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終章 冬が好きになった少年

一面、雪景色

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 ――ふと、雪草原の雄大な景色を前にして、大きく息を吸ってみる。

 途端に凍てつくような空気がボクの胸いっぱいに広がり、鼻先が辛くなった辺りで、ぷはぁっ……と息を吐き出す。

 するとその息は、白い蒸気となってぶわぁっ……と広がり、星々のようにキラキラと輝いてみせた。

 きっと中にある水蒸気やらが、太陽の光を反射させてているせいだろう。そう、それこそ星のように。ボクはその光景を前にして、ついこの間のことを思い出していた。

「ミノルお姉ちゃーん、早く早く! こっち!」

 やがて白い息が薄らいでいくと、その向こうに大きく手を降るマサトが見えた。モコモコの暖かそうなコートに身を包み、無邪気に手を降るその様子は、まさに風の子……というか雪の子と呼んだほうが良さげ。

  ――あれから、もう二週間近く。すっかり辺りは雪景色へと移り変わり、ボクは二人と共に久しぶりに散歩に出掛けていた。屋敷から離れ過ぎない程度に、近くの街までグルっと一周……。

「やれやれ、ったく。今更雪なんて珍しくないだろうに。相変わらずまだまだ子供だなマサトは」
「いやあ……仕方ないよ、大雪だもの。ここまで一面に降り積もったのはボクも見たことないしさ。ちょっとはしゃぎたくなるのもわかる……」
「とはいえ無理すんなよ、まだ病み上がりなんだからな。遊ぶにしても程々にしておきなって」
「う~ん……。そういう事言うなら、ボクの上で雪だるまを作るの止めてくれるかな。重いんだそれ、意外と」
「まあ待て……今バランスを取ってだ……あ、落ちた」

 ラフィール特製、ミニサイズの雪だるま。それはボクの頭から転げ落ちると、積もった雪の中と同化してしまい、もはや見つけ出すことは不可能になってしまう。

「あらま、残念。新記録だったのに」
「いやなんの記録……? 勝手にボクの頭で新記録打ち立てないで貰えます……?」
「惜しいことしたなぁ。ま、いいや。それよりほら、行ってやれよ。マサトが呼んでるぜ」
「はあー……。……呼んでるぜ、じゃないって。ほら、一緒に行くよっ……もう……」

 ボクは傍観しようとするラフィールの手を握り、マサトへ向かって歩いた。ボフッ、ボフッと雪に足跡を残しながら、ゆっくりと。

「遅いよミノルお姉ちゃんっ。今日は買い物に行くんでしょ? 早くしないとお店しまっちゃうよ!」
「大丈夫だって、まだお昼前なんだし……。そんなに慌てなくてもお店は逃げないんだしさ」

 そう、今日は散歩のついでに買い物をする予定。それというのもつい先日、ついにボクの初めてのお給料が貰えたからだ。風邪で休んだ分遅れてしまったけど、ボクのポケットには今、お金が入った封筒が……こっそりと。

 だから今日はいよいよ、前から頼んでいた「アレ」をやる日……。温泉はまだ無理だけど、お店の人に頼んで前々から予約していたから。今日のうちにいけば安くやってくれるはず……。

「ん? 何か考え事?」
「えっ……あ、いやっ! なんでもないよっ……。あ、ほ、ほらっ。街が見えてきたよ! 早く行こっ……!」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってミノルお姉ちゃん! そんなに急に走ったら、こけ……!」
「ぶべっ!!」
「ああ、遅かった……」

 誤魔化そうと走り出した途端に、雪に足を取られてスッテンコロリン。顔面から雪の中に突っ込んでしまい、もはや目の前が雪だらけに……。
 
「ククク……! あっはははは! 真っ白けじゃねぇのミノル、雪だるまだ! ふはははは!」
「むぐぅ……み、見えない……雪が、雪がぁ……」
「あーあー、もう。ほらこっち向いて、取ってあげるから。まだ体が万全じゃないんだから、無理しちゃ駄目だよっ」
「ふへ……。ら、ラフィールめ……。誰が雪だるまだ、誰が……。うう、冷たい……」

 まずい、雪のせいで体がめっきり冷えてしまった。このままじゃ風邪をぶり返すかも……。

「んっ!」
「マサト……。『ん!』って?」
「抱きしめてもいいんだよ、おれをっ。このポカポカ魔神に任せておけば、一瞬で火だるまに……!」
「火だるまは勘弁してほしいけど……。そ、それじゃあちょっと、お言葉に甘えて……」

