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少年の覚悟が決まる日に
ミノルの覚悟
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「――ええ。ですから――の――惑いの――薬草――」
「じゃ――それ――か?」
それからどれだけの時間が過ぎたのか。ボクはうっすらと聴こえた話し声で目を覚まし、虚ろながらに瞼を開いてみる。
するとすぐ左にあった窓から、満月が輝く様子がぼんやりと見え。そのまま右に顔を向けてみると、ラフィールと……ボクがいつもお世話になっているお医者さんが。
「ん……」
何を話し込んでいるのだろうか。ラフィールはヤケに真剣そうな顔で、お医者さんの話を聴いている様子だけど。ここからじゃあ上手く話が聴こえない。
だからボクは軽く起き上がって、耳を澄ませようとした。だけどやっぱり全身の倦怠感が酷くて、結局ボクはまたベッドに沈み、咳を何度かする。
「あ、お姉ちゃん起きたっ……! 大丈夫? まだ寝てていいよっ」
「……あれ。マサト……?」
直後、ベッドの下からマサトがひょっこり生えてきた。というか屈んでいたらしく、マサトは嬉しそうにボクの顔を覗き込むと、濡れタオルをボクのオデコにひたっ……と。
「……冷たくて、気持ちいい……」
火照った体に、よく冷えたタオルが心地いい。
そのまま暫くそれに浸っていると、マサトが別の濡れタオルで……首周りの汗を拭ってくれたので、幾らか気怠さが引いていくような。
「やっぱり無茶してたんだよ、お姉ちゃん。熱が38℃もあるってさ。日頃の疲れってやつだ、きっと」
「疲れが……。そう、かな。そんな感覚はしなかったんだけど……」
「体重が減ってたのもやっぱりそのせいだって。とにかく今は無理しちゃ駄目だよっ、ちゃんと寝てて。おれが看病しておくからさっ……」
そうしてマサトがニマッと笑い、釣られてボクも口元がやんわり緩んでしまった……少し後。
ボクはマサトの手のひらが、赤く腫れていることに気がついた。
きっとあれからずっと、さっきみたいにタオルで看病してくれていたんだろう。何度もタオルを濡らしては、そんなに赤く腫れ上がるまで……。
「ん、お姉ちゃん?」
「マサト、ありがとう……。あ、後は大丈夫だよ。もう随分楽になったから……」
「いや楽になったって、駄目だよ起きたらっ。まだ寝てないと……!」
ボクはマサトと手のひらを重ね合わせると、気付かれないようにそっとタオルを受け取った。
そして元気そうに起きてみせ、自分で汗を拭い、ニマッと。
「や、ニマッ! じゃなくてね……」
「大丈夫だって。もう結構元気になったから。明日にはいつも通り、ピンピンしてるはず……」
「――いや、マサトの言う通りだ。今日は大人しく寝ておいたほうがいい。ていうか、向こう一週間くらいは療養に専念したほうがいいだろうな」
すると話を終えたらしいラフィールが、ベッド横のソファーに座った。流れで何となくラフィールの手を見てみると、そこもまた……マサトと同じように真っ赤に腫れていて。ついついボクはベッドのシーツを握りしめてしまう。
「今出ている症状は、風邪によるものが大半だ。だがそもそもその風邪を引いた原因は、どうやらミノルの体の方にあるらしい」
「ボクの体……?」
「ああ。最近体重が減ってるって話、したろ? 寝てる間に検査を済ませたんだが、どうやら肉体の変化が進んでいる影響が原因みたいでな。その変化にかなりの栄養を消費してる分、栄養不足で免疫力が低下してたらしい」
「変化……。え、それってその、つまり……?」
