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5.熱い抱擁
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一体誰……? と思いながらディスプレイの表示を確認すると、どうやら私の兄、渉からの着信のようだった。
負の感情に包まれていた気持ちをなんとか振り払って、努めて暗い声にならないように気をつけながら電話口に言葉を発する。
「……はい」
『もしもし、紗和? 全然連絡ないけれど、新しい生活はどう?』
決してお兄ちゃんの存在を忘れていたわけではないけれど、お兄ちゃんも新しい環境に変わって忙しいだろうと思っていたし、私自身も自分のことで一杯一杯で一度もお兄ちゃんに連絡をしていなかった。
久しぶりのお兄ちゃんの声は電話越しでも懐かしくて、さっきまで負のスパイラルにはまっていた私の心も少しホッとしたのを感じる。
「あ、ごめんね。って、お兄ちゃんも北海道に行ってから連絡くれるの初めてじゃん」
『こういうのは、妹から連絡が来るのを待つもんだろ? こっちからあれこれ連絡してたら、過干渉のシスコンみたいじゃねぇか』
過干渉のシスコンって。さすがにそこまで思ったことないし、気にしすぎでしょ。
だけど拗ねたようにそう言うお兄ちゃんの姿が容易に想像できて、ちょっとおかしい。
最初の一声こそ暗い声にならないように気をつけていたものの、そんなお兄ちゃんに思わず笑ってしまった。
「あはは、何それ。私はそれなりにやってるよ。仕事は副社長の秘書をやってるんだけど、要領は大分つかめてきたし」
『あいつ、紗和に自分の秘書やらせてんの!?』
今度はお兄ちゃんが笑う番だった。
私が副社長の秘書というのがよっぽどツボにはまったのか、お兄ちゃんが電話口でゲラゲラと笑う声が聞こえる。
まさかお兄ちゃんまで私に秘書は似合わないとか思ってるんじゃないだろうか。
何だか先日福田くんに秘書を辞めろと言われた記憶が蘇って、お兄ちゃんの笑い声が不快に感じる。
「……そんなに私に秘書って向いてないように見える?」
『ごめんごめん。そういう意味じゃねぇから、そう怒るなって。……それより、亮也はいい奴だろ?』
「うん。それはわかる。でも、いい人だからっていつまでも甘えてちゃいけないし、なるべく早くここを出たいなとは考えているところだよ」
『ここって、亮也の家を?』
さらっと言ったお兄ちゃんの一言から、やっぱりお兄ちゃんは私が副社長の家に住むことになることを最初から知っていたんだと悟る。
だからと言って、今更その事を責める気はないけれど。
「そうだよ。だって、さすがに申し訳ないでしょ」
『そうか? あいつならいつまで紗和が居座ったところで喜んで受け入れそうだけどな』
こっちは真剣に悩んでるっていうのに、お兄ちゃんはハハッと軽やかに笑う。
「そんなわけないじゃん。一応一緒に住んでることは社内では秘密にしてるけど、万が一副社長の彼女さんに知られたら、副社長に変な誤解がかかって大迷惑になっちゃう」
『は? 彼女? あいつに彼女なんているわけないだろ?』
「何言ってんの。うちの秘書課の課長、田城園美さんっていうんだけど、彼女と付き合ってるんでしょ?」
『園美と!? それこそあり得ないって!』
課長からお兄ちゃんとも仲が良かったと聞いてたからお兄ちゃんに課長の名前まで告げたけど、信じられないといわんばかりにそう言われてしまった。
おまけにお兄ちゃんの声から、電話口の向こうで盛大に笑い転げている姿が目に浮かぶ。
こっちの気持ちを知りもしないで、そんなに笑わないでほしい。
「で、でも……」
『どうした? 声も元気ないし、まさか紗和、この一ヶ月ちょっとで亮也のことを好きになったとか?』
「な、何言って……! こっちは真面目に悩んでるのに、からかわないでよね!」
急に真面目な声になったかと思ったら、何を聞いてくれてるの!
お兄ちゃんのバカ!
