オークなんかにメス墜ちさせられるわけがない!

空倉霰

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素直な自分になる少年

ガラの悪い不良

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 「なっ……。だ、誰っ?」

 蛮族のような声に釣られ、ついボクはマサトから口を離し……振り向く。

 するとそこには、ガラの悪い金髪男が一人(人間)。その男を囲むように、二人の取り巻きが立っていた。

 いわゆる典型的な……不良というやつで。男はわざとらしくニヤニヤしながら、ボクらを見下す。

 嫌な奴だと思った。さっきまで溢れんばかりに幸せだった分、余計に落差が凄くて。それをわかってて……わざわざ邪魔してくるあたり、この男が好きになれない性格なのは間違いなかった。

「気にしないで、お姉ちゃん。こんな奴ら……放っといていいよっ!」
「んっ……!?」

 そうして不良に向けられていたボクの視線を、マサトはボクの顔を引っ張って……無理やりキスへと戻す。

 だけどその唇は、さっきまでとは違って……少し乱暴だった。まるで、嫌なことを忘れようとしているみたいに。

「ちょっ……いや、オイ! 人が話しかけてんのにイチャイチャすんじゃねえよ、話聞けや!」
「ふんっ!」
「何がフンだ、お前……! やっぱり王族っていうのはクソだな、いつもいつも上から目線で見下しやがってよ……!」
「ああもう、うるさいなぁっ……! 知らないよ君のことなんて、話しかけないでっ! 今いいところなんだからっ!」

 と、お互い意見に噛みつくばかりで。ボクは何が何やらわからない。

 一応知り合いとかではあるんだろう。だけどいわゆる犬猿の仲……って言うのか。仲が良さそうには見えなかった。

「大体、人がキスしてる所に因縁かけてくるなんて不躾じゃない!? おれが王族云々言う前に、君のその無作法な所を治すほうが先じゃないの!? だから嫌われるんだよ君は!」
「ぬっ……! うるせぇんだよお前! こちとらお前みたいに優雅に生きられるわけじゃねぇんだ、そんな余裕なんてあるかよ!」
「領主貴族でしょ君も! それにウチは王族って言っても、そんな君が思うような暮らしはしてないよ! ねえお姉ちゃん!?」
「え? あ、うん。わりと普通っていうか……。みんな自炊してるし……」
「普通の奴はそんな服なんて着ねぇんだよ馬鹿!」
「これはただの仮装だ馬鹿たれ!! 今日は文化祭でしょうが!!」

 そうして二人の喧嘩は収まることなく、ただただ白熱していくばかりで。ボクはもはや止めるキッカケすらも見つけられず、流されるように言い合いに耳を傾ける。

「ううん……。あの、マサト。結局この人って何なの? 知り合い……?」
「ふんっ! ただの学校の先輩だよっ。ここらの領主の息子なんだけど、なんかおれが王族なのが気に入らないらしくて……いちいちおれにチョッカイかけてくるんだ!」
「領主の息子……。ああ、だから領主貴族って言ってたんだ」
「そう! でも金使いが荒くてさ……! 嫌味なヤツしか居ないから、嫌われてるんだよっ! いつも宝石ジャラジャラさせて……! どっちが王族っぽいんだって話!」

 その話に釣られて、金髪の男の全身を見てみると。確かに高そうなアクセサリーを無数に身につけているのがわかった。

 指輪にネックレス、服の装飾に髪留めに至るまで、その全てに宝石がはめ込まれている。まさに成金……というか、金持ちの息子感が半端ないというか……。

「そんなだから人が寄って来ないんだよっ! 寂しいからって、いつでもおれが相手してあげられると思ったら大間違いだからね!?」
「はっ……はぁッ!? あ!?」
「おれにはもうお姉ちゃんが居るんだから! 前みたいに遊んであげるのは無理なの! わかった!?」
「……な、何言ってんだお前!! 誰が遊ぶだ、俺はなあ……! 俺は……!」

 すると金髪の男は、妙に悔し気な顔をしながら歯を食いしばった。その様子を見たボクは、「もしかして図星だったのかな」とか考えてしまい……。その考えの審議を探るように、男の後ろに居る取り巻きを見た。

 だけどその二人は、取り巻きというには……少し無関心過ぎる気がした。こうやってマサトに言いたい放題されてるのに、取り巻きの二人は動じることもなく、ただ暇そうに待っているだけ。

 ……もしかしてこの人って、友達が居ない? だからマサトに突っかかって来るのかな……?