「ああ。――妊娠。俺達の精液を取り込み続けたことで、妊娠出来る体に変化してるんだ。特別な処置とかは特にしてないから、進行はゆっくりだが……。医者的にはもう最終段階まで来てるらしい」
「……最終段階。もうそんなに来てたんだ、ボク。気が付かなかった……」
ふとボクは、そっと自分のお腹に手を当ててみた。そういえば何だかヘソの下辺り……? ぐらいが、ちょっと張ってきてるような気もする。
「だから今これ以上無茶をしたら、体に悪影響を与えかねん。ただでさえ栄養不足なんだ、変な意地張ったら本当に倒れちまうぞ」
「……う、うん。……わかった」
何時になく真剣な顔をしてた理由が、わかった気がする。そういえばマサトも、何処となく気を張ってるっていうか……思う所がありそうな顔をしてるし。
それなら流石に大人しくしておいたほうがいいだろう。下手に動いて二人に心配かける訳にもいかないし、また倒れでもしたら大変だ……。
「……ねえ、お姉ちゃんっ。その、無理しなくてもいいんだよ」
「えっ?」
「いや、なんていうかさっ。わ、わかってはいるんだよ? 妊娠出来る体になるだけで、まだ子供が出来た訳じゃないっていうのは。……だけどこのまま進めば、い、いつか、そのっ。おれたちの……子供が出来るわけでしょ……?」
「……そ、そうだね……」
「でもそれってやっぱり、凄く痛いと思うんだ。痛いし、苦しいし。辛いと思う。子供を産む時って、そういう負担を全部お姉ちゃんに預けるしか無くなるから。……だから、その。もしそれが怖いんだったら、無理しなくてもいいんだよ。おれたちはお姉ちゃんと一緒に居られるだけで、充分幸せだからさ……」
「マサト……」
マサトはボクの手を握り返すと、優しく微笑んだ。だけどその微笑みの中には、心配と、不安と、ちょっぴりの恐怖が混ざっているような気が。
確かにそうだろう。最年長のラフィールでさえ十五歳、ボクらはまだ全然子供だ。幾ら背伸びをして大人のフリをしていても、未熟な所は変わらない。ましてや将来への不安もある中で、ボクが安全に子供を産めるのかとか考えたら、いよいよキリがないはず。
そしてそんなマサトの心模様を思う内に、気が付けばボク自身も内なる不安に襲われそうになっていた。――だけどそんな不安を、ボクは頭を軽く振って吹き飛ばし。心の奥に潜む本音を頼りに、二人の顔を見た。
「そうだね……。で、でもさ。マサトがボクのことを守ってくれるんでしょ?」
「んっ……!? ……え。そ、そらゃ……もちろん。られっ……とうれんだよっ?」
「落ち着けマサト。舌絡まってんぞ」
「それにラフィールだって、無神経に見えて……なんだかんだでボクのことを良く見ててくれるし。さっきここまで運んでくれたのだってそうだよ……」
「ふん、まあな。まー少なくともマサトよりは上手く出来る自信はあるね」
「はぁんッ……!? 何言ってんの兄ちゃん、兄ちゃんが出来るのはせいぜい皿を割ることだけでしょ!? お粥すら作れないくせに!」
「肉団子なら作っただろ」
「あれ肉を握り潰してるだけでしょ!?!?」
「うるせぇなぁ、いいじゃねぇか美味けりゃなんだって。器用な料理は頭が痛くなるんだよ仕方ねえさ」
「お粥を器用な料理ってッ……ど、どんだけ不器用なんだよ兄ちゃんは……!?」
そうしてマサトとラフィールは、気が付けばいつもの調子を取り戻して元気に言い争う。
そう……ボクはこの二人を見ている時が、一番心が安らぐんだ。心がぽわぽわして、思わず口元が緩んでしまうくらい、とろとろで暖かな……この幸福感。
……ああ。そっか、そういうことなのか。きっとボクは二人が側に居てくれることよりも、「二人が側で幸せそうに生きてくれている」ことが何よりも嬉しいんだ。