 そうしてボクは、両手を広げるマサトの胸に飛び込み、ぎゅっと抱きしめてみる。するとマサトの暖かな体温が、すぐにじんわりとボクの体を包み込み。冷えた体が芯からぽかぽかと……。

「あったかい……」
「ふっ……(ドヤァ)」
「あ、コイツ……生意気な顔しやがって。おい見ろミノル、すげぇ顔してんぞ。すげぇドヤ顔かましてんぞコイツ。おいちょっと、おーい」
「いいんだよミノルお姉ちゃんっ。こんな嫌味な兄ちゃんはほっといて、一緒にもちもちしてようね~」
「もちもち……? むぎゅっ」
「この野郎。それなら俺は背中から抱きしめてやっかんな。このままオメーら二人を抱き上げることだって出来るんだぞこっちは」
「なんの脅しなのそれ……。て、ていうか。ここまで来るとなんか、もはや熱いような……」

 いつの間にやら出来上がってしまった、マサトとラフィールのおしくら饅頭。ボクは二人に挟まれたままトコトコと歩き、そのうち街中へと入っていた。

 だけどそれでも饅頭状態は解けることがなく。大人の微笑ましそうな視線にドギマギしながら、ボクは少しずつ目的の店へと近づいていく……。

「ん……。あ、ね、ねぇっ。あそこ寄りたいっ……」

 その道中でボクは香しい匂いに気が付き、ふと足を止めて寄り道を。二人にはちょっと待ってて貰い、ぱぱっとお会計を済ませて、買ってきたものを二人に差し出した。

「わぁ! 肉まんっ!」
梨郷堂りんごうどうのか、めちゃめちゃ美味いぞコレッ」
「これっ……! 二人にあげるっ! い、いつもお世話になってるからっ……!」
「え、いいのっ!? ――いやでも、これミノルお姉ちゃんの……」
「いいからいいからっ……! ほらっ、早く食べて! 冷めちゃうよっ……!」

 肉まんを受け取った二人は、暫し何かを思うような目でボクを見つめ。ある時ふと悟ったように笑顔を見せた。

「……わかった、ありがとうミノルお姉ちゃんっ……! いただきますっ! はむ……」
「ああ。ありがとうな、ミノル。……むぐっ」
「へへ、うんっ……!」

 そうして二人が肉まんを頬張った……直後。二人が美味しそうに微笑むのを見た瞬間、ボクの胸に暖かな気持ちが、ふわぁ~っ……と広がる。

「ん~~っ……! 美味しいっ! これめちゃめちゃ柔らかくてジューシーだね!?」
「出来立てで熱々なのがたまんねぇな。中の肉汁が饅頭の部分に染み込んでて、めっちゃ美味い」

 ……ああ。あの時のラフィールも、同じような気持ちだったのだろうか。自分自身で掴み取ったもので、相手が喜んでくれる姿が、こんなに嬉しいなんて。

 頑張ってきてよかった。これでようやくボクも、二人に少しずつ返せるかもしれない。今まで幸せにしてくれてきた分、沢山の何かを……。

「ミノルお姉ちゃん、はい! はんぶんこ!」
「……えっ?」
「俺らだけに食わせて終わりってのはナシだぜ。ほら、ミノルも食えよ。……な?」

 そう言って差し出されたのは、半分に分けられた肉まん。ラフィールとマサト、二人共がそれをボクに分けてくれていて。途端にボクのお腹が「ぐぐぅ~……」と鳴る。

「あ、あははっ……。じゃあ、そのっ。ボクもいただきます……」
「ん! やっぱり美味しいものを食べる時は一緒じゃなきゃっ。ね!」
「……うん、そうだね……。本当にそうだ……。――にししっ!」
「ん。なんだ、マサトの笑い方がうつったか? ククク……中々可愛いじゃん」
「んなっ……!」
「あーもう兄ちゃん、せっかくドキドキしてたのに! そんなこと言ったら恥ずかしがってやってくれなくなっちゃうでしょ!?」
「仕方ねえだろ本当のことなんだから。可愛いのが悪い」
「それは確かにそうだけどさ!」
「いやそこ肯定しちゃうのね……?」

 肉まんを頬張りながら見つめる、ラフィールとマサトの兄弟喧嘩。……うん、いい。なんかいつも変なことで喧嘩してる気がするけど、まあ……。

「(……この光景も、頼めば収められるかな……? 予約外かもだけど……)」
「ん、何か言ったか?」
「あ、い、いやっ! なんでもないっ! ……なんでもないよっ……!」
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