「クソッ……。やっぱりお前は生意気な野郎だぜ、本当!」
「わぁっ!?」

 その時だった。金髪の不良がボクの腕を掴み、マサトからボクを引きはがした。そのまま力任せに抱き寄せると、その人はボクに頬ずりをしてきて……。

 一気にボクの背中にを、ぞわぁっ……と寒気が走り抜けた。

「うっ……! や、やめっ……!」

 まるで、毛虫に頬を這いずられたかのような感覚だった。マサトでもラフィールでもない、知らない男の肌の感触……。お陰で溢れ出そうとしてた性欲やらも、踵を返したように引っ込み。思わずボクは助けを呼ぶようにマサトと目を合わせた。

「お前っ……! お姉ちゃんから手を離せ!」
「いいだろ別に、このぐらい! どうせお前だって金でコイツを買ってんだろ!」
「……なんだと、お前……!?」
「どうせお前らオーク族だって、毎晩毎晩遊んでるくせによ。ちょっと借りるくらい怒んなよ、後で返してやるからさ……!」
「あ、遊ぶって。そんな、ボクは……」

『バギィッッッ!!!!』

 その時だった。ボクが男の言う事を否定しようとした瞬間、マサトの拳が男の顔面を貫き……。男の鼻から何滴かの血が流れ出る。

「いって……。なにすんだお前……!」
「お姉ちゃんを馬鹿にするなっ!! 謝れよ、お姉ちゃんに謝れ!! 今すぐ!!」
「はぁ……?」
「お姉ちゃんはそんな、お前みたいな遊び人じゃない! おれたちは真剣に愛し合ってんだ! それを横から出てきたお前が、いきなり邪魔なんてすんなっ!!」

 マサトは奥歯を噛み締めながら、金髪の男を睨み付けていた。その様子はまさに怒髪天を突くという感じで、何時になくマサトの髪の毛が逆立ち……。いつもう一度殴ってもおかしくない雰囲気だった。

 初めてだったかもしれない。マサトが本気で怒る瞬間を見るのは。いつもラフィールとしてた喧嘩は、やはりせいぜい兄弟喧嘩くらいだったらしくて……。しかもまさかそれが、ボクが軽んじられたことが原因になるだなんて。思っても見なかった。

「王族のくせに……。生意気なんだよ!!」
「うわぁっ!!」
「ま、マサトっ!!」

 だけど金髪の男は、見る限りマサトよりも上級生らしく。体格差から放たれた一発の蹴りで、マサトは転ばされてしまった。

「マサトっ……! 大丈夫!? 頭とか打ってない!?」
「ううっ……。へ、平気。このくらい……!」

 さすがにそこまでされては、ボクも黙っている訳にも行かず。ボクは男の腕を振り払い、マサトを抱き上げる。

 だけどその時に見えたマサトの顔からは、まだ闘う意志のそれが消えていなかった。それよりもむしろ、さっきより酷く高まっているような……。

「落ち着いてマサト! ボクなら平気だから……。こんな奴相手にしなくていいよ、別に……!」
「そんなわけにいかないよ! ここで引いたら、お姉ちゃんが馬鹿にされたままなんだっ……! なによりここで逃げるなら、おれにお姉ちゃんを幸せにする資格なんて無いよ……!!」

 マサトは立ち上がり、もう一度男の前に立ちはだかった。しかも今度は、ボクを守るように両手を広げながら、仁王立ちで壁になってみせていた。

「……マサト」

 弱々しい背中だと思っていた。強く握りしめれば、折れてしまいそうなほど華奢に見えていた。

 だけど今のマサトは違う。マサトはこんなに強く、たくましく、ボクの前に立っている。ボクを守れるように、幸せに出来るようにって。

 こんなに幸せなことがあるだろうか。誰かが自分のために、立ち上がってくれるなんて。……だったら。だったらボクも、その気持ちに答えないと……失礼ってものだ。

「んっ……お姉ちゃん……?」
「ま、マサト。ボクもやるよっ。ボクだって一応男なんだ、こんな奴くらい……!」

 ボクだっていつまでも守られてばかりじゃない。こういう時ぐらい闘わないと、いざという時……それこそ将来子供が出来た時なんかに、子供を守ることだって出来なくなってしまう。

