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俊彦さんが女性に抱きしめられる場面を見てから、一週間が経つ。
あれから俊彦さんの態度に変化はなく、あれは単なる私の見間違いだったんじゃないかと思えてくる。
「中瀬さん、俺が席を外してる間に今度の会議で使う資料をまとめておいてくれるかな?」
「はい、承知しました」
仕事中は“中瀬さん”だけど、仕事中以外はやっぱり“琴子”って呼んでくれるし、私には俊彦さんを信じることしかできない。
俊彦さんが社長室を出ていく姿を見届けたあと、閉まったドアを見て思わずため息が漏れる。
付き合う前は、そばに居られればそれだけで幸せだなんて言ってたくせに、いつから私はこんなに欲張りになったんだろう?
だけど、彼の愛を、彼の熱を知ってしまったから、私はもう何も知らなかった頃の私には戻れない。
そのときだった。
コンコンコン、と社長室がノックされた。
「はい」
誰だろう?
俊彦さんは他部署に呼ばれて出ていったばかりだから、まだ戻って来ないだろう。
それに、この時間は来客の予定も入ってなかったはずだ。
だけど、私が次の行動を起こすよりも先にガチャっと乱暴にドアが開かれて、ロングヘアの背の高い女性が社長室に入ってきた。
その瞬間、ドクンと私の鼓動がいやに大きく脈打った。
「あなた、俊彦の秘書? 俊彦は?」
あのときは暗かったし、遠くから見ていたとはいえ、すぐにわかった。
彼女があのとき、俊彦さんに抱きついた女性だって。
「申し訳ございません。桐生は今席を外しております。私、秘書の中瀬と申します。失礼ですが、お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「そんなの言う必要ないわ。彼に会えばわかるもの。ちょっと待たせてもらうわ」
「かしこまりました。どうぞそちらにお座りください。十五分程度で戻りますので」
この人は一体何者なのだろう?
基本的にこの階に繋がるエレベーターを乗る際には、社員は社員証の提示、外部の人は管理人に身分の分かるものを提示しなければならないから、それに値する身分の人なのだろうけど。
この前、彼女が俊彦さんに抱きつく光景を見てしまったから、不安でたまらない。
とりあえずお茶をひとつ用意して、女性の座るソファの前のテーブルに置く。
「よろしければ、どうぞ」
すると、女性の冷ややかな目が私に向けられて、思わず内心ビクビクしてしまう。
「秘書のあなた、まさか名前は琴子っていうんじゃない?」
「はい、そうですが……」
どうして、この人が私の名前を知っているのだろう?
それも気にはなったけれど、私がこたえると同時に目の前の女性の顔色が変わって、まるで値踏みするように私の頭から足の先まで見つめられる。
「あなたが琴子!? 大したことないじゃない」
そして、ひとしきり私のことを見ると、フンと笑い飛ばしてきたのだ。
一体何なのだろう?
とても気持ちのいいものじゃないし、内心腹立たしいところはある。
だけど、俊彦さんに会いに来てるなら、大切な取引先の方の可能性だってあるので下手なことは言えないし、表情にもマイナスな感情は出さないように努める。
目の前の女性はひとしきり笑うと、悪びれもなく口を開く。
「あら、ごめんなさい。ところであなたのご両親は何をされてるの?」
「……普通のサラリーマンです」
「あら、そう。話にもならないわ」
そして、目の前の女性は私を見つめてこう言った。
「私はね、久木 直子。私の父はアパレル会社を経営しているわ」
久木、アパレル会社。その単語に思わずピンときた。
「もしかして、ファッション久木の方ですか?」
「そうよ。よくわかったわね。私の父はそこの社長をしているの」
アパレル業界で久木といえば、誰もがファッション久木を思い浮かべるくらいに、ファッション久木は今、日本で大きな影響力を持っている企業だ。
しかも久木さんがファッション久木の社長令嬢だなんて聞かされて、何となく嫌な予感がした。
ドクドクと、いやに心臓が音を立てる。
俊彦さんが女性に抱きしめられる場面を見てから、一週間が経つ。
あれから俊彦さんの態度に変化はなく、あれは単なる私の見間違いだったんじゃないかと思えてくる。
「中瀬さん、俺が席を外してる間に今度の会議で使う資料をまとめておいてくれるかな?」
「はい、承知しました」
仕事中は“中瀬さん”だけど、仕事中以外はやっぱり“琴子”って呼んでくれるし、私には俊彦さんを信じることしかできない。
俊彦さんが社長室を出ていく姿を見届けたあと、閉まったドアを見て思わずため息が漏れる。
付き合う前は、そばに居られればそれだけで幸せだなんて言ってたくせに、いつから私はこんなに欲張りになったんだろう?