『そんな怒るなよ。俺は亮也はいい男だと思うけどな。心配しなくても、園美と亮也がくっつくことはないから安心しろよ』
「何でそんなこと言い切れるのよ……」
『ん~。長年の付き合いによる勘?』
やけに自信満々に言い切ったと思ったら、勘ですか……。
自分の兄とはいえ、ちょっとがっかりしてしまう。
『まぁ紗和がそんなに悩まなくても、話を聞く限り、紗和が心配してるような事態にはならないから大丈夫だ。また何かあったら連絡くれ』
「うん、ありがとう。お兄ちゃんは上手くやってるの?」
『まあまあな。まだ十一月なのに真冬みたいに寒いのが、だいぶ堪えてるけど』
「北海道だもんね。やっぱり寒いんだ」
それからお互いに体調に気をつけてと言い合って、お兄ちゃんとの通話を終えた。
負の感情に包まれていた気持ちをなんとか振り払って、努めて暗い声にならないように気をつけながら電話口に言葉を発する。
「……はい」
『もしもし、紗和? 全然連絡ないけれど、新しい生活はどう?』
決してお兄ちゃんの存在を忘れていたわけではないけれど、お兄ちゃんも新しい環境に変わって忙しいだろうと思っていたし、私自身も自分のことで一杯一杯で一度もお兄ちゃんに連絡をしていなかった。
久しぶりのお兄ちゃんの声は電話越しでも懐かしくて、さっきまで負のスパイラルにはまっていた私の心も少しホッとしたのを感じる。
「あ、ごめんね。って、お兄ちゃんも北海道に行ってから連絡くれるの初めてじゃん」
『こういうのは、妹から連絡が来るのを待つもんだろ? こっちからあれこれ連絡してたら、過干渉のシスコンみたいじゃねぇか』
過干渉のシスコンって。さすがにそこまで思ったことないし、気にしすぎでしょ。
だけど拗ねたようにそう言うお兄ちゃんの姿が容易に想像できて、ちょっとおかしい。
最初の一声こそ暗い声にならないように気をつけていたものの、そんなお兄ちゃんに思わず笑ってしまった。
「あはは、何それ。私はそれなりにやってるよ。仕事は副社長の秘書をやってるんだけど、要領は大分つかめてきたし」
『あいつ、紗和に自分の秘書やらせてんの!?』
今度はお兄ちゃんが笑う番だった。
私が副社長の秘書というのがよっぽどツボにはまったのか、お兄ちゃんが電話口でゲラゲラと笑う声が聞こえる。
まさかお兄ちゃんまで私に秘書は似合わないとか思ってるんじゃないだろうか。
何だか先日福田くんに秘書を辞めろと言われた記憶が蘇って、お兄ちゃんの笑い声が不快に感じる。
「……そんなに私に秘書って向いてないように見える?」
『ごめんごめん。そういう意味じゃねぇから、そう怒るなって。……それより、亮也はいい奴だろ?』
「うん。それはわかる。でも、いい人だからっていつまでも甘えてちゃいけないし、なるべく早くここを出たいなとは考えているところだよ」
『ここって、亮也の家を?』
さらっと言ったお兄ちゃんの一言から、やっぱりお兄ちゃんは私が副社長の家に住むことになることを最初から知っていたんだと悟る。
だからと言って、今更その事を責める気はないけれど。
「そうだよ。だって、さすがに申し訳ないでしょ」
『そうか? あいつならいつまで紗和が居座ったところで喜んで受け入れそうだけどな』
こっちは真剣に悩んでるっていうのに、お兄ちゃんはハハッと軽やかに笑う。
「そんなわけないじゃん。一応一緒に住んでることは社内では秘密にしてるけど、万が一副社長の彼女さんに知られたら、副社長に変な誤解がかかって大迷惑になっちゃう」
『は? 彼女? あいつに彼女なんているわけないだろ?』
「何言ってんの。うちの秘書課の課長、田城園美さんっていうんだけど、彼女と付き合ってるんでしょ?」
『園美と!? それこそあり得ないって!』
課長からお兄ちゃんとも仲が良かったと聞いてたからお兄ちゃんに課長の名前まで告げたけど、信じられないといわんばかりにそう言われてしまった。
おまけにお兄ちゃんの声から、電話口の向こうで盛大に笑い転げている姿が目に浮かぶ。
こっちの気持ちを知りもしないで、そんなに笑わないでほしい。
「で、でも……」
『どうした? 声も元気ないし、まさか紗和、この一ヶ月ちょっとで亮也のことを好きになったとか?』
「な、何言って……! こっちは真面目に悩んでるのに、からかわないでよね!」
急に真面目な声になったかと思ったら、何を聞いてくれてるの!
お兄ちゃんのバカ!
『そんな怒るなよ。俺は亮也はいい男だと思うけどな。心配しなくても、園美と亮也がくっつくことはないから安心しろよ』
「何でそんなこと言い切れるのよ……」
『ん~。長年の付き合いによる勘?』
やけに自信満々に言い切ったと思ったら、勘ですか……。
自分の兄とはいえ、ちょっとがっかりしてしまう。
『まぁ紗和がそんなに悩まなくても、話を聞く限り、紗和が心配してるような事態にはならないから大丈夫だ。また何かあったら連絡くれ』
「うん、ありがとう。お兄ちゃんは上手くやってるの?」
『まあまあな。まだ十一月なのに真冬みたいに寒いのが、だいぶ堪えてるけど』
「北海道だもんね。やっぱり寒いんだ」
それからお互いに体調に気をつけてと言い合って、お兄ちゃんとの通話を終えた。
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