 やらなきゃいけない。ていうかそもそも、あっちは三人組なんだ。マサト一人じゃ心配過ぎるし、任せっきりっていうのもどうかと思うし。そういう諸々の意味を含めながら、ボクはマサトの隣(若干斜め後ろ)に立って拳を構えた。

「お姉ちゃん……」
「なんだ、やる気かよお前ら。いっちょ前に意地張りやがって……。カッコつけてんじゃねえぞ、ムカつくんだよそういうの!!」

 だけど筋トレらしい筋トレもしてないボクが、戦力として見られるはずも無く。金髪の男と、その取り巻き達はいきり立つだけで。眉間にシワ寄せながらボクらを睨みつけてきた。

 こ、怖い。ていうかこの男、多分ボクより年上か……? ラフィールと同じ、十五とか……その辺? ラフィールほどじゃないけど、よく見たら結構筋肉質で。か、勝てるかなコレ。いやでも、やるしか……。

「ありがとう、お姉ちゃん。でも今は気持ちだけ貰っておくよ」
「えっ。い、いやでも。三人居るし、マサト一人じゃ……」
「大丈夫。……任せといて」

 そうしてマサトが、ボクから離れようとした一瞬。マサトが見せた僅かな目くばせに、なぜか異様に……ドキンと胸が跳ねあがった。

 何て言えばいいのかわからない。強いて言うなら、決意を秘めた男の眼……というか。大きな覚悟のような何かを、その視線の中に感じた気がして。

 だけど次の瞬間、ボクはその“何か”の正体を理解した。それは言うなれば、【片鱗】。マサトが王になるための、予兆……。

「な、なんだよお前ッ……。なめてんじゃねぇぞ!!」
「マサトっ!」

 その気配を男も察したのか。一呼吸いれたのち、金髪の男はマサト目掛けて殴り掛かった。その見るからに重そうな拳は、ボクの警告を待たずに、マサトの顔に直撃して……。また吹っ飛ばされて……?

『ゴンッッ!!!!』
「ぐッ……。あ、ああっ……!?」

 ――違った。マサトは吹っ飛ばされることなく、その拳を耐えていた。両足で思い切り踏ん張りながら、うめき声一つ上げることなく、ただ真正面からそれを受け止めていた。

 いつものマサトとは違った。あの優しくて、ふわふわしたマサトとは違う。まるで、ラフィールにも似た……。そういう“雄らしさ”と言えばいいのか。とにかくマサトの背中が、とても大きな物に見えていたんだ。

「お……わッ……!?」

 そしてマサトは、ド頭に全力で力を入れ。男の拳を押し返した。その衝撃に耐えられず、金髪の男は背中から地面に倒れ……。立ち上がる間もなく、マサトが男の目の前に立ちふさがり……。ゆっくりと、重たい口を開く。

「――二度とお姉ちゃんの前に現れないで。……次に同じことしたら、容赦しないから」
「ッ……」

 その時のマサトの顔は見ていない。ボクの位置からだと、表情までは見えなかったから……。

 だけどその低く、威圧するような声色の中には、確固たる何かがあった。……絶対にボクを守るという、決意……。それがどれほど大きい物だったのか、今までボクは理解していなかったことを実感した。

 ……いずれにせよ、決着はついたらしい。次にマサトが振り返って、ボクと目を合わせる頃には。マサトはいつも通りの……可愛らしい顔に戻っていたから。

「な、何なんだよお前ら。お前らだって、金の関係なくせに……」
「……はあ。だから違うって。おれとお姉ちゃんは、ただ愛し合ってるだけなんだって。何度も言ってるじゃんか」
「嘘つけ! 王族と付き合っときながら、金が目的じゃねえなんて……嘘に決まってら! どうせそこのお前だって王子っていう地位が好きで、コイツと付き合ってんだろ!?」
「えっ。ぼ、ボク?」
「そうだ! 金とか地位とか名誉とか……! どうせそれが欲しいだけに決まってら! そうだろ!?」

 その時ボクは、ふと考えてみた。――もしもマサトが王子じゃなかったら。ボクはマサトのことを、好きになっていただろうか……って。だけどその答えは、もうとっくに出ていた。