幸せにしてくれることは、もちろん当然嬉しい。だけどそれだけじゃ駄目なんだ。ボクも、ボクも二人のことを……幸せにしないと。ずっとこの笑顔を、見続けるためには……。
「……うん。やっぱりそうだ……」
「んっ……? 何が? お姉ちゃん」
「いや、なんていうか……妊娠のこともあるけどさ。やっぱり怖いかって聴かれたら怖いと思う、正直。だけどそれ以上にボクは、なんていうか、その。――し、幸せに……したいんだよ」
「……幸せに?」
「ボク思ったんだ。ボクはマサトとラフィールに幸せにしてもらってるけど、ボクはそれが出来てるのかなって。二人みたいに体を張ってるわけじゃないし、ただ何となく毎日一緒に居るだけで、ボクは特別なことを何もしてないからさ……」
「いやそんなことないよ、お姉ちゃんはいつも……!」
「家事とかの話じゃないんだ。なんていうか、気持ちの問題なんだよ。……支えて貰ってばかりじゃ駄目なんだ。ボクだって二人を支えたい、幸せにしたいから。だから、ボクは……」
だから。その先の言葉を、ボクは何とか口に出そうと藻掻く。深く息を吸って、ざわめく心を落ち着かせて、もう一度言葉を連ねる。
「――ボクね。自惚れるつもりはないんだ。だけどボクは、ここ暫くの間の二人のことを、誰よりも見てきた自信がある。だから二人がどんな時に喜ぶかとか、どんな時に笑うのかとか。ボクは世界中の誰よりも、一番詳しく知ってるつもりなんだ」
「……ミノル。お前……」
「それでわかったんだ。ボクらは、三人で一緒に居る時が一番笑い合えるんだって。喧嘩もするし、競い合ったりもするけど。やっぱり皆で一緒に居る時が一番楽しい。二人の笑顔を見ている時が、やっぱり一番幸せだって思う。……失いたくない。この幸せな時間を。だ、だからそのためにもボクは。――必ず二人を、幸せにしてみせる……」
こんなにボクのことを思ってくれる人なんて、例えこの先百年生きたとしても出会えない。そう思ってしまうほどにボクにとっての二人は、かけがえのないものになっていた。
今更二人を失って、あの笑顔を見ずに一生を生きていくなんて、出来るわけがない。ありえない。そんなので生きていったって、ボクには何の意味もないんだ。
「ラフィール。マサト。……もし、よかったら。ボクと一緒の家で、暮らしてくれませんか」
「っ……」
「一緒にご飯を食べて、一緒に眠って。そしていつか、産まれた子供を……一緒に育てたい。他の誰でもない、ラフィールとマサトとの子供を……。ボクたちの家で、ボクたちだけの居場所で、育てていきたいから……」
「……おねえ、ちゃん……」
「辛い時があったら、ボクが皆を支えてみせる。苦しい事があったら、ボクがそれを打ち壊してみせる。どんな時でも必ず、ボクが二人を……皆を幸せにするから。だ、だから。だから。……ど、どうか。ボクと、一緒に……」
そうして必死に言葉を紡ごうとしているうちに、気が付けばボクの頬では涙が伝っていた。
あまりに苦しかった。あまりに精一杯だった。だってボクの言ってることは、要するに二人を同時に愛したいっていう……自分勝手で、我儘な意見。……中途半端だって、わかってる。
だけどそれでも構わなかった。例えこれでもし断られても、ボクは後悔しない。……後悔するけど、絶対に泣くけど。もしかしたら、一生立ち直れないかもしれないけど……。
それでも言わなきゃいけなかった。ボクの気持ちに嘘をついたら、ボクは絶対に自分を許せない。許せないし、何より今までボクを愛してきてくれたラフィールとマサトを、裏切ることになってしまうと思ったから……。
「……あっ」
――やがて、無限とも思える静寂が流れたのち。ふとラフィールとマサトが、ボクの両手を握ったことでそれは切り裂かれた。
