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槇 慎一

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毎日が楽しくてたまらないテノールバカと仲間たち

4 慎一さんのどこが好きかって

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 レストランのお仕事に行く慎一さんは、時間ギリギリまで私のことを高めるだけ高めた。
 ピアノの下で動けなくなった私をベッドに運んで、優しくキスをしてくれた。
 それから、さっとシャワーを浴びて出掛けて行った。


 まだ髪が乾ききっていなくて、水滴がいくつか降ってきた……。風邪をひかないかな。レストランの中は暖かいと思うけど。男の人は、演奏するのにスーツは暑いと言う。女性の方がドレスや羽織る物で調節できる。




 松本さんに「ちゃんと考えておけよ」と言われたこと。松本さんにも、慎一さんにも、まともにこたえられなかった。


 そもそも「俺の声は好きか?」から、「じゃあ、俺のことも好きだな?」って。「じゃあ」って何?声が好きだと松本さんのことも好き同然てことになるの?そういうものなの?


 慎一さんのピアノの音が好きだから慎一さんのことが好きになったの?私の場合はその順番じゃない。赤ちゃんだった私を抱っこしてくれて、『ハッピーバースデー』を歌ってくれた。音楽観……ていう程のものなのかどうか、覚えていない。私が初めてピアノを聴いたのは、慎一さんの弾いた『エリーゼのために』だったって。それだって、産まれて数日……覚えていない。


 私自身の記憶はいつから?


「槇のどこが好き?ピアノじゃない。人間性のこと。槇のどこが好き?」

 どこが…………。

「答えられないか?じゃあ、音楽から好きになったのか、人間性から好きになったのか、どっちだ?」

 どっちか…………。

 私が小さい頃、いつも一緒に遊んでくれた。それはピアノだけじゃない。本を読んでくれたり、絵を書いてくれたり、一緒に家事のお手伝いもした。眠くなると、ソファに寝かせてなでてくれた。夢の中で、ずっと慎一さんが弾くピアノを聴いていた。慎一さんの透明感のある綺麗なピアノの音が大好きだった。もちろん今も。今は、透明感だけじゃない、曲によって加わる何かがそれぞれに多彩になった。コンクールに出場して、深みが増して、急激に大人になっていったことを覚えてる……それだって、どこがなんて上手く言えない。  

 私達が教わったロシア人の教授は、深い音色で、教授のことも大好きだった。音が好きだと、その人も好き?






 松本さんの問いについて考えていたら、私は眠れなかった。シャワーを浴びて髪を乾かしても、私はまだ考えていた。







 慎一さんが夜のシフトの日は、夜遅く帰ってくる。お夕飯はいつ食べているんだろう?休憩時間には、何か食べられるのかな?慎一さんが帰ってくる頃、私はいつも寝ていたから、わからなかった。


 今日は、温かい物でも用意してみようかな。


 キッチンに行って、何の材料があるか、何ができるか見てみた。私は何でも作れるわけじゃない。この材料で私にも作れそうなのは……、コンソメスープか、コーンスープか……オニオングラタンスープができるかも。一生懸命つくると、慎一さんは必ずほめてくれる。ピアノのことには厳しいけれど、他のことにはすごく優しい。


 私は玉葱を薄くスライスした。

 上手に切れたねとか、炒め方が丁寧だねとか、味付けを工夫したんだねとか、ほめてくれる。

 そう、ほめてくれるのも好き。
 これも、「どこが好き」の答えになるのかな?

 帰ったら、きっと優しい笑顔で抱きしめてくれる。
 「ただいま」って、キスしてくれる。

 待つ時間も、幸せ。

















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