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「……ごめん。いきなりこんなこと言って、迷惑だったよな?」


 だけど、やっぱり長年片思いしてきた相手。


「そんなこと、ないです……」


 告白されて、嬉しくないわけがない。


「嬉しいに決まってるじゃないですか。だって私、ずっと社長のことが好きだったんですから」


 言っちゃった……。

 思わず本心を口にしてしまったのは、社長の表情や様子を見る限り、とてもじゃないけれど、嘘をついているようには見えなかったから。

 そもそも社長は私が秘書として知る限り、いい加減な人ではない。


 それなら、私はちゃんと社長の想いに応えたい。


 今でも、どうにかなってしまいそうなくらいにドキドキしていたのに、次の瞬間には私の頭のなかは真っ白になってしまった。


 抱きしめられたのだ、社長によって。


「え!? あ、あの、社長……?」


 大好きな、ずっと夢見てた社長の温もりと香りに包まれて、頭がクラクラする。


 心臓がバクバクと大きな音を立てて、どうにかなってしまいそうなのを堪えながら社長のことを見上げると、社長の唇が降ってくる。


 避けるなんて考えは浮かばず、私の唇は社長のそれによって奪われた。


「……んっ」


 思わず自分の口から甘い声が漏れて恥ずかしくなるけれど、社長はそんな私を逃がさないように、私の身体を支えている。


 信じられない。

 お花見のときに飲んだお酒の酔いはもう覚めたとばかり思っていたけれど、やっぱり私はまだ酔って幸せな夢を見ているのだろうか。


「……ごめん。気持ち、抑えられなくて」

「い、いえ……」

「でもすごく嬉しいよ。ありがとう。今度こそ帰ろうか」


 私の背に回されていた手が、ふわりと私の右手をつかまえて指を絡ませる。

 瞬間、私の右半身に身体中の神経が一気に集まるような気がした。


 その流れで、お花見会場の近くのタクシー乗り場から私は社長とタクシーに乗り込んだ。


「欲を言えば、このまま帰したくないんだけど」


 後部座席。社長の隣に腰を下ろすなり耳元で響いた甘い声に、全身がしびれそうになる。


「え、えと。それは、その……っ」


 これは、もしかして、このまま社長とどうにかなっちゃうってことですか……!?

 熱っぽい瞳で見つめられて、さらにはその先の展開を妄想して、思わず身体が熱くなる。


 嬉しい。けど、心の準備が……。

 ただでさえ社長と付き合うことになったということさえまだ信じられてないのに。

 もし明日になって、全てがまるで夢だったかのようになくなってしまったらと思ったら、こんなに一気に幸せになってしまうのが怖かった。


「って、俺、焦りすぎだよな。すみません運転手さん、まずは彼女の自宅までお願いします。琴子、自宅の住所は?」 


「あ、はい……。○○区の……」


 い、今、私のことを、琴子って呼んだ……?

 今までずっと“中瀬さん”だったのに。


 それだけのことなのに、またドクンと大きく反応する胸の音。



「……何だか、すみません」


 だけど、やっぱりせっかく誘っていただいたのにその誘いに乗らないなんて、私はとんでもないことをしてしまったのだろうか。

 これを逃したら次はないかもしれないのに……。


 途端に不安になる忙しい私の心境を察してくれたのか、社長はそんな私を見てクスリと笑った。


「夜を共に過ごすのは、また琴子の心の準備ができてからでいい。大切にしたいんだ、琴子のこと。だから、また日を改めよう」


 そんな風に言われて、思わず胸がきゅんとするのと同時に、私の手に重なる社長の大きな手に思わず安堵する。

 やっぱり社長は、素敵な人だ。


 私の自宅に着くまでの間、それ以上特別社長との間に会話があったわけではないけれど、私の右手はずっと社長の左手にしっかりと捉えられていた。


 夢のような時間はあっという間で、タクシーは私の自宅のマンションの前に一時停止する。


 さすがにタクシー代を全部社長に払わせるのは悪いからと、一旦鞄から財布を取り出すものの、社長によって阻止されてしまった。


「今日は本当にありがとうございました。失礼します」


 私がタクシーを降りようとするも、瞬間社長に腕を引かれてふわりと唇が重なり合う。


「しゃ、ちょ……っ!」


 ここ、タクシーの中なのに……っ。

 さりげなく運転手さんの方を見ると、運転手さんは真っ直ぐに前を見据えていて、私たちのキスには気づいてなさそうだった。


「じゃあまた、月曜に。おやすみ」

「は、はい。おやすみなさい」


 社長に頭を下げて、タクシーの運転手さんにもお礼を言って車を降りる。


 瞬間、頬に触れた冷たい夜風が、今までまとっていた熱をさらっていく。

 それによって一気に現実に引き戻されているような感じがして、少し不安になった。



 まるで、夢を見ているみたいな時間だった。



 社長を乗せたタクシーが見えなくなるまで見届けたあと、私は自分のマンションの部屋に戻る。


 目が覚めたら本当に全てが夢だったらどうしようって、そんなことばかりを考えて、その夜はなかなか眠れなかった。
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