暖かい手のひら。いつもよりも少し腫れてて、傷もあったけど。これは間違いなく二人の手だ。……ボクが愛した人達の、手のひら……。
「――ありがとう、ミノルお姉ちゃん。……その言葉が聴けて、本当に嬉しい」
「ま、マサト……。ボク、ボク……」
「おれたちが今どれだけ幸せか、それを伝えられるほどおれは器用じゃない。……だけど、これだけは言える。ミノルお姉ちゃんと一緒に暮らせるなんて、これ以上幸せなことはないよ」
「ああ。ミノルと一緒に毎日を過ごせたら、これ以上人生に望むものはねえ。……ありがとうな、自分の言葉で伝えてくれて。……頑張ってくれたんだな」
ラフィールとマサト。二人は今、ボクの手のひらを握りながら……今までで一番、眩しい微笑みを浮かべてくれていた。
それが眩し過ぎて、暖かすぎて、思わず目が眩んでしまうほどに。ボクは今心の底から感謝している。……出会えてよかった、本当に。伝えてよかった。
「ぐすっ……。……あ、ありがとう、二人共っ。……ボク、頑張るよ。幸せにできるよう、これからも……!」
「うんっ……! えへへ。それじゃあ早速家を決めなきゃね……、どんなのがいい? 三角屋根の家とか?」
「待て待て、まず先に住む場所のことだろ。場所を決めずして家を決めてどうするよ、建てるってか?」
「いいじゃん建てれば。ローンでも組めばなんとかなるよ(兄ちゃんが保証人で)!」
「おい聞こえてんぞそれ。ったく……、仕方ねえな。でけぇイノシシでも狩ってくるか」
「イノシシよりサラマンダーでしょ~。高く売れるらしいよ、あれ」
「……え、サラマンダー……???」
そうしてボクらは、夜がふけるまで語り続けた。どんな場所に住みたいか、どんな家を建てたいか。あるいはそこで、どんな生活を送りたいか……。
やがていつしか、喋り疲れたボクらは。気が付かぬうちに皆で一緒に眠っていた。小さなベッドを分け合いながら、一緒になって……。
そして完全に眠りに落ちる一瞬。ボクはもう一度窓の外を見て、思った。――今日の満月は、今までで一番……幸せな満月だと。
「じゃ――それ――か?」
それからどれだけの時間が過ぎたのか。ボクはうっすらと聴こえた話し声で目を覚まし、虚ろながらに瞼を開いてみる。
するとすぐ左にあった窓から、満月が輝く様子がぼんやりと見え。そのまま右に顔を向けてみると、ラフィールと……ボクがいつもお世話になっているお医者さんが。
「ん……」
何を話し込んでいるのだろうか。ラフィールはヤケに真剣そうな顔で、お医者さんの話を聴いている様子だけど。ここからじゃあ上手く話が聴こえない。
だからボクは軽く起き上がって、耳を澄ませようとした。だけどやっぱり全身の倦怠感が酷くて、結局ボクはまたベッドに沈み、咳を何度かする。
「あ、お姉ちゃん起きたっ……! 大丈夫? まだ寝てていいよっ」
「……あれ。マサト……?」
直後、ベッドの下からマサトがひょっこり生えてきた。というか屈んでいたらしく、マサトは嬉しそうにボクの顔を覗き込むと、濡れタオルをボクのオデコにひたっ……と。
「……冷たくて、気持ちいい……」
火照った体に、よく冷えたタオルが心地いい。
そのまま暫くそれに浸っていると、マサトが別の濡れタオルで……首周りの汗を拭ってくれたので、幾らか気怠さが引いていくような。
「やっぱり無茶してたんだよ、お姉ちゃん。熱が38℃もあるってさ。日頃の疲れってやつだ、きっと」
「疲れが……。そう、かな。そんな感覚はしなかったんだけど……」
「体重が減ってたのもやっぱりそのせいだって。とにかく今は無理しちゃ駄目だよっ、ちゃんと寝てて。おれが看病しておくからさっ……」
そうしてマサトがニマッと笑い、釣られてボクも口元がやんわり緩んでしまった……少し後。
