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第4章

第2話(3)

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 群司はしばし早乙女の顔を見返し、それから小さく息をついた。

「なんか俺、自分で思ってた以上に早乙女さんに意識されてたんですね」

 言った途端に、早乙女はまなじりを吊り上げた。

「調子に乗るな。目障りだと言ったんだ」
「わかってますよ、もちろん」
 群司は飄々ひょうひょうと応えて肩を竦める。

「でもそれって、あなたにそう思ってもらえる程度には認識してもらってたってことじゃないですか。だとしたら、このままここに居つづける意味はありますよね?」
「それはどういう――」
「俺ね、べつにおもしろ半分や小遣い稼ぎのつもりでアシスタントしてるわけじゃないんです」
 早乙女の顔をまっすぐに見返して群司は言った。

「あなたの目にどう映ってるのかはわかりませんけど、俺にはちゃんと目的があって、やるべきことがある。だからこの会社にいるんです。天城顧問とは親しくしてらっしゃるようですから、俺が特別枠で採用してもらえるっていう話も聞いてるんですよね? だから邪魔者扱いしてるわけでしょう?」

 群司は挑発するような視線を早乙女に投げかける。その眼差しから逃れるように、早乙女は視線を逸らした。

「あなたには申し訳ないけど、俺の存在があなたにとって目障りだからといって、おとなしく引き下がるわけにはいかないんです」

 宣戦布告ともいえる言葉に、早乙女は口許を引き結んだ。
 押し殺した表情の裏に、どんな思い、あるいは思惑があるのか窺い知ることはできない。ただぐっと、噴き上がる感情を抑えこんでいる。そんなふうに見えた。
 血の気の失せた白い頬は、すべらかな陶器のようですらあった。

 こんなときだというのに、あらためて整った貌立かおだちをした男だと、群司はひそかに思った。
 できうることなら目もと近くまで覆っている前髪を掻き上げて、巧みに隠している素顔をさらけ出させてしまいたい。そんな衝動に駆られた。

 テーブルに載せた手を早乙女は握りしめる。だがそれも、わずかな時間のことで、やがてその沈黙に耐えかねたように席を立った。

「これだけは言っておく。ここで手を引かなければ、生命の保障はできない」

 目を逸らしたまま、吐き捨てるように言う。
 手もとのカップと正面の席に置かれた手つかずのカップ。両方を手にして、早乙女は休憩スペースの隅に設置された省スペースの手洗い場に中身を捨てた。空になった容器をすぐわきのゴミ箱に投げ入れると、やはり最後まで群司の視線を避けたまま、足早にその場から去っていった。

 群司はじっと、その後ろ姿を見送る。
 敵なのかそうでないのか、いまのところはわからない。少なくとも、好意を持たれていないことだけはたしかだろう。だが、それは別として、今日の早乙女は、己の心を冷たく鎧って本心を隠すことに失敗したように見えた。
 話しかけたのが自分だったから。
 もちろんそれも理由のひとつではあるのだろう。しかしそれ以前に、ひとりでこの席に座りこんでいたときから、いつもとは様子が違って見えた。

 群司は早乙女が眺めていた窓の外に視線を送る。
 先程より夕暮れが深まって、夜の気配を纏わせた薄闇が景色を覆っていた。

 仮面の奥に覗かせていた、孤独の影。

 向かいの席に置かれたコーヒーは、だれのためのものだったのか……。


 群司は缶コーヒーを飲み干すと、息をついてゆっくりと立ち上がった。
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