自分にできる精一杯で協力させてもらいたいって、そう思ってるのよ」
素人があまり出しゃばってはかえってお邪魔でしょうけど、と令嬢は笑った。
「可能なかぎりこういった会議に参加させてもらうのもその一環なの。まだまだ勉強不足で、わからないことのほうが多いのだけれど」
「お元気になられて、よかったですね」
「ええ、本当に。だから先程のあなたの質問にもとても興味が湧いたし、取り組んでらっしゃる研究自体にも関心があるの。そういうわけだから、今度ぜひ、ゆっくりお話を聞かせてちょうだいね?」
小首をかしげながらも、念を押すように言われて群司は了承する。令嬢は、坂巻とその場に残っていた社員らにあらためてねぎらいの言葉をかけると、早乙女を従えて会議室を出て行った。傍らで、ふうっと坂巻が息をつく。群司はもう一度、お疲れさまでしたと声をかけた。
「いや~、さすがは群ちゃん。すっかりお嬢様のお気に入りだね」
「なに言ってるんですか、俺はオマケみたいなもんですよ。すべては坂巻さんたちが成果を上げられた結果です」
「まあね~、俺らもそれなりに頑張ったからねえ。とはいえ、会議はじまるまでは結構自信満々だったんだけど、途中のツッコミがヤバくて正直焦ったんだわ」
「そうなんですか?」
「そうだよ~。薬理研究の早乙女くん。噂には聞いてたけど、ありゃ想像以上の切れ者だな」
「主任、ちょっと声、上擦ってましたよね」
背後で片付けをしていた坂巻班のひとりが笑いながら言った。
「いや、あれはだれでも焦るっしょ」
思っていた以上にきわどいところを突っこまれたのだと、坂巻はげんなりぼやいた。
「早乙女さんとは、これまで一緒に仕事をされたことはなかったんですか?」
「あ~、ないねえ」
坂巻の答えに、坂巻班のメンバーも「ですよね」と同意した。
「おなじ創薬本部でも、意外と交流ってないものなんですね」
「まあそうねえ。うちの会社もそれなりに規模がでかいからね。それでも、こうして開発に携わる部署にいるわけだからさ、そこそこやりとりはあるんだけどね。彼の場合は途中入社でちょっと毛色が違うから、いままで一緒する機会がなかったわけ」
「途中入社?」
「うん、そう。たしかうちに来てまだ、二年とか、そんなもんじゃなかったかな」
「え? そうなんですか?」
群司は驚いた。
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