ボクはマサトの手のひらが、赤く腫れていることに気がついた。
きっとあれからずっと、さっきみたいにタオルで看病してくれていたんだろう。何度もタオルを濡らしては、そんなに赤く腫れ上がるまで……。
「ん、お姉ちゃん?」
「マサト、ありがとう……。あ、後は大丈夫だよ。もう随分楽になったから……」
「いや楽になったって、駄目だよ起きたらっ。まだ寝てないと……!」
ボクはマサトと手のひらを重ね合わせると、気付かれないようにそっとタオルを受け取った。
そして元気そうに起きてみせ、自分で汗を拭い、ニマッと。
「や、ニマッ! じゃなくてね……」
「大丈夫だって。もう結構元気になったから。明日にはいつも通り、ピンピンしてるはず……」
「――いや、マサトの言う通りだ。今日は大人しく寝ておいたほうがいい。ていうか、向こう一週間くらいは療養に専念したほうがいいだろうな」
すると話を終えたらしいラフィールが、ベッド横のソファーに座った。流れで何となくラフィールの手を見てみると、そこもまた……マサトと同じように真っ赤に腫れていて。ついついボクはベッドのシーツを握りしめてしまう。
「今出ている症状は、風邪によるものが大半だ。だがそもそもその風邪を引いた原因は、どうやらミノルの体の方にあるらしい」
「ボクの体……?」
「ああ。最近体重が減ってるって話、したろ? 寝てる間に検査を済ませたんだが、どうやら肉体の変化が進んでいる影響が原因みたいでな。その変化にかなりの栄養を消費してる分、栄養不足で免疫力が低下してたらしい」
「変化……。え、それってその、つまり……?」
「ああ。――妊娠。俺達の精液を取り込み続けたことで、妊娠出来る体に変化してるんだ。特別な処置とかは特にしてないから、進行はゆっくりだが……。医者的にはもう最終段階まで来てるらしい」
「……最終段階。もうそんなに来てたんだ、ボク。気が付かなかった……」
ふとボクは、そっと自分のお腹に手を当ててみた。そういえば何だかヘソの下辺り……? ぐらいが、ちょっと張ってきてるような気もする。
「だから今これ以上無茶をしたら、体に悪影響を与えかねん。ただでさえ栄養不足なんだ、変な意地張ったら本当に倒れちまうぞ」
「……う、うん。……わかった」
何時になく真剣な顔をしてた理由が、わかった気がする。そういえばマサトも、何処となく気を張ってるっていうか……思う所がありそうな顔をしてるし。
それなら流石に大人しくしておいたほうがいいだろう。下手に動いて二人に心配かける訳にもいかないし、また倒れでもしたら大変だ……。
「……ねえ、お姉ちゃんっ。その、無理しなくてもいいんだよ」
「えっ?」
「いや、なんていうかさっ。わ、わかってはいるんだよ? 妊娠出来る体になるだけで、まだ子供が出来た訳じゃないっていうのは。……だけどこのまま進めば、い、いつか、そのっ。おれたちの……子供が出来るわけでしょ……?」
「……そ、そうだね……」
「でもそれってやっぱり、凄く痛いと思うんだ。痛いし、苦しいし。辛いと思う。子供を産む時って、そういう負担を全部お姉ちゃんに預けるしか無くなるから。……だから、その。もしそれが怖いんだったら、無理しなくてもいいんだよ。おれたちはお姉ちゃんと一緒に居られるだけで、充分幸せだからさ……」
「マサト……」
マサトはボクの手を握り返すと、優しく微笑んだ。だけどその微笑みの中には、心配と、不安と、ちょっぴりの恐怖が混ざっているような気が。
確かにそうだろう。最年長のラフィールでさえ十五歳、ボクらはまだ全然子供だ。幾ら背伸びをして大人のフリをしていても、未熟な所は変わらない。ましてや将来への不安もある中で、ボクが安全に子供を産めるのかとか考えたら、いよいよキリがないはず。