「……王子じゃなくても、ボクはマサトのことを好きになってたよ。だから今ボクはマサトと一緒に居るんだ」
「っ……!」
「仮に名誉も地位も無くて、普通の村人だったとしても。ボクはマサトのことを愛して、キスをしてたよ。……そりゃ今とは違う有り方かもしれないけど、好きになってたことは変わらない」
「……お姉ちゃん」
「ボクはマサトの、純粋な所に惹かれてるんだ。まっすぐで、正直で。諦めずに頑張ってる所とか。……それを見てると、勇気を貰えるんだよ。楽しくて、嬉しくて。『ああ、この子と一緒でよかった』って、心の底から思えるんだ。……だから好きなんだ、マサトのことが」

 それがボクの素直な気持ちだった。仮にもし将来、マサトが王を諦めたとしても。ボクはマサトのことを好きなままだ。ラフィールとどちらを選ぶかにせよ……、マサトを嫌いになることなんて、絶対にない。

「……なんだよ、お前ら。何なんだよ、わかんねえよそんなの……」
「だからその、何て言うか。お金じゃないってことだよ。少なくともマサトは、そんな風に下品にアクセサリーつけたりしないし……。乱暴しないし」
「これはっ……こうでもしねえと誰も寄って来ないんだよ! 皆逃げちまって……! この取り巻きだってバイトで雇ってるだけだし……!」
「あ、やっぱバイトだったんだ……」
「ああもうっ……! どうしろってんだ! か、金じゃねえって。わかんねえよ俺……!」

 そうして金髪の男は、頭を掻きむしりながら塞ぎ込んでしまう。流石にこうなると、ボクらも闘う気力なんて失せてしまって。ボクはマサトと目を合わせながら、どうしたらいいのかを考えてた。

「……。……はあー。ああもう、仕方ない。お姉ちゃん、ちょっと待ってて」
「ん? どうするの?」
「このお馬鹿な先輩に、お金以外の愛を教えてあげるんだよっ。多分、この辺かな……。――おーい、シラカ兄ちゃーん!」

 するとマサトは、近くに茂みに向かって叫んだ。その中に混ざっていた、シラカという単語にボクは驚き……。まさかという気持ちで辺りを見渡す。

「はーい! 呼ばれて飛び出てシラカちゃんやで~♡」
「うわあッ!?」
「いやはやあ……。さすがかくれんぼ名人のマサト、気づいとったかあ♡ ずっと見守ってたわあ、二人の愛の絆を……♡」
「……ま、またこの人は訳わからん場所から……」

 茂みから飛び出してきた、どこでもシラカ。いや、もう……本当にこの人どこにでも居るな。ていうかずっと見てたって何? い、いつから? またボクを狙ってたのこの人?

「シラカ兄ちゃん。話は聞いてたでしょ、この人に教えてあげてよ……お金以外の愛のこと。兄ちゃんなら出来るでしょ?」
「おお、任しといて! こんな生意気な子になら、タダで幾らでも教えたげるわ……♡ ちょうど今、生意気ツンツン男の子を抱きたい気分やったし……♡」
「まあ、その。何て言うか……やり過ぎないでね。ちょっと教えてあげるだけでいいから」
「ほいほい! ふふふ……じゃあ行こうか、金髪クン♡ ちょっとそこの体育館裏までな……♡」
「は、はあ……? 何だよお前っ、や、やめろっ! 離せよこの、う、ち、力つええコイツっ……! な、なんだ。何するつもりだあっ……!?」
「大丈夫大丈夫、怖くない……♡ 気持ちいいことするだけやから♡ とおっても、気持ちいいことをな……♡」

 そうしてボクらは、三人を連れてどこかへと向かうシラカを見送った。一体何をされてしまうのか、ボクにはわからないけど。マサトが任せるんなら大丈夫だろう。た、多分……。……根は良い人みたいだし……。

「さてとっ。じゃあそろそろ戻ろうか、お姉ちゃんっ! 休憩時間も終わっちゃうしね」
「あっ。そ、そうだね。すっかり忘れてた……」
「お昼からは忙しくなるよ~。気合い入れてかないと……! ねっ!」
「……フフ。そうだねっ。がんばろっか……!」

 と、ボクはマサトと手を繋ぎながら……店の手伝いへと戻った。あえて何も言わず、ただお互いに……胸の奥にある気持ちを大切にしながら。

 そうして何事も無かったように仕事をして、慌ただしい時間が過ぎていくうちに……。――気が付けば、放課後になっていた……。
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