だけど、彼の愛を、彼の熱を知ってしまったから、私はもう何も知らなかった頃の私には戻れない。
そのときだった。
コンコンコン、と社長室がノックされた。
「はい」
誰だろう?
俊彦さんは他部署に呼ばれて出ていったばかりだから、まだ戻って来ないだろう。
それに、この時間は来客の予定も入ってなかったはずだ。
だけど、私が次の行動を起こすよりも先にガチャっと乱暴にドアが開かれて、ロングヘアの背の高い女性が社長室に入ってきた。
その瞬間、ドクンと私の鼓動がいやに大きく脈打った。
「あなた、俊彦の秘書? 俊彦は?」
あのときは暗かったし、遠くから見ていたとはいえ、すぐにわかった。
彼女があのとき、俊彦さんに抱きついた女性だって。
「申し訳ございません。桐生は今席を外しております。私、秘書の中瀬と申します。失礼ですが、お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「そんなの言う必要ないわ。彼に会えばわかるもの。ちょっと待たせてもらうわ」
「かしこまりました。どうぞそちらにお座りください。十五分程度で戻りますので」
この人は一体何者なのだろう?
基本的にこの階に繋がるエレベーターを乗る際には、社員は社員証の提示、外部の人は管理人に身分の分かるものを提示しなければならないから、それに値する身分の人なのだろうけど。
この前、彼女が俊彦さんに抱きつく光景を見てしまったから、不安でたまらない。
とりあえずお茶をひとつ用意して、女性の座るソファの前のテーブルに置く。
「よろしければ、どうぞ」
すると、女性の冷ややかな目が私に向けられて、思わず内心ビクビクしてしまう。
「秘書のあなた、まさか名前は琴子っていうんじゃない?」
「はい、そうですが……」
どうして、この人が私の名前を知っているのだろう?
それも気にはなったけれど、私がこたえると同時に目の前の女性の顔色が変わって、まるで値踏みするように私の頭から足の先まで見つめられる。
「あなたが琴子!? 大したことないじゃない」
そして、ひとしきり私のことを見ると、フンと笑い飛ばしてきたのだ。
一体何なのだろう?
とても気持ちのいいものじゃないし、内心腹立たしいところはある。
だけど、俊彦さんに会いに来てるなら、大切な取引先の方の可能性だってあるので下手なことは言えないし、表情にもマイナスな感情は出さないように努める。
目の前の女性はひとしきり笑うと、悪びれもなく口を開く。
「あら、ごめんなさい。ところであなたのご両親は何をされてるの?」
「……普通のサラリーマンです」
「あら、そう。話にもならないわ」
そして、目の前の女性は私を見つめてこう言った。
「私はね、久木 直子。私の父はアパレル会社を経営しているわ」
久木、アパレル会社。その単語に思わずピンときた。
「もしかして、ファッション久木の方ですか?」
「そうよ。よくわかったわね。私の父はそこの社長をしているの」
アパレル業界で久木といえば、誰もがファッション久木を思い浮かべるくらいに、ファッション久木は今、日本で大きな影響力を持っている企業だ。
しかも久木さんがファッション久木の社長令嬢だなんて聞かされて、何となく嫌な予感がした。
ドクドクと、いやに心臓が音を立てる。
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