そしてそんなマサトの心模様を思う内に、気が付けばボク自身も内なる不安に襲われそうになっていた。――だけどそんな不安を、ボクは頭を軽く振って吹き飛ばし。心の奥に潜む本音を頼りに、二人の顔を見た。
「そうだね……。で、でもさ。マサトがボクのことを守ってくれるんでしょ?」
「んっ……!? ……え。そ、そらゃ……もちろん。られっ……とうれんだよっ?」
「落ち着けマサト。舌絡まってんぞ」
「それにラフィールだって、無神経に見えて……なんだかんだでボクのことを良く見ててくれるし。さっきここまで運んでくれたのだってそうだよ……」
「ふん、まあな。まー少なくともマサトよりは上手く出来る自信はあるね」
「はぁんッ……!? 何言ってんの兄ちゃん、兄ちゃんが出来るのはせいぜい皿を割ることだけでしょ!? お粥すら作れないくせに!」
「肉団子なら作っただろ」
「あれ肉を握り潰してるだけでしょ!?!?」
「うるせぇなぁ、いいじゃねぇか美味けりゃなんだって。器用な料理は頭が痛くなるんだよ仕方ねえさ」
「お粥を器用な料理ってッ……ど、どんだけ不器用なんだよ兄ちゃんは……!?」
そうしてマサトとラフィールは、気が付けばいつもの調子を取り戻して元気に言い争う。
そう……ボクはこの二人を見ている時が、一番心が安らぐんだ。心がぽわぽわして、思わず口元が緩んでしまうくらい、とろとろで暖かな……この幸福感。
……ああ。そっか、そういうことなのか。きっとボクは二人が側に居てくれることよりも、「二人が側で幸せそうに生きてくれている」ことが何よりも嬉しいんだ。
幸せにしてくれることは、もちろん当然嬉しい。だけどそれだけじゃ駄目なんだ。ボクも、ボクも二人のことを……幸せにしないと。ずっとこの笑顔を、見続けるためには……。
「……うん。やっぱりそうだ……」
「んっ……? 何が? お姉ちゃん」
「いや、なんていうか……妊娠のこともあるけどさ。やっぱり怖いかって聴かれたら怖いと思う、正直。だけどそれ以上にボクは、なんていうか、その。――し、幸せに……したいんだよ」
「……幸せに?」
「ボク思ったんだ。ボクはマサトとラフィールに幸せにしてもらってるけど、ボクはそれが出来てるのかなって。二人みたいに体を張ってるわけじゃないし、ただ何となく毎日一緒に居るだけで、ボクは特別なことを何もしてないからさ……」
「いやそんなことないよ、お姉ちゃんはいつも……!」
「家事とかの話じゃないんだ。なんていうか、気持ちの問題なんだよ。……支えて貰ってばかりじゃ駄目なんだ。ボクだって二人を支えたい、幸せにしたいから。だから、ボクは……」
だから。その先の言葉を、ボクは何とか口に出そうと藻掻く。深く息を吸って、ざわめく心を落ち着かせて、もう一度言葉を連ねる。
「――ボクね。自惚れるつもりはないんだ。だけどボクは、ここ暫くの間の二人のことを、誰よりも見てきた自信がある。だから二人がどんな時に喜ぶかとか、どんな時に笑うのかとか。ボクは世界中の誰よりも、一番詳しく知ってるつもりなんだ」
「……ミノル。お前……」
「それでわかったんだ。ボクらは、三人で一緒に居る時が一番笑い合えるんだって。喧嘩もするし、競い合ったりもするけど。やっぱり皆で一緒に居る時が一番楽しい。二人の笑顔を見ている時が、やっぱり一番幸せだって思う。……失いたくない。この幸せな時間を。だ、だからそのためにもボクは。――必ず二人を、幸せにしてみせる……」
こんなにボクのことを思ってくれる人なんて、例えこの先百年生きたとしても出会えない。そう思ってしまうほどにボクにとっての二人は、かけがえのないものになっていた。
今更二人を失って、あの笑顔を見ずに一生を生きていくなんて、出来るわけがない。ありえない。そんなので生きていったって、ボクには何の意味もないんだ。
「ラフィール。マサト。……もし、よかったら。ボクと一緒の家で、暮らしてくれませんか」
「っ……」
「一緒にご飯を食べて、一緒に眠って。そしていつか、産まれた子供を……一緒に育てたい。他の誰でもない、ラフィールとマサトとの子供を……。ボクたちの家で、ボクたちだけの居場所で、育てていきたいから……」
「……おねえ、ちゃん……」
「辛い時があったら、ボクが皆を支えてみせる。苦しい事があったら、ボクがそれを打ち壊してみせる。どんな時でも必ず、ボクが二人を……皆を幸せにするから。だ、だから。だから。……ど、どうか。ボクと、一緒に……」
そうして必死に言葉を紡ごうとしているうちに、気が付けばボクの頬では涙が伝っていた。
あまりに苦しかった。あまりに精一杯だった。だってボクの言ってることは、要するに二人を同時に愛したいっていう……自分勝手で、我儘な意見。……中途半端だって、わかってる。
だけどそれでも構わなかった。例えこれでもし断られても、ボクは後悔しない。……後悔するけど、絶対に泣くけど。もしかしたら、一生立ち直れないかもしれないけど……。
それでも言わなきゃいけなかった。ボクの気持ちに嘘をついたら、ボクは絶対に自分を許せない。許せないし、何より今までボクを愛してきてくれたラフィールとマサトを、裏切ることになってしまうと思ったから……。
「……あっ」
――やがて、無限とも思える静寂が流れたのち。ふとラフィールとマサトが、ボクの両手を握ったことでそれは切り裂かれた。
暖かい手のひら。いつもよりも少し腫れてて、傷もあったけど。これは間違いなく二人の手だ。……ボクが愛した人達の、手のひら……。
「――ありがとう、ミノルお姉ちゃん。……その言葉が聴けて、本当に嬉しい」
「ま、マサト……。ボク、ボク……」
「おれたちが今どれだけ幸せか、それを伝えられるほどおれは器用じゃない。……だけど、これだけは言える。ミノルお姉ちゃんと一緒に暮らせるなんて、これ以上幸せなことはないよ」
「ああ。ミノルと一緒に毎日を過ごせたら、これ以上人生に望むものはねえ。……ありがとうな、自分の言葉で伝えてくれて。……頑張ってくれたんだな」
ラフィールとマサト。二人は今、ボクの手のひらを握りながら……今までで一番、眩しい微笑みを浮かべてくれていた。
それが眩し過ぎて、暖かすぎて、思わず目が眩んでしまうほどに。ボクは今心の底から感謝している。……出会えてよかった、本当に。伝えてよかった。
「ぐすっ……。……あ、ありがとう、二人共っ。……ボク、頑張るよ。幸せにできるよう、これからも……!」
「うんっ……! えへへ。それじゃあ早速家を決めなきゃね……、どんなのがいい? 三角屋根の家とか?」
「待て待て、まず先に住む場所のことだろ。場所を決めずして家を決めてどうするよ、建てるってか?」
「いいじゃん建てれば。ローンでも組めばなんとかなるよ(兄ちゃんが保証人で)!」
「おい聞こえてんぞそれ。ったく……、仕方ねえな。でけぇイノシシでも狩ってくるか」
「イノシシよりサラマンダーでしょ~。高く売れるらしいよ、あれ」
「……え、サラマンダー……???」
そうしてボクらは、夜がふけるまで語り続けた。どんな場所に住みたいか、どんな家を建てたいか。あるいはそこで、どんな生活を送りたいか……。
やがていつしか、喋り疲れたボクらは。気が付かぬうちに皆で一緒に眠っていた。小さなベッドを分け合いながら、一緒になって……。
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